先週末、中世文学会に出席した。
青山学院大学で行われたのだが、50周年記念の大会で、たいへん盛況であった。
土曜日に5つの研究発表会。
日曜日には、4つのシンポジウム(分科会方式)と、それを承けての全体のシンポジウム。
シンポジウムについては省略。
ただ、国文学という学問の将来について悲観的な話が多かったことだけは書いておく。
学問の将来などというのは、非常に重要な問題だから、あえて、今は深く考えないでおきたい。
「紅旗征戎不吾事」である。
ただ、いささか意気消沈して帰ってきたのは事実。
今回上京して、感じたことの一つは、盛り場にジベタリアンがいなくなっていたこと。
池袋・渋谷・吉祥寺あたりで時間を過ごしたが、目にすることはなかった。
去年あたりだと、あたりかまわず座り込んでいる若者を見かけたような気がするのだが。
これが、名古屋ではまだ見かけるのですね。
私が住んでいる所でも見かける。
どうも見るところ、東京では、地面に座り込むのは流行らなくなっているらしい。
ところが、名古屋や我が土地あたりは、まだまだ地べたに坐るのがイイコト(?)と思われているらしい。
たぶん、あと半年もすると名古屋でジベタリアンはいなくなり、さらに半年くらいすると我が土地でもいなくなるのであろう。
地べたに座り込むのも、一種のファッションであるらしい。
青山学院大学で行われたのだが、50周年記念の大会で、たいへん盛況であった。
土曜日に5つの研究発表会。
日曜日には、4つのシンポジウム(分科会方式)と、それを承けての全体のシンポジウム。
シンポジウムについては省略。
ただ、国文学という学問の将来について悲観的な話が多かったことだけは書いておく。
学問の将来などというのは、非常に重要な問題だから、あえて、今は深く考えないでおきたい。
「紅旗征戎不吾事」である。
ただ、いささか意気消沈して帰ってきたのは事実。
今回上京して、感じたことの一つは、盛り場にジベタリアンがいなくなっていたこと。
池袋・渋谷・吉祥寺あたりで時間を過ごしたが、目にすることはなかった。
去年あたりだと、あたりかまわず座り込んでいる若者を見かけたような気がするのだが。
これが、名古屋ではまだ見かけるのですね。
私が住んでいる所でも見かける。
どうも見るところ、東京では、地面に座り込むのは流行らなくなっているらしい。
ところが、名古屋や我が土地あたりは、まだまだ地べたに坐るのがイイコト(?)と思われているらしい。
たぶん、あと半年もすると名古屋でジベタリアンはいなくなり、さらに半年くらいすると我が土地でもいなくなるのであろう。
地べたに座り込むのも、一種のファッションであるらしい。