プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

魔性の夜

2015-03-26 23:59:51 | SS






 かつてない清明さで目が覚めた。
 一瞬で脳と肉体が覚醒する感覚。眠りになどついていなかったのではと思うほど明瞭な意識。ほんの数秒前までは、確かに深く深く眠っていたはずなのに。
 障子の向こうから透ける夜の光と夜の音。自室の布団の中にいるにはあまりにも遠すぎるそれらに導かれるように、レイは体を起こす。そして、障子を開いた。

 墨と藍を混ぜてまぶしたような空、滴るように満ちる月、嘲笑うように散らばる星、春には少し冷たい風、俗世間から隔離された箱のような神社、赤い赤い鳥居を背景に咲き誇る桜。
 それはとても美しく、あまりにも濃厚な魔性の夜。





 レイは夜の神社に降り立った。素足に直接感じる大地は夜風にさらされ冷たく、しかし確かに生命の温度を感じる。静かで美しい夜が壊れないように、足音を忍ばせ桜の木まで向かった。時折やってくる風が、髪をさらい桜の花びらを運んでくる。

 とても、とても美しい夜だ。

 さほど歩くこともなく、桜の幹のすぐそばにたどり着く。夜の中、月明かりで幹や枝が影を作り、闇にも濃淡があるのだとレイは思う。桜は、誰もいない神社で狂ったように咲いている。これほど暗くても、幹の色、葉の色、花の色がくっきりと瞳に映り込む。

 桜には魔力が宿る、とは誰が言った言葉か。
 桜を特別視する人間は多い。冬の終わりを、新しい季節の訪れを告げる存在だからか、一年でわずかな間しか咲かず散る姿に潔さを感じるのか、その姿がただ美しいのか―理由などいくらでもあげられるが、明確な答えなどない。ただ、惹きつけられるのだろう。

 それはまるで魔性のように。

 桜の下にいると、まるで結界のように、桜吹雪の向こう側が別世界のように思える。
 目を閉じて、幹に触れる。乾いてざらついた表面の感触、それでもなにかが胎動しているような生命の気配がする。レイは応えるように息を吐く。夜の音が乱れる。

 足音。

 レイは先ほど眠りから覚めたときよりゆっくり、まどろむようにまぶたを持ち上げた。桜吹雪に霞む世界の中、深夜の訪問者は、確かにいる。木を思わせる長身をすらりと伸ばし、風に幹を思わせる色の長い髪を乱しながら、月明かりに葉のような緑色の瞳をきらめかせ、桜色の口元に微かな笑みを浮かべ、裸足で地面を踏みしめ、木の下に。

 桜吹雪の狭間からでもはっきり見える、長いまつ毛。細くて長い指。穏やかな笑顔。生まれる前からよく知っている気がする。そしてとても美しい、と思った。

 だから言葉もいらなかった。レイは誘うように微笑み返すと、音もなく圧倒的な炎熱を纏う戦士にその身を変えた。


 レイと相知れないものがここにいる。こんな夜に誘われるのは、魔性のものだと決まっているから。





 夜が壊れないように、静かに静かに戦闘は行われた。
 砂地はヒールの音を吸い、炎熱は月の光にかき消されてしまう。そうやって、この場所はいつものように闇に沈み、朝を待つだけの穏やかで優しい空間になる。だが、濃厚な夜の香りと微かに香る桜花の中、自分が起こしてしまった炎熱のにおいが鼻についてレイは顔をしかめる。

 神社にやってきた悪意の塊を前に、持って生まれた力を使って、できるだけ夜を壊さないよう静かに倒した。だが、そんな当たり前の行動がひたすらに無粋に思えた。

 それもすべて、この夜がこんなにも美しいからだ。

 魔性のものを誘うそのもの自体が、もう魔性だ。レイは木の枝の隙間から目を細めて月を見上げる。炎の気配が風に流れ、春の夜の冷たさが戻ってくることに安堵して、もといた自分の部屋に目線を戻す。
 桜の木に背を向けると、途端に桜の枝が伸びて自分に絡みつき、囚われる想像が浮かんだ。悪意がなくとも、やはり桜は魔性だ。この木の下では、忌むべき存在すら、生まれる前から知っている美しいものととても似た姿に見えた。

 逃れるように桜吹雪をかきわける。ちゃんと見える。迷わない。帰ることができる。もといた場所に戻るため、地面をしっかり踏みしめる。部屋に戻って、朝を待つ。





 障子を閉めると、世界が切り取られる。魔性の夜から隔絶されて、部屋が一つの結界になる。出来るだけ静かに畳を踏みしめて、もといた布団に戻る。

 目に映るのは、木を思わせる長身。幹を思わせる髪の色。葉を思わせる魔性めいた緑の瞳。桜の花びらの色をした、微かに微笑む唇。夜の光も夜の音も遮断された世界で、急速に失われていくレイの現実感。

「レイ」

 いつもの声で呼ばれて、しかしレイは一瞬、自分が桜に囚われている錯覚をした。忌むべきものを倒した後、ちゃんとあの美しさから、逃れたはずなのに。

 だが、目の前のその姿は生まれる前から確かに知っていて、とても美しくて、悪意などない、まるで桜のような魔性の姿。こうやって、こんな美しい夜に誘われている。

 そして先ほど見た悪意の塊のように、こんな夜に誘われる自分も、魔性のものだ。桜が枝を伸ばすように、こうやって、大切な人を自分の世界に閉じ込めている。だから桜に誘われた。でも、レイはそれに負けてしまうほど弱くない。外に出たのは、この閉じた世界を壊されたくないからだ。
 血が騒ぐ。ただ誘われるままに手を伸ばす。素肌に触れる。眠る前まで触れ合っていた。愛しくて仕方なくて、部屋に、腕の中に閉じ込めていた。戻ってくる記憶と、それと同時に失われていく理性。当たり前のように口づけた。
 レイが守りたかったのは美しい魔性の夜ではなく、腕の中にいる彼女。桜に似た姿、囚われて離れられない。長いまつ毛、細い指に触れられるまで距離を埋める。夜の光も音も届かない、ふたりだけの世界。お互いの体を檻のように、相手を閉じ込める。





 朝はまだとても遠い。










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 桜の季節ということで。
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