母の膵臓癌日記

膵臓癌を宣告された母の毎日を綴る

いままでの経緯 (19)

2009年09月30日 00時19分19秒 | 日記
9月26日(土)
朝から調子が良く朝食もいっぱい食べられた、と機嫌が良い。最近の母の神経は食事に集中している気がする。

母が洗濯物を干しに庭に出た隙に父が「これ見て」と朝刊を差し出す。
父の指した部分の記事は元野球選手67歳の死亡記事だった。野球になど興味ないのに、と思いながら読み進めると死因は膵臓癌、とある。
『2007年2月に膵臓がんが見つかり、15時間に及ぶ手術を受け、闘病生活を続けていた。』
そうか、2年半も生きていられたんだ。手術が成功したんだなと思っていると父は逆に
「2年半くらいじゃ早いな。手術したってのに。」と小声で言う。
「膵臓癌は手術しても完治することはあまりないのよ。」と私も小声で言うと
父は少しショックを受けた顔をして黙る。

洗濯物干しを終えて食卓テーブルに戻った母が、今日はいくつか済ませたい用があるから駅の方まで車で送ってほしいと言う。
どんな用なのか訊くと

・耳鼻科に行ってたまった耳垢を取ってもらう
・郵便局と銀行2つ回って計5冊の通帳に記入する
・眼鏡屋に行って度の合わなくなった老眼鏡のレンズを換えてもらう
・駅の反対側の補聴器ショップに行き補聴器の調整をしてもらう

「えっ?一度にそんなに?」と私はつい声を荒げる。
「調子がいいからってそんなに一度に回ったらまた疲れるじゃない。一日ひとつにして何度も行けばいいよ。」
「大丈夫よ、そんなにたいした距離歩くわけじゃないしすぐ終るから。」
と、母は言い出したら聞かない。子どものようだと思う。
「全部今日じゃなくちゃだめなの?そんなに急ぐの?」
「うん。」
うそばっかり。補聴器も眼鏡もどちらも昨日今日合わなくなったわけじゃなし、と思うが
これ以上言っても無駄のようなので私はあきらめて
「じゃ、疲れたと思ったらすぐに言ってよ。」と言う。

F子も銀行に用があると言うので、母とF子と私の3人で夫に車で送ってもらい耳鼻科の前で降りる。
母が診察している間に郵便局と銀行を回り母の通帳記入を済ませると12時を回っていて
駅の近くの回転寿司で昼飯を食べよう、と母が言う。

5分くらい歩いてその店に着くと人気の店らしく、入り口の外に行列が出来ている。
母は近くのデパートの休憩所で待たせ、私とF子が列に並ぶ。20分くらいして順番になるとちょうど呼んでいた夫も着いて
カウンターに4人で並んで座る。
母はまずびんトロを二皿注文し、食べ終えるとサーモンの皿を取る。
サーモンを一貫箸でつまんで私の皿に置き、自分も一貫食べ「おなかいっぱい。もうこれでいいわ。」と言う。
そして「見て、こんなにいっぱい食べちゃった。」と嬉しそうに3枚重なった皿を指差す。
寿司五貫食べたことがそんなに喜ばしいのかと内心驚きながら、すごいね、食欲あるじゃない。と合わせる。

食事を終えた時点で気分良く家に帰れば良かったのだ。
しかし母はあと二つの用事も片付けてしまうつもりを変えることはなかった。
次は眼鏡屋に行くと母は言い、夫はそれなら自分の用を足して駅ビルの駐車場にとめてある車で待っていると言い別れる。

駅前にある眼鏡のチェーン店では、若い女性の店員が対応した。
母は屋外用と室内用、二つの眼鏡を差し出し、度が合わないのでレンズを交換したいと言う。
視力検査やレンズの説明など、眼鏡が2つなのでそれぞれに倍の時間がかかるのだろうか、
1時間以上も私とF子は店内の椅子に座って待ち、待ちくたびれて少しだけ外に出て他の店を見歩いた。

店にもどると母が
「Sちゃん(私)ちょっと来て。この人の説明、早いし声が小さくてよくわからないの。一緒に聞いて。」
と本人の前で言うので私は内心汗をかく思いで
「あの、母は耳が遠いのですみません。」と言って隣に座る。
店員もすみません、と頭を下げるが私が一緒に聞いているからか、声の大きさもスピードもそれまでと変える様子はない。
レンズのグレードと価格の表を見せて指差しながら、こちらとこちらならこのような特典がつきます、など慣れた口調で喋り続ける。

これでは母についていけるわけないと思い横を見ると、母はさっき寿司を食べたときと違って背中を丸めひどく疲れた表情をしている。
「大丈夫?疲れたんじゃないの?」と訊くと
「疲れちゃった。こんなに時間がかかると思わなかったから…」
急いで母とF子を先に車に戻らせ、女性の店員に母は病気で疲れると体に障ることを話し、この続きは後日ということにしてもらう。

それでなくても年よりは目で見たり話を聞くのに労力を使う。
ましてあの声量とスピードで話されたら、理解しようとして神経を集中し相当エネルギーを消耗したのだろう。
だからといって母によくわかるような調子で話したら何時間かかるかわからない。
次回来たときはどのくらい時間がかかりますかと訊くと40分くらいで終るという。
やれやれ。まだ40分もかかるのだ。母はもう眼鏡はいらないと言うのではないだろうかと思う。

車の中で待っていた夫も、別れた時とうって変わって具合の悪そうな母に驚いている様子だった。
「パパに『ちょっと気分がいいとすぐ調子に乗って動くから』ってまた怒られちゃうわ。」と母は言うが
父だけでなくみんなそう思っているんだよ、と言いたい気持ちを抑える。

家に帰ると母は胃が痛いと言い出す。やはり疲れたのがいけなかったのか。
オキノームを飲んで横になると少し眠れて、胃の痛みはなくなり夕食も食べられたというのでほっとする。