ヒマラヤ鉄道
★1879年当時、インドはイギリスの植民地であった。この路線は紅茶の輸送と避暑客の便宜を図る
ために建設が 開始された。開通を急ぐイギリスは、現場に既に存在していた山道や地形を流用
し易いよう、本路線に用いるレール幅を軌間 61cm とし、機関車には小回りが利く小型のタン
ク機関車を採用した。
本線は1881年7月3日に開通。
1999年11月には、オーストリアのゼメリング鉄道についで世界で2番目の鉄道における世界遺産に
登録された。
★本線はニュー・ジャルパーイーグリからダージリン間の約 88 km、高低差 約2,000 m をタンク車
で登っていく。イギリスはトンネルを掘るなどコストのかかる工法を採らず、山間を縫うように
路線を設定したため、全行程の 約 70 % がカーブ区間となってしまった。
このために、ハード面ではループ線が3箇所、スイッチバックが6箇所など当時の最新技術が駆使
され、一方ソフト面では運用員による砂撒きなど登山鉄道としての工夫がされている。
現在では、土砂崩れのため全線運行が出来なくなり、ダージリンの街中を50分かけて観光用に
運行されている。
★開業時から使用されるイギリス製の蒸気機関車は、最古のもので110年にわたり使用されている。
蒸気機関車の小型さから、トイトレイン(おもちゃの汽車)とも呼ばれている。
このため、世界遺産登録後、1999年から全線ディーゼル機関車による牽引に置き換わったものの、
観光資源となっている蒸気機関車の廃止を惜しむ声が周囲から押し寄せたため、カルシャン駅
(標高 1,483 m)からダージリンまでの一部の区間に限り蒸気機関車を運用している。
機関車を運用し続けるために当鉄道には開業時から継承されたティンダリア修理工場がある。
ここでは職人が専用パーツの1つ1つを作製するに当たり、開業当時から変わらない製法を使用し、
砂型に溶けた鉄を流すところから手作りし、世界遺産であるこの鉄道の維持に貢献している。