水川青話 by Yuko Kato

時事ネタやエンタテインメントなどの話題を。タイトルは勝海舟の「氷川清話」のもじりです。

・RENTを観る 日本公演と映画と

2006-11-26 12:31:58 | エンタテインメント系
新宿の東京厚生年金会館でRENT日本ツアー公演を観てきました。最後にこの会場に来たのは、三上版「ヘドウィグ」だったなーとしみじみしつつ、何かと引き合いに出したくなるヘドウィグ話はここまでにして(RENTを観ながら、Hedwigのイツハクがエンジェルをやったらどうなってたかなとか、HedwigのJohn Cameron MitchellがほんとにAngelをやってたら……とか考えるのは、やめにして……。でもちなみに、RENTのオリジナル版MarkのAnthony RappもHedwigを演じたんだと知ってびっくり。それでやっと私の中でくるっと輪がつながったです。山本耕史くんとMarkとHedwigとAnthonyとJohnとHedwigと山本くんとMarkと……∞)。

さて、RENT。RENTを観るのは、すごく久しぶり。NYで観て以来だから、もう何年ぶりだろう。でもブロードウェイ版のCDは繰り返し繰り返し聴いてるので、条件反射でした。エンジェルが歌う「I'm Angel....」で唇を噛み、マークがロジャーに「Take your AZT」と言う台詞でスイッチが入り、「One Song Glory」が始まるともうパブロフの犬状態で感情が……。「Will I lose my dignity...」でもうボロボロ。

オリジナル・キャストとの比較で言えば、マーク役のJed Resnick(山本耕史くんとのツーショットはこちら)の声が、Anthony Rappにすごく似てたので、ちょっとびっくり。

オリジナル・キャストとの比較でさらに言えば、これはもちろんNon-Equity Tour (俳優協会Equity会員ではない俳優・スタッフによる巡業公演→製作費が安く抑えられるという興行側のメリットあり)なので、いわゆるAチームではあり得ない。それはわかってることで、だから今回の公演も、チケット取りをギリギリまで迷ったんだけど。

それを分かった上で観て、やっぱりちょっとうなった。明らかにAチームではない舞台でも、このレベルのアンサンブルが組めるんだからね。このレベルの歌と音の厚みが出せるのだからね(音が濁るな、と思ったところとか、知ってる歌詞なのに聞き取りにくいな、と思ったところもあるけど)。こういうのが、アメリカのショービジネスの底の厚さだ。日本と比べても仕方がないのだけど、山本くんには本当に悪いけど、彼の「tick, tick... Boom!」を観た直後だけに尚のこと……。

特に歌の要となるTom Collins役の、Scottie McLaughlinという役者さんの歌が良くてね。なんていうんでしょうね。「細胞が沸き立つほど歌のうまいアフリカン・アメリカン」というこちらの勝手なステレオティピカルな期待に応えてもらうには、このぐらい歌ってくれないと――というレベルを見事にクリアしていたので。いや、彼に限らず、やっぱり「ミュージカル」というからには、「このぐらいの歌唱力はないと」というレベルに、このプロダクションは達していたと思うです。

そしてRENTの素晴らしい楽曲を、ライブで聴く――っていう高揚の体験ができた。「Seasons of Love」を合唱できる喜びよ! いい夜でした。

そしてさらに。「舞台を再見するまでは観ない」と自ら封印していたクリス・コロンバス監督(……)の映画をやっと観る。結論。恐れていたほどではなかったけど、やっぱりクリス・コロンバス映画だった。でも、Anthony、Adam、Jesse, Wilson, Idina, Taye といったオリジナル・キャストの面々の演技を、こういう形で記録できたのは本当に良かった。AngelとTomのラブラブっぷりが、映像として記録されたのは、本当にステキなことだ(I'll Cover Youがもう! あんなに楽しくて可愛くて切ないラブシーン、ちょっとすぐには思いつかないくらい)。それに未公開場面でちゃんとAnthonyの「Halloween」や、「Good Bye Love」も観られたので。

そう、「Halloween」と「Good Bye Love」が劇場未公開だったのね。映画館に見に行かなくて正解だった。DVDで観られるって分かってなかったら、もうプンプンに怒ってたと思うから。

対立・別れ・孤独――を描いているこの2曲を本編からカットした。これは実にクリス・コロンバス的な「感性」を象徴するものだなと思う。特に「Good Bye Love」をカットするっていう信じられない判断。コメンタリーで、コロンバス本人の説明を聞いても、私は納得できなかった。「みんなが離ればなれになったというのは前の場面で分かってるし、ラストを前に観客にはもう、これ以上の感情の高まりはトゥーマッチだ」という判断。これが彼の観客に対する一貫した姿勢で、だから一連の、あーゆーユルイ映画を作り続けてきたんだなと思った(この映画を10代の観客に観てもらいたいので、PG13レーティングをとれるように工夫した――という姿勢には共感するけど)。

なんだかんだ言ってるけど要するにこの監督は、Good Bye Loveで描かれてる辛い辛い激情のぶつかり合いから逃げたんだな、と。あるいは観客の「鑑賞力」「感応力」「感情量」をすごく低く見積もってるのね。そう思ったら、監督のこれまでの作風にすごく合点がいった(自殺したAprilを発見する場面を撮ったけど使わなかった、というのも同じことのように思う。堪え難いほど辛いことは避ける、というか。Aprilを発見する場面を観る必要があったとは、私も思わないけど、彼女が自殺したってのは、ロジャーの未完結な喪失感を語るためにも必要だと思うから。長く患った恋人を最期まで看取るのと、自殺でいきなり失うのとでは、残された恋人の状態が違うと思うから。そしてAprilの死って体験を共有しつつ、ロジャーを心配しながら保護者のように見守るマークの状態も)。

Good Bye Loveの場面をカットしたほかの理由「マークとロジャー二人だけの場面で、お互いに向って歌い合うのがここだけで、唐突な感じがして変だと思った」ってのは、いかにも言い訳じみてる。というか私の好みでいえば、この大事な場面に向けてそれまでのマークとロジャーの二人演技を作っていくべき。逆に、二人だけの場面で妙に自然体に会話演技させてるのが、ほかの場面から妙に浮いていたし。

コメンタリーを聴いても、監督が「realistic」にすごくこだわってたのが分かるけど、私は反対の意見。ロケや本物っぽいセットで映像をrealisticに作ろうとすればするほど、「なんでこいつらはNYの街角で歌ってるんだ」という違和感が。「ミュージカル映画」が苦手な私のような人間には、特に。

だってそもそも「ミュージカル」に、そういう映像的なリアリズムを追求してもしょうがないでしょう。厳密な筋立てとかリアリズムとは全く違うところに、ミュージカルというジャンルの生命線があるのだと思うから。

私は実はRENTについては、人物たちの設定と楽曲を愛してるけど、プロットそのものには弱点がいっぱいあると思ってる。最大の弱点が、最後のクライマックス。死んだと思ったら「白い光」に迎えられて生き返るって……今時の作劇でそりゃないだろうよって展開(コメンタリーで、「生き返るべきじゃないっていう人もいるけど、それはおかしい」って話し合ってるけど、私の不満は生き返ったことそのものじゃなくて、「死んだと思ったら生き返った」って陳腐な常套手段にクライマックスをもっていった筋運びのまずさにある)。(ついでにいえばまあ、感情的に、「秋田犬を殺した」ってのがイヤだな)

でも、そもそもの劇作に対する不満も全て打ち消す、この設定の痛切と真実。この楽曲の素晴らしさ! そして監督の姿勢に対する不満を打ち消す、出演陣の素晴らしさ! 食わず嫌いしていないで、ついに観て良かった。映画「RENT」。

そしてさ来年、東宝(何ともクリス・コロンバス的な製作会社が…)が、日本版RENTを上演するそうですよ。となれば山本くんは……と考えずにはいられないのだけど……いっそのことマークではなくてロジャーをやってみたらどうだろうか、その方が彼にとっても発展性があるんじゃないか……とか、まったく余計なお世話な想像をあれこれ(ただ、東宝のオーディション募集要項の書き方を読んでると、これでふたを開けたらやっぱりマークは山本くんでした……じゃあ、ちょっと収まりが悪いような気もするなあ……)。