goo blog サービス終了のお知らせ 

ちいさな学校(岬の分校と呼ばれて)・小豆島

小説「二十四の瞳」のラストから間もない昭和二十三年から三十二年までの分校物語。亡き両親と孫のミナとユリに贈ります。

渋谷でど~もに行った

2013年05月07日 22時56分05秒 | 日々の暮らし
連休と言っても私は毎日が連休なので、とりわけ特別ではないのだけれど、観光地に住んでいるので、この期間は人がどっと増えて、連休を実感できる。
何もこの混雑の中を・・・と思ったけれど孫たちを誘ってみたら付き合ってくれるというので、テレビでいかにも楽しそうなお誘いがあって、私はこれに乗った。
それはNHK放送センターで開かれている「渋谷でど~も」
渋谷に着いたとき、ああ、無謀だったと気付いたけれど子供たちを誘った手前楽しくしなくてはと、張り切って放送センターまでの緩やかな坂道を歩いた。
まづ、迎えてくれたのが「ど~も君のふわふわジャンボ」

          
                       お庭にいた医師のど~も君

ジャンボど~も君に入るために並ぶ子たち
          
                 

スタジオパークの中で「ニュース深読み」の解説中。人気の小野アナウンサーはそのままの方でした。
               

お土産に頂いたど~も君のペーパークラフトを二人の孫は帰宅後即制作。メールで送ってくれました
              
私はまだつくっていません。              ハチ公にも久しぶりにじっくり会いました  

子供連れが大集合でしたが、私はやっぱり疲れてしまいました。(5月4日です)


にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン

片瀬漁港

2013年05月04日 02時01分36秒 | 日々の暮らし
爽やかな五月の風に誘われ、川沿いに歩いて江ノ島駅を超え、片瀬漁港まで行ってみた。海に突き出た波止場が新しくなっていて、ずいぶんこの海辺を歩いていなかったと気付いた。
釣りをする子どもたちがたくさんいた。ボラが釣れたと大声を上げた子がいて、覗いたら逃げられてしまったと悔しがっていた。昔、小豆島で海で獲れたボラを漁師さんが持って来てくれたのをアライにして酢味噌で食べていたのを思い出す。
海の風は少し寒かったけれど、波はそれほどでもなく陽が少し傾きかけた海はキラキラと光っていた。
一緒に歩いてくれた友と川岸のレストランでビールでおしゃべりをして、身も心も軽くなって夕日が落ちるころ家に帰りついた。

キラキラと輝く海



漁船と江の島



釣り船が帰港



帰り道
                   


にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン

我が家のこいのぼり

2013年05月03日 22時46分27秒 | 日々の暮らし
息子も五月人形を喜ぶ歳でもないけれど、季節なので一つだけ飾ることにしています。私のためにです。五月五日の次の日に生まれたので、初節句は丸々一年後でした。
子どもの頃は兜を飾り、父親の飾りも全部ならべたものです。神武さんや鍾馗さん金太郎、幟や槍や鉾等々ちょっとめんどくさかったけれど親の務め、嫁の務めと思って。愛情も無かったわけではありません。
毎年やっているとそれなりに楽しみだったり使命感んも出てきて、誰も喜ばなくなっても私一人で楽しむようになっていった気がします。
しかしこのところは、こいのぼりを揚げている若武者だけにしています。この飾りは、夫の勤務先の社長夫人が自らお届けくだっさたもので、娘のひな人形ともども大切にしてきました。社員に子供が生まれるとお祝いはもちろんながら、初節句にはどの家庭にもご自身でとどけてくだっさたのです。
今では考えられないことです。
実家と兄弟からもらった鯉のぼりは、海の風が強くてものすごい音を立てたり、ベランダやテレビのアンテナに引っかかったりするので何年かでやめてしまいました。
この鯉のぼりは小豆島の岬の分校に貰っていただこうかと考えています。

             

     

菖蒲湯に入って今年も乗り切りましょう



にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン

明日の神話・・・・岡本太郎画伯

2013年04月26日 13時16分57秒 | 日々の暮らし
先週様変わりした渋谷の駅でおのぼりさんの私はすっかり駅構内で迷子になってしまった。
「あ~あ」とため息をついたとき目の前が広がり、大きな壁画が飛び込んできた。
テレビや、紙の情報で何度も見たけれど、初めての本物との出会い。
「明日の神話」だった。
 小学生の頃、芸術などとは程遠い小豆島のちいさな分校で暮らしていた私は、さまざまなことを父の言葉から知った。ちいさな分校で教師をしていた両親は私を退屈にさせない人だった。
 岡本太郎画伯と父はたぶん同じ歳だったと思う。父は、絵描きにもあこがれた時期があって、美術には常に興味を持っていたようだ。海の向こうの四国高松の美術館で展覧会があると、出かけていくことも度々あった。
私も船酔いに悩まされながらも街に行きたくてついていったものだ。
 その当時、岡本太郎の本物の絵は見たことがなかった。あるとき何かに出ている(美術手帳だったのかもしれない。毎月この雑誌は我が家に届けられていたから)絵を見せながら、この個性あふれる画家の話をしてくれたことがある。両親の岡本一平、かの子夫妻の話も初めてこのとき聞いた。子供だった私は凄い人と思っただけ。
 父は若いころから前頭部が侵食していきタイプの軽く禿たタイプで、よく岡本太郎の真似をしていた。年を取ってからは真似をするととても似ていた大笑いさせてくれたものだ。
「明日の神話」を見ながら父を思い出していた。

明日の神話

            
一昨日の夕刊にChim↑Pom「PAVILION」展の美術評を見つけた。
”岡本太郎に共鳴”とタイトルがついている。評論されている岸桂子さんの文章をそのまま紹介させていただく。
「男女6人組の若手アーティスト集団『Chim↑Pom(チン・ポム)』は現代社会を象徴する場所や現象に迫る映像作品などを手掛けてきた。・・・・・今回の会場は岡本太郎の住居兼アトリエを公開する東京・南青山の岡本太郎記念館だ。」
「東日本大震災から50日後渋谷駅構内にある太郎の壁画『明日の神話』の右下端に、チン・ポムが福島第一原発を想起させる絵を付け足した一件を思い出さずにはいられない」その際は
「日本の被爆を扱ったクロニクル(年代記)である『明日の神話』を歴史的に位置づける必要があった」とゲリラ的に介入したが、今回は正式なコラボレーションといううわけだ。
メンバーは「太郎さんとの縁」と「2013年に発表する意味を入念に考え、新作に挑んだ。

後略  興味ある方は毎日新聞4月24日の夕刊を見てください。

私は興味がわいた。なぜかこの展覧会に招かれているような気がしている。
私が何かの縁を感じてしまったのだろう。
この評論を読み想像をしても実際に何も見たことがない私には想像がつかない。だから行ってみようと思う。

数年前に大阪で久しぶりに「太陽の塔」に出会った時の青空を思い出している。

   太陽の塔
           




にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン

今年の夏みかんは6個しか生りませんでした

2013年04月24日 22時10分57秒 | 日々の暮らし
多い年は30個以上生る庭の夏みかんですが、今年はたったの6個でした。さびしい木を見ながら、実が落ちてもいいと放っておきました。
草取りをしながら、放っておくのはちょっとかわいそうかなと思い直し収穫。たったの3分で終了。
毎年、ママレードにしているので作ることに。
カスピ海のヨーグルトも10年間、やめられずに作り続けていて、これにうちのママレードを混ぜて食べるのが私の健康にもつながっていると思い込んでいるのです。
柚子でも作ります。
自己流ですが美味しいのです。

     今年は少ししかできませんでした。
                 

高知の小夏と一緒に撮りました。小夏は亡くなった小豆島の母が大好きだったのです。

     
           


にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン

おくる

2013年04月18日 01時21分26秒 | 日々の暮らし
毎月一緒にお墓参りをしていた叔母が半年の闘病に力尽きて10日未明亡くなりました。
義父の弟の奥さん。二人の子供を成人前に、叔父を10年前に亡くし一人で暮らしていたのですが、とても意志の強い人で身の回りのこともきちんとされていて、私にとっては生きるお手本のような86歳だったのです。
月に一度、静岡の山にあるお墓にお参りするのが私たち二人の楽しみでした。
一緒にお花を買って、お線香を持って出かけます。草を取り、花入れや墓石をきれいにしているうちに時が過ぎていきました。もう一緒に行けない。いつもここに眠っているのだと思うと寂しさが募ります。
お寺や諸々の事情でお葬式まで三日待ちました。
そのため、このⅠ3、14日に高松、小豆島で開催された「打楽器アンサンブルと合唱の祭典」への参加を急遽取りやめることになりました。
近しい人との永遠の別れは突然にやってきます。そのために生きている人は可能な限りおくる日を過ごすことになります。
小豆島行と重なったことも意味があるのでしょう。どちらも忘れられない出来事となりました。
晴れ渡った空に大きな富士山の姿が、苦しみから解き放たれた叔母をおくるにふさわしい雄大さでした。

         さよならの日の富士山

                     


                 駿河小山道の駅の金太郎さん
                       

この道の駅でお花を買い、小山の水を汲んでお参りしたものです。16日、七日目のお参りに、ここでお水を汲んで行きました。


にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン

夕景

2013年04月09日 11時39分10秒 | 日々の暮らし
きのう一日中家に閉じこもっていたので夕方散歩に出かけました。川沿いに出るとお日様が富士山の側面に静かに落ちていくところでした。
川も海も富士山もいつも見慣れていて、こんな景色に出会う時間に歩こうとしていなかったと気づきました。
昔はこの土手をよく歩いたなあとつぶやきながら・・・・

                      

前日の川は嵐の後で泥の川になっていたのに、心変わりがしたかのように今日の流れは澄み切っています。夕日がかすかに川面を明るく照らしていました。


カヤックに乗った青年がアッという間に目の前を通り過ぎてゆきました。

             


夫と歩いた時、ボラたちが川面のあちこちでジャンプするのを見ながら、ジャンピングフィッシュのお話を作ってみたらと言われたことを思い出しました。
ボラはあちこちで跳ねていましたが、携帯を構えて写そうとすると違う方で跳ね、カメラを移すとまた別のところで跳ねるのです。じっと同じ場所に構えていても馬鹿にしているようにあちこちで飛んでいました。やっと撮れた1枚。どれくらい川岸に佇んでいたのか・・・・家に帰るともう暗くなっていました。



海に続くこの川べりをを歩く時、船が波に揺れる音を聞くたびに懐かしくてならいのが小豆島です。

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン

ミニトマトに花芽が

2013年03月28日 01時32分42秒 | 日々の暮らし
ちょっと目を離した隙にミニトマトの花芽がついていました。このところ水の吸収も速くずいぶん勢いがあるなあと思っていたのですが、こんなに早く花の芽が出てくるとは思っていませんでした。
水を足したり、かえたりするので支柱などを立てることが出来ないので見守ってやるだけですが、この目が黄色い花を咲かせ、かわいいいくて赤い実が成るのもそんなに遠くないかもしれません。

芽が見えますか



こんなに伸びました

                   
                    
                   

                                          




にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン

うちの夜桜です

2013年03月26日 00時25分50秒 | 日々の暮らし
寒い雨の中昨日満開だったうちの桜が散り始めました。寒そうに門灯に照らされている姿を美しいと思いながらも、寂しさもつのります。
明日も寒いと予報が言っています。

ライトアップされていると華やかな夜桜ですが、門灯だけではネ

   
                  





にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン

うちのさくらが咲いていた!!

2013年03月20日 11時37分44秒 | 日々の暮らし
開花は二、三日前だったのかもしれません。風が強かった事もあって、二日間外出せず庭に出ても空を見上げなかったのです。
本日、外に出てふと屋根の上を見たら、何と咲いているではありませんか。

私にはさくらにいい思い出がありません。

でも今日の温かい日差しの中で青空をバックに咲いている桜を見たとき、不思議な気持ちになりました。このさくらの木が見つめてきた、家族のさまざまなことが一気に思い出されて・・・・

         
             


                    



にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村
お読みになられた方はこちらを1クリックお願いします
大人のための新しいネットワーク「club willbe」
blogram投票ボタン