午前中の授業後はグループ討議の時間まで自由になる。
その間に、軽食を食べたり、その後の調べ物をしたりと時間の使い方は様々だ。
今日は朝食を食べそこなったので、この時間のうちに売店に行ってフライドポテト(小イモを丸ごと油で揚げて、串に刺してあるもの。)を購入し、中庭で食べていた。
端末に、今日使える金額、というのが入っているのでそれを超えない限りはいくらでも食べ放題である。全部使っても翌日には補充されるし、使わない場合はそのままの金額で移行するだけで、上乗せされるわけではない。だから使ってしまったほうが僕ら的には得なので、たいてい一日で使い切るように考えている。
お金は学生全てに同じ金額が振込まれるので、特にそのあたりで問題は発生しない。
それに、振込以上の金額を使うとすぐに端末から情報が流れるので、人のお金を使って自分のものを買ったりすると、すぐにバレてしまうのはある。
基本的に大きな金額のものはほぼレンタルできるので買う必要もないし。
食べ物、服、消耗品、そういうものを購入するためにお金が存在している感じかな。
授業中でないなら、食べ物をいつ食べても問題は無い。学校には学生に必要なものが揃っている売店があって、だから、売店には軽く食べるものが揃っていて、僕らのようにいつもおなかの減っている人間としては有りがたい限りだ。
シェラは同じクラスの全員と討議の場所に移動したみたいで。一緒に食べようと思ったがしょうがない。僕はフライドポテトの串を片手に、中庭で資料をまとめようと思っていた。
僕のクラスは、個人プレーがメインな、ある意味まとまりの無いクラスなので。
一人一人それぞれでテーマについてまとめている頃だろう。
中庭で一人、端末を片手に、午後にセティファム達と打ち合わせする資料をまとめていると、
「またイモ食べて。そんなんだと体がイモになっちゃうぞ。」
と言って横にサラッティがとん、と座る。これから行う討議でセティファムと同じクラスの女の子だ。
ショートカットでくるっとした目つきの女の子で。背も低いので年齢的にはかなり下に見られてしまうが、僕より年上。
僕らの学年は、15歳~18歳までくらいの年齢がいるので、年齢で言うと、サラッティは18歳、僕は17歳、セティファムは15歳、という感じ。
でも、年齢はあまり関係ないのでみんなそれほど気にはしていない。
とはいえ、セティファムとサラッティは年齢が逆なんじゃないかと思うくらい、見た目に差がある。
「イモは僕の主食だ。」
そう言って袋に入った3本目のフライドポテトに手を伸ばすと、サラッティがあきれたように僕を見る。
「本当に、あなたは体がイモで出来ているのね。」
おかしそうに言って笑っているが。
「そんなことより、資料まとめないでいいのかい?」
僕が聞くと、端末をさっと取り出して。
「アレットみたいに往生際悪くないから。」
アレットというのは僕の名前。アレッシュラットというのが本名だけど、長いのでアレットとみんな呼んでいる。
サラッティの端末には、すでに今日の情報が書き込んであって。
相変わらず下準備の周到な女の子だ。
そこには、主要な航路とそれに対しての影響と、経済的な影響のようなものが数字と図形で描かれていた。
「さすがだね。感心した。」
「心こもってない言い方ね。」
「サラは終わってても、僕は終わってないからね。」
と僕が言ってフライドポテトの入っている袋に手を突っ込むとすでにそこは空だった。
がっかりして手をひっこめると、サラッティは僕の横にポンと何かを置いた。
それはフライドポテトの袋。それも3本新しいのが入っている。
「ん?これは?」
僕が聞くと
「ちょっとね、お近づきのご挨拶よ。」
そう言ってニコッと笑う。
お近づき?すでに何度もクラス討議で一緒になったことにあるのに、今更なにを言っているのか?
不思議に思ってサラッティを見ると、またニコッと笑って。
「じゃあ、討議始まるまでに頑張ってね。」
と言って同じクラスの女の子のところへと戻っていった。
その後ろ姿を見送って。
お近づき?
なんか手紙でも入っているのかと、ちょっと期待して袋の中を見てみたが、いもしか入っていない。
なんのことだろうか?
そう思いつつも、いただきものはありがたく食べることにした。
午後の討議の時間。
それぞれのグループに分かれて、自由室を使って討議を行って行く。
基本的に、男、女のそれぞれ一クラスずつがペアになって討議を行って行く感じなのだけど。その中から、さらに小グループに分かれて議題を作り、それを全員討議の場にかけて行く感じ。
僕は同じクラスの男子アララ、それとセティファムのクラスのライレットという女の子、それとセティファムの4人で一グループになっている。
そこで、何をメインにするかという話で、僕とセティファムが今回議題について考えてくる事になってたのだけど。
端末をつないで資料を交換しあうと、似たような事を調べていたので。
あっさりと「食べ物」に関する情報を集めて行こうと言う話に決まってしまった。
「なんだ、あっさり決まったね。」とアララ。丸坊主の頭は、アララの一族の決まりみたいで。第2学校までは丸坊主でないといけないんだとか。
なんで?と聞いたら「昔から決まっているから。」という返事。本人も気に入っているみたいだからいいんだろうけど。僕は嫌だなぁ。
正直あまり物を考えてないような感じのキャラクターなので。まぁ、今回の討議についても特に何も考えていなかったのだろう。
ライレットは食べ物に関しては賛成してくれたが、その内容については結構追及が厳しい。
長髪を二つに分けてピシッと結んだ姿は、いかにも「キビシイ」感じがにじみ出ていて。
僕らの資料の粗ヲ探して行く。
まぁ、こういう人がいないといけないんだけどね。でも少しへこむのはへこむ。
アララとライレットの二人でちょうどいいバランスが取れている気はする。
今回はその内容を突き詰めていくところからスタートした。
なんやかやと、意見を出し合っているとなんとなくまとまってくるもので。
だいたい全員が納得できるところに落ち着いてきた。
ふと気付くとそろそろ終了の時間。
そこで次回の討議内容についてある程度の打ち合わせをして。
端末同士でのやり取りも設定可能にしておいて、
ネットワーク上にブックを設定して、そこにアクセス出来るようにしておく。
それで、今日の授業は終了。
それから一度自分のクラスに戻って、セデック先生に「これから家に帰ります。」挨拶をして、明日の連絡を入れたブックのアドレスを聞いて。
そして動く道に乗って帰る。
日がゆっくりと傾いて来ている。秋の夕日もまた良い感じで。
雲に反射する光が金色に輝いていた。
そんな美しい風景よりも、おなかが空いた方に意識が向いてしまう。
やれやれ、やっと晩飯が食える。
そう思ってデシックル置き場へと向かうと、そこにはセティファムが居た。
声をかけようかと思ったら、そこにはもう一人。男の学生が居る。
これは、お邪魔か?
と思ったけど、ま、いいか。と言う感じでデシックルを取りに行くと、僕の姿を見てその男の学生はいそいそと立ち去ってしまった。
「お邪魔した?」
その後ろ姿を見ながら僕がセティファムに聞くと、セティファムは手に何かを持って、それをじっと見ながら首を横に振った。
僕もそれをのぞきこむと、それはチップ。端末に入れると情報が見えるものなんだけど。
セティファムはそれを、妙にじっと見ている。
「何それ?」
とあえて聞いてみると、セティファムは
「歌、だって。」
「歌?」
セティファムはうなずく。
「私の事を歌った歌だって。」
そう言ってそのチップをカバンの中に放り込んだ。あまり興味無さそうな感じだけど。
セティファムは容姿がいいので、何かと贈り物をもらっているみたいだけど。
「歌は何曲目?」
「これで22曲目。」
なんの興味もなさそうな声に、つい聞き流してしまいそうになったけど、22曲、というのはちょっと多いだろう。
少し心の中がザワっとしたけど、平静を装う。
「そんなにもらっているんだ。良いの有った?」
「有ったら私も喜べるんだけど。」
そう言って、セティファムはため息と共にデシックルを引っ張り出していた。
セティファムのデシックルはパールピンクの色合いで、僕のはトルマリンブラック。
この世界では、気になる異性に「歌」を送る事は良く有る事で。
そこから関係を深めようという狙いがあったりする。
つまり、セティファムはそれくらい男子に人気があると言うことだ。
「セティ、その歌聞かせてもらえないかな?」
僕はセティファムを、他の人が居ない時はセティと短めて呼ぶ事が多い。
セティファムは僕をじっと見て、
「アレットは、女の子に送った歌を、他の男子が聞いていたら良い気持ちする?」
「そりゃそうだ。」
こう言うところでセティファムは意外と良識派である。
なんとなく、並んで道を帰っていると、セティファムが話かけてきた。
「ねぇ。」
「何?」
「どうして、男子は私に歌をそんなに送ってくれるのかな?」
表情を見ると、本気だ。
僕は少しおなかに力を入れて。
「それは、セティが美人だからだよ。」
と、なんとか言葉で言うと、僕の顔を驚いたようにじっと見る。
「そうなの?」
「男から見ると、そうだよ。」
「アレットもそう思う?」
「うん。」
なんとなく、気恥ずかしい会話をしているような気がして。
このあとどうしよう、と思っていると、横を通り過ぎる集落が目に入った。
そこにはオレンジに染まる空の色を写した家々が並んでいて、まるで夕焼けの生まれる前の卵を集めたように美しい。
その様子にセティファムがそっちに気を取られたので、僕も一緒になってそっちを見る。
しかし、
ここでこの話をもっと盛り上げていくべきか。
まったく違う話を振ったほうがいいのか?
話を続ける方向性が見つからず、心臓の鼓動が頭の思考とおなじくらい早く動いている。
急にくるっとセティファムは僕を見た。なんの前触れもなかったので驚いてじっと見ると、
「じゃあ、なんてアレットは私に歌を送らないの?」
いきなりそう言った。
心臓の動きが僕の思考を追い越した。
真剣にこっちを見る。金色の夕日が目に差し込んで。いつもよりも強い光を感じてしまう。
落ち着け。
心臓の鼓動に追い越された意識を引き戻してくる。
僕は1つおなかに入れていた息を大きく吐いて。
「僕は、何気にこうやって一緒にいられるからね。送る必要なんてないから。」
それを聞いて、セティファムはちょっと驚いて、とても嬉しそうに微笑んでくれた。
「じゃあ、私はこっちで。」
「うん、明日またよろしく。」
「それじゃぁね。」
白っぽい髪の毛が夕日の金色に染まっている。そんなセティファムに手を振りながら、僕らはそれぞれの家に方向にわかれて行った。
そう、何気に居られる関係だから。だから大切なんだ。
やっと心臓の動きも落ち着いてきて。
夕空が赤く染まり始めてきていた。
オレンジの羊雲と、大地に広がる金色の畑。
明日も、また良い日になるかな。
