南風北風―ぱいかじにすかじ―  by  松原敏夫

沖縄、島、シマ、海、ことば、声、感じ、思い、考え、幻、鳥。

年末回顧  沖縄詩壇 2023年

2024-01-27 | 沖縄の詩状況

 対話型人工知能(AI)の「チャットGPT」。「沖縄の詩人」を尋ねると、有名詩人として山之口貘、高良勉を紹介し、2人とも高村光太郎賞を受賞したと答えた。「おいおい」と笑った。貘は受賞したが、高良勉は違う。こんなフェイクはいただけない。知らない人が読むと信じそうで危ない。ネットで情報を得る時代。世界の知がカオス化し、フェイクがディープ化している。ネット情報に洗脳され、欺きや陰謀論を信じる素地は十分。疑うことの必要性は言うまでもない。ところが世の中、AIに頼る風潮。チャットGPTを仕事や教育に利用を、と言っている。安易過ぎる。そのチャットGPTに「沖縄」を題材に詩を頼むと、常識的なイメージを羅列した“機械詩”が出た。「沖縄の自然や文化、歴史や人々の特徴を紹介する内容」と自己解説。やはりAIに叙情なし。

 昨年に続き発刊された沖縄詩人アンソロジー『潮境3号』は、今年のトピック。48人。2号に比べて若い書き手が多い。編集した野原誠喜の「あとがき」で、ほとんどの書き手に依頼したが、多忙や病気などの理由で執筆できない人が多かったとある。病気や経済事情でやむを得ないとしても「多忙」だからは解せない。依頼から時間はあったはずだ。参加しない理由はほかにあるとしか思えない。詩作枯渇か非協力心か。やむを得ない。これも〈沖縄詩壇の現実〉と思うしかない。

 サブテーマ「実験・挑戦・冒険」に沿った作品を、という編集の企画は勇み足だったか。応答するような作品はあるが少数。しかし、若い人たちの多数参加で、新鮮なアンソロジーの印象。言語芸術の最たる詩だ。旧世代の感覚とは異なることばの収穫を喜びたい。今後彼らが持続して沖縄の詩を活性化、拡大し、深化してもらいたいものだ。

 エッセーが少なかった中で宮城信大朗の「エッセイ」は興味深い論考だった。「俺の言う通り書けば賞をもらえるぞ」と、沖縄で詩集を対象とする賞の選考委員に言われたとその権威性を明らかにしている。また「沖縄生まれだから『反戦詩』を書け」という声に対して、沖縄の若い書き手は「沖縄の現実」に目を背けているのではなく、自分なりに〈沖縄〉を書いているとし、「真剣に他者の作品に向き合っているか」と問うている。まったく同感である。

 『なぜ書くか、何を書くか―沖縄文学は何を表現してきたか』も今年の収穫。小説19人、詩12人、短歌・俳句8人が参加。それぞれの文学体験からテーマ呼応の思念が語られ、多様多彩論を味わった。以前、「沖縄文学は善人文学だ」とやゆしたことがあるがそれは、定型に呪縛されない想像力の文学を求める希望からだった。独特で、異色性のある作品を期待したい。

 今年は山之口貘生誕120年、没後60年。大詩人だからイベントがあるかと期待したが、琉球新報で「いま貘さんを語る」という鼎談(ていだん)(大城貞俊、佐藤モニカ、トーマ・ヒロコ)くらいだった。貘通説の反復が多く、新しい発言は見当たらなかった。これまで山之口貘について書かれていることを読めば大体分かることで、抽象への弱さや、反知性がはびこるご時世だから、読みやすい貘の詩が好まれるだろうが、そろそろ新しい読み方も必要だ。

 詩集。神谷毅『焰の大地』、伊良波盛男『卵生神話』、新垣汎子『汎汎』、ローゼル川田『今はむかし むかしは今』、野原誠喜『散歩する遊星』、田中直次『眼脈』、垣花千恵子『絵と詩とことば』。今年は去年より点数が少ない。とくに中堅、若手の詩集が目立たない。

 詩誌。『あすら』『アブ』『KANA』『霓』『全面詩歌句』『投壜通信』『万河』『あんやんばまん』『南溟』が号を重ねた。

 山之口貘賞にローゼル川田の「今はむかし むかしは今」が選ばれた。同賞は次回から2年ごとになるという。

 何度も「レクイエム」が心の中に流れる年でもあった。田中眞人、西銘郁和、岸本マチ子、新城貞夫、樹乃タルオ、河合民子。今思うと一瞬にして失った気がする。特に水難事故死した西銘とは親しく、会ってから3日後の突然の訃報だったので喪失感が今も続いている。   (詩誌「アブ」主宰)

                              沖縄タイムス 2023年12月掲載