寒いしなんか不節制なことをしたい気分が少し。
それで、ノートパソコンを持ち帰り
DVDでも布団にくるまって観るかなーと思っていた。
でもそうだ、その前にS農場による約束をしていることを
忘れそうだった。
スタッフのNちゃんが注文のFAXをしていた。
そのことで直後にかかって来た電話を
わたしがとり、
用件ついでに
イルさん自然栽培の大根が採れたよと。
それはもう
稲刈りでお邪魔した時にも
先日煮卵と一緒でもいただきました、と
いいながら
心の中ではもっとそいつと二人にしてくれないかなぁ
みたいな感覚があった。
大根と。
え、送っちゃったんですか、
じゃぁ今日はもらえないですよね。
いや、帰りに寄れるかなと、、、
あ、とってくるよと言ってくれるので
雨だしまたでいいですよ、と遠慮しているふりをして
その1本を私にーとどこかで思っている。
有機のと両方あるってことですよね。
両方ください!ということで
夜に立ち寄り、
少しあがって情報交換して
2本の大根と、自然栽培の人参をいただいて帰った。
時間的にも「ビデオ」は無理だ。
山道を登る車中に考えるのは
2本の大根をどうやって比べるかということだ。
家に着き、ささっと着替えてワタシモード。
今朝のお茶の片付けをして
まずは大根の葉を切り落とす。
そしてサラダにする中心を切り取り、
ステーキにする上の部分をとり、
鬼おろしでするための先をとる。
どっちの大根かわからなくならないように注意しながら。
残りは明日出勤のスタッフのために別けて袋に入れる。
サラダは千切りに。
包丁を入れる感覚はさほど変わらない。
でも皿に盛り付けると
明らかに違う。
有機のは白く澄んでいる。
無肥料のは少し黄色いがもっと澄んでいる。
オリーブオイルとゲランドの塩で和えた。
有機のは爽やかで瑞々しい。
無肥料のはこれらの調味料と見事に調和して
言葉がいらない絶品の一皿。
調理しながらの立ち食いだけど。
先の部分をおろす時、
有機の方がやわらかい。
上の部分をステーキにすると
一緒に同じ時間で焼いたのに
無肥料のが食感が残っている。
結果私の今夜の見解は
有機のはだしを
しっかり含ませる料理に向いていて
無肥料のは
ぽとりの様な素材の味に頼る料理に向いていると思う。
一緒にいただいた
無肥料の人参。
親指の半分くらいの大きさのを
葉の硬い部分でだしをとり、
そのだしで小さな人参を塩と煮て
葉先の柔らかい部分を加えた。
ローリエや昆布など合わせたい欲求を振り払いつつ
この子たちを信じて。
人参と塩だけのスープ。
若草色の汁の中に
コロコロと人参の子供達と
深い緑の若葉が沈んでいる。
この美しさは
書くことが好きな私でも
言葉にすることがはばかられる。
今日のおかずは大根と人参だけ。
玄米を炊いて。
(意外かもしれませんが自宅で玄米を「炊く」事は少ないのです)
こんなに上気して料理を楽しめたのは
素材と育てる人のおかげ。
この調理した味を育てた人とスタッフたちとお客さまと
身近な人たちに返したいと思う。
たった2本の大根が気づかせてくれる
こんな台所の時間は
料理を生きる糧にするのものにとって
至福であると感じている。
生きる糧というのは
私たちの様にそれを商売とする者、
そこで働くものだけではなくて
家庭で自分や家族にご飯をつくる
全ての人達のこと。
今夜はどんなロードショウを観るよりも
ドラマチックな体験をした感じ。
何かの命と向き合う心が
それぞれの、自らの命を生かす
糧であるのではないかと
しみじみ感じる一夜でした。
それで、ノートパソコンを持ち帰り
DVDでも布団にくるまって観るかなーと思っていた。
でもそうだ、その前にS農場による約束をしていることを
忘れそうだった。
スタッフのNちゃんが注文のFAXをしていた。
そのことで直後にかかって来た電話を
わたしがとり、
用件ついでに
イルさん自然栽培の大根が採れたよと。
それはもう
稲刈りでお邪魔した時にも
先日煮卵と一緒でもいただきました、と
いいながら
心の中ではもっとそいつと二人にしてくれないかなぁ
みたいな感覚があった。
大根と。
え、送っちゃったんですか、
じゃぁ今日はもらえないですよね。
いや、帰りに寄れるかなと、、、
あ、とってくるよと言ってくれるので
雨だしまたでいいですよ、と遠慮しているふりをして
その1本を私にーとどこかで思っている。
有機のと両方あるってことですよね。
両方ください!ということで
夜に立ち寄り、
少しあがって情報交換して
2本の大根と、自然栽培の人参をいただいて帰った。
時間的にも「ビデオ」は無理だ。
山道を登る車中に考えるのは
2本の大根をどうやって比べるかということだ。
家に着き、ささっと着替えてワタシモード。
今朝のお茶の片付けをして
まずは大根の葉を切り落とす。
そしてサラダにする中心を切り取り、
ステーキにする上の部分をとり、
鬼おろしでするための先をとる。
どっちの大根かわからなくならないように注意しながら。
残りは明日出勤のスタッフのために別けて袋に入れる。
サラダは千切りに。
包丁を入れる感覚はさほど変わらない。
でも皿に盛り付けると
明らかに違う。
有機のは白く澄んでいる。
無肥料のは少し黄色いがもっと澄んでいる。
オリーブオイルとゲランドの塩で和えた。
有機のは爽やかで瑞々しい。
無肥料のはこれらの調味料と見事に調和して
言葉がいらない絶品の一皿。
調理しながらの立ち食いだけど。
先の部分をおろす時、
有機の方がやわらかい。
上の部分をステーキにすると
一緒に同じ時間で焼いたのに
無肥料のが食感が残っている。
結果私の今夜の見解は
有機のはだしを
しっかり含ませる料理に向いていて
無肥料のは
ぽとりの様な素材の味に頼る料理に向いていると思う。
一緒にいただいた
無肥料の人参。
親指の半分くらいの大きさのを
葉の硬い部分でだしをとり、
そのだしで小さな人参を塩と煮て
葉先の柔らかい部分を加えた。
ローリエや昆布など合わせたい欲求を振り払いつつ
この子たちを信じて。
人参と塩だけのスープ。
若草色の汁の中に
コロコロと人参の子供達と
深い緑の若葉が沈んでいる。
この美しさは
書くことが好きな私でも
言葉にすることがはばかられる。
今日のおかずは大根と人参だけ。
玄米を炊いて。
(意外かもしれませんが自宅で玄米を「炊く」事は少ないのです)
こんなに上気して料理を楽しめたのは
素材と育てる人のおかげ。
この調理した味を育てた人とスタッフたちとお客さまと
身近な人たちに返したいと思う。
たった2本の大根が気づかせてくれる
こんな台所の時間は
料理を生きる糧にするのものにとって
至福であると感じている。
生きる糧というのは
私たちの様にそれを商売とする者、
そこで働くものだけではなくて
家庭で自分や家族にご飯をつくる
全ての人達のこと。
今夜はどんなロードショウを観るよりも
ドラマチックな体験をした感じ。
何かの命と向き合う心が
それぞれの、自らの命を生かす
糧であるのではないかと
しみじみ感じる一夜でした。