話を『追憶』に戻しましょう。 日本には明治時代に、アメリカの詩人 Mary S. B. Dana作詞による“Flee as a Bird to Your Mountain”として入ってきました。 明治12年(1879)に日本の音楽教育の近代化(欧米化)を目的として音楽取調掛が設けられました。その開設を提唱した伊沢修二は、高嶺秀夫、神津仙三郎らと師範学校教育の調査研究のためアメリカに留学しました。ほかにルートも見つかっていないので、彼らがこの歌を持ち帰ったと見てよいでしょう。
Mary S. B. Danaはサウスカロライナ州出身で、本名はMary Stanley Bunce Dana-Shindler(1810~1883)という長い名前。Danaは最初の夫の姓で、この夫と死別した後に再婚したのがShindlerです。
長老派(プレスビテリアン)教会の牧師の娘として生まれたせいか、非常に信心深く、若い頃から宗教的な詩を数多く書いていました。それらは、1840年に“The Southern Harp”(ボストンのParker and Ditson社)、翌1941年に“The Northern Harp”(ニューヨークのDayton and Saxton社とボストンのSaxton & Peirce社)と題する曲集として出版されました。 いずれも“Original Sacred and Moral Songs,Adapted to the Most Popular Melodies”という副題がついています。
“Flee as a Bird to Your Mountain”は讃美歌集に入れられて今も歌われています。 アメリカにはヒスパニックが多いことから、スペイン語に翻訳され(“Huye Cual Ave A Tu Monte”)、各地のスペイン語系キリスト教徒たちに歌われているようです。 (図は“The Northern Harp”のおもて表紙と“Flee as a Bird to Your Mountain”の楽譜〈Google Booksより〉)。