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ニッポン チャチャチャ!!

納得できない事、頭にきた事、不可解な事、民主主義後進国ニッポンの“?”を感情的に綴っていきます。

あり得ない事だからこそ「夢」

2011年06月14日 10時43分53秒 | 生活
本来なら、あり得ない事を目指すから「夢」なんだと感じています。成功例がある道を目指すのなら、それは「夢」ではなくて「目標」なんだと。

小説の読者が、その小説の映画化を応援するというプロジェクトがあります。『グッバイ艶』映画化推進委員会というその運動。サイトとブログ、twitterを立ち上げて、草の根運動で、小説が映画になるまで応援すると息巻いています。

『グッバイ艶』映画化推進委員会
◆オフィシャルサイト
http://www.good-by-en-eigaka.com/
◆オフィシャルtwitter
http://twitter.com/#!/good_by_en
◆オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/good-by-en/


そして、今日見つけたのが『日本人の夢 送電線の国有化を願う1000万人署名』という運動。現在、一社独占となっている送電線が自由に使えるようになれば、自然エネルギーの利用が増え、電気代も安くなる社会を目指すというもの。
これの何があり得ないかといえば、一ヵ月間で1000万人の署名を集めるというコト。6月6日に署名集めを開始して、七夕の7月7日までの一ヵ月間に1000万人分集めるそうです。

◆『日本人の夢 送電線の国有化を願う1000万人署名』
http://maketheheaven.com/japandream/

1000万人署名を47都道府県で割ると、ひとつの都道府県で212765人。

これを30日で割ると一日に集めるのは7092署名。

10人で集めたら一日709人。

100人で集めたら一日71人。

1000人で集めたら一日7人。

これならいける!

と、サイトには書かれていますが、僕はこういう発想が大好きです。夢の実現は、結局は積み重ねしかないと思うのです。特急券はないんだと。そして、それしかないと思い起こさせてくれて、さらにゴールをイメージさせてくれるからです。

とりあえず、僕もこの電子署名に署名し、夢見る楽しさに加わることにしましまた!

プロに触れるということ

2011年03月30日 15時28分07秒 | 生活
学生時代、どんなに交際範囲が広くても、友人知人のほとんどは学生というのが一般的。特別の活動でもしていなければ、なかなか社会人の知り合いは持てないですよね。
学校の先生も社会人だけど、そういう意味では特別な存在。ご近所のオジさんも“社会人の知り合い”というより、“笑わせてくれるオジさん”や“怖いおっさん”という印象じゃありませんか?

そこで自分自身が社会人になって、一気に社会人とそれにまつわる事柄と出会うワケですよね。初めて知る大人の世界は新鮮でもあるけれど、それまで意識すらしなかった事にも神経を配って行動しなければならない事を思い知らされます。
仕事は覚えなければいけない、その上、社会人のルールも身につけなければならない。さらに、毎朝電車に乗ってちゃんと出社しないといけない。だから、社会人になりたての頃はとにかく精神的に疲れるものだったと記憶しています。

昔と比べて、今は体験学習などの機会が増えたみたいで、“仕事”の疑似体験を学生時代にいろいろと経験できるんですね。それはそれで、いい事だと思います。それでも、仕事の“プロ”に直接触れられる機会はなかなかないのではないでしょうか。
社会の仕組みやルールは、いわば一般論。座学でもある程度のことは勉強する事ができます。ただ“プロの生き方”はそうはいきません。というか、その学習こそが直接の触れ合いから学ぶもの。学校で学ぶ事はできません。

先週観た映画『森聞き(もりきき)』は、まさにそれを実感できるものでした。この映画、林業などに関わる森の名人を高校生がたずねて、名人の話を聞き出すという活動のドキュメンタリー。4人の高校生が焼き畑の名人、杉の種を採取する名人、木こりの名人などに触れ合っていきます。
自分のおじいちゃん、おばあちゃんの年齢の名人はいつもの仕事を淡々と高校生に見せ、自然から学んだ事を淡々と語っていきます。はじめて出会う出来事と言葉に戸惑う高校生たち。だけど、すぐさま魂のゆらぎを表現していくのです。それは言葉であったり表情であったり・・・

初めて就職した会社が大事だというのも、社会人としてはじめて世の中のルールを教わる時に、その会社で教わったルールが身体にしみ込んでしまうからだと思います。ですので、高校生のうちにプロの生き方を目の当たりにするということは、とても貴重な体験になるはずです。

さらに、自分が目指す仕事を決めたなら、その仕事のプロにいち早く触れることがとても大切だとも感じました。
ある業界の養成講座の話なのですが、その講座の就職率がとても高いのです。で、何が他の講座とその講座が違うかというと、講師に一流のプロを次々に招いているのです。つまり、彼らは一気にプロのプロたるところを見抜き、すぐさま自分の中に吸収してしまうんですね。

若い人たちが魂をふるわせて何かをつかんだ瞬間、これを端から見ているのは、ホントとてもしあわせな気分になれます。巣の中の幼鳥がはじめて空を飛んだときを目にしたような感覚。
それにしても、触れるだけで瞬間に変わることができる若者たち、その反応の早さが限りなくウラヤマしい! 


◆映画『森聞き』公式HP
http://www.asia-documentary.com/morikiki/index.html

誰にもソフトがプレインストールされている

2011年02月25日 08時48分30秒 | 生活
子育ての話題などで、『実は、子供たちは完璧に生まれてきていて、なにもコンプレックスを持つ必要なく、そのままでいいんだ』という話を最近よく耳にします。
「そんなワケないだろう!」と思われる方も多いと思いますが、最近になって、僕も「結局、そうなんだなぁ~」と信じられるようになってきています。つまりは、周囲に流されて本当の自分に気づいていないだけ、自分独自の世界が見えていないだけなんだなぁ~と。


とある共通の目的をもって集まったプロフェショナル志望の若者たち。それほど外部からのインプットがなされていないはずなのに、また、経験値も低いはずなのに、全員が目的に近づいた発表をして輝いた現場に居合わせることができました。
それは先日行われた、ある企画発表の場。プロ志望で未経験の若者の企画は、ややもすると今の流行に流されてしまいそうなもの。しかし、彼らは皆、自分の中に根源的にあるものや自分独自の感じ方を企画のスタートに持ってきていたのす。

良い企画書などのアイデアを示す文章というのは、不思議なことですが中を読まずに分かるものですよね。表紙を見ただけで「あっ、輝いている!」って。まさに、彼らの企画書がそうでした。
さらに彼らの論議を聞くと、自分の中にあるものの中から企画たり得るものを導きだしたという過程が良く分かったのです。これって、いわゆる「プロ」のやり方そのものですよね。それほどのインプットがないのに。

もちろん、内容的にはまだまだ詰めなければならないところはあります。でも、彼らは少ない経験値でもそこま出来たというのは、“最初から知っていた”としか思えないのです。企画というものにどんな風に向き合えばいいのかということが。
未経験の仕事なのに、比較的に苦もなく出来てしまった経験ってありませんか? 職務経験のある人の多くは感じたことがあると思うのですが。それと同じです。結局、自分の中に最初からソフトがインストールされていたんですよ。
おそらく、まだ本人たちは自覚していないでしょう。ただ、これを数回続けてそれを自覚できれば、しっかりプロとして独りで歩んで行けるように感じたのです。

そもそも、そういったプロフェショナルを志望するという時点で、内なる声に突き動かされた時点で、彼らは持って生まれたものを開花させようと無意識の衝動に動かされたんでしょうね。
こうして今回、『子どもたちは、完璧に生まれてきている』ということを垣間みることができました。そして、いつか彼らに講釈をたれてやろうと目論んでいた僕は、彼らを讃えるしかなかったのです。

七世代先を考えるおばあちゃんたち

2011年01月17日 12時31分07秒 | 生活
僕には、いくつか弱いタイプがあります。あっ、女性のタイプについての話です。
そのひとつが巫女さんタイプで水瓶座系、その上、元ヤンを感じさせる肝っ玉の座ったタイプの女性。そして、不思議とこの条件を満たしている女性って、だいたいがお美しいんですよね。
去年の末にまさにそのタイプの女性を目の当たりにして、僕は見事にすべて持ってかれました。その女性というのが上々颱風のヴォーカル白崎映美さん。ステージ上のあの眼差しと巫女の舞を思わせる踊り、まだ見ぬ世界へいざなってくれるように感じてしまったのです。

で、巫女さんと同様の存在なのかは知りませんが、先週には、グランマザーと呼ばれる人たちが出演している映画を観ました。世界中から集まった13人のグランマザーと呼ばれているおばあちゃんたち。もの凄い存在感で、僕の知っているタイプにはいない、まさにズンと大地に根ざした存在です。
どちらかと言えば白崎映美さんの方がタイプですが・・・、映画を観ているうちに親しみを感じていったおばあちゃんたちでした。

映画の邦題は『世界を癒す13人のおばあちゃん ~これからの七世代と、さらに続く子供たちへ~』というもの。今、地球を救わなければ手遅れになってしまうかもしれない、と、2004年に世界各地のグランマザーが集い「13人のグランマザー国際会議」というものを結成したそうです。映画ではその国際会議の様子を中心に映していました。
ネイティブインディアンの予言によって、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸から集まったグランマザーたちは、毎回それぞれのゆかりの場所に集まって交流を重ねていきます。そして、地球環境の保護と世界平和のために祈り、そして語り合うのです。

映画では第1回から4回までの国際会議での交流を中心に描いています。映像としてはテンポよく流れていくのですが、ちょっと散文的になってしまっているなぁと僕は感じてしまいました。ナレーションを増やして、もっとメッセージを強めたり具体的にできたと思うのですが「もったいなぁ~」という感覚。
グランマザーのひとりひとりを深く掘り下げるでもなく、「13人のグランマザー国際会議」の流れの見えない部分を解説するのでもなく、それぞれの出来事のアルバムという感じになってしまっているのが残念ですね。

でも、もちろん色々と考えたり感じる事はできます。各地で歓迎される彼女たちですが、ローマ法王との関係性などは「そうなんだぁ」と認識させられます。また、一見近寄りがたい雰囲気のグランマザーたちですが、優しくて慈しみのある言葉は普遍性を持っているんだということも各地で見せてくれます。
それにもまして僕が一番興味を持ったのが、七世代先の子孫たちが幸せであるようにという決定方法。七世代先というと、約200年先の事となるのでしょうか。その時代に恩恵を受けられる事を基準に考えるというのが素晴らしいとしいうか、グランマザー的というか、単純に驚きです。
日本だけを見たって、少子化問題や環境問題、さらには経済の問題だって目先の話だけでは解決できないはず。せめて二、三代先の子孫に喜ばれるような視点を持って立ち向かってほしいものだと思いました。

ところで、映画を観ていて気がついたのですが、グランマザーたちは会合を重ねる度に、徐々に表情が温和になっていって、それぞれがオシャレになっていくんですね。そう感じたのは僕だけだったのでしょうか。
そういうワケからではないのですが、僕も機会があれば13人のおばあちゃんたちに、直接会ってみたいと思いはじめたのでした。

■ドキュメンタリー映画 「FOR THE NEXT 7 GENERATIONS」HP

武蔵小山にコミュニティを作りたい!

2011年01月12日 12時57分34秒 | 生活
僕は今回のアジア大会でもサッカーの日本代表を応援していますが、自分が日本国民という感覚を抱く機会はそんな時くらいなものです。パスポートはずいぶん前に期限切れですし。
でも、武蔵小山(東京都品川区・目黒区)に住んでいるという感覚はとてもリアルです。かつて自分で作った2つのフットサルチームにも、武蔵小山にちなんだ名前を付けるほど“ムサコ”こと武蔵小山を愛しています。

ところが最近、地域との関係性に不満を感じだしたのです。
「何か物足りないぞ」と。

今でも、生活するのには便利だし快適だし、東京23区の中ではとても優良にバランスがとれた所だと思っているのです。ただ、僕との関係は住んでいる場所が武蔵小山というだけ。生まれが獅子座という僕の属性が持っている意味とそんな変わりがないものと感じだしてしまいました。
つまり、とても薄っぺらな関係性に思えてきたのです。

歳を取って、自分が住んでいる場所に対する考え方が変わってきたのかもしれません。でも、生活が便利で快適だからイイのではなく、もっと離れられない本質的な何かがあってしかるべきという思いがひとつ。さらに、自分の住んでいる場所なんだから、もっと自分と直接的でエキセントリックな関係性があるべきだと思いはじめたのです。もちろん、人間的なつながりをベースにして。

そう、僕は自分の住んでいる場所にコミュニティを抱えていないと気がついたのです。

それは、故郷を大事にするという想いともちょっと異なり、町会や自治会とかの集いとも違う集い。自由意志で参加し、もっと日々の生活の近くで喜怒哀楽を共有できる仲間、さらにはそういう場が欲しいと思うのです。
楽しいことは独り占めするより、大勢で共有した方が格段に楽しいし、人間的に成長するにも人間関係の中でしかできません。さらに、家族でも仕事関係でもない、もうひとつの人間的なつながりは日々生活していく上でも必要だと思うのです。

きっかけは、映画の小さな自主上映会をやりたいなぁ~と思いついた事。去年の夏に立川で経験した、ご近所の仲間が集まり、会場で上映後に感じたものをゆる~くシェアするような上映会をやりたいなぁ~と考えたのです。
でも考えてみたら、それを協力してもらうには地元の友達との距離が遠くなっていると感じたんですね。なんか、個人個人が地域に埋没してしまっているという感じ。もちろん自分も含めて・・・。

そこで、「これはヤバい! まずは気の合う仲間同士がつながらなくては」と感じたワケです。

上映会の他には、勉強会、または見学会や交流会なんかもしたいですね。実際には集ったメンバーによってコンテンツには色々な可能性があるとは思いますが。
そして、将来的には周辺の企業や自治体などの組織から、頼み事をされるような受け皿になれたら活動も充実するでしょうね。大変だろうけど。

などなどと考えていますが、ご賛同される方、興味を持たれた方はいらっしゃいますでしょうか? そんな方は是非以下のアドレスまでメールをください。武蔵小山近辺ではなくても、小さな上映会に興味を持たれた方でも大歓迎です。一緒に何かを動かしてみませんか?

■無所属ひとり
メールアドレス m_hitori#mail.goo.ne.jp (#を@に置き替え)

100年以上続く不思議な習慣

2010年12月26日 18時14分56秒 | 生活
僕がどうしても納得できない事のひとつが、新年の一週間くらい前までに投函しないと、年賀状が1月1日に届かないということです。

そう言いながらも、僕は毎年1月1日に年賀状を受け取っています。ですので、その方々は年末の忙しい時期でもしっかりと年賀状を書いていたんですよね。その行為には本当に頭が下がります。
ですから、そこに文句をつけるという事は、自分の横着を棚に上げていちゃもんを言っているだけなんだとは理解しています。ただ、これを言う人間も見かけないので、あえて書いてみます。

まず、元旦に年賀状を届けるためには12月25日までに投函しなければいけないんですよね。でも、その時期って世の中はクリスマス時期。クリスチャン以外の人でも「メリークリスマス!」と言っている影で「明けましておめでとうございます」「今年もよろしく」と書いて、一年の礼を果たすということに違和感を感じる人はいないのでしょうか? 
この時期が来ると僕は毎年感じるのですが、「だって、それって国民的なヤラセでしょ?」と思うのですよ。
調べてみたら、年内の指定日までに年賀状を投函すれば元旦に届けるというシステムは、明治32年に始まったそうです。ということは、もう当たり前の事として、国民の中に浸透していることなんでしょうね。

ただ、郵政は民営化という大転換を果したのです。ですから100年以上続く年賀状のシステムに大改革があってもいいはずだと思うのです。

今まで通りに「元旦に届けるには12月25日までに投函してください」と唱えているだけでは、ただでさえ見えてこない郵政民営化の効果が伝わってきません。
例えば、速達年賀状とか、宛先が同一都道府県内であれば30日までOKとか。利用者の利益を考えれば、やらなければならないことは色々あると思うのです。間違いなく電子メールに押され、人口も減っていくので年賀状の総数も減っていくはずです。そのためにも、年賀状のシステムの改革は必要だと思うんですけどね。

そもそも、1月2日の書き初めの時に書くのが年賀状だったという由来を引き合いに出すつもりはありませんが、クリスマスの時期に「明けましておめでとうございます」と書く事を強要してそのままにして、何も手を打っていないのが僕には信じられないのです。

あれほど国会を騒がせた郵政民営化って一体何だったんでしょうか? 
この顛末って、いつか誰かが検証するのでしょうか?

【更新復活記念】まずは、原発メーカー製品の不買運動だ!

2010年11月23日 16時46分37秒 | 生活
調べてみたら、まともな更新は2年半ぶりです。その間、日本は政権が変わり、アメリカはオバマが大統領になるなど、チラッと変化を期待させましたが、まるで変わりませんね。どちらかというと世の中は悪くなったというか、それ以上で、もう行き着くとこまで行ってしまっていて、最後の臨界点での大爆発を待つばかりという感じがしています。

この認識は、そんなに外れてはいなでしょう。
そんな中、僕はこのブログを再開させると決意しました。

たしかに、どこを見ても閉塞感を越えて絶望感を感じる出来事ばかりです。ただ何もしないで、もしくは惨憺たる状況を嘆いているだけでは何も変わらない。結局、僕もそういう結論に至りました。この状況は今生きている人間の責任であり、そこをないがしろにしていては生きている意味もないのではないのか? と、そこまで感じざるを得ないほどの末期的な世の中なんだと思います。

最近、そんな風に僕に感じさせてくれた人のひとりが鎌仲ひとみさんです。彼女が監督した映画『ミツバチの羽音と地球の回転』の内容以上に、映画の上映後に行ったトークの内容とその姿勢にシビレてしまいました。

彼女は中立であるべきのドキュメンタリー制作者の立場を棄て、完全に反原発のオピニオンになっているんですね。以前にも何度かこのブログでも紹介していたと思うんですが、いまや、あのゲバラをも感じさせる最前線の闘士という風格でした。決して金になる活動だとは思えないのですが、「反原発」を日本の将来を憂いた上でのライフワークにしていると感じたのです。

そこで、鎌仲ひとみさんへの敬意を表して、更新復活の第一回は「反原発」をサポートさせてもらいます。
そして、提案させてもらうのが『原発関連企業製品の不買運動』です。

これ、随分前にこのブログにも書いたのですが、この不買運動は結構、効果があるのではないのでしょうか? 即効性はないかもしれませんが、日本中でこれが浸透すれば、メーカーにとってはボディーブローのように効いてくると思うのです。

以前にも書いたように、一般消費社と接点のない関連企業も多いのですが、
★日立製作所
★東芝
★三菱重工業
の原発プラント企業の製品を買うのを止めて、原発反対の姿勢をアピールしましょう!

とにかく、これら企業の製品を買わない。そして、そのことを常に口にして、周囲の人たちにもなぜ不買運動をしているかを知ってもらいましよう。
また、場合によっては他の選択肢がなく、それらの企業の製品を買わざるを得ないケースもあるかもしれません。それでも、お店の販売員や自分をお金を渡す人に、一言「本当は原発関連企業製品なので買いたくないのだけれど、仕方ないから購入するのだ」と伝えましょう。それでも充分に意味はあると思います。

最近のニュースで、ベトナムの原発プロジェクトを日本の企業が請け負うことになったそうです。つまり、何十年たっても自国で完結できていないシステムを、なんと、海外に輸出しようとしているのです。とにかく、大事故が起こってからでは遅いのです。なにがあっても原発を止めさせましょう! そして同時に、ムダなエネルギーの消費を個人のレベルで徹底的に削減しましょう!

不可解な料金ばかりだ!

2008年03月18日 01時46分15秒 | 生活
以前から「よ~判らん!」と思っていたのが携帯の料金。僕はドコモなのですが今の契約が一番合理的なものなのか判らないでいたのです。そんなに頻繁に使うわけではないので請求額も大した事もなく、「まあ、いいか」としていました。
ところが先月の請求金額が、前月の倍以上の金額だったのです。僕はそんなに使った記憶がなかったので、さっそくネットで使用履歴を調べました。すると何点かおかしな履歴があったのです。寝ていたはずの時間にiモードを使った記録があったり、逆に着信メールが記録されていなかったりとか…。

そこで、ドコモの料金問い合せ窓口に電話して請求金額が間違いないのか調べてもらったのです。しかしその結果は、「間違いなどは見つけられませんでした」という返事だったのです。通話・iモードとも利用が多く、繰り越しがなかったので高くなったということらしいのです。僕は納得できないまま、これは認めるしかないと諦め請求額を払う事にしました。
そうしたら、今月もまた先々月より倍近い請求金額だったのです。今回は通話料が高かったのですが、僕としては、やはりそんなに通話をした記憶がありません。まあ、これも仕方ないんだろうと諦める事にしています。

ただ、ドコモの料金体系がホント判りにくいと感じていたので、これを機会に改めて料金の詳細なパンフレットをもらって読んだのですが、やはり良くわからないのです。
で、これは僕の読み間違いなのかもしれませんが、僕の場合は申し込みをするだけでどうも基本料金が安くなるみたいなのです。「そんなのは申し込みしないでも自動的に割引にしろ!」と思うのですけど…。
かつて、判りにくい代表といえば「保険」だったのですが、今は「携帯の料金システム」がそれに代わったといえるでしょう。そして、ドコモの契約者数が減り続けているというのも納得できる現象だと感じたのでした。

まあ、そんなこともあるので、僕は公共料金などの自動引落しが嫌いで、ほとんどを自動引落しにしていません。しかし、インターネットのプロバイダーは契約の時にカード決済が前提だったので、やむなくカードの口座から引落しされています。
で、確定申告のために、カードの過去の請求書を見て驚きました。定額だとばかり思っていた料金が月によって異なっているのです。オプションのサービスを使うことがあるので、数百円の変化があるのは認識していました。しかし、異なっているのは数十円単位なのです。それも月によって差額が違うのです。

毎月請求書はチェックしていても、だいたい同じ金額だったので僕は気がつかずにいたのです。「だから自動引き落としは嫌なんだよ!」と言っても後の祭り。
僕はすぐにブロバイダーに理由を確認しなければいけないと思っているのですが、携帯電話の例もあり、「また、ワケも判らずに言いくるめられてしまう」という不安が先立ち連絡できていません。
「ついに自分も時代に取り残された人間になってしまったのか」と弱気になってしまうほど、新しいものの料金体系を理解できないオジサンを実感させられているのでした。

カード会社に憤懣

2008年02月12日 14時03分45秒 | 生活
まあ、カード会社って結局そんなものなのかも知れませんね。多分に職業差別のニュアンスが含まれていますが、それを承知の上に書いています。もちろん、ちゃんとしたカード会社もあるでしょう。というエクスキューズも入れておきます。

事の発端は先週末の日曜。僕は新しいMacを買おうと秋葉原のソフマップに出かけました。購入する機種はあらかじめ決めていたので、店員とは増設するメモリーの値段や長期保証の料金などの説明と、どうすればポイントを有効に使えるのかを確認してカードを提出しました。
僕が持っているのはクレジット機能つきのソフマップカードなので、手数料無料のボーナス一括にしようと考えていたのです。ところが店員がカードリーダーに僕のカードを通すと、「お客様、このカードは有効期限が切れています」と言うのです。

「なに!?」という表情の僕に店員はカードの有効期限欄を示すのですが、そこには確かに有効期限は去年の9月までとされていました。さっそく店員はカード会社に電話を入れてくれて確認してくれたのです。
そもそも、僕は自分がクレジットカードだらけになるのが嫌だったのです。しかし、ソフマップは使うときは常に高額なので仕方なくカードを作ったという経緯があるのです。なのでカードが発行されてからも常に携帯せずに、使うときに出せばいいとずっと仕舞っていました。
しかしカード会社によると、新しいカードを昨年の9月に郵送したとのこと。僕には受け取った記憶もなく、その旨を電話を代わってもらいカード会社の人間に伝えると、「昨年の9月という結構前のことなので、紛失の手続きをしないといけない」と言い、僕は郵便局に確認するために書留番号を調べてもらう問い合わせ先を教えてもらいました。

そして翌日、家の中をあさっていたら、新しいカードは届いていたのです。なぜ、それに僕が気づかなかったのか? そのカードが送られてきた封筒には“ソフマップカード”と一言も書かれてなく、聞いた事もないクレジット会社の名前だけが書かれているのです。それで僕は新しいソフマップカードを受け取ったという記憶がなかったのです。つまり、それも封筒ごと仕舞いこんでいたので…。
そこで今度は、紛失の手続きがされていて、カードが再発行されるのか確認しに僕はカード会社に電話しました。

まず、「封筒にソフマップカードと書かれていないので気づかなかった」と僕が言うと、「契約書には我が社の名前が書かれていたし、カードの裏面にも我が社の名前がある」と答えになっていない事を応える高ビーなサポセンの女性。
ところが、こちらが用件を伝え短い保留音のあとには「大変申し訳ありませんでした」という言葉。「確かに日曜日にその連絡があった記録があります」と低姿勢になり、その次の言葉に呆れました。「お客様のカードの紛失手続きはされていませんので、そのままお使いになれます」と言うのです。

クレジットカードを持ったら、あとはすべて自己責任というのは当然です。だから僕は利用頻度の低いものは持ち歩かないようにしているのですが、それぞれのカードの有効期限まで管理できませんよね。
それとは別に、カード会社の都合で新しいカードが自動発行される場合もあります。それは届いてみてはじめてわかる事ですよね。とにかく郵便物の誤配が多い我が家なので、やっぱり「カード社会は恐い」の想いを強めるのでした。

本性を現したか院外処方

2007年12月28日 22時16分17秒 | 生活
昨日、70日ぶりの定期検診に行ってきました。「まあ、こんな状況なら問題ないでしょう」と医者に言われて安心し、いつもの処方箋を出してもらい病院を後にしました。
そして、ちょっと悩んだのですが、僕は駅までの帰り道の途中に唯一ある、前回頭にきた薬局に行くことにしました。

ちなみに、前回の顛末は↓こちら
『やっぱりおかしい院外処方』

その薬局に入ると前回僕が怒ったオバちゃんの姿はないので、受付に病院からもらった処方箋を出し、「座ってしばらくお待ちください」と言われるまま椅子に腰掛けて待つ事に…。
僕はぼうっと、薬局の中を眺めていました。カウンターには僕の処方箋を受け取った男性が一人。ガラスで隔たれた薬を袋に詰めている部屋には男性一人に女性一人で、総勢で三人という体制でした。(ひょっとすると例のオバちゃんは昼休みだったのかも?)

その薬局、広いスペースに客は僕だけ。他の客は途中に処方箋を店の男性に渡し「30分ほどしたら戻ってきますから」と出ていった女性だけなのです。
このスペースの家賃に従業員の人件費、そして膨大と思われる薬の仕入れ代金。こうまでして院外処方薬局は儲かるのだろうかと僕は漠然と考えていました。
以前、院内処方していた時は、薬剤師5、6人でその病院の全部の薬を処方していたことを考えると、とても人件費の無駄が多いと思うのです。さらに、薬の仕入れ量の違いは当然価格にもはねかえってくるはずです。

そんなことを考えていたら僕の名前が呼ばれ、薬が用意できましたと告げられました。カウンターに行くと女性の薬剤師(?)が自分の名札を示し、薬の説明をはじめるので、僕は適当に聞いていました。
ただ、カウンターの上に置いてある僕の薬の横に、何かの料金表のようなものがあるので気になっていたのです。

そうして、一通りの薬の説明が終わると、その薬剤師と思われる女性が「もし、新しい副作用などが発見されたときに、すぐに連絡するシステムがあります。それは有料なのですが」と言って、僕が気になっていた料金表を持ち出すのです。
すかさず僕は「ずっと飲みつづけている薬なので、結構です」と断わり、薬だけをもらって店を出ました。

が、後で考えて「これって、おかしくないか?」と思ったのです。
まず、金を払わないと新たな副作用の情報は教えてくれないのかという事です。これでは薬害肝炎と同じではないでしょうか。つまり、知っているのに被害者に情報を教えてくれないという事ですよね。
次に、その新たな副作用の情報をどこから仕入れるのでしょうか? 製薬メーカーなのでしょうか? 厚生労働省なのでしょうか? 製薬メーカーだとしたら、副作用という社会的に重要な情報を有料でないと配布しないというのは、企業倫理として許せません。もし厚生労働省だとしたら、同様に公的機関としての存在理由を放棄したといえるでしょう。

それだけではありません。薬によっては服用を止めたら、その後に適切な処理が必要な薬もあります。その場合、院外処方薬局はどういう対応をしてくれるのでしょうか? 例えば、処方箋を出した医者との間に立ち、問題の発見された薬を服用しているすべての患者の対応をすぐさま提案してくれるのでしょうか? とてもそんなことは考えられません。
結局、患者に連絡するだけのような気がします。もちろん、これは推測の話ですがね。

こんなヘンなサービスを考えないと経営は成り立たないのではないかと考える院外処方薬局。この制度によって、薬代はただでさえ割高になったのに、今後はさらに料金を上げる理由をつけてくるでしょう。
いったい、どうしてこんなおかしな制度を導入したのでしょうか? もう、厚生労働省の悪業いついて書くのは本当に虚しいだけです。そう思うと、川田議員は偉い!