「・・・おぉっ・・・うっ・・・きゃぁぁぁぁ!!!」
美奈は自宅のテレビにかじりついて叫んでいる。私はその隣で単語帳をめくっている。テレビの中の歓声と、隣の彼女の絶え間ない嬌声(というか奇声)も、別に煩わしいとは思わない。
「見た!?見た!?亜美ちゃん、今のプレー!!」
「ごめんなさい・・・見てない」
「すっごかったんだってば!そんなに背の高い選手じゃないのに一人でブロックしたのよ・・・ていうか何単語帳なんて見てんのよ!試合!試合見たら本当感動するんだから!」
美奈が見ているのはバレーボールの試合。学生試合じゃなくて世界レベルの大会で、それはもう世界中のバレーボールの実力を認められた人たちが揃って競っているわけで。バレーボール以外でも彼女はスポーツ観戦には燃えるタイプみたいだけど、殊更自分がやっている競技だと画面の向こうでも応援に力が入っているみたいで。
私はと言えば、まるで興味がないわけではないけれど、明日の朝にでも纏めてニュースで結果をやるのだから、とどこか思っている。だから試合をずっと見ているよりは、こうして一つでも何か覚えた方がいい、とか。
そして実行している。
「・・・私は結果が分かればいいわ」
「ああもう冷めてんだから!こう、一瞬一瞬に燃えるのが・・・って、ラリー始まってるじゃない!もうっ、亜美ちゃんの朴念仁!」
彼女は捨て台詞を吐いてまた画面に向かう。その拳を握り、画面の向こうのプレイに一挙一動し、奇声を臆面もなく放つその瞳はそれでも輝いて。
正直、試合よりこちらの方が見てて飽きない。
「・・・ふぎゃー!今のはワンタッチありでしょう!」
画面に突っ込んでも通るわけないのに。何だか、裁判中の「意義あり!」みたい。裁判の場でこんなに感情的になってはいけないのだけど。感情は必要だけど感情的でいるのはあまり賢くはない。
そんなことを考えてたらいつの間にか美奈の顔が目の前に来た。ということは、今はラリーの合間らしい。
「もー、亜美ちゃんてば!」
「・・・へ?」
「一緒にバレー見ましょうよー!バレー嫌いなの!?」
「嫌いではないけど・・・」
「絶対ちゃんと見始めたら燃えるわよ。水泳なら燃えるでしょう?」
「水泳は・・・やる方が好きだわ」
「もー、だからあなたは協調性ないのよ!だからバレーから学ぶの!」
そうやって強引にテレビの前に狩り出されるけど、ボールを忙しなく追うカメラワークに微かに酔いを覚える。決してバレーボールが嫌いなわけではないけど。
彼女は彼女で再び始まったラリーに釘付けになって、私の方なんて気にせずに一喜一憂する。私は静かに単語帳に手を伸ばした。
「そうっ・・・そこ、行けっ!!ぬぁぁぁぁぁ!!」
ここは彼女の家で。
バレーボールの試合を見るのが分かっているのなら、何故彼女はこんな冷めて朴念仁な私を呼ぶんだろう。私なんて隣に居ても興ざめなだけだろうに。
私は私で、試合にさして興味がないのなら何故彼女の誘いに乗ったのか。お勉強をするなら、自分の家で静かに一人でこなした方が遥かに効率がいいのに、どうして今、帰らないのか。
「サービスエースきたぁぁ!!」
バレーボールは嫌いではない。一人で、尚且つ他に何もない場所なら、それなりに熱中して観戦したかもしれない。でもここには単語帳があって、お勉強は大切だし日々こなしていかなければならない。
片手間で観戦するのもたまには悪くない、とも思う。でも私はバレーボールに熱中している彼女の横顔の方が好きなだけで。私は欲張りだからどちらも捨てがたくて、画面をしっかり見る気になれない。
「美奈」
「何よ!今いいとこっ・・・」
「今度、プール行かない?」
「ふんぎー!はぎゃあぁぁ・・・そこっ・・・あうぅ・・・どうせプール行っても亜美ちゃん一人で泳いでばっかじゃない。他のとこがいいー」
「嫌ならいいけど」
「ぐおおっ・・・行かないって言ってないじゃない!水着新調して行くわよ!鼻血吹かせて泳げないようにしてやるんだから!」
一人で泳ぐのが好きなくせ、こうやって彼女を誘う私。構ってくれないとぼやきながらもついてくる彼女。自分の立場に置き換えてみて、なるほど、と彼女の真意を理解する。
お互い悪趣味なのだ。
情熱的な愛の女神は、どういうわけか朴念仁の私を嫌いではないらしいから。
「おっしゃぁぁぁぁ!ナイスプレー!!」
どうやらまた彼女を燃えさせるプレーが画面の向こうで起こったらしい。私はその様子を見て、一瞬だけ口元を歪めて目線を単語帳に戻した。絶え間なく画面を気にする彼女と違って、私は単語を覚える合間にその様子を覗き見る程度で満足できる。
「・・・いつがいい?」
「ちょ、試合終わってからっ・・・ふぉぉ・・・ファイヤー!」
試合は見ない。でも、終わるまではきっと帰れない。
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何かこの二人もちょっと熟してきたかも。
頑張れ女子バレー!と思って書いた話。普段あんまりスポーツをがっつり観戦する方ではないのですが、女子バレーだけは画面の前で奇声を発しながら凝視します。自分が熱中した競技は見る側になっても燃える。
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