桜島に辿り着いた。噴煙は見えなかった。当然、降灰はなかった。
バスや対向車の捲き上げた火山灰を浴びせられただけだった。
捲き上げられた火山灰の霧の中を走る恐怖。
瞬間と言ってもいいほどの短時間ながら、辺りが全く見えなくなる怖さ。
それから僅かの時間で立ち直れたのは、セローの安心感によるところが大きかった。
もっと前傾するロードタイプだったら、恐怖を感じていた時間はもう少し長く続いただろう。
勿論その分、印象深く、思い出にもなるんだろう。
けど、そんな危険な思い出作りのためにバイクに乗ってるんじゃないし、そのつもりもない。
「楽しい」、だけが良いに決まっている。
火山灰を浴びせられた。
夏の暑い一日で、ヘルメットにゴーグル、風を通さない長袖の丈夫なジャケット。
汗をかいている。顔がゴワゴワしているのが分かる。
だからと言って下手に触っちゃいけない。火山灰が顔に付着している筈だ。きっと薄黒い顔になっている。
顔を洗いたい。今すぐにでも洗ってすっきりしたい。
けど顔を洗うのは後回し。まずはフェリーに乗ろう。
顔を洗ってから乗ろうとすれば、フェリーはいなくなっているかもしれない。
十五分か二十分でも、待たされるのは間抜けな気がする。
フェリーに乗れば、顔を洗える。
「すいません。顔を洗わせて下さい」
水道の蛇口に顔を近づけ、洗う。
ゴーグルをしていた辺りは心配ないだろうけど、露出していた頬は怪しい。
手を当てただけでザラついているのが分かる。
一刻も早く、と急いでいたのと、触ると汗と火山灰とで汚れるのが分かっているから、ヘルメットは取らないで。
ヘルメットの表面は汗をかいてない(当たり前)。だから火山灰は付着しない。
ゴーグルだけ外し、背中に回して顔を洗う。
汗と灰が落ちていくのが分かる。
きれいになった手でヘルメットを外し、乗組員に礼を言う。
「兄ちゃん。もっと洗った方が良い」
「え?」
蛇口の上の方に取り付けられていた鏡を指され、覗き込むと、そこには一本眉の男の顔が映っていた。
「あ!」
鏡の中の一本眉の男が口をぽかんと開けて笑った。
ヘルメットとゴーグルの間、指一本ほどの隙間にも火山灰は分け隔てなく入り込み、ちゃんと黒く付着していた。
どう見たって、元からの黒々とした一本眉。
ヘルメットをしたまま洗ったので、額を洗い残していた。
ヘルメットを甲板に置き、もう一度、今度は額も丁寧に洗ったのは言うまでもない。
これまた、慌てていたので写真を撮ってない。
二十五年ほども昔のことだが、フェリーの壁面に備え付けられていた細長い鏡に映った珍妙な一本眉毛の顔は、今でも忘れられない。
鹿児島の北にある竜ヶ水辺りで、がけ崩れがあった。
連絡により運転士が列車を止めた。しばらくしたら列車の後方でもがけ崩れが起こり、列車はどうすることもできずに孤立した。そして、後に「プロジェクトX」でも採り上げられた奇跡の救出劇が展開された。
今回の日記はその時のもので、この快晴の大隅半島横断ツーリングの数日後、上記の大事故が起こった。
用事を済ませて商店街を歩いていたら、道路わきの小さな排水溝から水が湧いてきた。
これは相当な雨だな、と思いながら数十メートルも歩かないうちにアーケード下の道路が水浸しになる。
アーケードを出たら、くるぶし辺りまでの水になっている。
百メートルほど離れた宿に、膝下あたりまで浸かりながらとにかく逃げ込み一安心。雨は止まない。
泊まっていた旅館の前のガードレールも水没するほどの雨で、道路より一段高くなっていた駐車場でも、もしセローでなかったら、マフラー当たりまで浸かっていただろう。
ここでも、「ああ、セローで来ていて良かった!」と。
帰りのフェリーは欠航。予約していたのだけど代わりのフェリーは、ない。神戸に帰れない。無断欠勤になる。
急遽、宮崎まで行ってフェリーに乗ることにした。
その話は、また機会があれば。
・
バスや対向車の捲き上げた火山灰を浴びせられただけだった。
捲き上げられた火山灰の霧の中を走る恐怖。
瞬間と言ってもいいほどの短時間ながら、辺りが全く見えなくなる怖さ。
それから僅かの時間で立ち直れたのは、セローの安心感によるところが大きかった。
もっと前傾するロードタイプだったら、恐怖を感じていた時間はもう少し長く続いただろう。
勿論その分、印象深く、思い出にもなるんだろう。
けど、そんな危険な思い出作りのためにバイクに乗ってるんじゃないし、そのつもりもない。
「楽しい」、だけが良いに決まっている。
火山灰を浴びせられた。
夏の暑い一日で、ヘルメットにゴーグル、風を通さない長袖の丈夫なジャケット。
汗をかいている。顔がゴワゴワしているのが分かる。
だからと言って下手に触っちゃいけない。火山灰が顔に付着している筈だ。きっと薄黒い顔になっている。
顔を洗いたい。今すぐにでも洗ってすっきりしたい。
けど顔を洗うのは後回し。まずはフェリーに乗ろう。
顔を洗ってから乗ろうとすれば、フェリーはいなくなっているかもしれない。
十五分か二十分でも、待たされるのは間抜けな気がする。
フェリーに乗れば、顔を洗える。
「すいません。顔を洗わせて下さい」
水道の蛇口に顔を近づけ、洗う。
ゴーグルをしていた辺りは心配ないだろうけど、露出していた頬は怪しい。
手を当てただけでザラついているのが分かる。
一刻も早く、と急いでいたのと、触ると汗と火山灰とで汚れるのが分かっているから、ヘルメットは取らないで。
ヘルメットの表面は汗をかいてない(当たり前)。だから火山灰は付着しない。
ゴーグルだけ外し、背中に回して顔を洗う。
汗と灰が落ちていくのが分かる。
きれいになった手でヘルメットを外し、乗組員に礼を言う。
「兄ちゃん。もっと洗った方が良い」
「え?」
蛇口の上の方に取り付けられていた鏡を指され、覗き込むと、そこには一本眉の男の顔が映っていた。
「あ!」
鏡の中の一本眉の男が口をぽかんと開けて笑った。
ヘルメットとゴーグルの間、指一本ほどの隙間にも火山灰は分け隔てなく入り込み、ちゃんと黒く付着していた。
どう見たって、元からの黒々とした一本眉。
ヘルメットをしたまま洗ったので、額を洗い残していた。
ヘルメットを甲板に置き、もう一度、今度は額も丁寧に洗ったのは言うまでもない。
これまた、慌てていたので写真を撮ってない。
二十五年ほども昔のことだが、フェリーの壁面に備え付けられていた細長い鏡に映った珍妙な一本眉毛の顔は、今でも忘れられない。
鹿児島の北にある竜ヶ水辺りで、がけ崩れがあった。
連絡により運転士が列車を止めた。しばらくしたら列車の後方でもがけ崩れが起こり、列車はどうすることもできずに孤立した。そして、後に「プロジェクトX」でも採り上げられた奇跡の救出劇が展開された。
今回の日記はその時のもので、この快晴の大隅半島横断ツーリングの数日後、上記の大事故が起こった。
用事を済ませて商店街を歩いていたら、道路わきの小さな排水溝から水が湧いてきた。
これは相当な雨だな、と思いながら数十メートルも歩かないうちにアーケード下の道路が水浸しになる。
アーケードを出たら、くるぶし辺りまでの水になっている。
百メートルほど離れた宿に、膝下あたりまで浸かりながらとにかく逃げ込み一安心。雨は止まない。
泊まっていた旅館の前のガードレールも水没するほどの雨で、道路より一段高くなっていた駐車場でも、もしセローでなかったら、マフラー当たりまで浸かっていただろう。
ここでも、「ああ、セローで来ていて良かった!」と。
帰りのフェリーは欠航。予約していたのだけど代わりのフェリーは、ない。神戸に帰れない。無断欠勤になる。
急遽、宮崎まで行ってフェリーに乗ることにした。
その話は、また機会があれば。
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