井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

腹ふくるる

2013年04月24日 | ドラマ
尖閣沖の中国船とか、靖国参拝への中韓の反応とか・・・・
言いたいことはやまやまありますが、政治の話題続きでも
退屈でしょう。
物言わねば腹ふくるる・・・・と言ったのは兼好法師ですが、
しばらく、がまんします。

今は政治のこと以外では、次回作を考えています。
考え初めの頃の頭の中は、焦点を結ばない映像が
断片的に流れるのみで、意味もありません。

こういうシーンを書きたいかなあとか、こういうセリフはどうだろう・・・・
と、いう思いと映像とが断片的に、脳内のスクリーンに明滅しています。
モノクロ音声無しの映画より、もっとおぼつかない。

「花嫁の父」「母。わが子へ」と、それなりの人気と評価を頂いたので、
当然その流れの延長に次回作はあるだろうと踏んでいたら、局からの提案は
とんでもない明後日方向からのテーマで、一瞬絶句。

しかし、敢えて流れを断ち切って、新たにひょいっと提示しましょう、
という提案も判らぬではなく、いやむしろ、「むむ、お主できるな」
と思わないでもありません。
安定を見せ始めている路線を、敢えて外すのもいいことかもしれません。
しかし、「花嫁」「母」と固定のファンもいるので・・・テイスト自体は
余り逸脱したくない思いはあります。さて、どうしましょうか。
いわゆる視聴率狙いの人気路線は、発想は簡単なのですが(結果は別として)
アクションもサスペンスもなく、日常の視線で描くことが至難です。

余計なお世話というものだ

2013年04月23日 | ドラマ
安倍政権の閣僚や議員が、靖国参拝したら早速、韓国からクレームが
つきましたが、昨日はまた超党派の議員が大挙してお参りなさったとかで
結構なことだと思います。

自国の兵士の慰霊を行うのはいずこの国も同様で、日本だけ
いけないという理由は皆無です。

先の大戦が侵略戦争だったから、A級戦犯が祀られているからという批判の
根拠はもう、とうに論破されているというのに、毎年蒸し返されるのが不思議でなりません。
一つにはマスコミがいちいち、参拝の閣僚や議員に向かって、私人としての
参拝なのか、外交上どう考えるのか、などと問い質すからで、
日本人が日本の神社にお参りするのに、いちいち身分と理由を述べねばならぬ事態を
作り上げているのはマスコミにも責任があるでしょう。

分祀論もまだあるのでしょうか。分祀といっても靖國神社にあるのは霊璽簿(れいじぼ)と言ってお名前を書いたいわば、リストだけです。それを、どうやって「分ける」のでしょうね。
反対する人たちは、お位牌とかお骨とか何か具体的なものがお祀りされているのだと、思い込んでいるのでしょう。政治家でも「分祀」などと、真顔でいう人がいるので、失笑せざるを得ません。靖國神社にお祀りされているのは「魂」だけです。
魂をどうやって分けるのでしょうか?

A級というのを、あたかも罪状の一番重い人、と勘違いしている人も多いのでは
ないでしょうか。そのような使い方をされていますから。いちいち述べませんが違います。それに、もう法的にもかつてのいわゆる「戦犯」の方たちは、濡れ衣が晴れています。
これも述べると長くなるので割愛しますが。

マスコミが騒ぐので、靖国参拝が何か外交上、大問題であるかのような印象を抱いている人もいるかもしれませんが、韓国と中国が外交上のカードとして切ってくる反日の1枚に過ぎません。日本のマスコミが騒ぎ過ぎます。
韓国と中国の反日言動など日常の風物詩に過ぎないというのに、靖國だけは何か特殊なことのように取り上げて騒ぎます。

靖國を反日のカードとして切ってくるのは、この広い世界で中国と韓国北朝鮮の二カ国(敢えて)しかありません。
他の国々はお参りすらしています。当の戦勝国アメリカでさえ、最大の敬意でもって参拝しているのに、何の関係もない韓国が何を騒いでいるのか、論拠がまったくありません。

以下は靖國神社に参拝の国々及び人です。非公式個人を入れればもっとでしょう。
中韓が何か靖國アンチのことを言えば騒ぐのに、諸国の参拝と靖國神社に対して払われる敬意に関しては報じられません。


アジア

台湾、マレーシア、インド、スリランカ、インドネシア、パキスタン、イラン、
ベトナム、ミャンマー、タイ、チベット、ソロモン諸島

アジア以外

アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、スペイン、
フィンランド、ポーランド、スイス、ルーマニア、リトアニア、アゼルバイジャン、
トルコ、スロベニア、オーストラリア、ニューギニア、パラオ、トンガ、アルゼンチン、
ブラジル、ペルー、チリ、エジプト、パナマ、イスラエル





チベット、ラマ教法王のダライ・ラマ14世


ウィーン大学宗教学仏教学のフリッツ・フィンガー・ライダー教授夫妻と学生



ウィーン大学宗教学仏教学のフリッツ・フィンガー・ライダー教授夫妻と学生



東京裁判で無罪判決を下したインドの
故ラダビノード・パール博士の令息、プロサント・パール氏




ドイツ空軍総監ヨハネス・シュタインホフ中将


フランス護衛艦ヴィクトール・シェルシェとヘリ空母ジャンヌ・ダルクの乗組員と士官候補生


アルゼンチン海軍練習艦リベルタード号艦長オスカルモヘ海軍少佐と海軍士官候補生



在日アメリカ海軍司令官ダニエル・T・スミス海軍少将以下幹部25人


ブラジル練習艦隊クストディオ・デ・メーロ号のシャモンテ艦長以下士官候補生と乗員120人


ジル練習艦隊クストディオ・デ・メーロ号のシャモンテ艦長以下士官候補生と乗員120人


ブラジル、イスラエル、ポーランド、トルコの各国駐在武官


ペルー海軍練習艦隊、ルイス艦長以下60人



チリ海軍練習艦隊エメラルダ号、シルバ大佐以下士官候補生と駐日大使




イタリア陸海空軍の士官候補生



ぼーーっ

2013年04月23日 | ドラマ
大したことでもないのですが、体調が今ひとつすっきりしないので、
ぐだぐだと屋内にこもっています。

アレルギー性の鼻炎で、私の場合は気温差で起きるのですが、
ここ数日間の寒暖の落差の激しさで、すっかり鼻の調整機能が
いかれてしまいました。
薬をのむので、余計ぼーっとしています。

淑気

2013年04月22日 | ドラマ
神官の履く漆塗りの木靴を何というのだろうと調べていて、
結局木靴、ないしは木沓という言葉しか拾えなかったのだけれど、
探す過程で「淑気」という言葉を採取、恥ずかしながらはて何だったろうと
調べたら、

淑気(しゅくき)

新春のめでたくなごやかな雰囲気。清々しい中にもあたたかみがある、というようなことでした。



     襲名の口上ひびく淑気かな


     銀無地の屏風をひらく淑気かな


     着る時の羽織裏なる淑気かな

俳句にしては新春という時節柄、句に華やぎが添いますね。
新しい所では、


     起動せるノートパソコン淑気かな

うーん。どうでしょう。少々無理があるかも?
淑気という言葉を探っているうちに、「春隣」という言葉を覚えました。

春隣(はるとなり) 冬も終わりに近づき、春のけはいが漂う感じ


     この曲はモーツァルトか春隣


そういえば、NHKの「俳句王国」から声がかからなくなってから、久しく俳句を作っていません。

*神官の沓は「浅沓(あさぐつ)」ですね。

雨の靖國

2013年04月21日 | ドラマ
雨もよいの靖國神社さんへ出かけました。
そろそろ新緑の季節で、参道にも緑の息吹きがみなぎり、
大気は雨に洗い流され、清浄です。
コンクリートの街で暮らしていて、ふだんは土を踏まないので、
参道脇の土の道を大事に踏みしめて歩きました。
土には土の放つ「気」、エネルギーがあるので、それを
頂くつもりで。

遊就館で、ガダルカナル島で戦った方のお話をうかがいました。
九十歳を超えていらして、現実に戦の修羅に身を置いた方の
肉声を聴くのも、私にはこれが最後でしょう。
歳月に洗い抜かれ、語り口は淡々としていますが、内容は
熾烈。
よく生き延びて日本に帰って来られたことです。

兵士のご遺骨収集に定期的に赴かれている某寺の方のお話では、
ご遺骨を五体ほど無事に収集できたその夜、
「バンザイ、バンザイ、バンザイ」と複数の男声を
その場にいた1人ならず聴いたというお話もありました。
遠慮がちにお話になったのですが、亡くなられたある方と
唐突に交流・・・「会話」をつかの間した経験のある私には、
とりたてて不思議なお話とは感じず、異国の島で
命絶えた兵士の方々の魂の、ふるさと帰還への喜びの声だと、
受け止めました。

お話を聞き終えて室外に出たら、顔見知りの神社の方がいらしたので、
ふと、神社内でのドラマの撮影が可能かどうかお尋ねしたら、内容によっては
可能だとのお話。
そういうお話を書くかどうか、ほぼあてもなくお尋ねしたのですが、
撮影は不可能だろと思い込んでいたので、意外でした。

帰り道の参道で、清浄な白装束に身を固められ、参道に漆塗りの木靴の音を響かせて
進む神官40名程度の行列に遭遇しました。
先導をつとめるのは、その中でも最も年若い方というのが慣例だそうで、
凛々しい顔立ちの若者でした。
どういう動機で靖國神社という神社の中でも、特殊な位置にある神社に
身を置いたのかお訊ねしてみたいと思いました。
列は春の大祭の神事の一端だとうかがいましたが、神官のまとう装束も
「制服」であり、制服には一つの意志を帯びた説得力があります。
頭に烏帽子をいただき、手には笏、神官たちの白い衣冠束帯は、まさしく古代より連綿と受け継がれて来たこの日本の、清々しく晴朗な精神性なのだと拝見しました。

それにしても、禁裏においては天皇陛下もご高齢であらせられ、正座数時間で持続せねばならぬ過酷なご神事がいつまでお続けになれるのか、気にかかります。
祭祀の神秘的側面は置いておくとしても、日本の精神が宮中に絶えることを怖れます。
多少、敏感な方なら、力のある神社さんの鳥居の内と外では体感する空気感が
歴然と異なること、参道の正中線を貫く気(エネルギー)が歴然とあること、
神社内のご神体がおわす結界内は、特有の張り詰めた神気が漲っていることなど、
経験しているでしょう。
宮中内祭祀は単なる「儀式」とは違います。
この日本とそこに住まう国民の安寧、五穀豊穣を神に祈る場です。
それが途絶えた時、この日本がよく保っていけるのか・・・・
畏れながら現在の皇太子殿下と妃殿下が皇室の伝統を引き継がれ、宮中神事が
正しく行われるのか、不安は正直なところ兆します。
神事に対して無関心な人々にとっては、どうでもいいことでしょうが、
多少霊的感性を備えている人々の中には、懸念を抱く人もいるかもしれません。