20代の半ば頃、僕はある小さなデザイン事務所と仕事をして、それ以降、そこの社長に可愛がられていたことがあります。
その社長はいつもゆったりと構えていて、歩く時は少し出はじめたお腹をゆすらせてのっそりと歩き、ヒゲだらけの顔の真ん中にある目はつり上がっているところを見たことがあれません。「霞を食って生きたい」とよく口にしていましたが、隠れて、すでに霞を食している感じの方でした。
僕がとても印象に残っているのは、仕事がないときの姿。その社長はヒマな時、いつも洋書の写真集などを眺めていたのです。一人しかいない社員のデザイナーも同様に本を開いたりしていて・・・。
「いいんですか~?」
と心配してたずねても
「しょうがないんだよ。仕事は向こうから来るもんなんだよ~」
と、おおらかに応えていたのです。
そして、実際に僕もそれを真実として体験するのは、数年後、フリーになってからすぐの事でした。
当時、プランナー・コピーライター・編集者として独立した僕は、それまでのツテをたどって営業するのですが、すぐに仕事に結びついた事はほとんどありませんでした。それでもぼちぼち仕事が入りだし、程なく、まあなんとかやっていけそうになっていったのです。
それでも、コンスタントに仕事が入ってくるワケではありません。だから「あれ、今月もっと仕事しないと、来月の家賃がヤバいなぁ~」という事もままあったワケです。
しかし、そういう時は必ず新しい仕事の電話が入るんですよね。これはホント不思議。それが何度が続くと、かつてのデザイン事務所の社長の言葉を思い出すんですよ。やっぱり、あの言葉は真実だったんだって。
こうして僕は、ほとんど営業しないフリーランスになってしまったのです。
ところがこの時期にもうひとつ、僕が信じ切っていたことがあります。それはこういう話。
その頃僕はある量販店のPR誌を編集していました。なので、毎回企画を出すのですが、いつも裏付けがないままに提出していたのです。「ヤバいかなぁ~」と思いつつも。
ただ、それが出来たのは、毎回企画が通ると、その企画に参考になる特集を必ずどこかの雑誌がやってくれていたのです。これも不思議でした。本屋を捜せば、必ず「僕の企画書を覗いたんじゃないの?」という見出しを見つけられたのです。
ちょうど、国中のベクトルが同じ方向に向いていたバブル期と重なったという事もあるかもしれません。でも実は、僕はこういうことも経験しています。
2番目の会社を辞める直前、最初の会社の先輩からかかって来た1本の電話。最初の会社を辞めてからはじめてもらった電話で、5年半ぶりの声でした。その先輩も転職していて、そこの会社で手が廻らない仕事を手伝ってくれないかという内容だったです。
僕は「大丈夫ですよ。でも僕は今週いっぱいでこの会社を辞めますけど」と話すと、先輩は「今から会おう!」と電話を切り、久しぶりの対面。そして、その場で「お前、うちの会社へ来い!」と言われ、詳しく聞いてみたら、それはまさに自分が次にやりたいと考えていた仕事内容だったのです。もちろん、僕の3番目の会社はその先輩の会社です。
さらに、フリーランスとして仕事をしていたら、ある時、社員時代に仕事をしていたクライアントの担当者からの電話を受け取りました。これも4、5年ぶりだったでしょうか。その内容は「今度はこちらを手伝ってください」というもの。その方は僕が手がけたテレビ局のPR誌の局側の担当だったのですが、報道へ移動されていたのです。つまり、番組制作スタッフに加われというものでした。こうして、僕は最終的に常勤としてテレビ制作の現場に入ったのでした。
そして、その番組が終了して僕の仕事も打ち切りになった直後、それまでの立替金の清算に向かう途中に携帯が鳴ったのです。相手は7、8年前に仕事で一緒になった方で、その時以来の連絡でした。内容はやはり「今の仕事を手伝ってくれない?」という常勤のお話。僕は「今週からOKになりました!」と答え、路頭に迷わずに済んだのでした。
こういう経験をしてみると、人間は生かされているんだ!という思いを強く持ちます。ただ、だから何もしなくてもいいという事にはならないでしょう。何か、自分でも意識していない、もしくは目に見えない何かを為していると、物事が動くような気がします。
多分、仕事なら仕事をちゃんとこなす事は必要条件、それに何かを重ねた時に動き出すのか・・・。ひょっとすると、これまで自分に関わった方たちが与えてくれた何かを自分の中で醗酵させ、芽生えたものかもしれません。まあ、これがわかれば、霞を食べるだけで生きていける事にもなりますよね。
ちなみに僕は今日、また、新しい未知の扉を開くつもりでいます。
その社長はいつもゆったりと構えていて、歩く時は少し出はじめたお腹をゆすらせてのっそりと歩き、ヒゲだらけの顔の真ん中にある目はつり上がっているところを見たことがあれません。「霞を食って生きたい」とよく口にしていましたが、隠れて、すでに霞を食している感じの方でした。
僕がとても印象に残っているのは、仕事がないときの姿。その社長はヒマな時、いつも洋書の写真集などを眺めていたのです。一人しかいない社員のデザイナーも同様に本を開いたりしていて・・・。
「いいんですか~?」
と心配してたずねても
「しょうがないんだよ。仕事は向こうから来るもんなんだよ~」
と、おおらかに応えていたのです。
そして、実際に僕もそれを真実として体験するのは、数年後、フリーになってからすぐの事でした。
当時、プランナー・コピーライター・編集者として独立した僕は、それまでのツテをたどって営業するのですが、すぐに仕事に結びついた事はほとんどありませんでした。それでもぼちぼち仕事が入りだし、程なく、まあなんとかやっていけそうになっていったのです。
それでも、コンスタントに仕事が入ってくるワケではありません。だから「あれ、今月もっと仕事しないと、来月の家賃がヤバいなぁ~」という事もままあったワケです。
しかし、そういう時は必ず新しい仕事の電話が入るんですよね。これはホント不思議。それが何度が続くと、かつてのデザイン事務所の社長の言葉を思い出すんですよ。やっぱり、あの言葉は真実だったんだって。
こうして僕は、ほとんど営業しないフリーランスになってしまったのです。
ところがこの時期にもうひとつ、僕が信じ切っていたことがあります。それはこういう話。
その頃僕はある量販店のPR誌を編集していました。なので、毎回企画を出すのですが、いつも裏付けがないままに提出していたのです。「ヤバいかなぁ~」と思いつつも。
ただ、それが出来たのは、毎回企画が通ると、その企画に参考になる特集を必ずどこかの雑誌がやってくれていたのです。これも不思議でした。本屋を捜せば、必ず「僕の企画書を覗いたんじゃないの?」という見出しを見つけられたのです。
ちょうど、国中のベクトルが同じ方向に向いていたバブル期と重なったという事もあるかもしれません。でも実は、僕はこういうことも経験しています。
2番目の会社を辞める直前、最初の会社の先輩からかかって来た1本の電話。最初の会社を辞めてからはじめてもらった電話で、5年半ぶりの声でした。その先輩も転職していて、そこの会社で手が廻らない仕事を手伝ってくれないかという内容だったです。
僕は「大丈夫ですよ。でも僕は今週いっぱいでこの会社を辞めますけど」と話すと、先輩は「今から会おう!」と電話を切り、久しぶりの対面。そして、その場で「お前、うちの会社へ来い!」と言われ、詳しく聞いてみたら、それはまさに自分が次にやりたいと考えていた仕事内容だったのです。もちろん、僕の3番目の会社はその先輩の会社です。
さらに、フリーランスとして仕事をしていたら、ある時、社員時代に仕事をしていたクライアントの担当者からの電話を受け取りました。これも4、5年ぶりだったでしょうか。その内容は「今度はこちらを手伝ってください」というもの。その方は僕が手がけたテレビ局のPR誌の局側の担当だったのですが、報道へ移動されていたのです。つまり、番組制作スタッフに加われというものでした。こうして、僕は最終的に常勤としてテレビ制作の現場に入ったのでした。
そして、その番組が終了して僕の仕事も打ち切りになった直後、それまでの立替金の清算に向かう途中に携帯が鳴ったのです。相手は7、8年前に仕事で一緒になった方で、その時以来の連絡でした。内容はやはり「今の仕事を手伝ってくれない?」という常勤のお話。僕は「今週からOKになりました!」と答え、路頭に迷わずに済んだのでした。
こういう経験をしてみると、人間は生かされているんだ!という思いを強く持ちます。ただ、だから何もしなくてもいいという事にはならないでしょう。何か、自分でも意識していない、もしくは目に見えない何かを為していると、物事が動くような気がします。
多分、仕事なら仕事をちゃんとこなす事は必要条件、それに何かを重ねた時に動き出すのか・・・。ひょっとすると、これまで自分に関わった方たちが与えてくれた何かを自分の中で醗酵させ、芽生えたものかもしれません。まあ、これがわかれば、霞を食べるだけで生きていける事にもなりますよね。
ちなみに僕は今日、また、新しい未知の扉を開くつもりでいます。