皆様、こんばんは!お元気でいらっしゃいますか?
動画アップロードを決心したものの、ビデオも撮影も編集も全て初心者レベルから脱出したことのない私のチャンネルは、酷いもので…本当に公開するのはお恥ずかしいですが、これから回を重ねるごとに少しでも良くなれたらと思います。
さて、そのため、動画アップロードの際に一番簡単そうな曲ということで「チューリップ」ところが…実は奥が深いのでした…
作詞 近藤宮子さんは(ウィキペディアより)
国文学者の父・藤村作が広島高等師範学校(後の広島大学)へ教授として赴任した1907年、広島県広島市国泰寺町(現在の中区国泰寺町)に出生。母・季子は広島高師附属中学、山中高等女学校の音楽教師を務めた。1910年、父が東京帝国大学文学部助教授に転任、東京市外千駄ヶ谷に転居。1931年、父の教え子で東京音楽学校(後の東京芸術大学音楽学部)講師・国文学者の近藤忠義と結婚、専業主婦となる。 同年8月末、当時幼稚園唱歌研究部に関わっていた父から夫・忠義を介して子供のための作歌を頼まれる。当初一般公募をしたが、よい作品は少なく唱歌研究部委員だった作曲家・福井直秋が懇意の藤村作に頼んだものが宮子にまわってきた。作歌中満州事変が勃発。約1ヶ月の間に『チューリップ』、『こいのぼり』、『オウマ』など10編を作歌、作品を協会に提出し全て採用された。
その後専業主婦して激動の時代を送る。夫の忠義のみならず、弟の赤城さかえが左翼活動に関与し心を痛めた。1932年、宮子の作った作品は全て無名著作物として公表される。同年東京高等師範学校附属小教師・井上武士が『チューリップ』を作曲。作詞者不詳のまま出版された。
1940年代後半に日本音楽著作権協会が本格的に活動を開始、無名の著作物に関しては、作者から名乗りを上げていく流れとなった。しかし宮子は多くの作品が作者不詳でもあり、歌いつがれていくならよし、と思いこの後も名乗りでる事はなく過ごした。 1960年代に入り更に著作権の改正問題が起きた。『チューリップ』などの人気曲は日本教育音楽協会の貴重な財源でもあり、当時のこの協会の人物が著作権の延命を図るため『チューリップ』などの作品を自らの作詞として登録してしまった。
1931年に作歌してほぼ40年後の1970年、著作権法が約70年ぶりに全面改正され公布が決定、著作権の記事が出始め、一般にもよく知られることとなる。この頃、赤旗編集部の記者をしていた宮子の長男・創が子供の時、こいのぼりの作詞はお母さんよ、と聞かされたと他の記者に話すと興味を持たれ、取材後記事として世に出て大きな注目を集めることとなった。 ウソはいけないと1983年、宮子76歳で裁判を起こす。控訴上告が続くが1993年、相手が上告せず、宮子の勝訴が確定、正式に『チューリップ』、『こいのぼり』ほか全作品の作者として認められた。この時86歳、大きな話題となった。殆ど物証が無いにも関わらず裁判官が心証によって判決を断定した珍しいケースであった。1999年死去。享年92。
なお『こいのぼり』の作曲者は今も不明なほか、唱歌・童謡には現在も作者不詳のものが多数ある。
ちいさなお子さんが初めて覚える歌のような誰でもくちずさむ「チューリップ」に、このような歴史があることを知りませんでした。
なお、作曲の井上武さんは(ウィキペディアより)
主に唱歌・童謡の作曲に従事し、「虫の声」「お月さま」等、日本音楽史上に残る数々の作品を遺した。芳賀小学校から群馬県師範学校(現在の群馬大学教育学部)に進学。その後東京音楽学校(現在の東京芸術大学)に進学し、音楽を学ぶ。
台湾総督府付属女学校教諭として台湾に赴任。帰国後洗足音楽短期大学などで教鞭をとった。のち東京音楽大学教授に就任。日本教育音楽協会会長・同声会会長などの要職を歴任。各地の学校の校歌作曲にも多く携わった。
戦後は、新宿区戸山町の戸山ハイツに居住。活動の傍ら地元の東戸山小学校PTAコーラスの指導も行っていた。 死後の1975年、生前の業績をたたえて、母校の群馬大学に群馬大学教育学部同窓会と群馬県音楽教育協会によって石碑が建立された。主な作品は、
- 「こいのぼり」(作詞:近藤宮子[要出典])
- 「お月さま」
- 「汽車ぽっぽ」(戦時童謡兵隊さんの汽車改詩)
- 「うみ」(作詞:林柳波)
- 「ぞうさん」(作詞:堀内敬三)
- 「チューリップ」(作詞:近藤宮子)
- 「ゆきだるま」(作詞:宮中雲子) など
さて、最後になりましたが、お恥ずかしいながら動画をアップさせていただきます。
いろいろなご意見はあろうかと覚悟しつつ…😰 初回なので、お手柔らかにお願いいたします😰 なお、曲目のリクエスト、ご意見等、どうぞよろしくお願いいたします♬
では、こちらをクリックして下さい♪
今週も頑張って参りましょう!!!
何かできないものか、いろいろと試行錯誤を重ねれば重ねるほど、何もできないなぁと途方に暮れていましたが、もう一度振り出しに戻って、今の自分が自然体でできることを~と思い、アップしてみました。
歌声広場と題しておきながら、録画を見直してみると、歌えるところがほとんどない、という有様で…
次回は、皆様にちゃんと歌っていただけるように私自身、落ち着いて録画できたらと思います。
これからも、よろしくお願いいたします
えっ?!得した気分~ですか損した気分にならなくて本当に良かったです。
何か、楽しいものを~と考えても、実際に何かと考えると、どれもこれも面白くなくて…そして、あんな形になってしまいました
優作くんにも、ぜひ感想をお願いします!「つまらないなぁ~」と言われちゃったりして…どうぞよろしく
御見苦しい点は多々ありかと思いますが、少しずつ楽しいチャンネルになれたら良いなぁと思います
作詞者・近藤宮子さんの著作権裁判勝訴のことは、忘れていましたが、当時新聞で読んだと思います。本当によかったです。
なんだかとても得した気分です🍀
さて❗今日もめいっぱいがんばります💪