みかえる族の漫遊記 ~小林直生ブログ~

小さな大人?

        
                ボーフム集会所の庭

 今朝早く車で集会所に向かっていると、ラジオから、聞こえてきた。

 「子供は小さな大人ではない。子供には子供として必要なものがある。」

 どうやら、新しい健康保険をめぐっての議論らしい。子供の保険料を、大人の何%にするか否かの問題だ。大人を基準に考えず、子供を独自の存在として考えて欲しいというのが、主旨らしい。

 さすが、19世紀に「子供」という存在を「発見」した国、ドイツだ、と思った。「グリム童話」、も「キンダーガルテン(幼稚園)」も発祥の地はドイツだ。ドイツ浪漫派の画家、フィリップ・オットー・ルンゲは、子供を好んで描いた、それも子供の視線から。すなわち、子供の背の高さから見た世界を描いた画家だ。それまで、ただの小さな大人だった子供は、大人と同様の過酷な重労働をせねばならなかったが、「子供の発見」によって、新しい文化が生じた。

 でもまた、この文化が失われつつある。「子供服」は、大人のミニチュアになり、子供にすべての決定を任せる親まで登場した。ドイツだけではない、日本もドイツ以上に子供文化が危機に晒されている。

 でも、朝のラジオで、さらりとこんな言葉を言えるドイツのアナウンサーには好感をもった。何度聞いても、これは「名言」である。

コメント一覧

小林直生
yasu様 昔の日本では障碍者は、「神様」として大切にされたと以前どこかで聞いたことがありますが、子供と老人は一番神様の世界に近い存在ですよね。でも、その映画、是非見てみたいなあ。障碍者をテーマとした映画に有名な「ラ・ストラーダ」だったけ、「道」だったかな、あのフェリーニの白黒映画がありますね、フェリーニだったっけ?落語も一度寄席へ行って寿司をつまみながら聞きたいもんですな。
yasu
なるほど名言ですね。
子供という所を老人とか障碍者とか男とか女等など広げて考えると多様な生き方に辿り着く気がします。
好きな映画のひとつに”人情紙風船”という戦前あたりの古い作品があります。(髪結いの新三?だったかな)が主人公で長屋の人間模様の物語でした。
長屋には目の不自由な男がいてその男のキセルを長屋の住人がちょくちょく目の見えないのをいい事に拝借するのでいざこざがおこります。そこで、長屋の大家であるだんなさんが、「お前達勝手に人のものを拝借する癖だって障碍持ってるのと同じだ」と諭す場面があります。(映画の中ではカタワといってました。)
該当者たちがシュンとなるところが可笑しいです。落語の世界が随所にある映画でした。

落語では障碍者ネタがよくありますが、そそっかしい人、怒りっぽい人、泣き虫なのも、障碍がある事も人間としてはあまり大した差はないじゃないといっているような気がしますが、実際は差別も酷かった背景もあるのでしょうね。


名言といえば、またまた落語の噺ですが、とんでもなくそそっかしい大工のお上さんが、はなはだしい粗相を犯した夫に苦情がきての名言!毅然として
「わるうござんしたね~うちの人落ち着きゃ
一人前(いちにんまえ)なんですけどね~」らあっぱれです。


小林直生
なるほど、日本の子供文化を守る必要がありますね。コメントをありがとうございます。
shizunai
日本では、「小さな大人」扱いが当然のようですね。子どもに職業体験をさせるテーマパークがありますが、そこでは独自通貨の給料を出して貨幣による生産消費生活を実体験させるとか、小学生にまで投資のマネーゲームをさせる、とか。そういった場がこれまた親にも大人気。職業体験や消費者教育は必要と思いますが、そこまでやるか、と。経済雑誌の特集記事に「子どもを年収一億円稼げる大人に育てる!」といった類いも少なくないです。
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