プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

雪と葉桜

2010-04-18 23:57:42 | SS





 天気予報で寒暖が激しいとしきりに言っている春だった。桜の花びらに混じり雪が散り、季節感覚が酷く暈けてしまう。
 感覚は希薄だけど、それでも春は通り過ぎていく。
 この季節が来ると私は自分が生まれたことを思い出す。別に産声を上げた瞬間を覚えているわけではないし、産湯に浸かりながら散る桜を見た記憶も無いのだけれど―ずっと自分がこの4月、新しい命の芽吹くこの季節に生を受けたのだと言う意識を持ってこれまで生きてきた。開いた花がこれから更に緑に色づきはじめる、それなのに皆目先の花が散ることを惜しんで目を伏せる、そんな季節。

 とかく行事ごとに疎い自分も、誕生日を忘れることはない。学校で騒ぐクリスマスもバレンタインも興味は無いけれど、これだけは大切な人からいただいたものだから。

 春とは思えないほど冷めきった早朝、薄く雪を纏う世界に足を踏み入れ、境内の前に植わった桜の木の傍を通り過ぎる。これまでの経験にそぐわない冷えた桜花の匂いを空気と共に肺にしみこませ、寒さに涙を流しているように散る花びらを少し見上げ、私は足早にそこを通り過ぎた。

 そうして私は、教会に向かう。



 そこはヨーロッパにあるような荘厳で重圧な雰囲気を孕んでいるものではなかったけれど、私には誰よりも大切な場所。冷えた早朝特有の靄が揺らいでいく中、芝生を踏む感触がしっとりと柔らかくなっていく中、とある墓石の前で跪いて手を合わせた。毎年必ず来ていたけれど、私はかつてない安らかさで墓前に向かった。母から貰った命だから大切だった今までとは違う。父から貰って、友に出会って、使命を知って、泣いて怒って笑ってぶつかってきた今の私の全ての源に。

 雪交じりに散る桜花の吹雪と、その狭間に輝く新しい命の緑。吐き出される息は白く、それでも足元の芝生は露を滴らせる。
 酷く季節感覚の暈けた、それでも私が生まれた、春。私の誕生日を誰よりも早く一番にこの人に。


 ―産んでくれてありがとう、また新しい季節を迎えることが出来ました。




 帰る頃には日がすっかり昇り、朝の靄も陽に透け、雪と共に白かった世界もさらさらと溶けていた。街が忙しなく動き始め、都会が熱を帯びる頃、私は気分よくもう一寝入りしようかと考えていた。都合よく土曜で学校は休みだし、父との食事は夜からだ。楽しみではないけれど、もう不愉快と言うほどでもない。
 友人たちに会う予定は無い。
 そもそも、聞かれた事のない誕生日など教えていないからだ。今からでも教えれば多分祝ってくれるだろうけれど、むしろいつもみたいにクラウンで大騒ぎしながら祝ってくれるだろうけど、これまで言う機会もなかったし、今更わざわざ言うほどでもないと思っていた。他人からすれば薄情なのかもしれないけれど。
 そういえば特に彼女は薄情な無作法を嫌うな、とふと一人の友人の顔が浮かんだ。だが、それもどうでもいい。先ほどよりは随分柔らかくなった空気に向かい大きく伸びをし、石段を上る。すると鳥居の向こう、もう葉の混じる桜の木の薄雪化粧は既にほとんど露となっていたけれど、その幹の傍に誰かが物言わず凭れながら佇んでいるのが見えた。
 微かに白が残る幹と枝、散る花びらと葉の陰りの下、寝息すら聞こえそうなほど穏やかに目を閉じたその姿は、ちょうど頭に浮かんでいた人物で。私は慌てて両手で二三度目を擦った。

 朝の神社で、何と言う不審者然。

 それでもその光景に溶けるような佇まいに、私は言葉を失った。後からならきっと、ちょうど考えてた人が目の前にいてびっくりしたからとか、朝の神社の訪問者が珍しいから驚いたとか自分に言い訳出来たのだろうけど。

 それでも、鳥居の下と桜の下の遠くも近くも無い間で、私は声をかけることも出来ず足を止めてしまったのだ。

 それと同時に風が抜けた。桜吹雪が舞い上がり私の方まで花びらが吹き飛んでくる。それは見慣れた彼女の技を連想させて私は反射的に固く目を瞑った。頬を花びらがくすぐり髪がはらはらと弾けたところで、私は髪をかきあげ目を開く。すると、それに呼応するかのように彼女はゆっくりと、まどろむように目を開けた。
 ただ瞼が動いただけのその行為が、まるで静かに花開いたよう。未だ夢見心地なように細められた目が光や風のせいか更に細められる。頬をすべる花びらを顔を背け指で払ったところで、彼女はようやく私に気付いたようだった。

「・・・レイ?」
「・・・・まこと」
「何やってんの?こんな朝早くに」
「私のセリフよ」
「・・・んー」

 勿論彼女と約束はしていないし、街は動いているといっても、中学生が休日に連絡も無しで訪問するには少し早すぎる時間だろう。私が早朝教会に行くことも伝えていないから、私を待っていたとも思えない。
 まことは微かに目を瞬かせ凭れかかっていた幹から離れ、影から出て眩しいのか手でひさしを作った。そして特に言い訳をする風もなく淡々と言った。

「・・・桜、見に来たんだ」
「・・・?」
「いや、今朝ちょっと雪だったじゃん。こんな時期・・・もう四月も半分過ぎたのにな。雪と桜なんてそう見られないだろ?昼過ぎると溶けちゃうかなって」
「何でここまで?」
「ああ、ここの桜なら並木道とかよりも雪がきれいに残ってると思って。もう結構溶けちゃってるけど、折角来たからちょっとしばらく見物してた」
「目、つぶってたじゃない」
「え、今?あー、ちょっと考え事してて」
 
 まことの口調はのんびりとはしていたもののしっかりして、本当に眠っているように見えたのは私の錯覚らしい。まことは先ほどの私同様に太陽の下で大きく伸びをした。

「あたし葉桜好きなんだ。皆、桜が散っちゃうと惜しんじゃうけどね。でもこう、季節の変わり目って言うかさ、花が残ってるけど緑が混じってるのが、なんかこれからどんどん命が成長していくって言うか・・・うまく言えないけど」

 桜は家では中々育てられないし、とまことは植物好きの彼女らしいことを告げる。それに葉桜に雪が混じってるなんて滅多に見られない、と言う言葉で締めた所で、彼女は今度は私に質問を投げかけた。

「あんたこそどっか行ってたのか?こんな朝早くに」
「・・・別に、どこでもいいでしょ」 
「そう。当ててやろっか?」
「・・・いらない」
「お母さんに会ってた?」

 私が彼女の暢気な提案を却下して間髪入れずにまことは正論をついた。精々夜遊びしたとかそんなくだらない指摘でからかわれるのが関の山だろうと思っていたのに。
 誰にも言ってなかったはずなのに。

「・・・何で分かったの?」
「え、当たったんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「当てずっぽうだけどね。妖魔関連だったら呼んでくれただろうし、レイ無駄に夜遊びとかしないだろうから・・・あと、膝に泥がついてるからかな?」
「・・・膝?」
「あたしもお墓参りのとき膝汚すから、もしかしたらそうかなって」

 特に気がねの無いその言葉は、私の心に妙に残った。鈍いのか鋭いのか、確かに履いている長ズボンの膝は、芝生の色が混じったような泥を吸っていたけれど。
 彼女は経験からそれを知っているのであれば、隠すようなことも必要ないと私は内心両手を上げた。

「・・・そうよ、お墓参り行ってた」
「ふーん、随分早いんだね」
「どうでもいいでしょう。あなたこそ桜の下でぼーっとして、何考えてたわけ?」

 何となく自分だけ一方的に秘密を暴かれたような小さな不満が、私にらしくない行動をさせた。人の頭の中などそれこそ勝手で自由であるはずなのに。ただ、あの葉桜の下花びらを纏う姿はあまりにもきれいだったから、彼女がそれに何を思ったのかが些細に気になって。
 まことは、私の、恐らく不躾にあたるであろう質問に特に気を悪くする風でもなく笑った。

「ああ、葉桜見てたら桜餅食べたくなって」
「・・・さくらもち?」
「で、買いに行こうかなって思ったんだけど、レイ知ってる?桜餅って関西と関東でものが違って」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「で、どっちにしようかなーって考えてた。どっちも捨てがたいんだよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・さくらもち・・・」

 あの圧倒的な情景に彼女が思っていたのが桜餅だったことに正直拍子抜けした。深遠な哲学や突飛な人生論を期待していたわけではないはずだけれど、むしろ葉桜の下で思うのはそんなことであって欲しいと思うのだけど。それはむしろ彼女らしくて。
 少し気が抜けて、そして笑った。 
  
「・・・ふふっ」
「・・・何笑ってんだ?」
「いや、私も桜餅食べたいなって思っただけ」
「ん、じゃあ一緒に買いに行く?」
「いや、遠慮しとく」
「・・・そう?変なやつだな」

 先ほどの光景。花びらに溶けるような彼女の佇まいが。光と葉の影に照らされる表情が、まどろむような穏やかさが。
 そしてこの作為の無い大らかさが、私まで穏やかな気持ちにさせていく。だから黙っているつもりだったけれど、何となく祝って欲しい気分になった。

「・・・私今日誕生日なのよ」
「ええっ?ああ、そうなんだ?おめでとう」
「・・・ありがとう」
「レイ春生まれなんだー。うん、似合ってるな。もっと早く教えてくれたら何か用意したのに」
「別に。わざわざ言う機会もなかったし、何か催促するみたいで嫌じゃない」
「・・・あ、そ。ま、誕生日ってわざわざ言わないな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 もっと非難めいた言葉が返ってくると思っていたけれど。自分の意思で黙ってて自分の意思で口にしたはずなのに少しだけ愛想なく感じた。
 そういえば、この人の生まれた日を、私は知らない。

「あなたはいつ?」
「ん?」
「誕生日」
「ああ、言ってなかった?あたしは冬だよ。12月」
「・・・聞いてない。過ぎてるじゃない」
「え、わざわざ言う機会なんてなかったし」 
「知ってたら祝ったわよ!」
「やーでもあたし誕生日には絶対用事があるから」
「・・・?」
「多分、あんたと一緒」

 ・・・気付かれてた。
 誕生日の定例行事。恐らくは彼女も両親に会いに行くのだろう。

 だからって。

「・・・まあ、今日はあんたの誕生日だし。よければ桜餅おごるけど」

 そんな、何でもないことみたいに言うから。

「だから遠慮しとく」
「ああそう」
「・・・私がおごるから」
「・・・ん?」
「材料代は私が出すから・・・だからまことの作った桜餅が食べたいんだけど」
「んん?」
「つくって」
「ええ~?」

 まことは少し大げさに、でも困ったように笑った。その笑顔に私も嬉しくなった。ちょうど、春の桜とこれから育つ芽吹き始めた緑、微かに残る真白い結晶。それを背景に佇む彼女は戦士であるときの姿を連想させて、でも嘘のように優しい雰囲気で。

 上り続ける陽差しは既に春。次に雪が見れるのは、ちょうど彼女が誕生日を迎える頃だろうか。雪と桜花は春の風に溶けて木は緑に色づいていく。

 雪と葉桜と、彼女と私。これらが次に揃うのは、一体いつなんだろう。間違っても運命だなんて思わないけれど、二度と来ない偶然だろう。

「作れないことはないけど・・・誕生日に手作りだったら、ケーキとかの方がよくない?」
「桜見てたら私も食べたくなったのよ」
「だからおごってやるって。今から作ったら時間かかるよ?」
「いいから作って」
「・・・あんた、結構わがままだな」
「誕生日だからよ。あなたも・・・12月には」

 次に雪が見える頃、彼女が私にわがままを言ってくれることを期待して。

「ん?まあいいや、今日ここに来なかったらレイの誕生日知らないままだったし、お祝いできて嬉しいし」
 
 誕生日は生んでくれたことを感謝する日で、自分が生きていくことを実感する日だから。ドラマなんかの常套句だけど、人に言われるんじゃなくて自分からそう思わないと実感できない。
 大切な人に貰った命は、そこから大切なものに囲まれて育っていく。静謐な雪景色のように穏やかに、散る桜のように少し寂しげに、桜に芽吹く緑のように暖かく移ろいながら。


 私はあのとき、鳥居の下で、その光景に溶け込むように桜の下にいた彼女に心奪われて―見とれていた。運命でなくても、奇跡くらいあっていいだろう。
 あの光景が、この日に見られてよかった。


「おめでとう!」
「ありがとう」



 また風が吹き抜けた。散ってしまった桜吹雪が再び舞い上がり、日の明かりに透けて流れていった。





        *********************** 


 遅れましたがレイ誕。どうしてもネタが浮かばなかったんですが、昨日春の雪が降った地域があったらしいのでものすごい即興でまこレイ。自分の原点に戻って実写設定で、まだ付き合う前。

 レイちゃん大好きだよー!実写(と原作)で誰が一番好みかと聞かれたら断固レイちゃんです容姿も性格もストライクゾーンど真ん中でした。クールビューティーツンデレのくせ情熱的で結局いじられちゃうレイちゃん好きさー。友情に厚い熱いアニメレイちゃんも大好きです。おめでとう!

 冒頭の「天気予報」は無論ズムサタで。ひっそりお天気お姉さんが好みだったらいい(笑)
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