徒然BOOGIE-LIFE

私の私による私のための徒然日記。暇つぶし。

尾崎って青臭いの?尾崎体験の有無で評価が変わる尾崎豊とは

2024-06-01 08:30:24 | 尾崎豊

1年以上ぶりのブログ。

 COVERS

2024年1月、NHKの「カバーズ」にCoccoが出演し、「I LOVE YOU」をカバーしました。

その際、尾崎に関して同世代のリリーフランキーとエレファント・カシマシの宮本浩次がどう感じていたかの話がありました。

その辺をちょっと深堀り。

リリー「当時は青臭く感じたが、年を取れば取るほど尾崎が早熟だったことに気づく。尾崎の凄みは年を取ってからわかるようになった」

宮本「尾崎は背負っている感じがした。カリスマ性、存在感が際立っていた。

   大人っぽい。私には大人っぽすぎて共感できなかった。」

リリー「僕らは年が近い分、当時は青臭く感じたが、年を重ねるにつれて青臭いんじゃなくて、早熟だったことに気づく」

といった具合です。

 どういうこと?

個人的な超拡大解釈でリリーと宮本の話を要約をすると

「うちら年が近いから、当時は全然刺さらないし、むしろガキ臭いと思っていました。軽くバカにしていました。しかし、「I LOVE YOU」や「15の夜」「OH MY LITTLE GIRL」など今だにカラオケで鉄板の人気のある曲を、わずか17歳の現役高校生で作詞・作曲されたことを改めて知りびっくり。

「きしむベッドの上で優しさをもちより」→「高校生とは思えない素晴らしく美しい表現だ。」

「盗んだバイクで~行く先もわからぬまま、暗い夜の帳の中で」の「帳(とばり)?高校生が使うか?」

「刹那に追われながら、傷づくことを恐れる僕は」「刹那(せつな)?高校生が使うか?」

『もしかして、尾崎はただの甘っちょろいガキじゃなくて、早熟の天才だったのでは?』と思うようになってきました。」

こんな感じでしょうか。

これは勿論、お二方の意見ではなく、勝手な自分の想像も含めた解釈です。

しかし、このように感じている人が特定の年代では多いのも事実かと思います。

それは尾崎豊が活躍した時期と聞き手の年齢に起因するものかと思います。

 尾崎は青臭い?

 尾崎が世に知れ渡ったのは1985年1月に発売した「卒業」がヒットしたあたりからです。

当時すでに大学受験を控えていた高校2年生、大学受験追い込み真っ最中の高校3年生は尾崎どころではありません。高校1年生だったら環境的にまだ余裕があるので刺さるかも?。

同じように当時大学・社会人なり立ての大人には「校舎の窓ガラス割った」とか「この支配からの卒業」という青臭い歌詞はまず刺さりません

大学生だったら「大学のレポートの提出、サークル活動、彼女作るぞ!、アルバイトに追われる日々」

社会人なり立てだったら「覚えることが腐るほどある、入社した会社が自分にあっているか悩む、パワハラ、セクハラにあう」などなど、皆それどころではない状況下に置かれていました。

リリーや宮本などの年代の人が、尾崎を青臭いと表現していることは決して批難されることでもなく、生まれた時が生まれた時ならば至極当然のことかと思います。

尾崎体験をした奇跡の年代

 しかしそれとは逆に、卒業の歌詞にドンピシャでドハマりした特定の年齢層があります。

1985年3月に中学卒業を控えていた1969年4月~1970年3月生まれの中学3年生です。

同様に卒業を控えている高3の人たちより、まだ未成熟感の強い中3のほうが

歌詞の世界観もあいまって、より刺さったのではないかと思います。

もちろん高校受験で忙しい中3たちは、尾崎どころではなかったでしょう。

 ただこうして俯瞰して見ると、尾崎体験をし得る世代と、そうでない世代にくっきり分けることができると思います。

ここが尾崎のコアなファン層の分岐点になっているのも推察されるところであります。

現在だとだいたい55歳くらいの方々が最高の尾崎体験をしている年齢です。

その世代が親になり、子供(20代~30代)も尾崎をよく聞いて育ったという流れが

尾崎が今だに忘れ去られず伝説になっている大きな要因だと思います。

【要約】

尾崎は青臭い、おれたちはそれどころではない世代→1960年~1967年生まれ

まあまあの尾崎体験をした世代→1968年4月~1969年3月生まれ(当時高1)

最高の尾崎体験をした世代→1969年4月~1970年3月生まれ(当時中3)

良い尾崎体験をした世代→1970年4月~1972年3月生まれ(当時中2~中1)

初期尾崎の評価

このように尾崎の初期評価は、それぞれのバックグラウンドも関係し、見事にきっちり線引きされます。

逆に言うと、尾崎体験をできなかった1967年以前生まれの方々が尾崎の評価をするには

まだまだ長い時間がかかるのです。

それがリリーフランキーと宮本浩次の発言に顕著になって表れていると自分は思います。

カセットテープ・ミュージック

BS12のマキタ・スポーツとスージー鈴木による80年代邦楽を中心とした音楽評論番組。

この番組内でも尾崎の評価が分かれていて面白いのでご紹介します。

マキタスポーツ→尾崎大好き。好きなので尾崎をネタにした替え歌なども自作。尾崎フリークを自称。

スージー鈴木→尾崎はちょっと苦手。初期尾崎は嫌いじゃない。デビューアルバム「十七歳の地図」はすごいアルバムだと認めてはいる。「太陽の破片」あたりから苦手。

この二人のやりとりが面白いんですよ。

具体的検証

スージー鈴木(1966.11.26)→尾崎体験なし

マキタ・スポーツ(1970.1.25)→尾崎体験ドンピシャ世代

ちなみに

リリー・フランキー(1963.11.4)→尾崎体験なし

宮本浩次(1966.6.12)→尾崎体験なし

伝説

このような前段があって、尾崎が逝去された際に爆発的に尾崎の知名度が上がり、ファン層も一気に拡大し現在に至るのです。

 


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