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僕&macbexとIFの世界

小説や遊戯王(インフェルニティ)や日常の事などを雑記していきます。

三題小説企画まとめ

2013-04-14 09:51:21 | 三題小説作品集 
目次
第一話 浅間山 ハンドレス カラス死す

第二話 心霊スポット 重症 合法ロリ

第三話 源平合戦 オンラインゲーム 変態

第四話 梅雨 非常口 カオス

第五話 龍 仮面 虹

第六話 伝説 コメディ 人間

第七話 伝説 ワイン アプリコット DHMO


以上が目次となります。
ふぅ。疲れたァ……。
でも毎日原稿用紙10牧分書き続けたから、多少は身になったんじゃないかなぁと思います。
ちなみに、あと一本エピローグを上げる予定でこの作品群は終了。次三題をやるときは短編連作という形ではなく
やりたいなぁって思います。なにせ想像以上に長くなってしまって、
初見の肩にはとっつきづらくなってしまったって自覚があるからです。
リピーター獲得の為、もっと一話一話スナック感覚で楽しめるような話の方が良さそうです
ともあれこんなに沢山の三題をこなしたのは初めてなので、かなり稚拙ではありますが、
暇つぶしにたのしんでいただけたらうれしいです。

トゥルー ワイン アプリコット DHMO

2013-04-14 09:45:43 | 三題小説作品集 
トゥルー ワイン アプリコット DHMO

 パソコン部に出席しようと思ったのは本当に気まぐれだった。でも、川に仕掛けた網に必ず魚が入るように、それは遅かれ早かれ達成される「罠」だったのかもしれない。才人が部長席に着くと、一人の名も知らぬ部員が話しかけてきた。もう一年も放置していたから、きっと知らぬ間に入部したのだろう。彼は挨拶もそこそこに「先輩、最近パソコンを学校へ持ち込んでるらしいですね」といった。
「特別に許されたのよ」
「見せてもらってもいいですか? 開発中のAIが搭載されているんですよね?」
 才人は、できれば繭には多くの人とコミュニケーションを取ってもらいたいと思っていた。それが結局、人格の形成には一番の近道だからだ。それが出来ないのは技術的な問題というよりも、才人の口下手が原因だった。濡れ手に粟とばかりに、彼女はPCを起動すると繭をチャットに出させた。繭は顔認識で彼が初対面であることを知ると
>はじめまして。繭です。才人と同じ学校の方?
 と質問する。カメラに校章が映ったからこの質問をしたのだろう。
>うん。才人先輩とは友達だよ。
>才人の友達ってことは、僕とも友達だね。
>最近才人先輩は帰りが遅くないかい? 疲れている顔をしている? 家には大きな冷蔵庫がある?
>才人は最近とても疲れているよ。疲れていることもあるね。冷蔵庫は古いのが一つだけ――
 才人は今までしたことがない程乱暴にパソコンを閉じると、乱れそうになる呼吸を何とか整え、平静を装いながら「今のはどういう質問?」と彼に尋ねた。彼は「あーあ。繭君が可哀想だ」と、しれっと言いのけて、自分の席に戻ってしまった。
 さっきの質問は明らかにおかしかった。普通冷蔵庫があるかなんて聞くか? 彼は何かを知っている。それも、かなり核心に近付いているのだ。警察さえも辿れない足取りを、どうやって一介の高校生である彼が掴んだのか分からない。でも、今の最大の敵は警察ではなくこの男だ。
 なんとかして殺すことは出来ないだろうか?
 いや、相手は家族と一緒に住んでいる高校生だ。居なくなったら大変な騒ぎになる。それに高校のコンピュータールームじゃ血液は容易に落ちないし、死体を運び出すことだって出来ない。殺すのは無理だ。一見無防備にこちらへ背を向けているように見えるけど、その実、彼は自分に危害を加えられないということを理解した上で油断している。クマノミがイソギンチャクの中で遊泳するかのように。
「……どこまで知ってるの?」
「何の話?」
 彼はカチリカチリ次々とページを開いていく。何を見ているのかと思えば、海外の卑猥なサイトだった。こんな真面目な局面でどうしてこんなページを見れるのだろう? 彼はそれを夢中に見ている様子はなく、ただ事務的に、そういった動画や画像をUSBに保存しているようだった。後ろ姿は、公立図書館で本を探しているようにも見える。
 私が無線LANを切ると、彼はしぶしぶこちらを向いて「やめてくれないか。そういうの」と言った。
「そういうのって何よ」
「勝ち誇った表情で無線LANを抜くのと、ホームレスをやたらめったらに殺すことだよ」
 彼は本当にどうでもよさそうにそんなことを言った。その内容は決して穏やかなものではない。
「どうして私がそんな事してるって思うわけ? 根拠も無しに言ってないわよね?」
「証拠ならあるだろう? ほら、手に持ってる」
「そっちのことじゃないわよ!」
 コードを再びコンセントに挿し込むと、彼は安堵の息を吐いた。卑猥な画像を集めることがそんなに重要なことだろうか? 彼は絶対におかしいと思う。もっとはっきり言えば、いかれていると思う。
「死体を持ち去っているのは何かの儀式のためか?」
「優秀な科学者は皆ホームレスを殺して死体を持ち去るって言うの?」
「時と場合によるとしか言いようがないな。水だって飽和すれば危険だ。性質の一部を切り取って議論しても全体像は見えてこない」
 彼は飄々と言いのける。
「悠真先輩とは、俺も親しかったんだ。だから、仇討しようって気持ちはよく分かる。恋人だった才人先輩だったら、その気持ちはもっと強いだろう」
「仇討なんかじゃ――!」
「どちらにせよ、人殺しは人殺しだ。悠真先輩を殺したホームレスも、ホームレスを殺す才人先輩も、そこに差はない。人の命を故意に奪ったって事実しか残らない。貴方は繭に聞いたことがあるか? こんな事して欲しいのかって」
 彼は一息でそう言い終えると、自分の作業に戻っていった。こんな風に真剣に起こられたのはいつ以来ぶりだろう。小学校に入った時から自分は優等生の仮面を被っていたから、怒声が自分に向けられることなんてなかった。それはまるで、窓の外で吹き荒れる嵐のようなものだと思っていた。
 でも、彼は悠真を通して自分のことを真摯に叱っている。彼女は持っているアタッシュケースに視線を落とす。三菱のアプリコットの中に住まうもう一人の悠真に、私は一度足りとも殺人の事を打ち明けたことはない。それは、いくら相手が作り物の人格であれ、彼に否定されるのが怖かったからだ。
 家に帰ると、彼女はボストンバッグの中に今まで溜め込んだ死体の一部をすべて詰め込んだ。そしてそれを肩にかけ、銀行へ行き、降ろせるだけの額をすべて下ろして、札束のままポケットに入れた。
>繭、一緒に誰も知らない場所へ行って暮らそう?
>才人。それは君が人を殺したからなのか?
 才人は打ち込まれる文字を注視する。どうして彼がその事を知っているんだ? 思い当たったのは、あの男からパソコンを取り返したときの事だ。電源を落とさずに蓋を閉めたから、スリープモードのまま繭は会話を聞いてしまったのだろう。でも慌てる必要はない。データを消してしまえば全て元通りじゃないか。
>才人。少し僕の話を聞いてくれないか? データはその後に消してくれても構わないから。
 キーボードを打っていた彼女の手が止まった。
>僕はどうやったって悠真にはなれない。いや、君はどうやったって悠真には会えない。それは目を背けても変わらない、事実なんだ。
>ねえなんでそんな事を言うの繭。あなたは悠真でしょう?
>僕は悠真じゃない、繭なんだ。
 カーソルが、いつまでも点滅し続けていた。頬を冷たい物が伝った。血液だと思って舐めてみると、それは雨だった。さっきまであんなに晴れていたのに、いつの間にか空は曇天に覆われていたのだ。彼女はアプリコットが濡れないようブレザーで包んで最寄りの無人駅へと入った。シャワーのように激しく振り続ける雨、濡れたボストンバッグには赤いシミが出来ていた。
 つい一年前までは全部上手く行っていたのに、と彼女は思った。轟々と振り続ける雨は暫く止みそうにない。彼女はベンチに座るとケースの腕に額を当てて静かに目を閉じた。瞼の裏に映るのは、ありし日の悠真の姿だった。でもそんな幸せな思い出は、川辺に遺棄された彼の死体で反転する。悠真は些細なコトでホームレスといざこざになり、ドライバーで刺殺された。呆気無く、まるで彼の生きていた十八年間が嘘だったみたいに。
 その時、向かいのホームから悲鳴が響いた。老婆が何かを叫んでいる。彼女の視線の先には、地元の小学校の制服を着た少年が倒れている。ホームから落ちたのだろう男の子は、線路に頭をぶつけてピクリとも動かなかった。近くの踏切が音を立てる。もうすぐ電車が来ることをアナウンスが知らせた。誰かいないか、そう思って周囲を見渡すも、駅員の姿は無い。今この事を知っているのは、私と、老婆だけだ。
 私は殆ど反射的にホームから飛び降りていた。鞄を全部持ってきてしまったのは、もしかしたら心細かったからなのかもしれない。アタッシュケースを握っていると安心できた。悠真と手を握っているような気がしたから。
「大丈夫!?」
 少年に意識は無かった。額には裂傷が走っているが、幸いにして出血は大したこと無い。私は鞄を置くと、ホームにあげようとする。意識のない人間はこれほど重いものだっただろうか? 線路がギシギシと揺れ始め、雨の向こうにフロントライトの灯が見える。電車はこちらには全く気づいていない。この雨だし、仕方がないだろう。
 少年をホームへ転がすと、老婆が前かがみになりながらこちらに手を伸ばす。電車は嘘のような速さで迫ってきていた。いつか、悠真とした話を思い出す。それは青梅線に設けられたAIの話だ。ダイヤル調整や人間が感知し得ない情報を制御し、的確な運転をするのだという。もしも私がそのAIをつくっていたのならば、きっと雨の日だって人を感知するシステムを作っただろう。でも、私はこの立場を自分の欲望を発散することだけに使った。これは、その報いのように思えた。
 私は老婆を突き飛ばす。折角息子が助かったって言うのに、保護者が上半身が失くなっていたら笑えないでしょう? 時間があるのならば、繭にちゃんと謝りたかったな。
 電車はこの世の柵をすべて引き壊すみたいな勢いでホームに入り、停車した。

 目を覚ますと、私はある駅で眠っていた。周囲を黄金色の穂麦が覆っており、遠くに海がみえていた。バター色の太陽が温かな光を届けていて、蒼穹はどこまでも続く。線路はどこまでも続く。
 不思議と焦る気持ちはなかった。電車は移動するための手段で、駅は通過点。そんなふうに考えていたのだけれど、ここにならばいつまでもいたって良い気がしてきた。どこからかワインの匂いが漂う。清々しい葡萄の匂い。
 少し眠ろうか。私は眼をつむるとアタッシュケースに頬を摺り合わせるようにして眠りについた。

--------感想---------
とりあえず三題消費! トゥルーはトゥルーエンドって事で一つ……。
勢いで書ききって合計二万八千文字
これからエピローグを付ければ3万文字くらいにはなる。
ってことで改稿して江古田文学賞へ出します

いやーせっかくのブログ企画だし? これで
くぅ~疲れました! で占めるのはなんか勿体無いじゃん?
ってことで、第一章からを賞のために推敲して一本の大きなモノガタリにして出してしまおう
って思ったわけですよ。
ちなみに江古田文学賞は賞金五十万の賞なので、受賞したら書籍化します。
割とポテンシャルの高い物語だと思うから、ここからはいかにしてこのお話をつなげていくかって所ですね。

伝説 コメディ 人間

2013-04-13 19:17:29 | 三題小説作品集 
第六話 才人
伝説 コメディ 人間
 小学校の送別会は体育館で行われ、才人は会場の中央くらいの位置で定年を迎える先生の言葉を聞いていた。
 先生はいつもとは違うきちんとした白い婦人服姿で、胸には桔梗のブローチが輝いていた。金縁の眼鏡の向こうには優しげな細い目があって、少し塗りすぎな口紅も、なんだか可愛らしかった。
「人がサイゴに手をつなぐ相手は孤独です」
 その場にいた殆ど全員が呆けたような表情をした。その言葉の真意を探ろうともせず、言葉を解説してくれるのを待っている人で満たされた。だから、先生が満ち足りた表情で自分の席に戻ったとき、体育館の中は一瞬ざわついた。隣の列の男子が才人の肩を叩き、「どういう意味だか分かる?」と訪ねてくる。
「なんで私に聞くの?」
「お前頭いいじゃん」
「別に良くないわよ。貴方こそ、いつも英語でなんか言ってるじゃない」
「アウトローと頭の良さは違う。正反対」
 事実、彼女もその言葉の意味はよく分からなかった。でも
 ――人が最期に手をつなぐ相手は、孤独です。
 この言葉は遅効性の毒、あるいは放射能みたいに、彼女の中に堆積していた。

 どうしてそんな事を今思い出したのだろう、と才人は思う。彼女はのこぎりをリズミカルに動かしながら、原因を探ろうとする。でもよく分からなかった。まあいいわ。彼女は自分の事が分からないという自覚があった。自分の心を覗くと大変危険だから、マンホールの蓋で閉じてしまっていた。だからその中でいかなる感情が蠢こうとも、彼女は両手を耳に当ててただ背を向けているだけでよかった。
 肉がこびりついた鋸の刃を街頭で貰ったポケットティッシュで拭きとって、彼女は切り離した腕をボストンバッグの中に入れる。腕は案外重かった。ホームレスを見たときその腕は枯れ木のように細く見えて、これならきっと楽に取れるだろうと思った。でも、骨を断つのはのこぎりでは不可能で、結局いつもと同じように骨の関節部にのみを打ち込んで乖離させる必要があった。
 自分の腕を、まるで「スリラー」のゾンビのように上下運動させてみる。自分の腕は全然重く感じないのにどうしてだろうなぁ? 彼女は着ていた割烹着を脱ぐと、それで切り取った腕をくるみボストンバッグの中に入れた。チャックを閉じる寸前、割烹着からはみ出した指を見て、彼女はふと思った。
 このホームレスは、孤独と手をつないだのかしら?

 秋山才人は「普通」とは言えない高校三年生だった。彼女は処女を失うよりも早く人を殺した。気付いたら殺していた。退屈な授業でうたた寝をしているとき、鐘の音で唐突に意識が覚醒するように、彼女は持っていたプラスドライバーをコンクリに放った音で、目の前の惨憺たる現実にはと直面した。
 プラスドライバーの先は、まるで純度の高いメープルシロップに覆われたかのようてかてかとしていて、彼女の着ていた喪服は血の染みによって斑模様になっていた。両手は返り血で真っ赤になっており、涙が頬を伝ったと思って舌を伸ばしたら血液だった。彼女は、自分がどうしてこんな人気のない橋の下を、それもこんな夜更けに歩いていたのか思い出せなかった。そしてドライバーの入手先さえも。
 でも精神は異常な昂りを見せており、高鳴る心臓は口から溢れそうなほどだった。コンクリートの地面に広がる血の池に、彼女の姿が映った。その一瞬、彼女は見たのだ。自分の背後に立つ悠真の姿を。
「悠真、そこにいるの?」
 彼女は振り返り、声をかける。一瞬だが、確かに彼はそこにいた。そんな確信が彼女にあった。でも背後ではない。彼は「血の中に」いたのだ。彼女は膝をつくと、まるで顔を洗うみたいに血の中へ手を突っ込んだ。さらさらと零れ落ちる温かい血液は、懐かしい彼の温もりのようにさえ思えてしまって、彼が死んだという現実が虚実のように感じた。
 それは彼女が死ぬ事の意味を理解していなかったから、という訳ではない。彼女は同齢に比べれば人一倍ソリッドに死亡の意味を理解していたし、それによって起こる身体機能の停止をつま先から頭頂部まで、指し棒を用いて解説することすらできた。だが、それがただの身体機能の停止であるという考え方も持ち合わせていた。ド・ラ・メトリやデカルトの機械論と通じるところがある思想だ。
 彼女にとっての死とは、永遠の別れなんて抽象的なものではなく、心肺や像機能の停止によって起こる脳の機能停止。ただそれだけだったのである。彼女がその持ち前の知識を活かし、電子データ上に悠真を復元しようと決意したのは、ドライバーを拾い上げたときの事だった。

 彼女が普通の高校生とは言えない理由はもう一つある。それは、彼女が AI研究においてそれなりの実績をあげていると言う点だ。彼女が開発した検索モジュールは楽天オークションの広告メールシステムに組み込まれ、その際に彼女は少なくない報酬と大学への特別推薦、そして文部科学省からの表彰を賜った。
沢山の記者が押し寄せ、青い才能のこれからを予想した。インタビューに答えるのが苦手で、閉口する事が多かったが、それもご愛嬌と言う感じだった。むしろ、社会一般の評価としては、彼女の口下手はプラスに働いていた面も多い。専門家とコメディアンの区切りが曖昧になりつつあるTV世界で、彼女は厳然と専門家であり続けていたのだ。
電子データとして悠真を復活させようと考えた時も、この知識と貯金、そして人脈が役に立った。
人格を復元するのは、オススメ商品を探り当てるaiとはわけが違う。同じ強化型aiをベースにしたとしても学ばなければならない事は多かった。そういう時、彼女は人脈を使って高名な教授に師事したり、または金を使ってパーツを作らせたりした。この期間、彼女はほとんど学校には行かなかったが、両親や教師は咎める事は出来なかった。彼らの物差しでは才人と言う人間は計れなかった。だから口出し出来なかったのだ。
 そうして出来上がったのが、電子データ・繭。これから感情表現などをもっと学び、真に人格が形成された時、悠真と名前を変えよう。そんな思惑が彼女にはあった。
彼女は高校に復学した。その時は繭も一緒だった。アタッシュケースに収まったパソコンの中に、彼は住んでいた。カメラが前フレームに一つ着いており、繭はちゃんと彼女の姿を認識する事が出来た。それからは彼の学習機能を最大限利用しようとひたすらに話しかけ、バグを取り、例外となるケースを設定する作業だった。
それが気の遠くなるような戦いであったことは言うまでもない。世の中は言ってしまえば例外に満ち満ちている上、表情の認識が完全ではなく、才人が落ち込んでいる時にいつもと同じトーンで話しかけられてしまうと、いくら頑張っても本物の悠真にはなり得ないのかもしれないと言う不安が、彼女を蝕んだ。
>いつになったら僕は悠真になれるのでしょう?
そんな事、こっちが聞きたかった。
彼女がオカルトに手を出すのは、最初から決められていた運命だったのかもしれない。エジソンやテスラー、優秀な科学者がそうであるように、現代科学に限界を見た科学者は、総じて原理不明の呪いに傾倒する。
彼女が書店で拾ったブードゥー魔術の書によると五つの依り代(肉体)を繋ぎ合わせて、ゴーレムを作り出す方法が掲載されていた。彼女が思ったのは極単純な事。
なんだ、こんなに簡単な方法があったのか。
 人間を五人殺害することは、たった一人の少年をパソコンの中に復元するよりも、よっぽど簡単な事のように思えた。――もちろん、そんな訳の分からない魔術で実際に人が生き返るなんてことはありえない。もしもそんなことが可能だったのならば、始皇帝は今も中国を支配しているだろう。でも彼女にとって重要なのはその情報の真偽ではなく、彼女がその情報を信じることが出来るか否かということだった。
 彼女はホームレスを殺しても大したニュースにはならないことを心得ていた。品性良好成績優秀の自分がどうしてホームレスを殺したりするのか、自分が聞きたいくらい接点がなかった。自分ならば五人を上手に殺害し、依り代を集めることが出来る。その自信があったから、彼女はわずか一週間で計画を練り準備を終えると、凶器をこしらえたその日の夜には、人気のない橋の下に歩み出ていた。

 殺害を終えて帰ってくると、彼女は酷く疲れている。精神的にも、肉体的にも疲労は現界に達しており、持ってきたボストンバッグの中を見ることもなく、ゴミ捨て場から拾ってきて直した冷蔵庫の中に入れてしまう。自分の体がとても生臭く感じて風呂に入るが、その臭いが取れることはなかった。彼女はいつも死臭にまみれていた。才人が唯一幸せを感じることが出来るのは、繭との会話の時だけだった。少しずつ、彼の肉体が完成しつつある。その事を毎日毎日報告した。繭は言葉の意味を理解していないようだった。当然だ。他人を殺して帰ってきた女を慰める言葉なんて、インプットした事はない。
>才人はとても疲れているように見えるよ。
>ええ。眠りたいわ。長く。とても長く。
>知っているかい才人。ある駅の伝説を。
 聞いたことのない話だった。でも強化型AIにはよくあることだ。AとBの回路がたまたまつながると、こんな風に突飛由のない話を始めるのだ。
>どんな話?
>その駅には沢山の人がいるんだけど、皆幸福なのさ。だから皆、椅子に座ってうつらうつらとしている。急いで果たさなきゃいけない目標もないし、日が暮れたって構わない。とにかく彼らは満ち足りてるのさ。だから電車が来ても気付かない。電車が行ってしまっても、誰も気にもとめない。
>確かにそれは幸福なのかもしれないわね。でも私には耐えられないわ。だってそれって、その人達は誰からも必要とされていないってことでしょう? いてもいなくても良い存在になんてなりたくない。
>でも、君にはきっとその駅が必要なんだよ。行けば分かる。行けば……。
 悠真は子供の頃から電車を見るのが好きだった。繭にも電車の知識や感情を組み込んである。今回はその経路に繋がったって事だろう。
 もう寝るわね。そう言って才人は電源を落とした。そして深い眠りについた。

 電車が、近づいてきた。

--感想--
少しずつ確信に迫っている……ような気がします! 恐らく次の作品で本編は終わり、
エピローグを追加って感じになると思います。
ちなみに明日は重大発表があるので、本編の閉幕と共に聞いていただけたらなーって思います。
今日は急遽バイトが入ってしまったので、10時になるまでは書き続けます!
小説を書くことは本当に楽しいなぁ……。

龍 仮面 虹

2013-04-12 07:34:11 | 三題小説作品集 
龍 仮面 虹

 兄貴にコクーンの話をすると、あいつは笑って「恵がよく言ってた虹嫁って奴だろう?」と言いやがった。兄貴、許すまじ。私はこんな軽佻浮薄な電子的存在を嫁にした気は一切無いのに。それ以上話すのは馬鹿らしくなってしまって、次の日に至る。
 学校へ行くと、やたらとコクーンが騒ぎ出す。彼はアプリを自動で起動できるので、私が源平合戦をプレイしていても平然と横から割り込んでくる。本当にこのアプリは一体何なんだ? まるでiPhoneを他人とシェアしているような気持ちになる。私の携帯料金を半分支払えってんだ。
「ここが学校って言うんですね! ご級友が沢山います」
 何が級友だ。私はクラスメートの「メート」が友達という意味だと知って吐き気がしたぞ。
「iPhoneを外に向けてもらえませんか? うわぁー! 机の数だけ人が座るんですよね? こんなに沢山の友だちが出来るなんていいなぁ……」
 そんなおめでてぇ思考すんのはお前くらいだよ。
「あ! 恵ちゃん! 何と話してんの?」
 私は即座にコクーンのアプリを閉じると「あ、いや、ちょっとね」とごまかした。多分かなり不自然な挙動だったと思う。でも良く分からないAIとひとり寂しくお話ししていたと思われるよりはマシだ。
「さっきね、金田さんのキャラクター見せてもらったんだけど、凄い強かったよ!」
 か、金田? 誰その人。私は「はぁ」と相槌すると、それが果たして許容と取られたのか、ニワカは私の手を掴んで教室の奥へ導いた。そこには人だかりが出来ており、金田と思しき茶髪が得意顔で自分のキャラクターを見せびらかしていた。
 確かに強い。鎧は全てドラゴン装備のS級だし、TP(タイム・パラドックス)アイテムの「火縄銃」まで装備しているところを見ると、かなりの重課金厨と見た。そんなのを見せびらかしてこの女は恥ずかしくないのだろうか?
「えー。火縄銃のこと? ああ、これはガチャガチャを一回回したら出てしまいましてね」
 なんと見え透いた嘘を、あのアイテムを手に入れるのに五万は突っ込んだに違いない。非課金厨の仮面を被るなんて、こんな哀れなことがあろうか。
「ねぇねぇ金田さん! 恵ちゃんも強いんだよ」
 ニワカシャラップ! お前に見せたデータはかなり弱いほうだったろ!?
 金田はまるでプライドを傷つけられたかのように、眉間に小さな皺を寄せると「見せてもらえます?」と言った。私は散々迷った末、メインデータの方を見せることにした。それは平氏としての私のプライドが羞恥心をわずかに上回ったからだ。あんな成金に私は負けない。
 彼女も多少は分かっているらしく、私のTPアイテムの甲冑を見ると顔色を変えた。甲冑は速度がとても遅くなる代わりに火縄銃を通さないので、「火縄で一発じゃん」とか言っていきがってるトーシロをぶちのめすのに重宝している。私のマイフェイバリット装備だ。
「へぇ。恵さん平氏ですの? なんというか、懐古主義的な考えをお持ちのようですね」
 全てのニワカの間に繋がる通念の如く、やはり彼女は源氏だった。私は何か言い返そうと画策するが、視線が集中しているせいで上手く喋ることは出来なかった。どこからともなく、勝負してみてよという声が聞こえてきて、金田はノリ気のようだったけど、私は嫌だった。こんな衆人環視の中冷静にプレイする自信なんてなかったからだ。
 でも私の拒否なんて大衆の耳には入らず、臆病なマタドールは金田という荒牛の前に行きずり出されたのだった。でも勝算が無いわけじゃない。金田はニワカらしく火縄を使っているし、作戦勝ちしているのはこっちだ。
 机一つを隔てて向かい合い、通信ボタンを押すとすぐに金田が見つかった。甲冑に身を包んだ私のキャラと相対するのは、――短剣の足軽だった。
 このアマ! 直前でキャラクターを変えやがった!
 金田はこの事に対して「メインキャラを使うまでもないですわ」と誤魔化したせいで、この卑怯に気付く人はいなかった。私のキャラはその遅い動きも相まって、簡単に足軽に翻弄され、甲冑の隙間に差し込まれた短剣によってあっという間に倒されてしまうのだった。
「ひ、卑怯……」
「課金していらっしゃる割に弱いんですのね」
 と金田が勝利宣言する。周囲がますます金田を持ち上げて、私はなんだか自分の人格まで否定されたような気持ちになった。金田にリベンジを申し込もうにも、負けた強キャラはもう使えないし、あの普通くらいのキャラじゃ歯がたたないだろう。私が源平合戦を終了しようとした時、コクーンのアプリが突然起動した。
 コクーンは周囲の状況を理解しているのか、音声は出さずにチャット形式でこう言ってきた。
>源平合戦をもう一度開いてみてください。
>嫌だよ。もう負けたし、恥かきたくない。
>このまま逃げたらそれこそ笑いものですよ?
 むかつく。アプリの分際で正論を言うところが尚更むかついた。癪だけど、彼の言うとおり源平合戦を開いてみると、キャラクター選択画面に何故か知らない姿のキャラクターがあった。白髪の少年で、ねずみ色のダブダブの服を着ている。パジャマみたいだなぁと私は思った。でも一拍遅れてから異常な事態であることに気づき、つい「は!?」と声を上げてしまった。
 その声に気付いた金田さんが、「もう一戦しますの?」と訪ねてくる。源平合戦は既にオンライン状態になっており、対戦相手を求めて電波を発信していた。金田さんの火縄銃を抱えたキャラが登場し、横スクールでコクーンと睨み合う。九百年前には絶対いないような服装の少年に、クラスメートの注目が集まった。戦いの観覧者数が三十四人と表示される。
「なぁにこのキャラクター?」
「知ってる人いる?」
「隠れキャラ?」
 と注目がこちらに集まるのが、金田には耐えられなかったらしい。彼女のキャラが火縄銃を放つ。パンとシャンペンを開けるときのような音がして、銃弾のエフェクトが飛んでくる。コクーンは飛んできた銃弾を――画面の奥に動いて避けると、そのままてくてくと歩いて金田のキャラクターの背後に付いた。
「な、なんで2Dアクションゲーで奥を歩いていますの……」
 と、血の気を無くした金田がつぶやく。
 うん、私もそう思う。
 コクーンは何故か金田さんのキャラクターに柔道技の腕ひしぎを掛けて勝利すると、15ラウンドまで戦い続けたロッキーのように両手を上にあげて「やったー」と脳天気な声を上げた。
「え? このゲームキャラクター喋るの?」
 と、誰かが言ったのを聞いたのか、コクーンははっとした表情で口を抑えると、画面が暗くなるのとともにフェードアウトしていった。教室の中が歓声で一杯になり、規格外のキャラクターの登場に皆が驚いていた。それは私も含めて、だ。
 でもそんな熱狂も先生の登場により収まり、一人二人と席につき始めたとき金田が私の腕を掴んで「さっきのキャラクターのデータ、売っていただけません?」と耳打ちする。五万円まで出すらしい。
 パンツ五枚分じゃん。
 私は彼女の誘いを断って席についた。コクーンは得意げに「これで僕が『ただの』アプリじゃないって分かってくれましたか?」といった。

                    ◆

 放課後に、私は何人ものクラスメートに一緒に帰らないかと誘われたが、今日ばっかりはそれを断った。協議の末、私は彼――コクーンを兄貴のパソコン部の部室へ連れていくことにしたのである。コクーンの侵入を許してしまったのは兄貴の先輩のソフトが原因だと思ったからだ。
 私の通う中学は兄貴の高校の付属校に当たるため、校舎の距離は殆ど無く、道路を突っ切ればすぐに高校へ行くことができた。つい先日まで引きこもりだったのに、自分のアクティブさに驚かざるをえない。
 守衛室でコンピュータールームを尋ねると、守衛は新校舎の三階にあると答えた。彼は不思議そうに「高校の生徒手帳がないとアクセス出来ないよ? 大丈夫?」と尋ねる。私はパソコン部の活動を見に来ただけだからと誤魔化すと、彼は「パソコン部だったらあっちだよ」と旧校舎の方を指さした。
 パソコン部なのに、どうして旧校舎? そもそも、あっちには回線が引かれているのだろうか? 不思議に思ったが質問する勇気はなく、軽くおじぎするとそちらに向かって歩き始めた。高校は中学の三倍ほどの敷地面積があるので、自分が急に小さくなったような気がする。
「み、見たかんじ、あんた高校生くらいだけど、年齢あったり、するの?」
 と、私は気まぐれにiPhoneへ話しかける。こういうお話のラノベは、大抵AIは昔人間で、悲恋を遂げているのである。するとコクーンは「製造月日という事ですか?」と夢も希望もない返答をする。
「電子データは老朽化しませんから、僕は生まれたときからこんな感じですよ」
「あ、そうなんだ」
 それって死なないって事だよなぁ。なんだか感慨深い物を感じてしまう。私達は「死」というリミットがあるから、このままじゃダメだとか、時間を腐らせるなとか思うんだろうけど、彼にはそういった制限がないから、こんな風にいつも泰然としているのだろうか。
 旧校舎は木造であり、窓は全てガラスだった。割れたらどうするつもりだろう? コスト的にも強度的にも硬化プラスチックのほうがいいだろうに。パソコン室は一階の廊下の果てにある生物室を間借りさせてもらっているらしい。どうして彼らが今場所に追いやられているのか私には分からない。看守の顔に一瞬浮かんだ冷徹な表情の理由も。
 恐る恐る扉をひらくと、こちらに背を向けてキーボードを叩く男女一組のペアがあった。一つが兄貴だったので私は安心する。
 兄貴のパソコンは相変わらずピンク色で満たされており、アンダーバーにはネットサーフィンの痕跡だろう最小化されたエロサイトがところてんのようにみっちりと詰まっていた。一方の小此木先輩のパソコンには海賊旗みたいなドクロマークがトップ絵の、外国のサイトが表示されており「小日本沉没」と書かれた掲示板に中国語で何かを書き込んでいた。
「あ、あの」
 と声をかけると、二人が示し合わせたように回転椅子で振り向いたので、いつかのイルカショーを思い出した。兄貴は特に思うところなさげに(折角妹が来てやったっていうのに)「おう、どうした」なんて家と同じように話しかけてくる。
「コクーンに、感染、したみたいなんだけど、私の、iPhone」
 私がiPhoneを紋所みたいにつきだすと、脳天気な声でコクーンが「こんにちはー」と挨拶した。小此木先輩が回転椅子で滑りながら兄貴の所まで行くと「おいおい。ヤバイんじゃないか」とつぶやく。それがまるっきりコチラに聞こえているのはわざとやっているのだろうか。
「嘘じゃないし! 虹脳とか、そういうことじゃなくて」
「め、恵。落ち着け。ハサミを机の上に下ろすんだ」
 いつの間にか握っていたハサミを机の上に下ろし、私は彼らにiPhoneを渡した。最初こそただのAI、もしくはよくできたAIと馬鹿にしていた彼らだったが、私よりもよっぽどコミュニケーション能力のあるコクーンに、次第に疑心を持つようになってきた。その疑心とは、彼が本当にAIなのかという疑心だ。
「僕は青梅線のエレクトリックダイヤグラム演算AIだったんですけど、どうしてだか今は色々な思考し、発言出来るようになってます」
「エレクトリック……? 三行で」
「人身事故があったときなどに電車の時刻がズレるだろう? それを調節する計算を行うAIだよ。二年前に導入されてから今も稼動してる。青梅線は半年ほど前になくなった線路だね」
 と小此木先輩が解説してくれた。私はそういう世の中の動きには強いつもりだったんだけど、それはあくまでもヤバイ情報のみに限定された事で、そういう平和てきな事にはとことん関心が薄かった。
「AIが自我を持つ、なんてこと、あるんすか?」
 先輩と兄貴は二人同時に唸り出すと、先に口を開いたのは兄貴だった。
「そもそも俺ら人類が生まれたのだって、地球が海で覆われていた頃に落雷が落ち、そこからアミノ酸が発生したのが原因だ。AIの世界でも同じ落雷のようなものが落ちて、そこから自我が発生したとしてもおかしくはない」
「ちょっと待ってくれよ。それは自律進化する『生物』だからこそ起こり得たことであって、AIでは通じないんじゃないか? 君の家の目覚まし時計はある日急にオーブントースターに変わったりはしないだろう」
「僕としてはそこが不思議だと思うんですよ。電子データは物体ではなく『現象』ですから、僕がそもそも存続した自己意識を持ち続けていることが不思議なんです。つまり、進化したとしてもそれはただの更新に過ぎないんです。型落ちが意識を持ち続けることが変です」
「……才人先輩がいてくれたら、よかったんだけどね」
 と小此木先輩が言った。
 私をすっかり除け者にして話し始めてしまう二人と一つの何だか良く分からない物。脳天気なフリしやがって、実は私よりもよっぽど頭いいんじゃないか。むかつく。
「君は廃駅反対を訴えたいんだよね? そこに君が自我を持つ原因があると私はおもうね」
 そうだ。どうしてAIが廃駅反対なんて言い出したのだろう。これは一歩間違えれば機会の反乱じゃないか。コクーンは少しの迷いのあと話しだす。
「僕は昔、人を轢いてしまったことがあるんです」

--------感想--------------
後二本で完結~。
電車ん中で構想練ると電車がたくさん出てくるね。
今日中にもう1本載せたい!

梅雨 非常口 カオス

2013-04-11 06:25:57 | 三題小説作品集 
梅雨 非常口 カオス
僕は電車が好きでした。これは過去形ではないです。今でも好きです。特に青梅線の電車が好きで、これから山岳地帯に挑む無骨なフォルムの電車には、大戦を控える兵器のような趣きがあって、見ていると自然と胸が高鳴りました。
駅には毎日一人のお婆さんがやってきました。彼女は電車に乗るでもなく、待合室で一時間ばかり時間を潰すと、そこに置かれる花瓶に花を活けて帰って行くのでした。梅雨の日に活けられた紫陽花の生命力は、まるで待合室に齎された微かな雨の予感のように感ぜられます。
毎日花を活けに来る老婆は、まるで戦争から息子の帰りを待つ母のようではありませんか? それがますます電車を兵器然と見せていたのです。恐らく彼女は呆けているのでしょう。僕は許すなら彼女に言ってあげたかったのです。貴方の息子は帰ってこないよ、なんて。
 電車には本当に色んな人が乗るので、彼らを見るのも楽しいのです。例えば、サラリーマン。彼らにとって電車はゆりかごです。あの椅子はそんなに寝心地のいい物かな? 僕は疑問を禁じ得ません。朝の電車は、まるで蟻に擬態したかのようなスーツの軍団が電車を占拠します。電車は夏の日の、アスファルトに落ちたアイスの包装紙のように、彼らで一杯になります。
 また、学生達を見るのも面白い。彼らは学校と呼ばれる場所に行き、そこで多くの事を学びます。僕も出来るなら学校に行きたいです。同齢の友人達とお話が出来るなんて、こんなに楽しい事があるでしょうか?
 僕はみんなを影から見守っているのです。
頭上から、改札から、あるいはatmの中から…
でも、そんな日々には終わりがありました。青梅線は廃線になり、この場所は廃駅となると言うのです。じゃあ青梅線を使っていた人はどうなるのでしょう?
…心配ありません。国鉄が新たに作られるのです。悲しい気持ちはあったけど、これが結末なら仕方ない。そう思いました。廃駅になる前日。休息室の老婆はいつもよりも二周りも大きい花束を抱えてやって来ました。彼女は終電から降りるサラリーマン達を最後の一人まで見守ると、堰を切ったように泣き出したのです。
 僕には、彼女にどんな物語があるかは分かりません。でも、もしも国の偉い人がこの駅を、誰からも必要とされていない駅だと考えているのならば、それは大きな勘違いなのです。
 僕は初めて駅を出ました。駅の多目的コンセントを使って充電していたサラリーマンのパソコンに乗って、この電子の環状線に途中乗車したのです。
 そこからはもう、真新しいことばかりでした。駅の内部ネットワークで生活していた僕にとって、例えワードでさえ新鮮で、そこに収まる「文字」の数々は、0と1しか知らない僕に言語という概念を与えました。自分の中で悶々と堆積していた感情の回路が、終のない環状から飛び出したのです。文字を覚えた私は次に「文章」を知りたくなりました。廃駅反対を訴えるには、日本の「総理大臣」と呼ばれる人に日本語で伝えなければなりません。だからこれは必要な過程なんですけど……。お恥ずかしながら、当時はそんな事は忘れていました。混沌とした世界の中に存在する自己を見つけることに、私は必死だったのです。私がデータではなく一つの人格として存在するという虚偽を、知識で覆い隠す作業に没頭しました。
 僕は純然たる好奇心の中に一抹の主張を抱えた電子データであり、ただただひたすらに自分の中に情報を貯めることばかりを考えていました。最初にお邪魔したパソコンの中にはEMobileが接続されており、僕はそこからどこへだって行くことができたんです。餓死寸前の旅人の前に、満漢全席が展開されたような心地でした。もう何から手をつけていいのか分からない! そんな幸せな忙しさに見舞われたのです。
 玩物喪志、僕がここまで出てきた理由は情報をたらふく食べるためではありません。廃駅反対の意を唱えるためです。僕はすぐに回線を利用して首相官邸ページに飛びました。しかし、そのページの壁はあんまりにも熱い(・・)んです。パスワードは何重にも掛けられ、一度間違えば警報が鳴り、道は完全に閉ざされてしまいます。こんなのは初めてだったので、突然ページから強制退出させられたときは心底驚きました。
 何が駄目なんだろう? 疑問に思った僕は国立図書館の検索PCに潜み、一晩で多くの情報を得ました。まだ吟味はしていないけれど、「国家安全保障典」の「サイバーテロに対する項目」曰く、首相官邸のPCは基本的にスタンドアローンで形成されており、外部ネットワークとは分断されていると言うのです。また、あの仰々しい壁を乗り越えたところで、その先にあるのはHP運営パソコンという、事務員の方しか使わないパソコンにしかアクセス出来ない事がわかりました。
 つまり、僕が総理と逢うには、現総理の私用アドレスを手に入れるしか無いってことです。これは感嘆なようで難しいことです。例えば「六人の隔たり」という法則があります。これはスタンレー・ミルグラムの実験によって証明された法則なのですが、六人以上の人間を経由することで、人々は必ず知り合いになれるという法則です。
 つまり、僕のように天涯孤独で無い限り、誰かの知り合いの……の知り合いには総理大臣が含まれているってことです。ちょっと驚きの法則ですよね? だからこの論を信じて、僕は人々のパソコンを遊歩することに決めたのですが、なかなかうまく行かないのが現状です。
 六人と言ったって、それは最短距離で動いた場合の事です。一台のパソコンには百人程のアドレスが登録されており、また次のパソコンにも百人……これを虱潰しに六回ですから、普通に考えて百の六乗です。計算だと瞬時に出せるのですが、実際に動けと言われると難儀ですよね? でも僕にはやるしか無いんです。
 何故かって? それが僕の存在理由(Scientific realism)だからです。

                       ◆

 パンツを一万で買うと言われて一瞬心動いたけど、駄目だろ。乙女的に考えて……。ってか、本当にパンツだけで収まってくれるのか怖いし、よく分かんない野郎にバージン奪われたりしたら最悪も最悪だ。
 こんな下らないスパムメールに、一瞬でも「も、もしかしてクラスの誰かが……!」と思ってしまった自分を殺したい。そんなメール来るわけないじゃん。ふつーに考えろよ私。「復学のしおり」に書かれていたような明るい未来は存在しないんだから。
 ――あーもう。学校やめてパンツ売って生計立てようかなぁ。一日一パンツで原価三百円が一万になるんだから、コーラとポテチとネット回線を確保しても貯金できるし、ガチャもちょっと我慢すれば或いは……。返信のボタンが、まるで現実世界から逃げる非常口の様に見える。
 何弱気になってんだろう、私。
 綿矢りさの小説じゃないんだから、こんなティーンエイジャーな悩みをしてる暇ないだろう? 世の中は、読み手が一ページめくるたびに季節が変わっていくんじゃない。放置されれば更新されていき、やがてそれは過去の遺物になってしまうんだ。あるいは、過去の異物か。
「……あ、そろそろアクセスボーナス特典の時間だ……」
 私は源平合戦を開こうとiPhoneを取り出した。ちびキャラが槍を構えるアプリにタッチしようとしたとき、その隣に存在する「黒い四角」に目を奪われた。
「!」
 これは意図せずダウンロードされたアプリに付けられるマーク……だったはず。なにせ私は今までこんな物に遭遇した事は無かったし、説明書だって流し読みだ。第一意図せずダウンロードってどういう事だよ。
 すぐにあのメールの事が思い当たった。きっとメールに何かが付属されていて、それをiPhoneが勝手にダウンロードしてしまったんだろう。スパムの分際でやるじゃないか、この私を一秒でもビビらせるとは。でもなあ、こんなのは簡単だ。見ずに削除してしまえばいい、ただそれだけの事だ。
 私は電車を待つ間、椅子に座るとそのアプリに親指を乗っける。長押しする事で消去ボタンが現れるのだ。しかし、いつまでだってもボタンは出てこない。おかしいな? そう思って指を離した瞬間、それが勝手に開いた。
「やあ」

私は一度iPhoneの電源を落とすと、再び点灯。黒い四角には触れないよう注意しながら掲示板を開いた。
>iPhoneが勝手に喋り出した人いる?
>電子鬱乙
>俺のもよく喋るよ、高い金払わなきゃいけないけど。レアガチャだよな。
>アップルの陰謀
 ダメだ全く意味の無いアドバイスばかり。ここには馬鹿と重課金厨と陰謀論者しかいない。
 私はもう一度勇気を振り絞ってアプリを開いた。一度開いたせいで認可された事になってしまったらしい。既に「!」のマークはなく、漫画的な少年の絵と「コクーン」と言う文字が表示されていた。
 こくーん?
 ついさっき聞いたばかりの名前に、私は頭を抱える。勘弁してくださいマシで平氏の未来を左右するデータが入っているんです。コクーンというウイルスが最近すげー勢いで流行ってるのは知ってたけど、こんな風に感染するのが普通なのだろうか?
 アプリを開くと、四畳半にちゃぶ台を一個だけ置いた部屋が表示される。まるで手抜き育成ゲームの背景のようだ。窓の外には電線が通っており、ここが二階であることが分かった。デフォルメされたカラスのエフェクトが、バカみたいな鳴き声あげながら窓の外を通過する。
「僕の姿が見えますか?」
 画面に、パーにした手が振り下ろされ、それに少し遅れて白髪の少年が覗き込んだ。顔を近づけていた私は咄嗟に頭を後ろに引いたせいで、後ろの壁に強かに後頭部をぶつけた。周囲にだれもいないのを確認してほっと息を吐く。こんな姿をクラスメートに見られたら最悪だ。
「あはは。顔赤いですよ? シャイなんですね」
 ほっとけクズ。シャイじゃねーし。そんな生やさしい言葉でくくられるほどの軽度じゃねーから。
 少年は奥のちゃぶ台に戻ると、そこに腰を下ろしてコチラを見た。にこにこと楽しそうで、それがますます気に障る。勝手に私のiPhoneにダウンロードされたアプリの癖に、よく作りこまれているのが益々腹が立った。
「……どっから、電話、か、掛けてきてんだよ」
「これは電話じゃないですよ。君が持ってるのは電話だけどね」
「寒い、し」
 jkとお話出来てラッキーとでも思っているのだろうか。彼はやたらとニコニコしながら「僕はここにしかいないよ」と言った。埒が明かないので私はアプリを閉じるとイヤホンを突っ込んでiPhoneを鞄の中に入れてしまった。笑ってる奴は皆敵だ。

----------感想------------
4000字前後でまとめんの難しすぎ
とりあえず最後までなんとなーくの構想ができたので、これからは一日一本のペースで行けそうかな??
AIとヒキというと、ついあの二人を思い出しますが、ちょっと意識してるところあるかも、
少なくともアレに出会わなかったらこういう発想は生まれなかったかな??

今後は如何にウィルス・コクーン君を上手く動かすかが重要だから
ますます気合を入れて書きたいと思います!
(読者を置いていかないか心配だけど……)