聴いてきました。
演目は
武満 鳥は星形の庭に降りる
バルトーク ピアノ協奏曲3番(pf:グリモー)
ラヴェル ダフニスとクロエ第1&第2組曲
です。
去年のヨーロッパ公演に近い演目で、
この後の米国公演でやる演目の一部ですね。
武満は良く判りませんでした。予習も殆どしなかったし。
最近もう、この手の現代曲を理解する気力が失せて来ました。
世の中がこれだけややこしいのに、何故音楽までややこしいものを
聴かなければならない?ってことで。
実はこの秋のアシュケナージを聴きに行く予定はこれだけで、
どうしてこれを選んだかというと、
去年の定期のダフクロが良かったからです。
で、バルトークはもともとあまり好きじゃなくて、
同じハンガリーでもコダーイの方がずっと聴きやすいなと思ってたんですが、
さすがにダフクロ以外は全部捨ててしまうのはもったいないので、
ピアノアシュケナージ版で予習しました。
気合で聴きこむうちに、だいぶ慣れました。
第2楽章が何か日本的な響きを持っていて、
ああ、ハンガリーって大昔、東方から移住してきた民族を祖先とするんだな、
なんてことを感じさせ、
今までバルトーク苦手とかいってたのは食わず嫌いだったかな、と反省しました。
第1楽章と第3楽章はどこかシマノフスキ的なんですよね。
この辺は東欧つながりなんでしょうか。
あの辺りの歴史的なつながりを感じさせる曲ですね。
で、コンサートですが、
第2楽章が美しかったですねぇ~。この辺はさすがアシュケナージ。
心配していた、グリモーのピアノは思ったよりずっと良かったです。
時々、左手が無駄に強くなる悪い癖が出ましたが
曲の出来を損なうほどではありませんでした。
(去年のリサイタルは売り物に出来ないレベルでした)
バルトークなんてろくすっぽ聴いたことがないのでなんとも言えないんですが、
予習したアシュケナージ版にかなり近い演奏だったように思います。
全く違和感がなかったので。
そりゃ、テクニックは比較になりませんが(笑)。
もしグリモーが百貫デブのドブスだったら絶対にプロのピアニストには
なれなかっただろうと今でも思いますし。
ということで、かなり強くアシュケナージの指導が入ったのかもしれませんね。
五嶋龍のインタビューなんかだと
アシュケナージはソリストに好きにやらせるタイプのようなんですが、
カーネギーホールで売り物に出来ないレベルの演奏を
させるわけにはいかない/するわけにはいかないと
アシュケナージが思ったか、グリモーが自発的に思ったかどちらかなんでしょう。
最後にダフクロですが、
去年のヨーロッパ公演では、楽団員がガチガチになってしまって
ろくな演奏は出来なかったんですが、
定期の方はとてもよかったので、今年は合唱が入ってどんなになるかなぁ
ととても楽しみでした。
で、合唱が入るとやっぱり迫力がありますね。
コーラスの響きがとても美しかったです。
ただ、全体的な音は去年のほうが、綺麗な音色と響きでやってくれていたように思います。
どことなくこなれ過ぎている感じ。何回もやっていて緊張感がなくなってるのでしょうか。
また、全体的に重低音重視の音作りになっていたような気がしたのは
気のせいでしょうか。
最近まるたはアレルギーで鼻がやられて耳にも影響が出てるから
高音の聞こえが悪くなった可能性もあって断言できないんですが。
もうちょっと高音の響き重視でやってくれると
よりアシュケナージらしくなると思うんですけど。
それから行く度に思いますが、NHKホールの客ってどうしてこうマナーが悪いですかねぇ。
日本のクラヲタには受けなさそうな演目の割には客の入りがよく、
あまり普段コンサートに行かない人に動員を掛けたりしたのでしょうか。
まさかねぇ。
演目は
武満 鳥は星形の庭に降りる
バルトーク ピアノ協奏曲3番(pf:グリモー)
ラヴェル ダフニスとクロエ第1&第2組曲
です。
去年のヨーロッパ公演に近い演目で、
この後の米国公演でやる演目の一部ですね。
武満は良く判りませんでした。予習も殆どしなかったし。
最近もう、この手の現代曲を理解する気力が失せて来ました。
世の中がこれだけややこしいのに、何故音楽までややこしいものを
聴かなければならない?ってことで。
実はこの秋のアシュケナージを聴きに行く予定はこれだけで、
どうしてこれを選んだかというと、
去年の定期のダフクロが良かったからです。
で、バルトークはもともとあまり好きじゃなくて、
同じハンガリーでもコダーイの方がずっと聴きやすいなと思ってたんですが、
さすがにダフクロ以外は全部捨ててしまうのはもったいないので、
ピアノアシュケナージ版で予習しました。
気合で聴きこむうちに、だいぶ慣れました。
第2楽章が何か日本的な響きを持っていて、
ああ、ハンガリーって大昔、東方から移住してきた民族を祖先とするんだな、
なんてことを感じさせ、
今までバルトーク苦手とかいってたのは食わず嫌いだったかな、と反省しました。
第1楽章と第3楽章はどこかシマノフスキ的なんですよね。
この辺は東欧つながりなんでしょうか。
あの辺りの歴史的なつながりを感じさせる曲ですね。
で、コンサートですが、
第2楽章が美しかったですねぇ~。この辺はさすがアシュケナージ。
心配していた、グリモーのピアノは思ったよりずっと良かったです。
時々、左手が無駄に強くなる悪い癖が出ましたが
曲の出来を損なうほどではありませんでした。
(去年のリサイタルは売り物に出来ないレベルでした)
バルトークなんてろくすっぽ聴いたことがないのでなんとも言えないんですが、
予習したアシュケナージ版にかなり近い演奏だったように思います。
全く違和感がなかったので。
そりゃ、テクニックは比較になりませんが(笑)。
もしグリモーが百貫デブのドブスだったら絶対にプロのピアニストには
なれなかっただろうと今でも思いますし。
ということで、かなり強くアシュケナージの指導が入ったのかもしれませんね。
五嶋龍のインタビューなんかだと
アシュケナージはソリストに好きにやらせるタイプのようなんですが、
カーネギーホールで売り物に出来ないレベルの演奏を
させるわけにはいかない/するわけにはいかないと
アシュケナージが思ったか、グリモーが自発的に思ったかどちらかなんでしょう。
最後にダフクロですが、
去年のヨーロッパ公演では、楽団員がガチガチになってしまって
ろくな演奏は出来なかったんですが、
定期の方はとてもよかったので、今年は合唱が入ってどんなになるかなぁ
ととても楽しみでした。
で、合唱が入るとやっぱり迫力がありますね。
コーラスの響きがとても美しかったです。
ただ、全体的な音は去年のほうが、綺麗な音色と響きでやってくれていたように思います。
どことなくこなれ過ぎている感じ。何回もやっていて緊張感がなくなってるのでしょうか。
また、全体的に重低音重視の音作りになっていたような気がしたのは
気のせいでしょうか。
最近まるたはアレルギーで鼻がやられて耳にも影響が出てるから
高音の聞こえが悪くなった可能性もあって断言できないんですが。
もうちょっと高音の響き重視でやってくれると
よりアシュケナージらしくなると思うんですけど。
それから行く度に思いますが、NHKホールの客ってどうしてこうマナーが悪いですかねぇ。
日本のクラヲタには受けなさそうな演目の割には客の入りがよく、
あまり普段コンサートに行かない人に動員を掛けたりしたのでしょうか。
まさかねぇ。