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まくらが歌謡楽団のブログです♪

続:長崎の鐘よりNHK朝ドラへ~

2020-02-05 23:31:57 | 日記
皆様、こんばんは!
昨日は、長崎の鐘について悲しくも美しい旋律に心打たれました…
すると、ふと検索するうちに~
なんと、来月から始まるNHKの朝ドラは、「長崎の鐘」を作曲した古関裕而がモデルになっているではありませんか!これは、昭和歌謡を勉強する私達にとって、見逃してはならない番組となりそうですね😆 ←注:私は決して、NHKの回し者ではありません😅 

連続テレビ小説「エール」はこちらをご覧下さい。

楽しみですね!


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26 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
茂木さん、コメントありがとうございます♬ (櫻ミサ)
2020-04-22 10:26:41
なんだか、予想外(想定外)に日本じゅうでコロナ、毎日毎晩、ニュースはコロナコロナで、せっかく朝ドラも楽しみにしていたのに「収録はコロナの為に途中で打ち切り」というニュースを見て、見るのをやめてしまいましたなので、初回しか見ておりませんが、いつか全編そろったら、最初からしっかり見たいと思います。

でも、そろそろこの世の中に慣れなくてはいけないなと思っています
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再び、古関裕而 (茂木)
2020-04-15 17:48:33
 古関裕而をモデルとしたNHKの朝のドラマ、エールが始まって3週目に入りました。今回のドラマの作り方は毎回、次が観たくなるような終わり方をしているのも手伝って毎回欠かさず観ています。それと同時にエールの制作にも関係している歴史学者、刑部芳則氏の著作「古関裕而―流行作曲家と激動の昭和 」(中公新書) を読んでいます。これまでのストーリーはほぼ史実に即しています。本を読みながら印象に残ったことは二つあります。一つ目は、福島“商業”高校に在学しながらも1年生の時から和声法と対位法を独習し、3年生の時にはストラビンスキーの火の鳥をハーモニカ用に編曲して定期演奏会で披露したことです。二つ目は妻内山金子との結婚にいきさつです。二人は文通だけで愛情を深め、文通を始めて3か月目には結婚したのだそうです。エールには題名からしてポジティブな響きがあります。“コロナ”と戦う人々を応援する物語になりそうです。テーマ曲も聴いていると元気が出そうです。
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Tedさん、こんばんは🎵 (櫻ミサ)
2020-02-10 23:46:18
Tedさん、沈丁花の解釈、ありがとうございました。たしかに、矛盾がありますね。よく考えるとつじつまの合わない所…でも、1つの曲についてさまざまな角度からのご意見を伺えて、楽しかったです

ラジオから聞こえる名前、本ではよく目にする名前…私の学生時代は、楽譜や書物で目にする著名人がいろいろと授業をして下さったので(例えば、指揮法では松尾葉子先生、合唱では三善晃先生など)そのたびに、先生方は、顔が知れてる演奏家は別ですが、お名前のみを知っている方の場合は、先生が黒板にお名前を書かれた瞬間にみんなで「ほぉ~っ!」と驚きの声を発していたのを覚えています
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えいらい じゅうめい (Ted)
2020-02-10 15:02:05
 この記事についての4番目のコメントに、茂木さんが「古関裕而という名前はよく耳にしていましたが、このような漢字で綴られるというのは始めて知りました」と書いていらっしゃいました。それに関連して、私も高校生時代にラジオでよく耳にしていながら、漢字を目で見たことがなかった名前を思い出しました。番組の終わりによく「作並びに構成、えいらい じゅうめい」というアナウンスがありました。外国生まれならば、Ailye Duemay、日本生まれならば、永来重明などと想像していましたが、今はインターネットで調べられます。「永来重明」で合っていました。「昭和期の放送作家」として、20世紀日本人名事典の解説が出てきます。
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沈丁花 (Ted)
2020-02-10 09:31:53
 櫻さんの解釈はすっと受け入れられます。ただ一点、私は歌詞の最初の沈丁花の場面を、過去の記憶と思いたいです。沈丁花は春の季語なので、沈丁花が咲いてしまっているのでは、「春よ、来い」にはならないからです。文学的な表現には矛盾があってもよいという意味のことを先に書きましたが、この場合は表現ではなく、解釈の問題です。解釈にも自由度はありますが、ここでは生かじりの文系として自然と思われる解釈をご紹介しました。なお、わが家にも沈丁花の木がありました(先年、大きくなりすぎて枯れてしまいました)。その花の各年の写真を見ると、いつも3月中に撮ったものでしたから、春でも早春のうちですが。
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「春よ、来い」 (櫻ミサ)
2020-02-09 22:05:22
そして、ただいま、戻って参りました

私個人の勝手な解釈ですが…

春を予感させる雨がしとしとと降りそそぎ、窓辺から沈丁花を見ていると、ふと懐かしい顔を思い出した。それは、あまりにも切なく、儚い面影に、私の眼からは涙があふれ出した、その粒が1つ1つ流れ落ちるうちに、やがてこぼれた雫は蕾が花開く前に落ちてしまったかのような、まるで線香花火のような…
時が止まった瞬間、私は沈丁花の香りを感じた…
その香りと共に、遠き思い出が空を超え、時を超え、明日を超え…どこまでも遥か彼方へ私を連れて行く。
いつか戻ってきてほしい、でも永遠の別れとなった今、もはや愛しい人は帰ってくることはない。春はこれからやってくるけれど、もうあなたはいない…
ありがとう、懐かしき思い出たち、夢を抱かせてくれたあなた、私が迷い立ち止まる時にも、遠くから見守ってくれているかもしれない…

全然違うかもしれませんが、そんな風に勝手に解釈するとこの歌が素敵に思えます
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しーちゃん、コメントありがとうございます♬ (櫻ミサ)
2020-02-09 21:37:05
「おしん」懐かしいですね~
おしんだけは、題名聞いただけで、タタタ~ン🎵タタタタ~タタタタ~ン🎵とすぐに弾けるほど、いまだにメロディを鮮明に覚えています。あの中で出てくる大根めし、食べたくてしょうがなくて、母に作ってもらった記憶があります

覚えている朝ドラ、たしかサザエさんの作者長谷川まちこのマー姉ちゃん、最近の東北のあまさん? 小さい頃は、必ず見ていたように思いますが、最近はあまり…でも、3月からは気合を入れて録画したいと思います
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文学的な文、外国語の歌、そして再度「歌詞か旋律か」 (Ted)
2020-02-09 16:50:45
 「あきらめモード」に「確信的な表現」を加えて「あきらめモード」が強められているとすれば、確かに「隠し味効果」と言えますね。ただ、私が言おうとした中心は、歌詞に限らず、文学的な文では、意図した印象や効果を出す工夫のためには、科学論文のように理路整然としている必要がないのだろう、そして、「春よ、来い」も、そのことを踏まえて鑑賞すべきだろう、ということです。
 櫻さんはイタリア歌曲を歌う時、意味を調べてから歌われるとのことですが、私は歌の素人だからかも知れませんが、省みると、外国語の歌を意味をよく知らないままに歌っています。大連で小学校4年生の時に終戦になり、学校での授業が規則正しくは行われなくなったこともあり、女学校の英語の先生だった太田芳郎という、かつてのデビスカップ選手だった人が始めた英語塾へ通い、5年生の2学期末頃に塾が終了になるまで行っていました。その終了頃に「蛍の光」のもとの歌 "Auld Lang Syne" を1番だけ習い、スコットランド語であるため英語の辞書では出て来ない単語があるせいもありますが、意味が十分に分からないまま歌っていました(いまでも歌えます)。また、大学1年の時の文化祭で、理学部1組有志20名ほどで何曲かを合唱した中に、ドイツ民謡 "Muß i denn"(別れ)もあり、これも意味を知らないまま歌っていました。この歌は近年買った鮫島有美子のCDにも入っていて、1番と3番は日本語、2番はドイツ語で歌われています。歌詞集に「2番の歌詞は1番の内容をドイツ語で歌ったもの」という説明はありますが、どの単語が何を意味するかまでは、依然として知らないままに、真似て歌っています。先に「歌詞と旋律のどちらに重きを置いて好きな歌が生じるか」という質問をいただきましたが、外国語の歌をこのように歌っていることからすれば、私も歌詞にはあまり重きを置いていないようですね。
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隠し味効果 (茂木)
2020-02-09 14:20:32
Tedさんが言われているのは、甘味を出すために塩を加えるような隠し味効果ですね。
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面白い話題ですね! (櫻ミサ)
2020-02-09 11:31:57
週末はいつも仕事が忙しく、なかなかこちらに来れないのですが、その間にとても興味深い話題で盛り上がっていらっしゃいますねぜひとも、夜に皆様のコメントをじっくり読ませていただいて、コメントしたいと思います
その前に、私の個人的な意見としては…
実は、私はあまり今まで日本のポップスを聴いてこなかったせいか、歌手の歌詞までちゃんと読んだことがありませんでした。そのせいか、ユーミンが大人気なのもいまいち同感できず、ただ「春よ、来い」はメロディラインが美しいのと、歌詞が(最初くらいしか耳に入っていませんでしたので)古風で日本的だな、ということ、季節感がぴったりな事等でやや好きな方でした。特別なユーミンファンでない限り、全体の雰囲気、色彩感、サビの部分の印象の残り方で、人はその曲に対するイメージを作るのではないかと思います。ただ、実際に自分が歌うことになって初めて、歌詞を読むようになるので、その時初めて歌詞について考えるのかなと思ったりします。それは、今どきの歌が難し過ぎということにも起因してるのかなと。
例えば、「もしもピアノが弾けたなら」や童謡の場合は、始めから歌詞と音楽が耳に入ってきます。また、時々、イタリア歌曲を歌ったりしますが、その場合は、イタリア語自体が私は習ったことがないので、辞書片手に意味を調べてから歌うことにしていますので、おのずと意味は入ってきます。

なんだか、ごちゃごちゃしてしまいましたが、「春よ、来い」の歌詞を夜にもう一度ちゃんと読んで、改めてコメントさせていただきますね
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さらに「春よ、来い」 (Ted)
2020-02-09 11:00:13
 私がユーミンの文法での矛盾を述べ、茂木さんが言葉での矛盾に言及されたのは面白いことです。私たちが矛盾を感じた時の頭の働きは、どちらも理系寄りだったのかと思います。文系の、あるいは芸術的な見方としては、矛盾的な表現で効果を高めている、という解釈ができるのかも知れません。「あきらめモード」に「確信的な表現」を加えて、「あきらめモード」が強められているとすれば、これは立派な技巧のようです。同様に、文法の混乱も、悲しみの深さを表す一つの有効な手段として使われている、とも考えられます。
 「あきらめモード」についていえば、この歌が詠んでいる愛する人と別れた状態は、実は回復不可能な状態であるように思えます。他方、愛する人を春に例えて、「春よ、来い」が再会を待ち望む言葉であるとするならば、春は待ち遠しくても必ず巡ってくるものであり、理系的には、そもそもここに、大きな矛盾を感じます。回復不能とも回復可能とも、どちらにでも取れるところが、科学論文とは全く異なる、文学的表現なのでしょう。
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再び、春よ、来い (茂木)
2020-02-09 05:28:47
Tedさん、お気遣いなさらないでください。私は、時に真実と願望の境界が不鮮明になる傾向があるようです。率直にその点を指摘していただければありがたいです。
“春よ、来い”の歌詞を読み返しましたがやはり腑に落ちません。Tedさんの愛しいひとを春に見立てるというのも参考になる解釈です。再会を待ちわびるもそれが適わないことを認識し、今後は愛しいひとの思いでに生きる、とつづくのでしょうか。全体を通じて愛しい人との再会はあきらめモードなのに、“迎えにくる”と確信的に表現していることに矛盾を感じます。
Tedさん、文献の紹介をありがとうございます。興味のある内容です。確かに、音楽が心に作用するメカニズムまでは解明されていません。現在は演繹法(三段論法)を用いて説明する段階だと思います。例えば、快感に対しての脳の反応の仕方が明らかになっているので、音楽についても脳が同様の反応をすれば音楽は快感を生むという説明の仕方です。fMRIを用いた研究結果があります。これは音楽や言語に対する聴覚野の反応についての基礎的な研究例です。http://mcdermottlab.mit.edu/svnh/Natural-Sound/Overview.html
コクラン・ライブラリーhttps://www.cochranelibrary.com/searchでは医療における治療法のエビデンスを集めてその有効・無効をレビューしています。このサイトで音楽(music)を検索すると55の音楽に関するエビデンスとそのレビュー結果がヒットしました。ゆっくりかもしれませんが音楽療法の有効性に関する研究が進んでいるようです。
ともかく、音楽は健康にも効くという方面からもまくらが歌謡楽団の活動をPRしたいです。このトピックに関するコメントはこの辺りで終了にしましょうか。
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追伸 (Ted)
2020-02-08 20:35:29
 先の「春よ、来い」についての私のコメント中で、茂木さんのご感想に反対するようなことばかり書きましたが、決してそのつもりではなく、その歌詞についての率直な感想を述べたまでですので、あしからずご了承下さい。
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音楽と記憶 (Ted)
2020-02-08 15:53:42
 表記の件について英語で検索すると、"Music, memory and emotion" と題する2008年発表の概説論文が見つかりました。https://doi.org/10.1186/jbiol82
 詳しくは読んでいませんが、この時点では、まだ現象的な研究にとどまっていて、脳生理学的な結果は出ていないようです。
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「春よ、来い」に初めて接して (Ted)
2020-02-08 15:16:47
 私が朝ドラをよく観るようになったのは1999年の定年退職後のことで、『春よ、来い』という朝ドラがあったことや、同題名の主題歌が歌われていたこと、その歌が音楽や国語の教科書に掲載されたことも知りませんでした。いまインターネット上で歌詞を見ると、文語と口語、さらには口語の対話体と非対話体が入り混じっていて、これで国語の教材に適しているのかという疑問が湧きます。ストーリーというほどのものはなく、愛する人がどこかへ去り、その人を春に例えて、再会を待ちわびている、ということを歌ったもののようですが ...。
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春よ、来い (茂木)
2020-02-08 11:34:36
 歌が懐古につながるのを応用したのが認知症の治療法として用いられている回想法ですよね。fMRI(磁気共鳴機能画像法)とかの新技術で回想時の脳や血流の反応が判明しつつあるらしいです。
 朝ドラのテーマ曲の中で“春よ、来いは”現在でも歌われ、演奏されている人気曲だと思います。メロディーと、歌詞のことば選びはすばらしいと思います。しかし、ストーリーがとても分かりづらいです。歌詞の中の数行が削除されているのではないかとさえ感じます。昔習った古文の難解さに通ずるものがありますが、分かる人には分かるのかもしれません。
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しーさん、ありがとうございます (Ted)
2020-02-08 10:02:26
 朝ドラ主題歌について、分かりにくい歌も多いことと、心にずっと残る歌も少ないことに同感していただき、ありがとうございます。お互いに若くないようですが、私の方がずっと若くないと思います。軍歌のいくつかが頭にこびりついている世代ですから。
 歌は確かに懐古につながります。そのための脳の働きは、どのようになっているのでしょうかね。
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Unknown (しー)
2020-02-07 23:01:27
すみません、追記です。

朝ドラ主題歌について、ステキな歌も多いのですが、確かにTedさんおっしゃるように分かりにくい歌も多いと思います。

というか、今どきの歌、全般が何言ってるかよくわからない⁉️😅
若者に笑われてしまいますが😅
心にずっと残る歌、というものは少ないかもしれません。

ただ、朝ドラって半年間見続けるので、その間毎日同じ曲を聞き続けるわけで…そうすると後になって耳にしたとき、「あーこの曲(の朝ドラ)の頃こんなことあったなぁ✨ふふふ😁💨💨」など、ここでまた懐古するのですね(笑)


と思ったりいたしました~☺️
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Unknown (しー)
2020-02-07 18:56:51
皆さんこんばんは🌔
寒いけれどその分月がキレイですね✨

茂木さんと同じく、私もそんーなにテレビを見ないのですが、朝ドラはテレビのなかで別格、録画してみます❤️
ですが、今年度はBSで「おしん」を再放送していて、そちらが何とも言えない昔ドラマ感➕やっぱり世界的にヒットしただけあり考えさせられる点も多く見応えがあって優先的に見てしまい、なつぞらはあまり真面目に見ずに終わってしまいました。
今のスカーレットは面白いのですが、おしんを見なくてはならないので未視聴分がたまってしまって😅

でも、朝ドラの主題歌はステキな歌が多いですね❣️
365日の紙飛行機、麦の歌、どちらも好きでした🎵
ドラマの内容もこの二つ大好きでした✨

主題歌ではないけれど、「べっぴんさん」の話の中で市村正親さんの歌を聴いて、中学生の頃に姉が連れていってくれた劇団四季のミュージカルを思いだし、、、進路を迷っていたこと、姉たちとたくさんしゃべったり笑ったりしたことなどいろいろ思い出しました。
音楽、香り、って懐古を引き起こすものですよね🍀

さて、次期朝ドラは見逃せないようなのでおしんも終わっているし、がっつり見ようと思います(笑)
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Tedさん、茂木さん、こんにちは! (櫻ミサ)
2020-02-07 13:11:11
歌声ペトラは、(たぶん、このように歌声ペトラをたくさん書き込むと検索の時にこちらのブログも出てくるかもしれませんが…)、まくらが歌謡楽団のホームページを作った当初、「古河、歌声広場」で検索して出て来るか確認したら、歌声ペトラばかり出てきましたので、私もお名前だけは知っています何年か前、クリスマスの頃に古河駅前でたしかチラシを配っていらしたかなと思いますが、記憶違いでしたらごめんなさい。

たしかに、猫じゃらしチャンネルさんは、動画が短く簡潔にまとめられていて、しかも猫が出てくるのでとてもわかりやすいですし、コマーシャルの感覚で楽しめるので、考えられているなぁ~と思いました。我が楽団も、コマーシャルを作る時には、ただ録画をするのではなく、いろいろと名場面集を作って、みんなが納得した形で、ホームページやYouTube、ケーブルテレビなどで流していきたいなと思います

朝ドラは、最近は全く見ませんが、FBでもこの3月からの朝ドラについては、声楽科の友達などで盛り上がっていましたので、きっと視聴率は良いかも…
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歌のつどいの動画 (Ted)
2020-02-07 11:48:00
 歌声ペトラの動画にアクセスしてみました。しかし、2時間弱を観るのは大変で、途中でやめました。まくらが歌謡楽団さんの歌声広場もいずれ動画を掲載していただけると嬉しいですが、「ねこじゃらしうたチャンネル」のように1曲ずつの短い動画だと、観るのに便利で助かります。
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朝ドラ主題歌 (Ted)
2020-02-07 10:22:11
 『あさが来た』で私が最も印象に残っているのは、主題歌でなく、ヒロイン「あさ」が、わんぱく娘で、木に登っていた場面です。ちょうどその直前に、私は石川県の小さな市・七尾で入学した小学校の1年生から3年生の初めまでの同級生・E子さんと大阪で約70年ぶりの再会をして、思い出を語り合う機会がありました。その時、「私の隣の席にいたY子さんはしとやかな感じの子だった」と私がいうと、E子さんは、「とんでもない。彼女は木登りもするお転婆な子でしたよ」と意外な返事をしたので、「あさ」とY子さんが重なったからです。
 朝ドラ主題歌は、歌詞がよく聞き取れない歌い方になっているものが多いように思います。気になる歌詞はインターネットで調べたりしますが、そこまでしても、よく覚えている歌はありません。『マッサン』の主題歌「麦の唄」(中島みゆき)の歌詞も当時調べましたが、頭に残っているのは勢いの良いメロディの一部(歌詞でいえば「麦は泣き 麦は咲き 明日へ育ってゆく」という末尾の部分)だけです。
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朝ドラの思いで (茂木)
2020-02-07 06:05:44
古関裕而という名前はよく耳にしていましたが、このような漢字で綴られるというのは始めて知りました。ラジオのあるいはTVの司会者が発する“コセキユウジ”が耳に残っています。Tedさんが紹介された数々の曲名もわかります。私はTVをあまり見ないのですが、朝ドラは別です。仕事時代も録画して毎回観ていました。印象に残っている曲は2015年に放映された“朝が来た”の主題歌“365日の紙飛行機:AKB48”です。当時、再雇用制度のもとで働いていたのですが実験を含むややこしいプロジェクトが思い通りに進まず、実験日には”神頼み“をしたくなるほどでした。そのような毎日の中で「時には雨も降って 涙も溢れるけど 思い通りにならない日は 明日頑張ろう」という歌詞に毎晩慰められました。年甲斐も無くと思いながら音楽に助けられた思い出です。
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歌声ぺトラ in Kga (茂木)
2020-02-06 19:13:24
Tedさん、「歌声ぺトラ」の紹介ありがとうございます。古河教会の場所を確認しました。またそのホームページを探っていたら、昨年の夏に古河教会で実施された「歌声ぺトラ」の2時間弱の動画に行きつきました。内容をみると必ずしも賛美家では無いようです。その最終には、現在古河が歌声ぺトラの本籍地になっているようです。また、資金はカンパでも集めているようです。
https://www.youtube.com/watch?v=1UIbibMw4fs&fbclid=IwAR1Rm5OMv4Lz_H_RsUJuns4leNSFjmBnR-y27xsA1fUo_7cHayxxyGzjTwk
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歌声ペトラ (Ted)
2020-02-06 16:51:08
 私の歌についての古いブログ記事をチェックしていたところ、キリスト教会で歌う「関西歌声ペトラ」という集会のことを書いてもらったコメントがありました。「関西歌声ペトラ」を、今になってインターネットで検索してみると、「歌声ペトラ」のフェイスブック(https://www.facebook.com/utagoepetra )に行き着きました。そこにリンクされている行事予定のページ(http://utagoe-petra.net/koga/index.html )へ行くと、本家の御茶ノ水では、2019年夏にお休みとなりましたが、「歌声ペトラ in 古河」は続くとして、2020年2月29日(土)古河教会での開催要領が載っていました。年1回、いろいろな賛美歌ばかりを歌うつどいのようですが、場所が古河なので、ご参考までに記しました。
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古関裕而 (Ted)
2020-02-06 14:26:21
 古関裕而が作曲した歌の中には、「白鳥の歌」(作詞:若山牧水)、「とんがり帽子」(作詞:菊田一夫)、「フランチェスカの鐘」(作詞:菊田一夫)、「イヨマンテの夜」(作詞:菊田一夫)、「あこがれの郵便馬車」(作詞:丘灯至夫)、「君の名は」(作詞:菊田一夫)、「高原列車は行く」(作詞:丘灯至夫)など、私の知っている歌や好きな歌が、意外にたくさんあります。
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