閑(ひま)じぃのブログ by 閑斎

趣味の紙紐細工創りとその時々の歌、旅の紹介です。遠方には行かなくなり近くで楽しい仲間との歌を楽しんでいます。

「時透 無一郎(ときとう むいちろう)」 <鬼滅の刃>

2023-04-01 05:20:03 | 鬼滅の刃

     

今日はエイプリルフールですね。毎年、BBCが面白い話題を提供するようです。

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今日の作品は、紙作品・鬼滅の刃シリーズから霞柱の「時透 無一郎(ときとう むいちろう)」です。

なるだけイケメンにしましたがどうでしょう。

正面からです。

      

きのうはマッサージの日、いつも通りにこぶし荘に歩いて行き、帰りこぶし号に乗って帰り

ました。鼠径ヘルニアの部分はマッサージで良くならないので手術が待ち遠しいですね。

往復、5,235歩でした。

日中はずっと薄曇りでしたが、日没時にシルエット富士が見えました。

      

今朝は9℃、冷えてます。近くの新しい眼科に行く予定です。

 

時透 無一郎の紹介です。長いですが、悲しい定めを背負った人生だったようです。

鬼滅の刃 – Wikipedia

「霞の呼吸(かすみのこきゅう)」を使用する霞柱(かすみばしら)。年齢は14歳。当代最年少の

柱であり、刀を握って僅か2か月で柱となった天才。「日の呼吸の剣士」の子孫と伝わっているが、

正確にはその双子の兄・継国巌勝(上弦の壱・黒死牟)の子孫。日輪刀は霞の様に白い刀身。担当の

刀鍛冶は鉄井戸、後に鉄穴森鋼蔵。刀鍛冶の里編の主要人物。

一人称は「俺」と「僕」が混在し、不安定。常に無表情で他者への関心が希薄な茫洋とした性格。

その場とは無関係な事を考えている場合が多く、柱合会議での竈門兄妹の処遇においても「すぐに

忘れるのでどちらでも良い」と関心を示さなかった。反面、徹底的な合理主義を貫き、柱としての

活動を妨げる者には実力行使もいとわないある種の冷酷さも併せ持つが、これは彼なりの責任感や

正義感の裏返しでもあり、決して悪意はない。記憶障害を患っており、刀を握る以前の記憶を持たず、

隊士となってからも新たな事柄を長く覚えておく事ができない。マイペースな言動の一因である。

かつては父親と母親と双子の兄・有一郎の四人家族で、杣人であった父親の手伝いをしながら暮らして

いたが10歳の時に両親を亡くし、以降は有一郎と共に生活を送っていた。11歳の春ごろに訪ねて来た

産屋敷まねから自分達が「始まりの呼吸の剣士」の子孫である事を伝えられ剣士に憧れを抱くが

有一郎から猛反対され、有一郎があまねに水を浴びせたことで喧嘩をしたきり口を利かなくなる。

しかし、同年の夏に鬼の奇襲を受け、深手を負った有一郎を前に放った鬼の言葉に激しい怒りを覚え、

朝日が昇り鬼が塵になるまで交戦した。その後、瀕死状態の有一郎から本音を聞き、彼の死後は気を

失っていた所をまね達に保護される。この一件から記憶障害を患う。刀鍛冶の里にて上弦の肆・

半天狗と上弦の伍・玉壺の襲撃を受け、当初は炭治郎と共に半天狗と交戦するが、強風で飛ばされて

離脱させられる。身を立て直し、最も優れた技術を持つ里長を最優先に救出しようと再び行動を開始。

道中に玉壺の使い魔に襲われている小鉄を目撃するが、優先度の低い彼を見捨てようとする。しかし、

「人のために行った事は巡り巡って自分に返ってくる」という炭治郎の言葉を思い出し、救出した。

続いて、鋼鐵塚が刀を研ぐ小屋で、彼と小鉄を守りつつ、玉壺と交戦となる。呼吸を封じられ、成す

術が無いと死を直感するが、命がけの小鉄の行動と機転により危機から脱出。嘗ての記憶を取り戻し、

痣の者として覚醒した事で玉壺の頸を切り落とす。この時、痣の条件を把握した事で、柱達も知る

ところとなる。記憶を取り戻して以降は朗らかな面も見せるようになり、特に記憶を取り戻す切掛けと

なった炭治郎には深く感謝しており、柱稽古の上達の速さも相俟って非常に好意的に接している。

一方で呑み込みの悪い隊士には相変わらず辛辣である。無限城にて、上弦の壱・黒死牟と邂逅。己の

先祖であると教わった後、交戦するも成す術無く一蹴され、左腕、左足を欠損し重症を負う。しかし、

死を覚悟して玄弥と共に実弥と悲鳴嶼に加勢し、黒死牟の身体を貫き胴体を切断されるも、赫刀を

発現させたことで勝利に貢献する。戦闘後は力尽きて死亡し、その魂は有一郎と再会を果たす。

コメント
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