Tシャツとサンダルの候

 会社経営から身を引き、テキトーに楽しく過ごすオヤジの日々

暗がり食堂

2019-02-17 | 喰らう、飲む

気になっている食堂がある。

 

それは、私が通った小・中学校校区のど真ん中と言っていい場所にある。

謂わば、かつての縄張りだったエリアなのだが、つい最近まで、その存在さえ知らなかった。 

10年ほど前からだっただろうか。

通りに幟が立つようになり、初めてその存在を知った。

いわば発見と言っていい。

以来、行きたい行きたいと思いながらも、駐車場が無さそうだし、二の足を踏んだままになっていた。

最近ネットで、駐車場がちゃんとあることを知った。

そうとなったら、行くしかあるまい。

超分かりにくい駐車場に車を止め、幟が立つ通りまで歩いていく。

古いビルのIF真ん中に、薄暗がりの通路がある。

この闇の奥が、目指す食堂である。

この怪しさはどうだ。

通路の両側には数件のテナントが並ぶが、道路側の一軒とこれから行く食堂を除き、全てシャッターが降りている。

死屍累々である。

 

ゴクリ

 

目を凝らすと、暗がりの一番奥に、仄かな明かりが見える。

ここを始めて訪れる者が味わう気分は、闇夜を彷徨う旅人が、遥か遠くに灯る一筋の灯りに、救い求めるそれに似ている。

意を決して歩を進めた。

ここだ。

今や、絶滅危惧種といっていい大衆食堂。

こんな辺境でひっそりと生きていた。

 

ガラガラガラ

 

ごめんくださーい。

「へい、らっしゃーい」

 

店は老夫婦二人で切り盛りしている。

私の他には、上品そうなご婦人と、その息子が小上がりにいるだけである。

余りに不釣り合いなので聞いてみると、

「息子がこの近くの私立中学に通っていまして、この店の事がずっと気になっていて・・・」(ご婦人)

あの暗闇を、母子で励ましあってここまでたどり着いたとの事。

意外な事に、大衆食堂のファンらしい。

 

 

それはそうと、壁にも何処にもメニューが見当たらない。

 

「メニューはどこかな?」(私)

「あ、これ。」(店主)

ここまで訂正されたメニューを私は他に知らない。

『俺がパソコンで作ってやろか』という言葉を飲み込みながら、

「チャンポン頂戴。」 

 

料理が出来上がるまで、この店の事を訊ねてみた。

すると、

「店?店は開店して50年くらいなるかね。」(オバチャン)

昭和45年、この場所で高木食堂は産声を上げた。

隣が鰻屋だった事。

恐らく久留米で一番美味しい鰻屋だったけど、

「そりゃもう女将さんが美人で・・・」

何の事情か分からぬが別れてしまい、結局店もダメになった事。

一番奥の自分の店が、一番長生きした事。

そうは言っても、ずっと出前ばかりで、店の中に中々客が来てくれなかった事。

そして、

去年、店主である亭主が大病をした事。

「動脈瘤ですたい。手術時間が、あーた、無茶苦茶長くてですの・・・」(女将)

なので最近は出前をセーブしている事。

等々

私が火をつけてしまったらしい。

オバチャン、話が止まんなくなっちゃった。 

これは、おしゃべりテロと言っていい。

「えすえぬえすっつうの?何か知らんけど、最近お客さんが多なってですね。」(女将さん)

 

へえー、そりゃ、よかったね。

あのー、

お話しの途中申し訳ないんだけど、そろそろ俺のチャンポン作ってくんない? 

「お待ちどおさま。」

 

ゴクリ

 

本日2回目の生唾だ。

見ただけで解る。

間違いない。 

角度を変えてもう一枚。

 

こんな大衆食堂のチャンポンは、敬意をこめて、ソースをちょいと回しかけるのが私の流儀だ。

 

頂きまーす!

 

ズルズルズルー

 

!!

 

うめえ。

最近食った久留米チャンポンでは一番だぜ。

「ウマイ!!がばい美味しかよ、オバチャン。」

「でしょうが。うちの味ば、だーれん知らっしゃれんとですよ。ばってん最近は、えすえぬえすのお陰でですの、あーた・・・」

 

こんな時、

オバチャンのおしゃべりテロを封じるには、さっとオバチャンから目をそらし、下を向いてひたすら麺を啜ろう。

 

ズルズルズルー


モグモグモグ

 

御馳走様。

また来るよ。

 

「有難うございました!」

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JAMBO特製チョコガナッシュケーキ

2019-02-16 | 喰らう、飲む

山登りの翌日、

股関節がまだ疼いていた14日に遡る。

 

 

 

 

ぬ?

 

何だ、これ。

ふぇ、ふぇありいず いん ざ があでん?

 

わきゃ!

ハートかよ。

 

 

あ、そうか。

今日はバレンタインか。

「これ、水泳教室でね・・・」(家内)

 

家内が通っている水泳教室のお仲間の中に、『共に生きる場 JUMBO』という、障害者施設の関係者がいらっしゃるそうだ。

JAMBOは、久留米養護学校の敷地内にあり、養護学校を卒業した生徒達が生き生きと働ける場として運営されているとの事。

この時期に作るバレンタインケーキの事を紹介され、そう言う事ならばと、予約していたのだそうな。

 

へえー、そうなんや。

それなら、ちゃんと頂かなくちゃな。

さっそく頂こう。

heartbreak!

ざっくり。

はむ。

 

こ、これは・・・

 

すんげえ、美味いじゃんか。

このチョコレートの濃厚さはどうだ。

そんでもって、生地はしっとりなめらか。

そんじょそこらのケーキ屋なら、尻尾巻いて逃げ出すような出来栄えである。

JAMBO特製チョコガナッシュケーキ。

チョコレートが多すぎて常温保存だと。

家内に言わせると、

「それなのに、とっても安かったい。」

だそうだ。

 

ふーん。

こんなに美味しいのに、何で、普通の価格設定にしないんだろう。

寧ろ、少しぐらい高めでも、喜んで買うと思うけどな。

 

 

ハムハム

 

 

ついでに、

コーヒー淹れてくれ。

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福寿草を求めて。秘境花園白崩平へ

2019-02-15 | 山を行く

「ここ?」(家内&私) 

 

 

 ポカーーン

 

 

拍子抜けするほどに唐突に表れた、岩宇土山の山頂標識。

尾根道の途中に、素知らぬ体で立っていた。

眺望を楽しみ、腰かけて休憩しようにも、どこからどう見ても、ここは単なる尾根道なのだ。

どこにもそんな場所は無いし、眺望もさっぱりである。

結局、久連子岳にしても、この岩宇土山にしても、山頂での滞留は無しとなった。 

ここからは、ひたすら下る。

 

下る。

 

下る。

 

ひたすら下る。

 

そして、相変わらず猛烈に滑る。 

じっと立っているだけで、前方に滑っていくぐらいだ。

私などは、何度か大きく滑って後ろにのけぞるも、尻餅をついてしまっては一大事だ。

なぜって、ズボンを泥だらけにしてしまっては、車のシートに腰かけられなくなるではないか。

帰りは、ズボンを脱いでパンツ一丁で運転するしかない。

仮に警察に停められたりでもしたら・・・・

その場の、想像を絶する屈辱感を思い描くがいい。

とても耐えられるものではない。

仰け反るたびに、両手を後ろについて、ブリッジでこらえた事に、拍手を送るべきであろう。

その代わり、両手ともドロドロである。

鼻水を拭う事も出来ぬ。

鼻水ダラダラで歩く羽目となる。

白崩平への看板。

足元がすべりやすい?

解ってるって、そんな事。

とうの昔に、骨身に染みてるぜ。

 

 

時計を見やる。

予想してた通り、大幅に時間超過である。

おまけに、途中でトレースを見失うというミスを犯し、道迷いまでやらかしてしまう。

この時ばかりは脳裏に、

 

『遭難』

 

の二文字が浮かんでいた事を、ここでコッソリ白状しておく。

その後、登山ルートを見つけた時の安堵感たるや!

何はともあれ、この日の主題と言っていい、白崩平の花園に辿り着く事が出来た。

野生動物などの被害から護るため、ぐるりと周りをフェンスで囲われていて、中に入るには、ロープをほどいて自分で入り口を開ける必要がある。

この保護区域自体が登山道の一部になっていて、そのまま通り抜ければよい。

中に入ったら、入口をキチンと閉める事も忘れずに。 

「あ、可愛か!」(家内)

 

早速、福寿草の群生がお出迎えだ。 

黄色い光沢のある花々が、あちらこちらに咲いている。

 

 

 

 

 

物の本によると、この光沢により、中心に熱を集め、昆虫を誘っているんだとか。

一番最初に咲く花の一つでもある福寿草。

当然、咲く時期は、真冬の厳冬期である。

あの光沢のある花弁は、お客様である昆虫をご接待するための、言わば暖房器具らしいのだ。

 

せっかくの福寿草だが、まごまごしていると、日没の心配すら出てきた。

早々に離れるしかないだろう。


保護区域から先は、足元の悪さも徐々に緩和され、歩きやすくなっていった。

この沢を渡渉すれば、林道までもうすぐだ。

ここまで、股関節に限って言えば、足元が不安定な事に加えて、急傾斜の登り下りが続いたにも関わらず、全く問題なしである。

 

と、自信を持ったのも束の間・・・

平坦な林道に出た。

ゴールまであと1kmぐらいかな。

なんて歩きやすいんだ。

わーい。

日没までのゴールに間に合ったぜ。

 

てくてく

 

「あれ?」

 

てくてく

 

「イテテテ。あれれ?」

 

てくてく

 

「いてえー!!股関節いてえー!」

 

平坦な道が原因というより、これまでの蓄積が林道の辺りで出たと言うべきだろうが、

 

 

私の股間節にとって、やはり平坦路が鬼門らしい。


追記

活動距離5,7km 高低差694m(いずれもアプリによる観測データ)

結局、コースタイム4時間15分のところ、5時間29分で下山となった。

休憩を入れてだが、1時間15分の遅れである。

雪の為に到着が遅れ、登山開始が遅くなった上、足元の悪さで登山時間も余分にかかってしまい、あたりが薄暗くなる4時過ぎの下山となってしまった。

今更当たり前の事だが、

コースタイムは、条件によって当てにならない事。

そのためには、時間に余裕を見ておく事。

深く肝に命じて、教訓にしたい。

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福寿草を求めて。久連子岳、岩宇土山を行く。

2019-02-14 | 山を行く

山雑誌【のぼろ】に特集されていた、岩宇土山。

福寿草が可憐に咲いている。

あと一つ、氷筍も見られるらしい。


ほほう、いいじゃん。


高良山での試運転の感触は、多少の不安が残るものの、「歩幅に気を付ければ登れそう」

希望的観測をもたらすに至った。

 

「福寿草見に行くか?」

 

岩宇土山。

九州の秘境とも言うべき、山また山の、九州脊梁山中にある。

途中、峠道はこうである。 

我が家では、スタッドレスを装備しているのは、キャンピングカーのスワローの一台しかない。

しかし、あの図体だ。

この先、道幅はどんどん狭くなるし、垂れさがった木の枝で屋根は打つし、難儀した事この上ない。

私がジムニーが欲しくなった理由が、お分かりいただけただろうか。

 

平家落人の里五家荘を過ぎる。

登山口は久連子(くれこ)古代の里の少し上の方にある。

登山口すぐの空き地には、5~6台の駐車スペースがある。 

この日の登山の目的は無論、【のぼろ】で見た、福寿草と氷筍だ。

とは言え、この時点で気温がかなり上がってきている。

氷筍の方には、早くも点滅信号が燈ってきた。

 

とにかく、登ろうぜ。

登山口から、いきなりの急登だ。

 

この登山道の殆どが、このような狭いトラバースと尾根道である。

そして、何しろ滑る。

恐るべき足元の悪さである。 

直ぐに息が上がってきた。

この1か月、山登りは勿論、長距離のウオーキングすら控えてきた結果は歴然である。

体力の落ち方が甚だしい。

「おっちゃん、どうした。もう、息が上がっとるやん。」(家内)

「ヒーヘー、しゃ、喋りきらん。声かけるな。ヒーハー。」(私)

 

山登りに関して、経験も技術も初心者である事を自任する私だが、体力だけは控えめに言っても、中級の下ぐらいはあると自負していた。

この日、そのささやかな自負すらも、音を立てて瓦解してしまった。

目出度く、

どこもかしこも、隅から隅まで、ずずずいーっと、完全無欠の初心者に戻ってしまったようだ。 

数日前の雪がまだ残っている。

頭上からは、枝に残った雪と、その解けた雫が、、間断なく降り注いでくる。

ちょっとした、小雨状態である。

昨日のものだろうか、トレースが残っている。

踏み跡を追って行けるので、道迷いの心配は無い。

切り出した材木を麓まで運搬する設備?

目の前に、数本の太いケーブルが現れた。

 

何度も言うが、

特にこのケーブルの辺りから、ただでさえ足元が狭いうえに、雪解けで地面がぬかるんでいて、滑ること滑る事。 

本気で滑落の心配をした程だ。

たった30センチの段差を越えるのも一苦労なのだ。

なんせ、片方の足を踏み出そうとしても、その時点で軸足の方が滑っていくのだから。

登山靴は泥だらけ。

それだけならまだしも、靴底に泥がくっついていき、どんどん重くなる。

各所にロープが補助に張ってある。

これなしではとても、歩けやしない。 

久連子岳直下の鍾乳洞到着。

【のぼろ】に、条件が整えば、氷筍が見られると書いてはあったが、この気温では到底無理なのは自明だ。 

案の定、影も形もなかった。

 

ゴツゴツした稜線が見えてきた。

 

この岩場を越えた尾根のすぐ先が、久連子岳頂上のようだ。 

両側は切り立った断崖である。

浮石でも踏んで、体勢を崩したらアウトである。

 

「俺だけ登って来る。直ぐ帰って来るけん、ここで待っとけ。」

ゆっくりと歩を進めると、

 

久連子岳到着。

写真だけ撮って、とっとと降りる。 

尾根道に戻った。

あのピークが岩宇土山かな。 

ここまで、コースタイムを随分オーバーしてしまっている。

私がへばった事もあるが、それより何より、あの足元の悪さが原因である。

急ぐぞ。

日没までには余裕はあると言え、下りにこの足元の悪さでは、もっと遅れるぞ。

溶け残りの雪が残る尾根道。

滑りやすい雪道でさえ、あの泥濘に比べれば、うんとましだ。 

 瓦礫は全て石灰岩だ。

 

ガレ場の急斜面を登る。

下っ腹がむず痒くなるような高度感である。

頂上付近は、急に傾斜が緩やかになり、台状の地形になる。

何処に頂上があるんだろう? 

あと五分か。

急に元気が出て、私を追い抜いて行くヤツがいる。

「フフフンフン♬」

何やら解読不能の歌まで、歌い出した。 

その後、台状の地形を過ぎ、ごくありふれた尾根道となった。

 

不意にそれは現れた。

 

 

「ここ?」(家内&私)

 

 

後半へ続く

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高良山で、股関節の試運転をしてみた。

2019-02-12 | 山を行く

股関節の痛みは相変わらずだ。一向に改善する気配が無いではないか。

もういい!

ずーっと、じっとしていてるのに、結局同じじゃないか。

俺は登る。 

断然登るのだ。

てことで、先ずは試運転がわりに、ホームグラウンド高良山である。

正面参道コースを行く。 

今回の目的は、どういったケースで痛みが走るのかを検証してみたい。 

ひいては、今後の歩き方のヒントにしたいと思う。

 

以下、

殆どが、自分の股間への問いかけと、股間からの答えである。

欠伸連発の投稿になるのは請け合いである。

と、忠告しておく。

 

てなわけで、

いつもの歩速の6割程度のスピードで、極々ゆっくりと歩いてみた。

ふむ。

登りはよっぽどのことがない限り、痛む事は無いようだな。

 

『そのようだな』(股間)

鳳山山頂。

条件が良い時は、普賢岳と有明海を望む事が出来るのだが、今日は完全に霞んでしまっている。

先日、あれだけ遠くまで見渡せたのに、我が筑紫の国は、たちまちの内に、PM2.5で覆いつくされてしまったようだ。 

奥宮。

この付近は平坦路となる。

この平坦な道に差し掛かると、途端に股関節に痛みが走る。

どうも、歩速もそうだが、歩幅に原因がある気がする。

登りや下りに比べて、平坦路では無意識に歩幅が広がってしまう。

問題はそこではないか。

 

『そうだろうか?』(股間)

 

きっとそうだ。

意識して歩幅を縮めて歩いてみた。 

高良山山頂の稜線に出た。

暫く来ぬ間に、陽光差す明るい稜線にすっかり様変わりしている。

所有者の高良大社も、林業バブルに浮足立ち、杉を刈り尽くすつもりかと思いきや、、、 

切り株の傍らには、一本一本、植樹がなされているのだが、

それが、杉の苗木ではなく、どうやら楓か何かのようなのだ。

この後、この稜線に杉が無くなり、紅葉狩りが出来るようになるやもしれぬ。 

明るくなった山頂。

 

帰りは鳳山を経由せずに、平坦路が続く、南斜面のトラバース道を通って帰る事にした。

案の定、少しばかり痛む。

 

『やっぱり』(股間)

股間が妙な納得をしているようだ。

こうなれば、「歩幅、歩幅」と、念仏のように唱えて歩くしかないようだ。

矢印左に降りて行くと、神籠石コースだ。

少し急斜面を降りてみようと思う。

 

『大丈夫か!』(股間)

これから暫くは、緩やかな高良山とは思えぬ、結構な急傾斜の斜面となっている。

股関節には過酷すぎる試練になりそうだが、試してみないと、今後の事があるのだ。

恐る恐る降りてみた。

 

 

予想外な事に、この急傾斜を下っても、

股関節は、

 

『全く痛く無い!』

 

と、言っている。

事ここに至って、大事なのは歩幅である事を確信した。

白鳳の大地震の時の活断層。

段差は最大で2mほどもある。

恐るべきエネルギーは、右に見える神籠石の並びを、突如として途絶えさせてしまっている。

この断層のずれを見れば、当時の筑紫国の被害が、壊滅的だったことが、容易に想像できる。 

その後は、神籠石列は整然さを取り戻している。

てくてくと下って行くと、

一般車道に突き当たる。

ここで終わり?

違う。

右上に見えるガードレールの切れ目に、注目して頂きたい。

ここだ。

何やらロープが見えるのが、お解りであろうか。 

そう。

車道で分断されて、終わったかに見えた神籠石コースは、ロープ場を下ってなおも続くのだ。

それにしても、ガードレールの隙間からロープ場が現れるとは、ちょいと珍しかろう。 

再び神籠石を横に見ながら下って行く。

 

途中から右に折れ、苔むした古い墓地を横切る。 

この辺りの神籠石内側は、歴代の座主や僧侶の墓地となっている。

高良山登山道の中でも飛び切りマイナーな神籠石コース。

その先の僧侶墓地からこの北谷にかけては、人の踏み跡も疎らな超が付くマイナーな道となる。

北谷の沢を渡渉する。

これは、神籠石の水門である。

神籠石列の最下部にあたる。 

参道入口まで着いた。

 

今回、歩き方次第で、ちょっとした距離なら歩ける事が分かった。

しかし明日は、4~5時間の山登りになる予定である。

元の木阿弥となるか、平気の平左なのか。

 

どうなる事やら。

 

 

『責任は持てん』(股間)

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ベランダで妄想する

2019-02-11 | オヤジつぶやく

股関節の痛みが引かず、ずっと山に登れていない。

この我儘な股関節にも困ったものだ。

お陰で、すっかりソファーに根が生えてしまって、盆栽と見紛うばかりである。

 

ふと外を見やる。

殊の外視界が良い事に気付く。

望遠を持って、ベランダに出てみた。

正面に見えるのは、お馴染みの高良山。

正確に言うと、社務所の上に見える山頂は鳳山で、高良山の山頂は影になっていて、ここからは見えないのだが。

左奥の尖がりは発心山。多分。

 

目を転じてみた。

あの三つの尖がりは、英彦山かな?

ほほう。

我が家から、始めて見えた気がする。

晴天とは言えない天気ではあるが、空気の方は澄んでいるようだ。

大陸からの贈り物のPM2.5様は、今日は届いていないに違いない。

三郡山山地。

航空路監視レーダーがくっきりと見える。 

左端のピークは宝満山。

背振山。 

自衛隊の通称メロンパンと呼ばれるレーダーを始め、気象台や新聞社の通信施設が林立している。

天山も見えるぜ。

これが見えたのも、多分初めてだ。

こうやって見ると、もうとうに、白く雪に覆われている筈なのに、どの山もそれが全く見当たらぬ。

去年の今頃は、アイゼンつけて難所が滝や背振を登ったり、嘉麻三山縦走して霧氷を満喫したり、

膝まで雪に埋めながら三俣山に登り、晴れわたる九重を一望して・・・

よしよし。

何だか、山に登ってる気がして、

 

 

 

 

・・・・・こないな。やっぱり。

 

あー、早く治らんかな。

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梅ほころぶ。将軍梅、梅林寺外苑、ついでに七木地蔵へ

2019-02-09 | ちょいとおでかけ

相変わらず、股関節が痛い。

但し、山登りは無理でも、ちょっとの距離を歩くのなら全く問題ない。

病院からも痛みを伴わない程度なら、歩いて構わないとお墨付きを貰っている。

 

「あー、暇だ。梅、観に行くぞ。」

 

ってことで、ここに来た。

宮の陣将軍梅。

頃は南北朝。

征西大将軍たる護良親王がこの地に陣し、少弐頼尚を大将とする足利幕府軍と、大保原を挟んで対峙した。 

今は宮の陣神社となっている境内には、紅梅が咲き誇っている。

 

 

これが護良親王お手植えと伝わる、所謂将軍梅である。

樹齢で言えば、700年近い老木だ。

将軍梅は、他の梅に比べて遅咲きらしく、蕾はほころびかけといったところ。

 

有馬家菩提寺梅林寺に移動する。

梅林寺外苑。

 

7分咲きから8分咲きといった感じかな。

 

平日という事もあってか、人はまばらだ。

 

少し晴れてきた。

 

 

苔むす梅の老木。

 

 桜は散り際が良いが、梅はほころびかけが良い。


 

夏目漱石の親友でもあり、恩人とも言うべき菅虎雄の記念碑。

松山中学や熊本五校への斡旋をしたのも、この菅だったらしい。

漱石は五校赴任時代、病気療養で久留米に戻っていた菅に会いに、度々訪れている。

菅虎雄の筆。

ドイツ語教授として、長く教育に携わりながらも、優れた能書家でもあったようで、漱石や芥川龍之介の小説の題字を揮毫している。

と、石碑に書いてあった。

観梅の期間中であるからなのか、珍しく平日に売店が開いていた。

それならばと、抹茶とぜんざいを所望。

犬連れであるため、お盆を借りて、筑後川を見下ろすベンチで頂く。

こら、もこ。

行儀悪いぞ!

梅に小さな鳥が、止まっては飛び去り、止まっては飛び去りを繰り返している。

ヘボの私には、シャッターを押すタイミングが、超が3個着くほど難しく、中々カメラに収めきれない。

 

「えーい、止めた。ちゅうことは、あれは梅に鶯やな。」(私)

「ちゃう、あれは目白。テレビで、中国の故事に倣って、本当は目白なのに無理やり鶯って事にしたらしかよ。」(家内)

「ふーん。」

「あ、ほらあそこ!シャッター押さんね。」

 

え、え?

 

パシャリ

 

唯一撮れたピンボケ写真がこれである。

本当だ。目の回りって白やん。

どうやらあれは鶯ではなく、目白に間違いないらしい。 

 

梅見が終わり、直ぐ近くのJR久留米駅前のラーメン店で昼飯だ。

無論、注文したのは、

久留米豚骨ラーメンだ。

何の衒いも無い、トラディショナルな姿は自信の表れである。

やっぱ、うめえな。

 

 

「せっかくやけん、七木地蔵に行ってみようか。近くやし。」(家内)

久留米に生を受けて60有余年。

私はこの南北朝の頃から伝わる地蔵尊へ足を運んだことが無い。

土台が神や仏に無頓着なのだ。

そんな私が手を合わせたとて、御利益があるとは到底思えないが、折角ここまで来たんだ。

願い事を聴いて貰おうかな。

このレリーフが御本尊である。

何々、『おんかかかびさんまえいそわか』って唱えるとな。

そんじゃ、

 

「おんかかかびさんまえいそわか。ムニャムニャ・・・」

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如意輪寺、またの名はかえる寺

2019-02-08 | ちょいとおでかけ

昨日。

山登りの予定が、雨の為中止。

予定を変更して、小郡の如意輪寺まで車を走らせた。

 

如意輪寺。

別名、カエル寺。

寺の山門前に差し掛かった。

すると、車の進路を妨害するように、スマホを構えた輩がウジャウジャいるではないか。

こんなにマナーの悪い奴らって、あいつらしかいないよな。

あ!そういや春節だよ。

ドヒャー!

こんな田舎の寺にまで、こいつら湧いてきたぜ。 

なにはともあれ、駐車場に車を止め、境内に入ってみる。

さて、

カエル寺とは何ぞや?

 

境内の中は、 

こうである。

 

何しろ、こうである。

 

とんでもなく、こうなのだ

 

蛙だらけである。

住職が中国でカエルの像を買って帰ったのがきっかけで、以来コツコツと収集し、今では、揃いも揃ろって、5000体以上あるらしい。

良い趣味かどうかは別にして、これだけ揃うと、圧巻としか言いようは無い。 

 

くぐると、悪い事を良い事にカエル事が出来るらしい。

 

カエルの他にも、様々な石仏も境内に安置されている。

それぞれには、住職の言葉とカエルのイラストが、短冊に添えられている。 

まことにマメなのだ。

 

本堂はだれでも自由に入る事が出来る。

 

 

二匹の猫が座布団で寛いでいた。

座布団にカエルを座らせなかったのは、住職の賢明な判断と言わねばならぬ。 

カエル寺参拝が済んだ後は、

小郡高校蕎麦、、、じゃなかった、高校傍の蕎麦屋で、かつ丼セットを食す。

 

 

あんまり旨くて、ひっくりカエル。

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九州歴史資料館と小郡官衙遺跡

2019-02-06 | 歩いたり、走ったり、漕いだり

股関節の痛みの為、九重登山からこっち、山と言う山、高良山や明星山にすら登っていない。

テレビばかり見て過ごすのも、さすがに飽き飽きしてきた。

ここ最近の痛みなら、自転車ぐらいは乗れそうに思えてきた。

自転車にエアーを充填。いざ出発だ。

 

何処に行こうか。

小郡にある、九州歴史資料館にでも行ってみるか。

筑後川を越え、小郡市街地を抜ける。

小郡高校近辺に差し掛かると、 

標識が見えてきた。

 

九州歴史資料館。

初めて訪れる。

 

受付で入場料を訪ねるも、

「有料の展示室が工事中の為、現在入場無料でございます。」

ときた。

そりゃどうも。

そんじゃ遠慮なく。

地元の中学生だろう。

なにやらレポート用紙を挟んだバインダーを手に、熱心に見学している。

中にはさっそくレポート用紙に書き入れている生徒も。

研究発表会でもあるに違いない。

彼らの参考の為に、《倭の五王と九州王朝》或いは《白村江の戦いと九州王朝》など、一講義してやろうかとも思ったが、

どうやら、それどころではなさそうだ

次の機会に譲る事にした。

「中庭に出て貰ったら、発掘調査のそれぞれの作業工程を、部屋のガラス越しに見られますよ。」(係員)

ほほう。 

出土品の実測室ね。

 

 

ここでは、出土した土器の破片を組み立てている。

私などから見たら、組み合わせなんか無限に見える。

まるで正解の無いパズルではないか。

その他、科学的な機器を使った調査等、いくつもの段階を見る事が出来る。

 

帰り道、久しぶりに小郡官衙遺跡にも立ち寄った。

奈良時代、

数期に亘って、郡の官衙(役所)がここに置かれた。

まだまだ疼痛が残る股関節。

自転車では全然ヘッチャラなんだけどね。

明日は久しぶりの山登りである。

さてどうなる事やら。

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お薬の時間

2019-02-05 | ペットのこと

おーい、もこ。

 

足を伸ばして就寝中のもこ。

 

「お寛ぎの所申し訳ないけど、美味しいもの食べようか。」

ムックリ

 

「美味しいもの」という単語に、素早く反応するもこ。

 

実はお薬の時間なのだ。

もこは、私らが手ずから与えるものは、全てオヤツだと思っているようで、何の疑念も持たずに喜んで食べてくれる。

このアホな性格の為に、誠に助かっている。

なにしろ、今まで買ってきた犬も猫も、みんな薬を嫌がり、飲ませるのに随分苦労したのだから。

これがステロイドである。

一個の錠剤の4分の1量。たったこれだけだ。

 

ほれ、もこ。

美味しいものやぞ。

しかも与えるのは3日に一度。

こんな極少量のステロイドが、もこの多発性関節炎を抑え、だがそれと同時に、もこの体を蝕んでいる。

副作用による肝機能障害は、同時に服用させている錠剤により、完全に正常値に戻った。

そのかわりに、貧血が進んでいる。

体の炎症を示す値も、一定量からは少なくなっていない。

 

「多分、だるいんでしょうね。」(医師)

一日の殆どを寝ているのは、その影響が大きいようだ。

 

元の健康なもこに戻る事が、難しいのは解っている。 

せめて今の現状のまま、もこにとって平穏な日々が、一日でも長く続いてくれるのを祈るばかりである。 

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