「基本的に高校生レベルの打者」
しかし、ユニフォーム組は真逆の将来をみていた。
トラウトはキャンプ初期の段階から、そのパワーに驚愕していた。スポーツ誌では発行部数世界一を誇るスポーツイラストレイテッド(スポイラ)の看板記者をみつけると、興奮した口調でこういったという。
「オオタニの打撃練習をみたかい。凄いぞ。絶対にみるべきだ」
さらに、開幕1週間前には全国紙であるUSAトゥデイ紙の大御所記者;ボブ・ナイチンゲールに自信に満ちた表情でこういったという。
「彼は投げる。打つの両方でみんなにWOWといわせるだろう」
全米をカバーするデーブ・セイニン記者は
「マウンドに立っているときも、打席に入っているときも、打撃練習でコーチの投げる65マイルのボールを打っているときも、常に入場料を払う価値のある選手だ」
投手のヒジの内側側副靱帯(UCL)というこの小さい細胞組織は野球にとって最高の友であり、最大の敵である。ヒジの内側側面に位置し、骨と骨をつなぐ靱帯は投手のパフォーマンスを支える。しかし非常に脆く、損傷すれば完全なる修復は不可能だ。
最終的にはトミー・ジョン手術を決断したのである。
これは彼の身体的な脆弱性を示すものではない。
人体のULCは過酷な野球に耐えうるようにはできていない。
その悲しい事実が改めて証明されただけだ。
トミー・ジョン手術とは、1974年に初めてこのULC再建手術を受けたピッチャーの名に由来する。
靱帯を代替するものは靱帯ではなく腱だ。
手首やハムストリングの腱を用い、順応させていくうちに、それが靱帯に変わっていくのである。人体の神秘のひとつであるが、そのためには相応の時間がかかる。
栗山英樹
「それは筋肉が強いという意味でのパワーがあるからじゃなくて、身体の使い方が抜群に上手いからなんだと思う。力を下から上へ伝えていくとき、普通は足し算になるんだけど、翔平の場合はそれが掛け算になる。関節ごとの連動性というのかな。たぶん、子供の頃から、どうすれば効率よく身体を使えるのかを自然と考えていたんだろうね。
翔平、よく言っていたもん。
「ここの筋肉を鍛えておかないと、この動きができないんです」って・・・。
アイツなら進化してくれる。
僕の想像をはるかに超えてくる。
極端な話、キャッチャーのような投げ方で、ヒジに負担をかけずに170kmを投げちゃう、みたいな・・・身体を大きく使えばいい球が行くんだけど、それでは壊れちゃうという野球選手のジレンマを、アイツがぶち壊してくれるんじゃないかと期待しているんだ。
二刀流というのは一流のバッターになれる才能と一流のピッチャーになれる才能が揃っているだけではダメで、それを何倍も越えるだけの才能が両方ともにあって、初めて実行に移せる。
しかも2つを連動させるためには、翔平のように野球をやるのが何よりも楽しくて、他の何を捨てても野球に懸ける想いがある。
初めて翔平に二刀流の話をしたときに、アイツがあまりにも無表情だったことは今でも印象に残っている。翔平って、大事なときにはそういう反応になるんだって、あとからわかったんだけど・・・無表情で呑み込むっていうのかな。
盗塁して、ホームインして、ヨッシャーってガムシャラに、泥だらけになって、天真爛漫に野球をやる。それが楽しくてたまらないのが翔平だからね。
2009年の秋、日米20球団と面談した高校3年生の菊池雄星は、悩んだ末にアメリカ行きを断念。多くの報道陣の前で涙を流し、「日本一のピッチャーになる」ことを志した。
「理由は色々ありますけど、アメリカに直接行けなかったこと(アメリカの雰囲気とか)が1つです。マイナーではハンバーガーしか食べれないとか言うじゃないですか。いまならそれも楽しいじゃんって思えますけど、当時はそうなのかって思う自分がいました」