出産後ちょうど1週間目の金曜日の夕方、猫はいつものように晩御飯を食べにやってきた。
私も猫食堂の給仕のおばちゃん役をやるのが板についてきて、ほいほいと条件反射でミルクやドライフード、茹でた鶏肉などを用意した。
しかしその日はなぜか、猫は食事の後すぐには出て行かず、居間中をひたひたと入念に歩き回った。
錆び付いた予備寝台(マットレスなし)の下を覗いたり、片隅に転っているダンボールの大きさを確認したり、テレビ台の下の戸棚に顔を突っ込んだりしている。
一体何をやっとるんじゃ、君は?
私は首をかしげながら、その様子を観察していた。
ひととおり歩き回って気が済んだらしい猫は、やがて窓の外へ去っていった。
その数時間後、猫は再び窓のところに姿を現した。
今度はなんと、口に子猫を1匹くわえている。
おお、すると子猫は生きていたのか!
まさか戻ってくるとは思わなんだわい!
子猫の姿を二度と目にすることはないと思い込んでいた私は、事の成り行きに目を見張った。
子連れ猫は窓から入ってきて床に着地し、すかさずテレビ台の下の戸棚に直行した。
夕食後に頭を突っ込んでいた、あの戸棚である。
底面は新聞の片面よりも少し細長いかんじで、高さは50cmくらい。
両開きの木の扉がついていて、中は空っぽの状態だった。
猫はこの扉の合わせ目の前に立ち、頭でぐりぐりと内側に押して隙間を開けた。
そしてその中に子猫をぐいっと押し込んだのだ。
あいや~、さっき部屋を歩き回っていたのは、子猫用の安全な空間を探すためだったのか!
人生は驚きの連続である。
子猫を戸棚に隠したあと、猫はてきぱきと外へ出ていった。
そして2、3分後に次の子を連れて戻ってくると、また戸棚の中に隠す。
非常に無駄のない、迅速な行動である。
何匹連れてくるのだろう?
私はドキドキしながら見守った。
野良猫の赤ちゃんの生存率は低いそうだから、5匹が5匹とも無事に育っているとは考えにくい。
1匹や2匹は外敵にやられて、死んでしまっている確率が高いのだ。
せいぜい3匹か4匹だろうねえ、生き延びたのは…。
そんな私のブラックな予想を裏切り、猫はちゃんと5匹とも連れて戻ってきた。
全員戸棚に仕舞ったあと、自分もよいしょと中に入り込んでしまう。
すると扉が自然に閉まり、外から見ただけでは、内側に猫の母子が隠れているとは絶対分からない状態になった。
まるでアンネの日記みたいだ。
隠れ家度100%
古ぼけた木の扉を眺めながら、私は考えを巡らせた。
今回の引越しの様子から判断するに、この1週間、猫はどこかこの近所で子育てをしながら、うちに通ってきていたのだ。
しかし、その場所が安全ではなくなったので、うちに出戻ってきて、一番安全そうなこの戸棚に子猫たちを避難させたのだろう。
わざわざ出ていって、また戻ってこなくても、出産後そのままずっとここで暮らせば良さそうなものだが、猫はその時点では、この家はあまり子育てに適した安全な場所ではない、と判断したのだろう。
人間の目に不可解に見えても、猫の行動には猫なりの理由・動機があるらしい。
しかし、猫の外敵って誰だろう。
このあたりには犬もカラスもいないのだが。
人間の子供たち?それともよその猫?
もしや、猫は共食いをするのだろうか・・・
生まれたばかりの時は、濡れそぼった毛深いエイリアン・ベイビーにしか見えなかった子猫たちは、短い間にずいぶん成長して(といってもまだ手の平サイズだが)、顔立ちも猫らしくなり、手足の肉球もくっきりしていた。
子供を捨てて、男遊びに精を出しているヤクザなメス猫かもしれない、なんて疑って悪かったわ。
ゴメンね~、そしてお帰りなさい!
お詫びを言おうとして扉を少し開けてみたら、中で授乳していた猫にうなられてしまい、また慌てて閉める。
とにかくこのようにして、猫たちはうちに帰還したのだ。
何の変哲もない、木製のテレビセット
戸棚の中はこんな状態~