伊良波さんが長年の島外生活から、故里の池間島に帰還して何年か経った頃、娘と一緒に訪ねたことがある。あの池間大橋を渡った。家の、すぐ近くに砂浜があった。11月の光が鮮やか。入り江の砂浜の白と海と空の青、波の音、潮風、伊良部島やピサラの遠景と、まさに絶景。内向的な娘が珍しくはしゃいでいた。そこを終の棲家に決めている詩人の境涯と詩境を想った。
「わが家がそそと建つ/波枕の里は島壱番の一等地なのだ」(特別な絶景)
前半の詩篇を読んで、そのときを思い出した。里の光景は、寂寥、廃れ、空家、無人、老い、過疎、と淋しいが、詩の世界はそれを歌いながら暗くない。絶景を疑うものは、池間行きして確認したらいい。
「波枕の里に還った/まがりくねった旅路だった」(波枕の里)
伊良波さんは帰還を「原点回帰」と呼び、「池間人の私の第一義は、生命の原点としての池間島を文学として表現すること」(わが池間島)と書いた。池間島は詩の原点になったのだ。土着文学ではない。リアルに変化する生地の里の光景と里人の営みと時間の重層を掘り、在るものの表情を実直に歌っている。蛇とか眩暈、嘔吐といった夢魔的、実存的な初期の詩法から、現在の詩法は〈帰着としての表現の単純さ〉にある。意味や比喩や修辞に凝らない自伝的な書き方はそこからきている。単純に歌うことは現代詩的ではないが、生成した詩想で生の空間を表現している。そこには仏教的な知、谷川健一の「小さきもの(無名なる者)への愛」の内在がある。
祖母はムヌスー(ユタ)、母は巫女、といった古代的シャーマンのサニ(遺伝)、若年の病、離婚、二度の交通事故の受難、里人、一人暮らし、そして〈私〉を背景にした詩が並んでいる。
「朝の個食を食らい/庭の穴倉のヤドカリへ声をかける」(男一人)。
相手が犬や猫でなくて〈ヤドカリ〉とは、まさに海辺の衆生の寂寥を味のある情景にしている。死や女への想念、コロナ禍の歌いかたも伊良波さんらしい。