EU崩壊に直結する可能性も

新型コロナウイルスが北イタリアで急速に広がり始め、EUにとっても対岸の火事ではなくなっている。今や中国の様子などすっ飛んでしまい、トップニュースはEUの感染状況の報告ばかりだ。

WHO(世界保健機関)のテドロス・アドノム事務局長は25日、「中国ではすでに感染の峠は越した」と言っているが、信用できない。独ロバート・コッホ研究所は、すでに12日、パンデミーの可能性を示唆していた。

当初、日本のメディアでは、新型コロナ肺炎はインフルエンザと同じで大したことはないなどという意見が多く出ていたが、それにしては、漏れ伝わってくる中国の様子も、EUやアメリカの警戒の仕方もただ事ではなかった。

現在、非常事態となっている北イタリアでは、26日13時現在、感染者が370人を超え、死亡者12名。11の自治体が封鎖されており、町に入ることも、町から出ることも固く禁止されている。人の出入りは警察が厳重に見張っており、「脱走」を試みた人は罰せられるという。監視が警察の手に負えなくなったら、軍隊を派遣するというから、まさに「本気」だ。

現在、一番たくさん感染者の出ているのは、産業の中心であるロンバルディア州で、その他、ヴェネト州、エミリア-ロマーニャ州、ラツィオ州、ピエモント州と、北イタリアはほぼ全滅。封鎖地区の住民は、危急の用事でない限り外出しないように言われており、町はどこもゴーストタウンだ。

イタリア経済の中枢ミラノでは、大聖堂やスカラ座が閉鎖されているだけでなく、学校も休校。また、水の都ベニスでは折しもカーニバルの真っ最中で、世界中からの観光客が集まっていたが、ハイライトである24日、25日を待たず、23日の夜にこれも中止。カーニバルはイタリア観光のドル箱の一つだから、言わば、すごい決断であった。

イタリアはEUでドイツ、フランスに次ぐ第3の経済国だ。しかし、ここ数年、経済状態は劣悪で、しかも、今回のウイルスは、運悪く、米中貿易戦争や、イギリスのEU離脱などとも重なってしまっている。ここでイタリアの経済が崩壊すれば、数年前のギリシャとは経済規模が違うので、もう誰も助けることはできない。一気にユーロの崩壊に直結してしまう可能性も否定できない

ただ、EUのリスクもさることながら、一番危ないのは中国経済だ。EU経済が停滞しても、中国経済が停滞しても、世界の不況がやってくる。万が一、相乗効果が起これば、さらに壊滅的なことになる。EUが必死になっている背景には、感染が拡大する前に何としてでも食い止めなければ、大変なことになるという焦りがある。

それに比べて、日本の新型コロナウイルス対策はあまりにも緩慢だ。他国の取り組みを、大げさとあざ笑っているような感じさえ受ける。それどころか、「経済の落ち込みは一過性のものだ」とか、「SARSの時と同じく中国はまもなくV字回復するだろう」などと予測している人たちが未だにいるが、彼らは本気で言っているのだろうか?

私は先週より日本にいるが、新型コロナウイルスに関してはまったく楽観視していない。外出するときは、これで感染しても不思議ではないと半分諦めている。

このままでは日本の信用が失墜する

さて、イタリアでの感染の広がり方だが、1週間足らずで感染者が3人から300人に増えた。これは、本当に感染者が急増したこともあるのだろうが、検査数が増えたために感染者が見つかるケースが増したという理由も大きい。

イタリアでは現在、感染者や感染経路を正確に把握するため、検査を徹底している。ウイルスの拡大を防ぐには、早く見つけて潰すしかないと思っているからだ。

ところが日本は、検査にいろいろな条件を付けているため、検査数が少ない。気づかないまま感染者が増え、ある時点で、それが手に負えなくなったというのが武漢の状態だ。東京など大都市において、水面下でどんどん感染者が増え、いずれ武漢の二の舞になる可能性はないのだろうか。

医療ガバナンス研究所の上昌弘氏によれば、新型コロナウイルスを特定する検査というのは非常に簡単で、しかも精度も良く、本来なら、民間の検査会社で普通にやれる検査だという。だからこそ、どの国でもどんどん実施し、隠れた患者をなるべく早く探し出そうとしている。日本もその気になれば、1日でほぼ9万件は検査できるそうだ。

ところが、韓国では1日に7.5万件以上の検査が実施されているというのに、日本では、保険が適用されなかったこともあり、25日16時の時点で、これまでの検査の累計がたったの913件だという。

そして、そのうち100件以上が陽性なのだから、検査数が増えたら、恐ろしい結果になりかねない。もし、その恐ろしい結果を出さないため、わざと検査のハードルを高くしているのではないかという疑いが生じれば、日本国内だけでなく、外国でも日本政府は信用を落とすだろう。

なお、感染の疑いのある人に対する対応の仕方にも、当然、日本とそれ以外の国では大きな違いがある。たとえば23日の夜、イタリアとドイツを結ぶ鉄道で、次のようなことがあった。

イタリアのベニス発、オーストリア経由ミュンヘン行きの列車内で、ドイツ人の女性2人が激しく咳をしていたため、乗務員が他の乗客を違う車両に移動させ、2人から離した。しかし、結局、イタリア鉄道の判断で、その2人はヴェローナで下車させられ、検査のため病院に移送された。

そのあと列車は再び発車したが、オーストリアに差し掛かったところで、オーストリアの国境警察が進入を拒否した。そこで、列車は立ち往生のまま、先の2人のドイツ人女性の検査の結果待ちとなった。数時間後、結果は陰性とわかり、未明にようやく列車は発車。朝、大幅に遅れてミュンヘンに到着した。

同じようなことが、現在、スペインのテネリフェ島でも起こっており、ホテル客の一人、イタリア人の感染者が見つかったため、1000人近い宿泊客全員が足止めとなっている。ドイツ人も大勢いるようだが、全員、14日間、ホテルの各部屋から出ることが禁止され、現在、経過観察中。日本ならおそらくありえないことだろう。

オーストリアとスイスは、この原稿を書き始めた25日、まだ感染者が出ていなかったが、26日、感染国の仲間入りをした。両国ともイタリアと国境を接しており、国民を守ることに必死だ。熱や咳の患者への検査は徹底して行っているし、また、同時に、陸と空の国境での監視も一段と強化するという。

EU内の国境は、かろうじてまだ封鎖されていないが、スイスのティチーノ州では「閉めろ」という声が高くなっている。イタリアの方が物価が安いため、同州には毎日イタリアから国境を越えて通勤してくる人が7万人もいるためだ。

なお、ギリシャ、クロアチアにも感染者が出たので、ウイルスはバルカン半島にも広がり始めた。

何のために首相がいるのかわからない

いずれにしてもEUでは、ドイツのような大国も、オーストリアのような小国も、特例措置が必要になれば、首相をはじめ、内務相や保健相が出てきて、さっさと陣頭指揮をとる。それに比べて、日本政府は対応が甘く、指針ばかり示していて実行が伴わない。取られている対策も、法律の枠組みからはみ出ないようにということばかりが重要視され、非常事態という意識が極めて希薄だと感じる。

ダイヤモンド・プリンセス号の乗客を、下船の数日前に陰性だったからといってそのまま解放し、公共の交通機関で帰宅させたというのが、その典型的な例だ。そんな危ないことをした国は、カンボジア以外にはなかったのではないか。他の国々は、D・プリンセス号からの帰還者に対しては、最低14日間、隔離措置を取っている。

なお、日本では、中国からの渡航者も、まだ難なく入国している。それどころか、湖北省、浙江省に滞在したかどうかは本人の自己申告に任せ、厳格な規制はしていないと聞く。日本の危機管理の甘さは、EU、アメリカ、ロシアなどの厳格な防疫態勢に比べて、すでに際立っている。

ちなみにイスラエルは24日から、日本からの渡航者を入国させないことになった。日本人が驚くべき寛容さで新型コロナウイルスに「対処」しているうちに、多くの国は日本を感染国として見始めている。そのうち、日本での感染者が増えれば、アメリカやロシアやEUが日本からの渡航に規制をかけるようになってもおかしくはない。感染を真剣に食い止めなければ、日本は国益だけでなく、信用も失う。

首相官邸は、すでに13回も新型コロナウイルス感染症対策本部というのを開催しているというが、最終の25日の会議のあとの安倍首相の談話を見ると、言っても言わなくても同じような内容だ。では、現在、何をするかということが欠落している。

「今が正に、感染の流行を早期に終息させるために極めて重要な時期となります。このような状況を踏まえ、国や地方自治体、医療関係者、事業者、そして国民が一丸となって、新型コロナウイルス感染症対策を更に進めていくため、今般、政府として、基本方針を取りまとめました。まず何よりも、国民の皆様に対し、正確で分かりやすい情報提供を引き続き行ってまいります」

他国では、どの首長も皆、国民に向かって、「感染者が出たときのため、万全の医療体制を整えた」と言っているというのに、安倍首相は「今後国内で患者数が大幅に増えたときに備え、重症者対策を中心とした医療提供体制等の必要な体制を整えることも喫緊の課題です」「各大臣におかれては、本方針に基づき、今後の状況の進展を見据えて、各省庁において対策を具体化し、速やかに実行に移してください」である。

これでは何のために首相がいるのかがわからない責任者がはっきりしないまま、各自治体と医療関係者にさらに負担がかかるばかりではないか。

すでに日本国内では倒産する事業者も出始めている。円も株価も下がった。経済が落ち込んだらウイルスとも戦えない。政府には、やりすぎと言われるぐらいの勢いで感染拡大防止に臨んでもらいたいことは山々だが、国民の生活を本当に守るつもりなら、これ以上の景気の落ち込みを防ぐため、即刻、消費税の値上げを白紙に戻した方が良いのではないか。英断とはそういうものだ。

 

追記)北イタリアには巨大な中国社会がある。トスカーナ州の人口20万人弱の町プラトには、5000社の中国の企業(ほとんどが衣料品メーカー)が登録されており、正規に居住する中国人の数が5万人。その他、数万人のヤミ労働者がおり、多くは工場で寝泊まりしているといわれる(ときどきドイツでも、同地の奴隷労働がニュースになる)。プラト地方から中国への総金額は、1日平均150万ユーロ。

いずれにしても、イタリアほど中国人を多く抱えているEU国はない。だから、北イタリアで新型コロナウイルスが炸裂したのは、そういう事情も絡んでいるのかと思いきや、なんと、トスカーナ州だけはまだ患者がゼロだそうだ