先人の轍

「こんにちはーレイちゃん・・・恋愛成就のお守りください」
「恋愛成就って・・・美奈、もう成就してるでしょ」
「いや、まあ、そうなんだけどね。それでもどうも心に隙間風が」
「なに？また亜美ちゃんとなにかあったの？」
「なにがあったってわけじゃないんだけどさぁ・・・いや、なにもないから不満なのかしら。亜美ちゃんってあんなんだけど、あれですごく優しいのはわかってるんだけどね」
「まあね」
「お勉強どれだけ赤点とっても、それでも毎回頑張って教えてくれるし、あたしを見捨てたこと一度もないし。すっとぼけたとこもあるしそれでなに考えてんのってなることもあるけど、やっぱりそれでも、そういうわかんなくてもそれが嫌ってわけじゃないし、なにか言い合うことあってもあたしとちゃんと一緒にいてくれるとこ好きだったから」
「好きだったからって・・・過去形なの？」
「そうじゃないんだけどさ、お勉強の面倒見てくれるのだって、わけわかんないとこあるけどちゃんと一緒にいてくれるのだって、あたしだけじゃないじゃない」
「ああー・・・」
「手つなぐのだってちゅーだって、ほんとめったに・・・なんだろう、ほんとうに・・・こう、恥ずかしがり屋で慎ましやかなのもわかってるし好きなんだけど、それが最近マイナスのほうにどろどろしちゃって・・・」
「・・・ようは亜美ちゃんにもっと構ってもらったり愛情表現してほしいってことね」
「でも、そんなの、本人に言ったって・・・ぐずっ」
「(今回は意外と根が深いわね・・・)」
「いつも苦しい思いしたらまこちゃんが慰めてくれてたんだけど、どうも最近ほんとにマイナス思考になっちゃって・・・今日は特になにかあったってわけでもないし・・・でもなにもないって思っちゃって・・・ごめんねレイちゃん、仕事中なのにこんな話しちゃって」
「・・・美奈。おじいちゃんに聞いた、落語かなにかの話なんだけど」
「え、落語？」
「簡単に言うと、姑のひどいいびりに耐えかねた嫁が、姑に毒を盛って殺す決心をするんだけど」
「え？レイちゃんなんの話？嫁と姑って」
「まあ最後まで聞きなさいよ。で、二人の仲が悪いのは周りも知っているから、もしその時に姑が死んだら間違いなく嫁は疑われることになるでしょう。だから嫁は、まず姑と仲良くなって、周りが誰も疑わなくなってから毒を盛って殺そうと思って、それまで自分をいびっていた姑を、嫁はうわべだけでもすごく優しく接するのね」
「ど、どうなったの？お嫁さんは結局殺しちゃうの？」
「そしたら、うわべだけの優しさでも、そんなこと知らない姑は優しい嫁を見直して、姑の態度が変わって、そしたら嫁も姑を見直して、うわべだけのつもりが結局本当に仲良くなっちゃうのよ。だからもう殺さないってなって、めでたしめでたし・・・って、だいぶ話は端折ったんだけどこんな感じで」
「へぇー・・・いい話だけど、その話が今のあたしとどう関係があるの、レイちゃん」
「だから、結局、嘘の愛でも愛は愛を呼ぶのよ。だからあなたも、つらいと思うことがあっても、それならつらい、苦しいじゃなくてもっと深い愛で返してあげたらいいのよ。愛の女神なんでしょ？」
「・・・れ、レイちゃん・・・ブワッ」
「あなたもそういう態度でいたら、そしたらきっと、いつか亜美ちゃんも応えてくれるんじゃないかしら」
「そうよね！あたしってば愛の女神なんだもんね！ありがとうレイちゃん！そういう風に心がけてみる！」









　一か月後。




「あ、レイちゃん、こんにちはー。今日はお賽銭入れさせてもらうわねーふんふん」
「機嫌いいじゃない」
「レイちゃんにこないだ言ってもらった、つらかったら愛で返すっていうの毎日実行してみたら、亜美ちゃんも最近毎日あたしに愛の言葉を言ってくれるようになったのよ」
「・・・へぇ。たまたま落語の話思い出しただけなのに、効果てきめんだったのね・・・亜美ちゃんが愛の言葉、ねぇ」
「そうなのよ、あたしってば愛の女神なのに落ち込んじゃって・・・でもね、与える愛が大事って言うから、毎日亜美ちゃんに手づくくりお弁当を渡してみることにしたのよ」
「・・・・・・え？」
「亜美ちゃん毎日受け取ってくれて・・・最初の方はいつもとそんなに変わらない態度だったんだけど、最近はすんごい棒読みなんだけど毎日スキとかアイシテルって言ってくれるようになって」
「・・・あの、ちなみに、亜美ちゃん見た目やほかで変わったところ、ある？」
「ああ、そういえば最近亜美ちゃん顔色悪いのよね。髪の毛と似たような顔色だし、結構痩せた感じするし、お勉強してるのか目の下真っ黒だけど・・・本人は最近塾と水泳の時間が増えただけって言うけど・・・これも棒読みだし、最近うわごととかも多いから心配で。で、あたしも毎日お弁当がんばってるんだけど」
「(それって拷問なんじゃ・・・)」
「でもきっちり食べてくれるし、レイちゃんの言う愛で返すって本当に効果あって、うれしい！これからもあたしがんばるわね！」
「(毒物に近いってわかってて毎回律儀に食べてる亜美ちゃんの愛って、普段言葉に出さなかっただけで信じられないほど深いのね・・・落語と真逆・・・)」



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　落語の元ネタは「里帰り」という演目です。

　今更ですが、オンリー原稿作成のため、更新頻度落ちそうです。すみません・・・