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僕&macbexとIFの世界

小説や遊戯王(インフェルニティ)や日常の事などを雑記していきます。

大学の課題がいろいろ

2013-05-01 23:24:33 | 日記
纏めておこうと思います。

前年度のセミ誌の感想
これはもう終わってます。
精読し終わったので、あとは読み返しつつ感想を書くだけ。

ボストンテロに対する意見
こちらはまだ構想もしていないのですが、
前回教授の集まりに参加して意見を聞いてきたので、
見識は深いと思います(←

絵本作り
こちらは手付かずです
来週までには書かなきゃいけないから、早くやんないとなぁ。

夫馬先生という人物

2013-04-21 02:57:05 | 日記
日芸には夫馬という先生がいて、この人はとても面白い授業をしてくれる。
そういう事で管理人は早速先生の授業を受講したのですが、
第一回目のガイダンスで一年生は出てけって言うわけですよ。

曰く、大して人生経験も積んでない18のガキが小説をやろうなんて烏滸がましい、そんなのは無理だし時間の無駄というわけですよ。それで、一年生を次々名指しにして
「お前、なんか辛い過去とか持ってんの?」
「いや、特には……」
「じゃあ出てけ」
「……はい」
って感じのやり取りをやるわけですよ。
中には私辛い体験しました!と大衆監視の中宣誓する人も現れちゃって超カオス。
管理人も当てられて出て行けと言われましたが、ここで出て行ったら負けじゃんとか、いつもの妙な反骨精神を発揮して
教室にとどまり続けました。何人かの一年生は管理人と同じように残ったみたいです。
出て行く一年生達に「来年おいで」と声をかける先生。で、粗方出ていき終わった頃に「まぁ私は今年で大学をやめるわけですが」と耳を疑うカミングアウト。
今出ていった1年生来年来る気ですよ!?!?

管理人は「人生経験」=「良い小説」って訳じゃないと思うのです。
そりゃあ自叙伝を書くのならば妙な体験をしていたほうがいいと思いますよ。
でも、小説は嘘に塗れていますから、一概には測れないと思うのです。
まぁ18歳が小説を書くというのが烏滸がましいのは分かります。
でも、小説とはなんぞ? という問いに年齢は関係ないと思います。

で、受講登録カードをだしに行ったんですが(メチャクチャな先生だけど、言ってることは面白いじゃないですか?)
「お前1年だろ?」と言われまして、管理人は言ったわけです。
「本当は来年受けるつもりでしたが、今年しか無いという話を聞いて考えが変わりました。
 今年受けさせてはいただけないでしょうか?」
まぁこんな感じのことを。そしたら案外すんなり受けさせてもらえるようになりました。
自分の他には「いや、俺マジで作家になりてーんです、ハイ」と言ってOKを貰った人とかがいて、
なんだか凄いメンツになりそうな気がしました(笑)

デッドアンドシークについて語ろうか

2013-04-20 19:26:55 | 日記
デッドアンドシーク

Twitterでも散々言ってますがデッドアンドシークはカゲロウデイズの言うところ設定のネタバレなので、
これを考えると色々と見えてくるところがあると思います。
まずこの曲で不思議なのはの存在ですね。
一般解ではケンジロウの妻の事を言っているらしいです。
そしてその妻との子供がアヤノであると。
管理人は一瞬、アヤノが君なのかなぁとも思いましたが、それだと時系列がおかしくなるみたいですね。
まぁ管理人はそもそもアヤノはケンジロウの妻なんじゃないかと思っているので。

は!?と思う人が多いと思います。
だって血の繋がった娘と結婚なんてどう考えても不可能でしょう?
でもカゲロウデイズの世界だとそれが起こりうると思うんですよね。
まず考えたのはケンジロウの能力の発現についてです。
これはデッドアンドシークで妻が死んだことが原因としていますね。
ケンジロウの妻はアヤノであり、ケンジロウの娘もアヤノ。この矛盾を解消するのがループする世界の謎です。

まず貴音・遥が生きていた世界は現実世界です。
この世界ではアヤノとシンタロー(天才)は普通に生きていて、ケンジロウは普通に担任をやっていました。
しかしケンジロウの妻が失踪、この失踪は妻がカゲロウデイズという別世界に取り込まれた事だと彼は思います。
彼は妻を亡くした(←開眼するファクター)ことによって目が冴える能力をGETします。
(管理人はこの目が冴える能力はもともとシンタローが保持していたもので、
それがアヤノを通してケンジロウに流入してしまったんだと思います)
そして家族で暮らそうとアヤノと共にカゲロウデイズへの移住を決意します。
その移住の実験として、貴音やコノハを用いたわけですね。あの二人はそれぞれ失敗に終わっています。
ケンジロウはアヤノだけを連れて行くつもりでしたが、シンタローが何らかの形で巻き込まれることになります。
つまりアヤノはシンタローがカゲロウデイズに巻き込まれたことを自分のせいだと思うわけですね。

カゲロウデイズ世界にはケンジロウの妻はいません。それはケンジロウを別世界から離脱させるための犠牲になったからです。
残ったのはアヤノとシンタロー(凡人)です。アヤノはシンタローを脱出させようと試行錯誤したようです。
最終的に取った手段はケンジロウの妻がそうしたように、
自己犠牲によってシンタローを救いだそうとしたわけです。
でも彼は戻れない。脱出の鍵がそこにはないからなんですね。ケンジロウの妻が死亡したのは過程であって結果じゃなかった。これを危惧してアヤノはエネという保険をシンタローの元へ送り込んだ。
取り残されたシンタロー(凡人)はアヤノの死を受け入れることが出来ず八月十五日を迎えます。ここからループが始まるわけです。

で、BADエンドの方は人造エネミーに通じます。
これはアヤノの死を受け入れず、引きこもり続けた挙句エネを消去し後追い自殺するエンドです。
救いがないですね。
本作で取り上げられているのはトゥルーエンドに続くためのルート、エネを受け入れるというものです。
大きな転機となったのは、エネによってキーボートをぶっ壊されたシーンですね。もしもエネが本気で憎かったのならば、彼は絶対に
許さなかったでしょう。しかしエネが反省したことによって和解。結果的にそれがメカクシ団との出会いになりました。
あのシーンは運命の分かれ道だったわけですね。

じゃあアヤノの死を受け入れた結果がどうなの? と言われると、二つの変化が起こります。
①メカクシ団と出会った。
②目が冴える能力が再び流入した(ロスタイムメモリー参照)
これが反撃の狼煙だったわけですね。さぁどうやってカゲロウデイズを脱出しようか?? という話につながるわけです。

じゃあどうしてケンジロウの妻がアヤノなの? という点ですが、
見ればわかるとおり、ケンジロウの妻とアヤノは同じ死の運命をたどっているわけです。
好きな人を守りたい一心で死亡するという運命。アヤノ同じように死んだのに、どうしてシンタローは元の世界に戻れなかったの? というと、そこに焦点が当てられていないからで、実は戻っている未来が同時に存在しているんじゃないかと僕は思ったわけです。それは人造エネミーの事を考えれば誰だって考えますよね??
戻ったシンタローはどうなるかというと、最愛の人が死んだ事を失踪と置き換え、彼はカゲロウデイズの世界にアヤノが取り残されていると考えます。ケンジロウはそう考えたがゆえにシンタローの目が冴える能力を受け継ぎましたが、同じことを彼も考えたので今度は何者からか目の冴える能力を受け継ぐことになります。
その何者って何!? というとシンタロー(天才)なわけなんですね。
もう分かりました? 戻った世界が時間が戻っている現実世界なんですね。これは浦島太郎みたいな感じだと自分は思います。年を取っているシンタローはケンジロウのホストに着き、再び貴音や遥を犠牲にし、カゲロウデイズ世界へアクセスします。
彼のその後はまだ分かりません。

以上がケンジロウ=シンタロー論

俺的小説賞に入稿してきました

2013-04-19 10:02:32 | 日記
小説書いてる人は是非応募してみてくださいね!
この賞は楽しいですよ~

前回受賞させていただいたので、今回は僕は受賞できませんが、
やっぱり記念に出しておきました。
分量の関係で江古田の方に出すのが苦しくなった短編連作を、
もっとSFチックに改造しての入稿です。
審査が終わるまではエピローグは載せられませんねorz


コメントの返信は火曜日に纏めてやろうと思うので、少し待っててくださいね。
大学の課題が沢山出ているのでしっかり一つ一つこなして行きたいです。

文芸部で習ったこと

2013-04-17 20:09:38 | 日記
日芸に入ってからは高校の文芸部の事をよく思い出します。
自分は1年当初から小説に対しては一家言ある人で、
最初っからアクセル全開、本音で誰に対しても(小説に対しては)ぶつかって行きました。
多分異質な新人だったと思います。
自分は、これくらい普通だ! ってスタンスだったのですが、2年3年と経験していくうちに
「ああ、先輩に対してあんなにズカズカ言ってる1年は珍しかったんだなぁ」
と思うようになりました。
新人の子にもっと俺の作品を辱めてくれよ!なんて言っても
なかなか上手くいかないし、困らせてしまうことも多かった。
自分は文芸部というものは太宰、川端、芥川の集まりだとばっかり思っていたわけですw
今でも懐かしい思い出です。
でもあの時の積極性があったおかげで今ここにいられると思っていますので、あながち間違いではなかったんじゃないかなぁと思います。

で、その文芸部で習ったことが日芸で活かされているかというと、文芸の知識的な物は殆ど役に立ってません(笑)
まぁ、自分は徹頭徹尾独学だったので、高校の頃にもっと良い文芸の先生に師事できたらなぁって後悔はあります。
少なくとも、あの時の顧問よりは良い人が沢山いたはずです。姉貴の大学に潜り込んで授業受けても良かったはずだ。
じゃあ何が役に立ってるのと言うと、自分は富士森文芸で3年間やって来たんだ
という自負に、いつも助けられてます。
誰にも評価されず、いつも吹部の表彰を横から眺めていたあの期間は、自分は凡百であるという自覚、
そして凡百で成るものかという克己心を成熟させました。今頑張って大学に通っているのも、
歴史に爪痕を残してやりたいからです。
八王子北高校にファンモンがいるように、富士森高校にHJ3世がいた。
そんな風に言われたいですね。