千手院重信の子、長兵衛。
南北朝時代の山城京五条坊門猪熊に在住した名工。
彼の作刀には文和四年(1355年)・延文二年(1357年)等の年紀がある。
正宗十哲の一人に数えられ、作風は前時代までの京風とは一線を画し、相州風をよくする。
同時代の相州鍛冶、広光・秋広に似通っているが、乱込んだ帽子が相州伝ほど尖らないなど独特の特徴を持っている。
銘は「長谷部國重」。
在銘の物はほとんど存在せず、大磨上の物が多い。
名物「へし切長谷部」も大磨上で本阿弥光徳が長谷部國重と鑑定し金象嵌を施した物である。
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