「マリラ、明日がまだ何ひとつ失敗をしない新しい日だと思うとうれしくない?」
ふかいため息をつきながら、アンがこのように言うシーンがある。
牧師夫妻に出すレイヤー・ケーキに、
香料の代わりに痛み止めの塗り薬を入れるという大失敗をしたばかり。
ほとほと自分にあきれ、落ち込んだあげく、
過ぎたことは仕方がないと気分を仕切りなおして、前向きにこう言うのだ。
アンの失敗ときたら、あまりに気の毒で、同情しないわけにはいかない。
物語で語られたアンの失敗をあげると、次のとおり。
アンの失敗のリスト
★「みっともない子ども」と断定され、
大人のリンド夫人に対してひどい癇癪を起こしてしまう。
アンは傷つき、かんかんに怒っていたが、
翌朝マシュウに諭され、リンド夫人にお詫びをする。
★マリラの部屋に勝手に入って紫水晶のブローチを手にとり、
胸につけてみたりする。
そのせいで紫水晶の紛失の責任を問われ、
あやうく日曜学校のピクニックに行きそこなうところだった。
★アンの髪を「にんじん」とからかった
クラスの男の子、ギルバートの頭に 石盤をうちおろして、
粉々に砕いてしまう。
★ダイアナをお茶に招いて、
いちご水と間違えて葡萄酒を出したために、
ダイアナをぐでんぐでんに酔っ払わせてしまう。
★客間に寝ていたダイアナの大叔母さん、
ミス・バーリーの上に飛び乗る。
★牧師夫妻に出すレイヤー・ケーキをつくるとき、
お菓子の香料のかわりに、間違えて痛み止めの塗り薬を使う。
もちろん出来上がったケーキは、ひどく変な味がし、
食べられたものではなかった。
★友達と「命令」遊びをしていて屋根の棟を歩き、落ちてしまう。
くるぶしを砕いて、七週間も学校を休むことに。
★行商人から買った染め粉で黒髪に染めようとして、
髪を緑色に染めてしまう。
その結果、マリラはアンの髪をバッサリ短く切り落としてしまう。
★テニスンの詩に出て来る「エレーン姫」ごっこをして、
平底船に横たわり川の流れにおしだしてもらったのはいいけれど、
船が水漏れを起こし、あやうく溺れそうになる。
まったくアンはさんざん失敗するのだが、結局は挽回する。
失敗が最悪なのではない。
失敗から立ち直らないのが最悪なのだ。
失敗してこそ、どう対処するかで人間性を問われるし、
失敗してこそ、人間性は磨かれるのだ。
アンのように、落ち込んでもめげずに、突き進みたいもの。
さて、さっきのアンとマリラの会話には続きがある。
「あんたのことだもの、またたくさんの失敗をするにきまってるよ。
あんたみたいにまちがいばかりする人は、見たことないよ、アン」
「ええ、それはよくわかってるの」
アンはゆううつな顔をしてうなづいた。
「でも一つあたしにいいことがあるのがわかりませんか、マリラ?
おなじまちがいを二度とくりかえさないことよ」
「いつも新しいのをしてるんじゃ、それはなんのたしにもならないよ」
「あら、わからない、マリラ?
一人の人間がするまちがいには限りがあるにちがいないわ。
だからいくらあたしだって、し尽くしてしまえばそれでおしまいよ。
そう思うと気が楽になるわ」
そしてアン言うとおり、 物語の後半、クイーン学院の受験準備をするころには、
マリラはこんなことをリンド夫人に言うくらいに失敗をしなくなった。
「…いまじゃあすっかり落ち着いて、頼みになるからね。
あのそそっかしいくせはとうていなおらないのじゃないかと思ってたけれど、
いつのまにかとれましたからね。 いまでは何をやらせても安心して任せておけますよ」
(新潮文庫/モンゴメリ作・村岡花子訳『赤毛のアン』より引用)