自民党の派閥による裏金作りが露見して追い詰められたためか、岸田首相は「宏池会」解散を決めた。
「宏池会」と言う名は、池田勇人が創始者である。
高崗のうてなに臥し以て宏池に臨む 後漢 馬融
高楼から広い池を見渡すような余裕のある心持で、いつもあわてず騒がずに政治を行うべし、という意味だ。
首相になった池田勇人は「国民所得倍増計画」を発表し、日本の経済成長の原動力になった。
「寛容と忍耐」を標語に掲げ「私はウソを申しません」を連呼したのは、
前任者が岸信介(安倍晋三の祖父)だったからだろうか。
岸田文雄は明らかに池田勇人を真似している。
しかし両者の人間の度量が違うし、池田には「この国を良くしよう」という高い志があった。
岸田が宏池会終焉の役割を担うのはそれなりの必然性がある。
権力欲だけでこの国の経綸は出来ない。
また裏金作りの巣窟になったような感のある「清和会」も当初は違った。
「清話会」の創始者は福田赳夫。
清廉な政治は人民を穏やかにする、という意味の「政清人和」(晋書)。
しかしこの汚れようは何としたものか。
自民党の派閥の解体は、起きるべくして起きた。
当初の高い志を忘れてカネまみれの政治に堕した結果であろう。