先日、一通のメルマガが届きました。それは民主党のある議員のメルマガ。そこには、「今回の一連の騒動で党はダメージを受けた、今後は信頼回復に努力する」というようなことが書かれていました。
僕としては今回、小沢一郎はどっちに転んでも“アウト”という罠にはめられたんだととらえています。だから民主党員もそんなに卑屈にならずに、巧妙な自民党バッシング戦略で対抗すればいいと思うんですけどね。
どうも、自民党には結党以来脈々と続く伝統があって、「戦後日本の永遠与党を目指す」というような意思統一がなされている印象があります。だから党員それぞれの言葉は違うけれど、根底に共通認識があり、結果として足並みが揃っていると感じますよね。
それに対して民主党員には、そういった一体感が感じられません。政策の方向性が同じ集団のはずなのに、ただの“個”の集合体という印象なのです。本来なら、守るより攻める方が楽なはずなのに、どうも民主党には政権奪取に対する基本的な考えに統一感が感じられません。
さらに報道では与党自民党の議員の声の方が数多く流されます。それらは個々の発言の角度が違っていても、全員の言葉を合わせればすべて政権維持のベクトルに向かっていると読み取ることができます。
だけど報道されること自体が少ない民主党は、どうしても“個”の意見に聞こえてしまうのは致し方ないと言えるかもしれません。
ちなみに、先日届いたメルマガには、「衆院で民主党提出の法案を与党は審議してくれない」とも書かれていました。その現実を国民はどれだけ知っているでしょうか?
ところが、参院で民主党提出の「イラク特措法廃止法案」が審議されることになると、それは単なる時間稼ぎだと言う自民党。
真っ向から対立している国会ですが、こんなときこそ、どちらが正しいのかを実際に国民に判断してもらえばいいと思うのです。
例えば、現在衆議院の委員会は傍聴不可で、参議院の委員会は議員の紹介があれば傍聴が可能のはずです。そこで民主党員は自分のメルマガの読者に、積極的に参議院委員会の傍聴を勧めるのもひとつの作戦ではないでしょうか?
せっかく第一党になった参議院なのですから、もっと積極的に国民にアピールする方法を考えるべきでしょう。そのためにも傍聴席を満員にさせ、“生”で論戦(本当に論戦になっているのか?)を見てもらい、自民党にプレッシャーを与え国民の支持を得るという作戦はあると思いませんか?
それこそが“ホームの戦い方”だと僕は思うのです。
僕としては今回、小沢一郎はどっちに転んでも“アウト”という罠にはめられたんだととらえています。だから民主党員もそんなに卑屈にならずに、巧妙な自民党バッシング戦略で対抗すればいいと思うんですけどね。
どうも、自民党には結党以来脈々と続く伝統があって、「戦後日本の永遠与党を目指す」というような意思統一がなされている印象があります。だから党員それぞれの言葉は違うけれど、根底に共通認識があり、結果として足並みが揃っていると感じますよね。
それに対して民主党員には、そういった一体感が感じられません。政策の方向性が同じ集団のはずなのに、ただの“個”の集合体という印象なのです。本来なら、守るより攻める方が楽なはずなのに、どうも民主党には政権奪取に対する基本的な考えに統一感が感じられません。
さらに報道では与党自民党の議員の声の方が数多く流されます。それらは個々の発言の角度が違っていても、全員の言葉を合わせればすべて政権維持のベクトルに向かっていると読み取ることができます。
だけど報道されること自体が少ない民主党は、どうしても“個”の意見に聞こえてしまうのは致し方ないと言えるかもしれません。
ちなみに、先日届いたメルマガには、「衆院で民主党提出の法案を与党は審議してくれない」とも書かれていました。その現実を国民はどれだけ知っているでしょうか?
ところが、参院で民主党提出の「イラク特措法廃止法案」が審議されることになると、それは単なる時間稼ぎだと言う自民党。
真っ向から対立している国会ですが、こんなときこそ、どちらが正しいのかを実際に国民に判断してもらえばいいと思うのです。
例えば、現在衆議院の委員会は傍聴不可で、参議院の委員会は議員の紹介があれば傍聴が可能のはずです。そこで民主党員は自分のメルマガの読者に、積極的に参議院委員会の傍聴を勧めるのもひとつの作戦ではないでしょうか?
せっかく第一党になった参議院なのですから、もっと積極的に国民にアピールする方法を考えるべきでしょう。そのためにも傍聴席を満員にさせ、“生”で論戦(本当に論戦になっているのか?)を見てもらい、自民党にプレッシャーを与え国民の支持を得るという作戦はあると思いませんか?
それこそが“ホームの戦い方”だと僕は思うのです。