プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

奏でるひと

2018-08-14 23:59:46 | SS






「亜美ちゃんって、変身してなくてもハープ弾けるの?」
「えっ」
「ほら、アクアラプソディの」

 美奈子の言葉に、亜美は面食らった顔をした。美奈子としては、割と筋の通った質問だったのだが。

 数学と音楽のテスト日程がかぶってしまった以上、美奈子は音楽を捨ててぎりぎりまで数学の公式を脳みそにたたき込まなければならなかった。結果数学は赤点を免れたものの、まあ大丈夫だろうと高をくくっていた音楽の筆記が、ほとんど意識消失という有様で、結局再テストになってしまったのは残念と言うほかない。結果、美奈子は珍しく亜美に音楽を習っていた。

 だが、落ち着いてやれば音楽の筆記はさほど難易度の高いものでもなく、亜美の指導もそこまでスパルタではない。赤点は残念だったものの、美奈子は珍しく勉強会を楽しむ余裕を感じていた。あくまで勉強ではなく、恐怖を感じない勉強会の雰囲気が楽しいのであったが。

 楽しむ余裕があれば心にもゆとりが出てくる。そこで、珍しく音楽を見てもらっていることも相まって、美奈子は机を挟んで向かい合う亜美にふと思いついたことを尋ねてみた。

「ほら、ネプチューンはヴィオロンタイドがあるじゃない。で、みちるさんはヴァイオリニストじゃない」
「ええ」
「なら、亜美ちゃんも、変身前でもハープ弾けるんじゃないのって思って」
「えーと」

 イエスかノーで答えられる質問だと思ったのだが、意外と亜美は口元に手をやり思考に目を伏せた。この状態になると亜美はなかなか戻ってこないので、美奈子は慌てて言葉を継ぐ。

「ちょっと待って、そこ考えること?」
「いえ、よく考えたら、この姿でハープを弾いたことはないなと思って」
「えっ、ないの」
「私、どうして弾けるのかしら」

 亜美を考えさせたのは、イエスノーのもう一歩向こう、なぜ、と言うことだ。知らんがな、と美奈子は思う。
 みちるという前例のもと話題にしたので、なんとなく経験あるんだろうな、よかったらアクアでないラプソディ弾いてみせて、そういう路線を期待していたのに。美奈子はため息をついた。

 それこそ座学で弾き方を知らないわけではなかったけれど、などと、独り言か聞かせているのかすら判別しがたい亜美の言葉に、美奈子は鳥の雛のさえずりでも聞いているような気分でいる。ハープの音が聞きたかったのに現実はこれだ。

「じゃあ、そもそもマーキュリーの時はどういうつもりで弾いてるの」
「ほかの技と特に違うと意識したことはないわ。必要と感じて、自然と必要なキーを叩いている、というか・・・」

 水の弦を爪弾く、という雅なことをしている割に、言葉に起こすとそれはずいぶんと理屈っぽく感じる。キーを叩くなんて、パソコンのようではないか。美しさと言った感性的なものが求められる音楽と、マーキュリーのやっているそれは違うように思われた。
 確かに技である以上攻撃性が伴う。みちるとネプチューンでも奏でる状況も向ける対象も、音もずいぶん違う。それはわかるのだが。

「ふうん?」
「わかってもらえるかはわからないけど、例えるなら」

 亜美が手に取ったのはペンだった。ここで彼女が使うのは言葉ではない。

 さ、とペンがノートを滑る音、亜美の奏でるこの音は迷いがない。ノートに現れたのは、ざくざくと引かれた五線譜の上に、たった一つの記号。

「・・・音符?」
「一応楽譜のつもりだけど、一音だから、まあ、音符ね。さて、これはどこの音?」
「ラ、ね。ねえ亜美ちゃん、これって」
「音楽の話だから、音符にしたけど、本当は字でも絵でもなんでもいいの」
「どういうこと?」
「これは音符の位置的にラの音で、私は美奈に、ラの音をわかって欲しくてこうやってノートの端に音符を書く。つまり私は、美奈にラの音を伝えたかったの」
「ええ」
「でも、みちるさんはラという音をわかってもらうためにきっとヴァイオリンを使って音を出すでしょう。そういうこと」

 同じラを表現するにも、みちるはたった一つの音でもヴァイオリンで妙なる音を奏でることだろう。亜美はノートの隅に一音だけの楽譜を書いた。目的に対する手段の取り方の差の話をしているのだと美奈子は思った。そして、そこに必要で自分にできる動きを頭あるいは感覚ではじき出している、といえば大げさだが、自分にできる範囲で適切に動いているのだ。

 そして、それは、とても。

「なら、マーキュリー、優雅なのね」
「・・・なぜ?」

 美奈子の言葉に、亜美は本気でわからない、という顔をした。勉強会でいつも自分が亜美に向けている表情を今向けられていると思うと、美奈子にはなんとなく優越感に似た感情がわいてくる。だが、ここで本意が伝わらないのはよろしくない。

「みちるさんのように美しく演奏しているわけでは、ないのよ。必要に応じて動いているだけで」
「必要だから取る手段がハープでのラプソディなんでしょ?それは優雅じゃないかしら」

 美しく見せるためではなく、誰かに聞かせるわけでもなく、技として放つラプソディは、結果として目にも耳にも美しい音楽を奏でている。作為的でない行為がたまたま美しい、美しさをそのまま強さとする愛の女神としてそんな芸術はあって然るべきだと思うのだが、どうも亜美のようなタイプには感覚がつかみかねるらしい。傍から見る分には美しさには理屈を超えた説得力が伴うものだが、こと自分のこととなると、その審美眼は正確さを失う。

 美奈子としてはお世辞でもなんでもなく褒めたつもりなのだが、亜美は未だに解せぬという顔をしている。めんどくさい女だ。

 美奈子はにやりと笑った。

「・・・美奈?」
「ふふふ」

 マーキュリーは奏でる人だが、亜美は奏でる人ではない。そして楽器ですらないな、と美奈子は思った。
 言葉を音と例えて、亜美にドの音を出させようと鍵盤を叩いたら、レだったなんてことはもちろん、まさか打楽器の音が帰ってきたなんて、そんなこともざらだ。お勉強や知識に関してはリストの超絶技巧練習曲のような難解な完璧さを披露しそうなのに、日常会話ではこの有様である。

 そんな人が奏でているのが自由な形式のラプソディというのが、また、正しいような、矛盾を大きく孕んでいるような、難解で不可解で、それは、とても、とても。

「でも、そういうとこ、好きよ、亜美ちゃん」
「えっ」

 往々にして世の中、名馬より暴れ馬を好むものが存在する。美奈子は紛れもなくその性質である。手懐けるか、癖を見抜いて慣れるか。ぞくぞくする。
 なんとしても亜美でドの音を出させたいと言う願望と、ドの鍵盤を押したつもりでなんの音が返ってくるのかが楽しみな、相反する気持ちが沸き立つ。正しい音を出すにはどうしたら?どれだけ付き合いが長くともその音を予測し得ない。

 それは、とても、とても、とても、楽しいこと。

「ど、どうして、そういうことになるの」
「なに、好きでいけないの」
「そうじゃなくて・・・」
「て?」
「私は必要な答えに至っていないわ」

 美奈子の言葉が解せてない以上、亜美には美奈子の、好きという言葉が納得できない。好きって理屈じゃないでしょう、と言いたい美奈子は、それでも黙っていた。それは頭でなく、生き方で覚えて貰わなければいけないから。代わりに、目の前の亜美の手をぎゅっと握りしめた。

「・・・美奈?」

 こうやって、なにを語れば、どこに触れれば、あなたはなにを奏でるの。音を、曲を、その声で、からだで、生き方で。

「いいんじゃないの、音楽なんだから、好きで、楽しめば」

 いくら経っても暴けないのなら、少しでも長く。そんなわくわくを込めて美奈子は手を握ったまま、机越しの彼女に顔を近づけた。





                      

                      ************************************
 

 
 
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« きみはうそつき | トップ | 要・充電 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

SS」カテゴリの最新記事