これが恋だと気付いたのは、終わってからのことだった。
学校の帰り、珍しくまこちゃんと二人きりだった。中学の頃はそれほど珍しくはなかったけれど、高校になって、うさぎちゃんだけでなく美奈とも学校が一緒になって、皆それぞれ部活をやりだして。皆で帰る機会は増えたけれど、二人で帰るのは珍しくなった。
少しだけ高い横顔とか、さりげなく車道側に立ってくれる優しさとか、何だか久しぶりに思い出していた。思えば中学時代、私たちは二人で帰ることが多かったのに、すっかり昔のことになってしまった。
今もこうして並んでいるのに、少しずつ変わっていっている。
何度も死にそうな戦いに身を投じたし、それでも些細な日常をも一緒に過ごすことになって、そこに絆ができた。戦いの場も、安らぎの場も。そして夕暮れ時に彼女の横顔を見つめるのは、少し前の私の習慣のようなものだった。
「亜美ちゃんと帰るのは久しぶりだね」
「そうね・・・本当に久しぶり」
「美奈やうさぎちゃんがいたり、誰か欠けたり・・・レイはいつもいないけどね」
「・・・そうね」
彼女の口から出た彼女の名前に微かに言葉が澱んだ。そこでレイちゃんの名前を出す必要があるのだろうか、とさえ思った。中学のときから他校だし、高校進学のときも彼女は、勿論エスカレータ式の学校ということもあったけれど、迷うことなく私たちと違う高校に通うことを選んだ。
登下校を共にすることなど、出来ないのに、何故そんな分かりきったことを今更わざわざ口にするのだろう。
「レイと言えばさ」
「・・・何?」
「レイがね、学校の近くに新しい花屋が出来たって教えてくれてさ。あたしは普段あんま行かない方だから見落としてて。連れて行ってくれたんだけど」
「・・・ええ」
「こじんまりしてるんだけど、すごく可愛くて雰囲気のいいところだったんだ」
「・・・そう」
愛想の悪い返事だな、と思ったが、他に何と返せばいいのだろうか。
まこちゃんとレイちゃんが特別な関係であることは知っている。だからって特に気に留めたこともなかった、はずだった。
二人の関係を本人たちの口からは聞いたことはないけれど、別に隠している様子もなく、かと言って大っぴらにしているわけでもなく、ただあるがままの姿で。いつだったか中学時代、美奈に「何で気付かないの!」なんて呆れられながら教えてもらった気がする。そう言われてみればまこちゃんが傍にいるときはレイちゃんは随分柔らかいような。
でもそれは初めて会った時からで。
私は出会う前からレイちゃんをたまに見かけていて、目に付けば気がつくほどには気になっていた。それは彼女の人目を惹く容姿と、誰も近寄らせないような雰囲気を持っていたから。
別に声をかけてみようとか仲良くなりたいとか思わなかった。ただ、目に映れば目で追う。追いかけられなくなったらそれで終わる。それはまるで通りすがりの花屋でひときわ輝く花のような。印象は残るけれど、それだけ。そんな人で。
それでも私とうさぎちゃんはレイちゃんの覚醒に立ちあった。自分の持って生まれた能力に疎外感を感じていたらしい彼女は、目覚めのようなものをもしかしたら感じていたのかもしれない。どこか悟ったように自分の運命を受け入れた。
だけどその態度はあまり軟化してはくれなくて。私とうさぎちゃんにも「忙しいから」なんて言ってて。
だけどまこちゃんに出会ってから、レイちゃんは何だか変わったのかもしれない。何故だか知らない。でも、初めて会ったとき、まこちゃんが覚醒したとき、レイちゃんは―随分優しかったような気がする。あれは先に戦士として目覚めたからこその配慮じゃないかって思っていたけど。
気がつけば彼女たちは。
「・・・亜美ちゃん?大丈夫?」
「・・・・・え、あ」
「どうしたのさ?ぼーっとしちゃって」
「・・・ごめんなさい」
「謝らなくてもいいんだよ?急に黙っちゃうから気分でも悪くなったんじゃないかって」
「・・・ちょっと考え事をしていて」
「亜美ちゃんらしいね」
「・・・ごめんなさい」
「謝らなくていいってば。何考えてたの?」
「・・・えっと」
何と言っていいものか。と思ったけれど、言葉は自然に口に出た。
「レイちゃんは、まこちゃんのこと、本当に好きなのね」
「・・・え?」
そこでまこちゃんはきょとんとした表情をする。私の言葉が予想外だったのだろう。私自身自分の言葉が予想外だったけど。でも、まずいことを言ったとは思わなかった。
まこちゃんは目を逸らし頬をかいただけで。
「んー・・・そう、なのかな」
「ふふ、気付いてないの?」
「そ、そりゃ、嫌われてはないだろうけど・・・もう!亜美ちゃん、急に何言い出すんだよ」
「気を悪くしたらごめんなさい。ただ・・・何となく・・・そう思っただけ」
「そ、そう見えるの?」
「ええ、とっても」
それは最初から。
最初からレイちゃんの態度が私たち相手と僅かに違うものだったからこそ、それに気付いていたからこそ、二人の関係に美奈に指摘されるまで気付かなかった。
だってまこちゃんはまったく変わらなかったから。
「・・・レイちゃん、まこちゃんに会うまでは、本当に誰にも興味がなさそうだったから」
まこちゃんに会う前のレイちゃんを、彼女自身が知らない。だから、まこちゃんは永遠に知ることがない。彼女がどれだけ愛されているのか。
そして、私は、あのレイちゃんをそれだけ変えた彼女がどんな人なのか。仲間になったから、同じ学校に通うようになったから、大切な親友になったから、知った。
彼女は穏やかで、優しくて、強くて、弱い人。誰よりも素敵な人だった。弱くて自分に自信の無い情けないだけの自分が、それでも守ってあげたいと思ってしまうような人だった。
レイちゃんが惹かれるのも分かった気がした。そしてレイちゃんを変えた人、と言うことを意識したことで私は彼女のことを意識するようになって。
そして今、久しぶりに二人きりになって、やっと。その夕日に染まる横顔を見て、やっと。
何て皮肉なのだろう。
「・・・あ、レイだ」
ふと、まこちゃんが前方を見て言った。道路のかなり先、それでも見間違えようのない綺麗な黒髪とその制服は、確かにレイちゃんで。
とにかくこれで二人きりで帰る時間は終わり。もしかしてレイちゃん、今の私の思いに気付いたのかしら、と、そんなはずもないのに思う。そんなことを考えてしまう自分が少しおかしくて。
随分余裕があるのは、きっと、始まりもしなかったから。
「・・・終わっちゃってたなんて」
「え、何か言ったかい?」
「ううん、何でもないの。でもレイちゃん通学路こっちじゃないのに、どうしたのかしら?」
「さあ、何か用事でもあるんじゃないのかな?」
「まこちゃん・・・声、かけないの?」
「んー」
まこちゃんは少し離れたレイちゃんを見、微かに首をかしげ私に向かいふわりと笑った。
「せっかく亜美ちゃんと二人で帰ってるんだし・・・内緒にしておこうか?」
その笑顔は花開いたようで。夕日に染まる頬は悪戯が成功した子どものようだった。
そう、まこちゃんは、時どきこんな風に意地悪なことを言う。きっと深い意味なんてない。そしてその言葉の意味は本当はレイちゃんに向けられているんだろうけど。だから私にとっても意地が悪いものだけど。
だから、私も笑った。
「・・・だーめ。ちゃんと声かけましょう」
「ええ~?」
「聞こえるかしら?レイちゃーん!!」
私の声に、随分遠くのレイちゃんが確かに気付いてこっちを見たのが見えた。そこでまこちゃんの顔を見ると、私が大声を出したのが珍しいのか少し驚いたような表情をしていた。そんなまこちゃんがどこかおかしくて、レイちゃんがこちらに歩いて来る前にまこちゃんの手を引いて走った。
まこちゃんと手を繋いで、レイちゃんのところに走った。
「・・・亜美ちゃん、まこと」
「レイちゃん、こんにちは」
レイちゃんはレイちゃんで、私が大声を出して走ってきたことに少しだけ驚いているようだった。確かに自分でも珍しい行動だったかもしれない。
「よぉ、レイ」
「二人とも今帰り?」
「ええ、レイちゃんは?帰りこっちじゃないでしょ?どこか行くの?」
「別に・・・ちょっと帰りにぶらっとしようかなって」
「そう」
レイちゃんの言葉は静かだった。だけど私には分かっていた。きっと彼女は、私の手が気になっているのだ。
レイちゃんがこんなところにいる理由。本当にぶらっとしてただけなのかもしれないし、もしかしたらまこちゃんに会いに行こうとしていたのかもしれない。けど、ここで偶然私たちに会ったのを嬉しいと思っているかは、私には判別できない。
私はまこちゃんの手を離さなかったから。
「・・・二人なんて、珍しいわね」
「そうなんだよー。中学の時はそーでもなかったけどさ、やっぱ高校生にもなるとなかなかね。亜美ちゃんとはクラスも違うし本当久々で」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何か懐かしくなっちゃって、ね」
「じゃあ、私はお邪魔だったかしら」
レイちゃんはそこで、まこちゃんから顔を背けた。これは拗ねたとか妬いたとかではなくいつものレイちゃんの行動だ。でもその表情は、微かに―
私はまこちゃんの手を一瞬だけ強く握って、そして離した。ぬくもりが離れた瞬間指の間を抜けた風は、妙に冷たいものだった。
「・・・ごめんなさい、まこちゃん。私、用事思い出しちゃった」
「え?亜美ちゃん?」
「じゃあ、二人とも、また明日」
「ええっ、どこ行くんだい?あたし、付き合うよ」
「いいの。一人で大丈夫だから、ね?」
下手な嘘だった。でも、これ以上ここにいる気はなかった。
まこちゃんは困ったように少し首を傾げただけで。でも、レイちゃんの眉が微かに動いたのを私は見逃さなかった。
「でも、その前に、レイちゃん、ちょっと」
私は今度はレイちゃんの手を引いた。まこちゃんは勿論レイちゃんは流石に驚いた表情をしたけど、やはり私は構わなかった。まこちゃんと一歩分の距離を置いて、まこちゃんに聞こえないよう、歩くそのままの勢いでレイちゃんの耳元に唇を寄せる。
「・・・もし、まこちゃんを、悲しませるようなことをしたら・・・私が」
「!」
レイちゃんが私の恋を気付かせた。そしてレイちゃんがが私の恋を終わらせた。始まりもしないうちに終わってしまった恋があったことに―自分で、今、やっと気づいた。
私はレイちゃんの手を離し、更に一歩進んだ。私とレイちゃんの間に一歩分の距離が出来たけれど、その距離を詰めて来ないレイちゃんが息を飲むのと、表情は見えないけど視線が私の背中に刺さるのは感じていた。
流石にどんな表情をしているかは分からないけど。
そんなに驚かなくても、私はまこちゃんを困らせたくはないんだから。
「泣いちゃうかもしれないわ」
これは普通にはっきりと言った。この声はまこちゃんにも届いていて、まこちゃんが驚いたのも気配で分かった。
「あ、亜美ちゃん、どうしたんだよ!?」
まこちゃんが私の二歩分の距離を一歩で詰める。腕を掴んで私を振り向かせる。うん、私には充分過ぎる時間。
大丈夫、笑顔作れてる。
「・・・亜美ちゃん?」
言葉とは裏腹に笑顔だった私の顔を見たまこちゃんは困惑した表情をした。レイちゃんはと言えば、唐突なことに少し呆然としていたみたいで。でも、そんな隙だらけなら、まこちゃんみたいな人は掴まえておけないわよ?
「ふふ、本当に何でもないの。心配してくれてありがとうまこちゃん、いつも優しいのね」
「・・・そう?」
「じゃあ、本当に私、行くから」
今度こそ私は。
まこちゃんとレイちゃんに背を向け、夕暮れの街を一人進んだ。
これは一応失恋した、と言うことになるのだろうけど、小説で見るようなセンチメンタルな気分は湧かないし、勿論涙も出なかった。
私が泣くのはきっとまこちゃんが悲しい思いをしたときだろうから。まこちゃんの隣にいない自分は受け入れられるけど、悲しい顔をするまこちゃんは受け入れられないから。レイちゃんさえ愛した彼女の、悲しむ顔は、辛い顔は、きっと胸が裂かれるくらいに悲しいものだから。
だからどうか私の隣に来ないで。そんなことを祈った。
きっと、悲しくて泣いてしまうから。
曲がり角を曲がるとき、不意に振り返ってみても誰もいなかった。誰かがついてきてくれているんじゃないかと僅かでも思ってしまっていた自分に微かに苦笑しながら、落ちかけている陽を追うように一人歩いた。
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この三角関係好きです。今回は亜美→まこレイでしたが、亜美→まこ←レイってのも捨てがたいです実写版でも大好き。亜美ちゃんはほんと片思いが似合う(笑)
原作はまこレイ派で通ってる私ですが、実写あってのまこレイなので、実写がなかったら原作でもまこ亜美派のままだったのかも(そしてまこレイに目覚めなければ美奈亜美もやらなかったんだろうな・・・そもそもこのサイトもなかったんだろうけど)
アニメとは違う意味でお似合いだと思います。イケメン×乙女!
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