国家戦略室 (アンダーグラウンド)

日本本来の政治、統治、歴史についての研究

日本建国

2013年11月11日 | 太古史

問 「大国主命は力尽きて云々」と云ふことはどうです。
答 是は、云ふたら、出雲の国に根拠を構へて──其の時分には、日本と云つては居なかつたのですが、神武天皇様迄は日本と云ふものはなかつたのです。
 それは現代の日本の意味を言ふたのです。
 其の日本を統治されると云ふことは、現代の……今の日本の中の西部の方面をやつて居つたのです。統治権を天祖に奉還したと云ふことは、お返ししたと云ふことです。

問 それから、「其の後の日本及び世界を統治せられる為めに行かれた」──是はどうぢや。
 其の後は、是は否認するのだな、其の後はどうなつたと云ふのだ。
答 其の後は今日迄の状態、世界の状態であります。世界がまだ我が天皇の統治下になつて居らぬ。
 是は優勝劣敗、弱肉強食ばかりです、我れ好しばかりです、それで弱肉強食の現世となつて居るのです。

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 天孫を御降しになつた時から、日本書紀にも「百七十余万年の後の遼遠の地未だ良沢に潤はず」、愈々悪魔が栄へて居つて、天孫の仰しやつた通り、まだ統一が出来て居らなかつた証拠であります。
 併し、神武天皇様が、天孫の御降臨になつた日向から、東征を起されて、さうして、愈々日本国と云ふものを御立てになつた。
 是が神勅の実行の初めであつて、さうして、愈々今度此の御神勅が実行になり、愈々是れから昭和の御代から実行になると云ふ意味です。
 それ迄には色々の悪霊もあり、悪い神もあつて、まだ天孫の御神勅を実行する迄到らなかつたが、是れからはさうなると云ふのです


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答 さうですとも。
 国常立尊も、詰り極東の日本ぢやない、今の亜細亜の真ん中あたりから、此方に来られたのです、亜細亜の真ん中あたり.から、……ウランバートルあたりから来られたのです。
 そこで争が起つたのです。どちらも現今の支那と言ふてますけれども、前には支那ぢやなかつたのであります。
問 さうすると、日本を治めなすつて居る所の神様の御系統は、外国から渡つて来たと云ふことになりやせぬのか。
答 昔の──極く昔は外国も、日本もありまへぬ。
 そして、国常立尊が日本へ、艮へ押し篭められた、其処が一番綺麗やつたから。
 天孫天照大神が此の島に御降りになつた。
 それであつて、別に日本の国と云ふのは、さまから、日本の国と云ふことになりましたが、それ迄は陸続きだつたのです。

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