キャロル・オコンネルのマロリー・シリーズの5作目にあたる『魔術師の夜』は、第二次世界大戦中にパリのフォースティンのマジック・シアターに集ったボーイズたちの物語。
この本の献辞
「ジャズ・ファンとタバコの煙
パリにやってきたネブラスカの若者たち
軍服姿の女たち、
スパンコールをまとった女たち、
空中で炸裂する爆弾、
ガーシュインとビリー・ホリディ、
地を覆いつくす無数の墓石、
陥落した町と勝利に沸く人々、
これらを知る世代と時代とに、本書を捧げます。」
けっこうかっちょいい。
そして、時は現代。
「現役の華やかなる世代とともに、引退した往年のマジシャンたちが出演するマジックフェスティバルの先行公演」で、伝説のマジシャン、マックス・キャンドルの遺した“失われたイリュージョン”を、旧友のオリバーが演じようとしています。しかし、マジックは失敗。事故によるものか、あるいは誰かの策略によるのかは不明ですが、大勢の観客やテレビカメラの前で、オリバーはクロスボウの矢に射抜かれて死んでしまいます。
ニューヨーク市警の刑事キャシー・マロリーは、マジックはもともと仕掛けがあるのだから、死ぬことはありえないと、殺人事件として調査を開始します。
全編イリュージョンに色どられた小説。マジック・マジック・マジックです。
とくにマックス・キャンドルの親友マラカイは、戦争中に死んだ妻ルイーザが、あたかもそこに存在するかのように、影がよぎったり、ルイーザのために設けた席の灰皿からタバコの煙があがったり、ワンングラスの中身が減ったり増えたり、いろいろ細工します。だから、余計にただならない雰囲気がかもし出されるのです。
エピソードが次々に繰り出され、話は複雑に展開していきます。
その間、マロリーが犯罪の姿、犯人を突き止めるべく、さまざまな発言や推理をくり返すものだから、実際はどういう事件だったのか、わかりづらい。
つまり、読者はオコンネルの語り口に魅了されるとともに翻弄され、最終章まで一気に連れていかれます。
そして、けっきょく、感動しながら読み終えて、「さて、物語の全容はどんなだっけ」と、もう一度考えることになるのです。(それは、わたしだけかもしれないけど…)
そこでわたしは、もう一回最初から読み直しました。そして、一回目と同じように楽しみながら最後まで読み終え…。つづけて二回読むなんてって感じだけど、それでもけっして中だるみしません。
そんな緊張感と巧みなエピソードに満ちた作品。
作者の献辞ではないけど、タバコの煙とワインの香り、ジャズの気だるいメロディーと、戦時下の死と隣り合わせのような凍結した時間感覚に満ちた小説。
たぐいまれなる美貌と富。そして、知能も欠かせない要素です。
そして、この小説はラブ・ストーリーです。
原題は“SHELL GAME”。
いつも邦題にケチをつけているわたしだけど、『魔術師の夜』のほうが、この作品をよく言い表していると思います。シェル・ゲームみたいにドライな感覚ではなく、思い入れたっぷり、憂愁に満ち溢れた作品です。
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