MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1196 AIと共に暮らす

2018年10月20日 | 社会・経済


 「AIですべての産業が再定義される。AIを制するものが未来を制する」。ソフトバンクグループ代表の孫正義氏は7月19日、都内で開催した自社のイベント「SoftBank World 2018」の基調講演でこう語り、各産業におけるAIのNo.1企業による「AI群戦略」を推し進めると説明したと報じられています。

 孫氏は、この講演で「未来の前触れを敏感にとらえて、現状を変えていこうと努力する人としない人では、全然結果が違ってくるのではないか」と語っています。

 孫氏が感じている「前触れ」とは、もちろんAI(人工知能)のこと。氏は、人間の叡智をAIが超える「シンギュラリティ」を、「もう1つのビッグバン。人類最大の革命だと考えている」ということです。

 孫氏は、「1日でも早くAIに取り組んだものが勝つと分かっているのに、なぜ全力でAIに取り組まないのか。それは自分の仕事をまだ真剣にやっていないということだ」と聴衆を挑発し、ライドシェアなどを規制する日本政府について「まさに未来を否定している」と批判したと伝えられています。

 一方、こうして経済界や産業界において人工知能(AI)を通じた飛躍的なイノベーションへの期待が高まる中、人々の雇用がAIに取って代わられることによる雇用の混乱や格差の拡大を予見し、対策を求める声も大きくなっているようです。

 国立情報学研究所社会共有知研究センター長の新井紀子氏もそのひとり。氏は、話題の著書「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」において、近い将来、労働力、しかもホワイトカラーが担っている多くでAIが人間の強力なライバルになる可能性が大きいと指摘しています。

 数学者で東大合格を目指すAIロボット「東ロボくん」の開発を主導してきた氏は、「AI自体は決して万能ではなく、人間の仕事のすべてを肩代わりすることは(少なくとも私たちやその子供たちの世代が生きているうちには)起きない」という専門家としての見通しを持っています。

 一方、迫っているのは、勤労者の半数を約失業の危機に晒してしまうような実力を持ったAIと、ともに生きて行かざるを得ない社会。そこでAIの活用による生産性向上がもたらすバラ色の未来を謳歌するためには、AIには手に負えない仕事を大多数の人間が引き受けられることが前提になるということです。

 AIの弱点は応用が利かないこと、決められたフレームの中でしか計算処理できないことだとだと新井氏はしています。

 そもそもAIには「意味」というものが分からない。なので、その反対の「一を聞いて十を知る」能力や応用力、柔軟性、フレームにとらわれない発想力などを備えている人であれば、AIも恐れる必要はないということです。

 それでは、現代社会に生きる人々は、AIが肩代わりできない仕事を行うためのスキル、即ち複雑なことを理解する読解力や理解力、それらを伝えるコミュニケーション能力などを持ち得ているのか。

 結論から言うと、「日本の中高生の読解力は危機的と言ってよい状況にある」と新井氏はこの著書に記しています。その多くは中学校の教科書の記述を正確に読み取ることができず、調査の結果、そうした能力は世帯所得の相関が高いということです。

 氏らが行った全国2万5000人を対象とした読解力調査からは
・ 中学校を卒業する段階で既に3割が表層的な読解もできないこと
・ 学力中位の高校でも、半数以上は内容理解を要する読解ができないこと
・ 読解能力値と進学できる高校の偏差値との相関は極めて高いこと
・ 読解能力値は高校では向上していないこと
などが指摘でき、高校生では半数以上が高校教科書の記述の意味ができていないということです。

 確かに、先生の言っていることや教科書に書いてあることの意味がほとんど分からず「授業時間が苦痛」とする高校生は極めて多く、(文章も)長文になると「読む気にもならない」とする若者も多いようです。

 テレビのバラエティ番組などでは、いわゆる「おバカキャラ」といわれる芸能人がしばしば雛壇の一角を賑わしていますが、彼ら彼女らのリアクションや「運転免許の筆記試験を10回落ちた」などという武勇伝を聞いても、「ああ、そんなもんかな」という気がします。

 そうした中、氏が現在最も憂慮しているのが、ドリルをデジタル化して「それぞれの子供の進度にあったドリルをAIが提供します」と宣伝する塾が登場したことだということです。

 そんな能力を子どもたちに重点的に身に着けさせるほど意味のないことはないと氏は言います。問題を読み込まずに反射的にドリルをこなす能力はAIに最も代替されやすい。そもそも、AIによって学習できるようなフレームが決まっているタスクは、AIが最も得意とする作業だということです。

 AIに代替されない人材が備えている能力とは、「意味」を理解することができる能力だというのが新井氏の認識です。

 AIは自ら新しいものは生み出さない。単に効率を上げコストを減らすだけだと氏はしています。一方、AIが普及した後に生まれる新しい仕事は、AIができない人間でしかできない仕事になるはずです。

 そこに向けて、日本の教育は今、何をなすべきか。

 それは、AIに簡単に代替されてしまうような情報の処理や定型的な作業能力ではなく、真の知性を身に着け人間にしかできない自由で柔軟な創造性を発揮できるような能力を身に着けさせることだと氏は言います。

 報道によれば、産業界からの要請に応え2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化されるそうですが、AIが最も得意とするプログラミング言語やその使い方を身に着けても(AIが実装されるこれから先の社会で)どのくらいの役に立つというのでしょうか。

 AIが最も不得意とする創造性を養うためにも、まずはその基礎となる「理解力」や「読解力」を養うことが現在の子供たちには求められているとする新井氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。