私にとって、アンマン暮らしのテーマソングはガス売りの音楽だ。
これはつまり、プロパンガスのボンベをぎっしり積んだ小型トラックが、街を巡回して販売するときに鳴らす音楽である。
アンマンの街を歩いていると、このガス売りのトラックをしょっちゅう見かけることになる。
そしてどのトラックもなぜか同じ音楽を流しながら、ゆるゆると走っているのだ。
朝早くから日暮れ頃まで一日に何回も聞くので、あのメランコリックなメロディーはもう脳みそに染み込んでしまった気がする。
この曲はインストゥルメンタルで、歌詞がない。
しんみりと物悲しいメロディーが、口笛を思わせる音色で演奏されている。
ボリュームも小さめで、日本の竿竹屋やちり紙交換みたいな押し付けがましさがないところが気に入っている。
これを聞いていると、私の想像力は勝手に働き始めるのだ。
「年をとった乗合タクシーの運転手がひとりごとを言っている。
今朝もあいつ(妻)は機嫌が悪かった。
朝ごはんも出してくれなかった。
俺が何をしたと言うんだろう。
昨日の夕飯の野菜スープが塩辛すぎると文句を言ったのを、根に持っているのか。
ホントのことを言っただけなのに。
ああ、腹が減って何をする気もしない。
仕事は嫌いじゃないけど、毎日同じ道を走るのはもううんざりだ。
ガソリンの値段も高すぎる。
今日はこんなに美しい天気なのに、俺はロバのように働きっぱなし。
子供の頃はよかったなあ。
毎日サッカーだけしてればよかった。
母親も父親も、いつも優しかった。
ああ、あの頃に戻りたい・・・」
ガス屋のテーマソングに歌詞を付けるとしたら、こういう内容になるんじゃないかと、私は思うのだ。
ところで話は変わるが、今は猫の恋の季節らしい。
うちの周辺の猫たちが、ナーオ、アーオと四六時中騒いでいる。
思うんだけど、どうして猫は戦わずに恋愛行為をまっとうすることができないのか?
いっつも喧嘩しながらやるけど、あれはなんでだろう?
他の動物はどうなんでしょうね。
猫と靴
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