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浄土真宗・他力信心の境地

「他力信心のお味わい」を「お聖教の引用」ではなく「私の言葉」で書き連ねています。

【2023年夏の旅】毎年恒例の「福井県あわら市吉崎」へ行ってきました!

2023-08-15 15:15:15 | 【仏教関連の旧跡を巡る旅】

夏休み」には入ったけれど、なんやかんやで

「絶賛休日出勤満喫中」の「れおん」で~~~す。。。

╰(💢^o^)╮─=≡Σ((( ┻━┻ チキショー

 

∑( ̄◇ ̄|||) ナニィィイイイ!

 

・・・とは言っても、週末の「土日+α」で一応、お休みはあるし、

休出中は、ほぼ台風の影響でどこにも行けないだろうから、

まぁ、「遊べなくて残念!!」という気持ちはそんなにないのですが。。。

そんな中、「それでも、やっぱりどこかに行かなきゃね!!」

・・・ってコトで。。。

「先月末」なのですが、今回の休出を見越して、

毎年恒例の「吉崎御坊周辺」に行ってきましたので、とりあえず、

そのときの「写真」を時系列にベタベタっと貼っていこうと思います。。。(*^。^*)ノ

 

って、先に言っておきますが・・・

特に「ウケ狙い」はありませんので悪しからず!!

 

ただ!! 今年は!!

去年とは、まったく違う「吉崎町」にリニューアル

していましたので、それの「ご報告」だと思ってく~ださい。。。(^▽^;)ノ

以上、よろしくお願いいたします。。。(o*。_。)oペコッ

 

 

 

・・・ってコトで、

まずは。。。「吉崎御坊」周辺地図から。。。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

場所は「福井県あわら市吉崎町」で

「石川県加賀市吉崎町」との県境です。。。(*^。^*)ノ

 

今回は、「西本願寺別院」→「道の駅 蓮如の里」→「公園」→「イクスカフェ」

・・・の順で散策して。。。

その後は、個人的に興味があった「東尋坊周辺」に行ってきました。。。( ̄▽ ̄;)ノ

なので、ココの読者さんの「一番の関心事」の・・・

「浄土真宗親鸞会 吉崎御坊」には行っておりません。。。(´・ω・`)ショボーン

((親鸞会に興味があるヒトには、ご期待に沿えず・・・ホントごめんなさいね。。。(^▽^;)ノ))

 

・・・ってコトで、さっそく「写真を披露」っす~♪ ( ̄▽ ̄)v

 

「北陸道」「加賀IC」を降りて福井県側に約5キロくらい走ると、

「道の駅 蓮如の里あわら」の駐車場に到着で~~~す。。。(*^。^*)ノ

 

・・・って降りてビックリ!!

めっちゃキレイな「道の駅」が出来ていました!!!! 

 

ってか、初めてココを訪れた「2020年」は、

「人っ子一人いない」「ボロっちい」「吉崎観光センター」だったのニィ。。。( *¯ д¯*)えー

 

そんでもって「2022年」のゴールデンウイークは、

「建物自体がゴッソリない」「空き地」だったのニィ。。。( *¯ д¯*)えー

 

さらにさらに、駐車場もこんな感じだったのニィ。。。( *¯ д¯*)えー

 

変われば変わるモンですねぇ。。。(*゚0゚*)…オオ

 

・・・ってコトで、

「お土産コーナーの物色」は後ろ髪を引かれながらも「後回し」にして。。。

まずは「目の前」の「西別院の阿弥陀様」にご挨拶です。。。(*^〜^*)ノ

 

(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン。。。

ココには「お寺のヒト」も「観光客」も誰もいませんでしたので。。。

ココでしばらくボ~~~っと過ごしていました。。。

 

・・・って、それがイイのか悪いのかわからないけれど。。。

まぁ・・・「れおん」にとっては、逆に、静かで涼しくてよかったです。。。(*^。^*)ノ

 

さて。。。

「阿弥陀様」への「ご挨拶」も終わって「道の駅」に戻ります。。。(`・ω・´)ゞ

 

そして、館内をチョイと覗いてみると。。。

 

右手が「地元野菜の販売コーナー」で。。。

 

左手が「お土産コーナー」で。。。

 

一番奥が「飲食スペース」となっていました。。。(❀╹▿╹)ノ☆

 

なかなか「オシャレ」な造り・・・なのですが。。。

( ^ω^)・・・。

それでもやっぱり「高齢者率高し!」。。。

そして「駐車場」は「ライダー多し!」。。。(^▽^;)ノ

 

・・・と、どこの「道の駅」でも「あるあるの光景」でした。。。( ̄▽ ̄;)ノ

 

さて。。。

次に、向かいの公園に行きます。。。(*^。^*)ノ

 

この日は、とっても「天気」がよくって

「新緑」が輝いて「北潟湖」もキレいで、「気分爽快」「晴れ爽快」~♪ (≧∇≦)ノ

 

・・・と思いきや、なにやら「あやしい響き」がどこからか聞こえて・・・。(¯―¯٥)ノノ

(*・ω・)ン? (*・ω・)ン? なんだろな?

 

・・・と、近づいてみると・・・。

 

( ,,`・ω・´)ンンン?

「科学的に復元した蓮如上人の肉声が聞けます!」

 

 

・・・・・・・・・・・。

 

(;ノ° ロ°) ノ゙~~なんですと?

 

 

・・・って、めっちゃ「野太い声」で「御一代記聞書」の

「若きとき仏法はたしなめ。年よれば行歩もかなわず、ねむたくもあるなり。
ただ若きときたしなめ。」

が「エンドレスリピート」で流れていて。。。(¯―¯٥)ノノ

 

・・・・・・・・・・・。

 

ってかさ。。。(´・ω・`)ショボーン

 

蓮如上人は、本当にそんな肉声だったのか・・・

ってのは「文献」を読んでわかるモンじゃないし。。。

それに、この日は晴天だったからよかったものの、

「雲が分厚い」「雨の日」だったら、

ハッキリ言って「ホラー」だよ。。。(´・ω・`)ショボーン

 

コレじゃ!!

「ゆっくり休めねぇ」っつーの!! Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

 

( ^ω^)・・・。

 

・・・と、

「隣の旦那さん」と「ダメ出し」をしながら「蓮如上人記念館」へ移動します。。。( ̄▽ ̄;)ノ

 

 

・・・って、コレまた、

その・・・肝心な「蓮如上人記念館」なのですが。。。

 

なんと!!!!

「道の駅 蓮如の里あわら」のオープンと同時に、

「eXcafe(イクスカフェ)吉崎鳳凰閣」に変わっていました!!

 

工エー=͟͟͞͞(꒪ᗜ꒪ ‧̣̥̇)!?

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

 

・・・ってコトで、さっそく行ってみると。。。(-ω-;)

既に「開店前」から駐車場には車がいっぱいで。。。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

 

暑いのに、めっさ並んでいて。。。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

 

さっきの「誰もいない西本願寺別院」や「道の駅館内」と違って。。。

「客層」「年齢層」がゼンゼン違うぅぅぅ。。。(>_<)!!

 

そんでもって「れおん夫妻」が座った席は、

「靴を脱いで」「横向きで」「北潟湖を眺めながら座る」「オサレな階段席」で。。。

 

「お抹茶」と。。。

 

「京都嵐山本店」で「行列を作った」

お団子を小さな七輪の上で、自分で焼いて食べる看板商品

「ほくほく、お団子セット」を頂きました。。。(*^。^*)ノ

 

まぁ・・・

元々、この「蓮如上人記念館」って

蓮如上人記念館」って言いながら、イマイチ、コンセプトがわからん建物・・・

((ってホントはわかるよ。。。「先代ご門主の功績」を「全力で称賛する建屋」。。。))

だったからさ。。。

((2022年のGWに撮影した「蓮如上人記念館」・・・。(^▽^;)ノ))

 

そもそも、この「記念館」には「教え」なんてモンはなかったから。。。

コレとカフェを天秤に掛けるなら、

繫盛したカフェの利益を教団の資金源にしたほうがマシだとは思うけれど。。。(^▽^;)ノ

それでも「蓮如上人記念館」の「蓮如上人」の「お名前」がなくなってしまったのは、

ちょっぴり寂しい気もいたしました。。。(´・ω・`)ショボーン

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

(かつての「蓮如上人記念館」)

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

(コレは2022年のGWに撮影したモノ。。。)

(そしてコッチは今現在。。。)

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なんか・・・すっごく「オシャレ」で「キレい」で「女子ウケ」するんだけれど。。。

でも・・・すんごい勢いで、

「教えが」「文化が」「伝統が」「風化している感じがする」んだよねぇ。。。(´・ω・`)ショボーン

 

「たかが1年」「されど1年」。。。

「時の流れ」には逆らえませんね。。。( ̄▽ ̄;)ノ


【2022年GWの旅(その3)】福井県吉崎御坊周辺散策(吉崎御坊跡)

2022-06-03 05:27:37 | 【仏教関連の旧跡を巡る旅】

このシリーズの最後吉崎御坊跡」です。。。(*^。^*)ノ

 

で!!

場所は?・・・というと、

【2022年GWの旅(その1)】の「蓮如上人記念館」から見た「写真」がわかりやすい!!

・・・ってコトで、ココの「小高い山」となり・・・

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

地図では、③番のところになります。。。(・ω・`寂)………。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・。

 

(  ´・ω・)━━(  ´・ω)━━ ( ー○ー ) =3 ハァ

 

(( ・・・って、なんだかテンション低くね・・・?(๑• - •`๑) ?))

 

( ^ω^)・・・。

 

って、それもそのハズ!!

まぁ、ココの名称は「吉崎御坊  ですので。。。

「その名のとおり」で!!

「当時の面影」はなにもない「山の上の公園」

でございますよ。。。(´・ω・`)ショボーン

 

だから、こういう光景を見ちゃうとさ。。。

こう・・・いろいろな思いがこみ上げてくる・・・というか。。。

「蓮如上人の時代」の吉崎周辺は、

各地から大変多くのヒトが参詣に訪れてスゴく賑わった!・・・って。。。

そんな「御文章」を拝読するたびに・・・、

この「吉崎御坊跡」を思い浮かべて、寂しくなるのでございますよ。。。( ;∀;)ノ

 

凹 ヘコ━━ (´・ω・`) ━━ン 凹・・・。

 

・・・って、

いつまでも哀愁に浸っていないで、さっさと紹介せんか~い!! Σ(`△´#)コリャ!

・・・という感じもするので、

とりあえず「寂し~い気持ち」はそこら辺に置いておいて、さっさと始めますね~!!

 

( ̄ー ̄)ゞ-☆ ビシッ!

 

 

え~っと・・・まずは。。。

「れおん夫妻」は②の「吉崎寺」から歩いて移動したので、

「吉崎町の民家の小路」を通って「目的地」に向かいました。。。(^▽^;)ノ

 

・・・ってコトで、正面の「木々が生い茂った山」が「吉崎御坊跡」です!! (*´∀`*)ゞ

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そして、3分くらいかな。。。ふもとの階段をテケテケと上ります。。。(*^。^*)ノ

そんでもって、

階段途中から見た「吉崎町」は、こんな感じで~~~す。。。

「東西」の「別院」がそれぞれにあるので「お寺の屋根」が多く写っていますね。。。(*^_^*)ノ

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そして、だんだんと「山上」が見えてきました。。。(*^〜^*)ノ

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そんでもって、あっという間に「史跡 吉崎御坊跡」に到着。。。(❀╹▿╹)ノ

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・・・ですが!!

いざ、着いてみると。。。

 

 

(´・ω・`)ショボーン・・・。

 

 

やっぱり・・・ってか、

本当に、ココは「山上をぐるり」とお散歩できる「公園」なんですね~。。。

「建物」は・・・ないんですよ。。。(´・ω・`) サミシイオ…。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

・・・ってことで、

「北潟湖」が一望できる「湖側」に向かいます。。。(*^_^*)ノ

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「吉崎御坊跡」の中央は・・・ホントに。。。

こ~んな感じの「まばらな木々」があるだけの「シンプルな場所」となっています。。。(^▽^;)ノ

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じつは・・・。

「れおん夫妻」は、「去年」も「一昨年も」ココに来ているのですが。。。

3年連続で、ゼ~ンゼン「ヒトがいなくて」寂しい感じではありましたが。。。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

 

でも、相変わらず、しっかり草だけはキレイに刈ってあって。。。

「ちゃ~んと、手入れが行き届いているんだなぁ♡」・・・と思いました。。。(*^。^*)ノ

((見えないところで、ちゃんとキレイにお掃除してくれる方がいらっしゃるんですね。。。(≧∇≦)ノ))

((「市役所の職員」さん、かもしれないけれど、その点はとても良かったです。。。(^▽^;)ノ))

((「茨城県」の「小島の草庵跡」なんか、まぁ「ヒドかった」からさ。。。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン))

 

だから!!

この土地は!! この吉崎は!! 

静かではありますが、まだ「仏法が生き続けて」いますよ~!! ヾ(=^▽^=)ノ

 

 

 

(*´∀`*)ゞ (*´∀`*)ゞ (*´∀`*)ゞ

 

 

さてさて、お次は。。。

たぶん、ココが「吉崎御坊跡」一番の「絶景場所」かなぁ・・・と思われる、

「北潟湖」「鹿島の森」が一望できるビュースポットでございま~~~す ♡✧*ヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

天気もイイし~♪ めっちゃ景色もイイ~♪

ワーイ♪\(^ω^\)( /^ω^)/ワーイ♪

 

当時の「吉崎御坊」の「建物」や「人々」や「かつての賑わい」は。。。

今ではもう・・・すっかり、すがたを消してしまった・・・けれど。。。

でも、きっと。。。

この「絶景」は・・・550年前も今も、変わらないんじゃないかなぁ。。。( ꈍᴗꈍ)ノ.☆.。.:*・゜

・・・と思います。。。(*^。^*)ノ

 

・・・ってコトは。。。

今も昔も変わらない・・・であろう「この景色」を・・・。

 

550年前の「蓮如上人」は・・・。

「れおん」が見ている「同じ景色」を眺めながら、

いったい何を思われたのでしょうねぇ。。。(^▽^;)ノ

 

この在所に居住せしむる根元は、あながちに一生涯をこころやすくすごし、栄華栄耀をこのみ、

また花鳥風月にもこころをよせず、あはれ無上菩提のためには信心決定の行者も繁昌せしめ、

念佛をももうさん輩も出来せしむるやうにもあれかしと、おもふ一念のこころざしをはこぶばかりなり。

 

かな。。。

それとも・・・、

 

あはれ、あはれ、存命のうちにみなみな信心決定あれかしと、朝夕おもいはんべり。

まことに宿善まかせとはいひながら、述懐のこころしばらくもやむことなし。

 

かな。。。

 

まぁ、上述はどちらも「御文章」の「大坂建立の章」だから、場所はゼンゼン違うけれど。。。

でも・・・きっと、どこに居ようとも・・・

世の中安穏なれ 佛法広まれ

だったんだろうなぁ・・・と思います。。。(*^_^*)ノ

 

ねっ♡ 蓮如上人!!? ☆*ヾ(-∀・*)*+☆

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

 

シーー( ̄、 ̄*)ーーン・・・。

 

 

・・・って、思わず「蓮如上人の銅像」に話しかけてしまう「れおんタン」なのでしたが!!

 

 

でも・・・、「冷静に」考えてみると、本当のところは、こういうコトだと思います。。。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。

 

『御文章』の書き始めの第一通は「一念発起平生業成」を説かれている。

というのはこの背景には寛正二年は前年からつづく大飢饉であり、

日本人口の三分の一は餓死したといわれる。

現代では全く想像も出来得ない悲惨な時代であったが、

その未曽有の大飢饉を背景として出されているのが『御文章』である。

この餓死線上の民衆を前には難しい高説は誰も通じない。

それ故、一言にしてつくされた言葉で、

次の瞬間も保証されていない民衆に平生業成の義を明らかにされたのである。

(稲城選恵和上の「臨終説法」より引用)

 

。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。

 

だから。。。

時代が時代なだけに、我に返ってみると・・・。

「蓮如上人の時代」は、

「戦国時代」だし「飢饉」だし「疫病も流行る」しで、

本当に「命がけのご布教」だったと思います。。。(´・ω・`)ショボーン

少なくとも・・・

「れおん」みたいな

「旅行気分」の「ノー天気」とは「まったく違う」から・・・。

今の、(見せかけの)平和な時代と並列に考えちゃダメだよなぁ、と、思いましたとさ。。。(´・ω・`)ショボーン

 

 

でも・・・。だからといって!!

この「蓮如上人の軌跡」を「浄土真宗親鸞会 高森会長」にかぶせてさ。。。

「善知識高森先生」が、みずから「本願寺」を飛び出し決死の覚悟で「真宗改革」に立ち上がられてはや半世紀!! 

「五百五十年」の「時の流れ」を越えて、真宗改革の同じ流れを歩む我々も!! (`・д・´)ノ

「善知識高森先生」の御跡を慕って、真実開顕に命を懸けようではないか!! (`・д・´)ノ

誰一人、後れをとるのは許されぬ!! (`・д・´)ノ

「疑法破滅」「罵詈雑言」を喜びに変えて!! (`・д・´)ノ

叫んで叫んでノド突き破るまで叫びぬいて、高森先生のみもとへお連れするのだー!! "o(`*ω*´)ノ 

・・・みたいな「原理主義的なノリ」は、ダメですからね~。。。( ̄▽ ̄;)ノ

 

・・・みたいな「戦争ごっこ」とかね・・・。|||_| ̄|○i||||

 

 

シーー( ̄、 ̄*)ーーン・・・。

 

 

 

最後に。。。

 

「吉崎御坊跡」の帰りに、「蓮如の里」の駐車場に行ってみると。。。

去年まであった「吉崎観光センター」が、ゴッソリなくなっていました。。。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

((以前はこんな感じだったのになぁ。。。 (´・ω・`)ショボーン))

 

そんでもって、駐車場の反対側の食堂も更地になっていました。。。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

((コッチも、以前はこんな感じだったのになぁ。。。 (´・ω・`)ショボーン))

 

 

(´・ω・`)ショボーン…。

(´・ω・`)ショボーン…。

(´・ω・`)ショボーン…。

 

 

なんつーか。。。

「観光地」として成立していない・・・というか、

「採算が取れない」・・・というよりも、ヒトが居なさすぎ・・・というか、

これじゃぁ、「蓮如の里」っつーネーミングが、なんだか「シュール」すぎ・・・というか。。。

 

((もう・・・ここは「蓮如の里」じゃなくて「蓮如の里  」かもしれない・・・かな。。。(´・ω・`)ショボーン))

 

 

な~んて思ってしまった次第です。。。(´・ω・`)ショボーン

 

このままいったら・・・。

「れおん」たちの「次の世代のころ」には・・・きっと、もう・・・ね。。。( ;∀;)( ;∀;)( ;∀;)ノ

 

 

( ^ω^)・・・。

 

 

・・・ってコトで、以上となります!! (`・ω・´)ゞ

 

全3回にわたって、長い間、お付き合いいただきありがとうございました。。。(*^。^*)ノ

 

 

なもあみだぶつ♬ (๑•̀╰╯-)و.。.:*✧

 

 

((追記~♪))

先日、とある「お同行さん」からいただいた

「1週間前(4月末)」の「吉崎御坊跡」の「写真」を載せちゃいます。。。(≧∇≦)ノ

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

お花が咲いていて、とってもキレイで~~~す。。。( ꈍᴗꈍ)ノ.☆.。.:*・゜


【2022年GWの旅(その2)】福井県吉崎御坊周辺散策(吉崎寺)

2022-05-30 05:34:05 | 【仏教関連の旧跡を巡る旅】

さてさて。。。

お次は「吉崎寺」です!! (❀╹▿╹)ノ☆

 

 

場所はココ!! ②番のところで・・・

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

「浄土真宗親鸞会吉崎御坊」の道を挟んで向かいにあるお寺になります。。。(^▽^;)ノ

 

・・・ってコトで、恒例の。。。

「ただのリフォーム」なのに「高額財施」を募って差額分をどこかに流用した!

・・・と思われる「浄土真宗親鸞会 吉崎御坊」をパシャリ!! ←((・・・って、説明がくどいっつーの!┐(*´~`*)┌ ヤレヤレ))

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

この日はどうやら「ご法話があった」みたいで、

この奥に「じゃり石を敷いた駐車場」があるのですが、そこにも車が止まっていました。。。(*^_^*)ノ

結構な台数が止まっていたので、そこそこ活動されていることが伺えます。。。

((「親鸞会」も、まだまだ元気そうでなによりですね。。。( ̄▽ ̄;)ノ))

 

・・・って、ハナシが、ついつい「浄土真宗親鸞会」の方へ脱線してしまいましたが。。。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

 

( ^ω^)・・・。

 

すんまへん。。。元に戻します。。。(´・ω・`)ショボーン

 

えっと、まずは・・・「吉崎寺」の由来からです。。。(*´∀`*)ゞ

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

((「吉崎寺」の「宝物館」拝観時にいただいたパンフレットです。。。(・ω・)ノ))

  吉崎寺

 本願寺の蓮如上人が、文明三年(一四七一年)越前国(福井県)と加賀国(石川県)の境にある吉崎へ来られて、
この地方の名主大家彦左衛門吉久の協力をえて吉崎道場を作り、浄土真宗の教えを広められました。
 この時、大家彦左衛門吉久は蓮如上人の弟子になって慶聞坊と法名を頂き、
本堂を建てるため自分の所領(吉久名の内)千歳山一万坪を上人に寄進しました。
 上人は吉久の館で教化しながら山上の諸堂が完成するのを待たれました。
それが吉崎寺で、蓮如上人が吉崎布教の第一歩をしるされた旧跡寺です。

 

・・・ってことで、

「宝物館」は「撮影禁止」で「写真を撮っていない」ので、ちょっぴり寂しいのですが、

まぁ、しかたがない。。。

「パンフレット」の写真で、すこしご説明いたします。。。(*^。^*)ノ

 

ここの「宝物館」には「蓮如上人の直筆」の「南無阿弥陀仏のご名号」などを展示していますが、

一番の「展示品」は「夜中に見たらコワ~い」「嫁おどし肉付面」ですね~。。。

それがコチラで~~~す!! ฅฅ°́Д°̀))ギャァァァ

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

  嫁おどし肉付面

 蓮如上人が吉崎で布教されると、二~三年の間に北陸・信越・東北の人達等、各地よりお参りに来られました。
その中に吉崎から南へ八キロメートル離れた十楽村の与三次と妻きよが
昼は田畑で働き、毎夜歩いて上人の説教を聞きに来ておりました。
ところが姑は、信心しないだけでなく、息子夫婦の進行を邪魔しようと考えていました。

 文明六年(一四七四年)三月二十一日、与三次が外出したため、嫁のきよだけが吉崎へお参りに出かけました。
姑は「今日こそは」と思い、氏神に奉納してあった鬼女の面をかぶり、
谷の近くで嫁きよのお参りからの帰りを待ち受けておどしました。
 ところが、きよは少しも驚かず

 「はめばはめ 食らわば食らえ 金剛の

        他力の信は よもやはむまじ」

 と言って通り過ぎようとしたので谷へ突き落としました。
それでもきよは「南無阿弥陀佛」と称えて帰りました。
姑は面を取ろうとしましたが、その面が顔にくっついて離れず手足も動きません。
 きよが帰宅して与三次と二人で母を探しにきて、鬼女の姿をした母をみつけました。

 相談の結果、三人で吉崎へ来て大家彦左衛門吉久・慶聞坊の案内で上人の前に座り、説教を聞きました。
姑は心の底から改心しました。そうすると、今までどうしても取れなかった面が離れたのです。
そのお面が上人から慶聞坊に渡されて、信仰と家庭円満のお手本として吉崎寺に残されています。

 

・・・って、「姑さん」ェ・・・。

「氏神奉納の鬼面」を勝手に持ち出すなよなぁ。。。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

・・・と、心の中で思いつつも。。。

「息子夫婦」が「自分を置いて」二人で熱心に「吉崎」に通ったから・・・。

((きっと・・・寂しかったんだろうなぁ。。。(´・ω・`)ショボーン))

そんでもって、

((「嫉妬心」で心の中がグチャグチャになっちゃったんだろうなぁ。。。(´・ω・`)ショボーン))

やっぱり、

((こんな「子供じみた行為」も「縁が来れば」「れおん」もやっちゃうんだよなぁ。。。(´・ω・`)ショボーン))

・・・と、思いつつも。。。

それが逆に「良いキッカケ」になって、

((「仏法を聞くご縁」になってよかったね♡ (*・∀-)b))

・・・って、思いましたとさ。。。( ̄▽ ̄)v

 

それにしても!!

 

「嫁」の「きよさん」の「おうた」!!

 「はめばはめ 食らわば食らえ 金剛の

        他力の信は よもやはむまじ」

これは「ありがたい」ですねぇ。。。(≧∇≦)ノ

 

この説明をしてくれた「吉崎寺」の「おばあちゃん」から「このおうたが出た時」は!!

マジで嬉しくて小躍りしちゃいましたぁ~~~!! ✧*ヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*

 

「親鸞会時代」にも「聞いたことがあるおうた」だったから、

とっても「懐かしかった ♡」ってのもあるけれど・・・。

でも!! それよりも!!

このおうたの内容が、めちゃくちゃ嬉しくて!!躍り上がって!!

「れおん」の「信心」が一緒にキラキラ光っちゃった ♡

やっぱり「他力信心」って、み~んな、そうなんだよなぁ。。。☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

 

・・・ってことで、

 

「室町時代」の「きよさん」と「令和時代」の「れおんタン」が、

時空を超えてつながった瞬間でもありました。。。٩(*•ω<♡) GO!!GO!! 

 

 

 

あとは。。。

「吉崎寺」の「本堂」の写真を載せておきますね~~~。。。(*^。^*)ノ

コッチは、何も「注意書き」がなかったので、「写真撮り放題」してきちゃいました ♡(∀`*ゞ)テヘッ

 

      ↓↓↓↓↓

((「れおん」もコレほしいお!! 「床の間」に飾りたいお!! (* ̄∇ ̄)ノ))

 

ご本尊の阿弥陀さま。。。( ꈍᴗꈍ)ノ.☆.。.:*・゜

 

親鸞聖人。。。( ꈍᴗꈍ)ノ.☆.。.:*・゜

 

蓮如上人。。。( ꈍᴗꈍ)ノ.☆.。.:*・゜

 

 

そして、この「年表の書き方」は斬新です!!

「蓮如上人」を軸にした「真宗史」の着地点が

唐突に「蓮如上人記念館」になっています。。。(笑)ꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)www

・・・って思ったら、ここ「吉崎町」の歴史だったのね。。。( ̄▽ ̄;)ノ

((早とちりでした。。。(^▽^;)ノ))

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

「蓮如上人誕生」

1.親鸞聖人はいろいろと修行をされて『念仏の道』を人々に正しく伝えることに専念され、
  本願寺の基礎を作られました。

2.蓮如上人は、親鸞聖人の八代目の子孫として生まれました。(幼名は『ほてい丸』)

3.六才の時にお母さんと生きわかれになりました。(鹿の子の御影)

4.その後、一生懸命勉学に励まれ十七才で得度され法名を『蓮如』と名のり、比叡山やその他の所で苦学されました。
  二十九才で京都本願寺に戻られ親鸞聖人の書かれたあらゆる書物を勉強され、人々にみ教えを伝えられました。

 

「苦難の道」

5.教えが広まっていくにつれ他の宗派の人々が憎み出しました。

6.びわ湖辺(近江の国)で布教をしておられる所を次々と焼打されたり壊されたりしました。

7.蓮如上人は近江の国から北陸の方に向けて苦しい旅に出られました。

8.蓮如上人は疲れてくたくたになりながらもやっとこの寺の吉崎の名主(この地方の殿様)
  吉久(大家彦左衛門吉久)がいるこの吉崎へ辿り着かれました。

 

「蓮如上人大家彦左衛門吉久の館での布教」

 9.蓮如上人(57才)は、この吉久の館に居られて布教。
   吉久は、蓮如上人より『慶聞坊』という法名をもらいお側付の僧侶になりました。(吉崎寺初代住職)

10.この館では、信者さんが増えて狭くなってきたので、吉久は目前の一万坪の千歳山(お山)を
   蓮如上人に寄進しました。

11.やがてお山の頂上に本堂が建ち上がりましたので、吉久の館より本堂へ移られました。

12.蓮如上人は教えをわかりやすく『御文章(お文)』に書かれて信者さんへまわされました。
   そして、ご名号(南無阿弥陀仏)を本尊とし、毎日自分の家でもお経(おつとめ)をあげる様、
   すすめられました。

 

「蓮如上人吉崎の地をあとに」

13.文明六年三月二十一日、蓮如上人の所へお参りに来ていた十楽村のきよが帰宅途中に、面をかぶった
   姑におどされました。その時かぶった面がこの吉崎寺(下の宝物館)に、今も納っております。
  (嫁おどし肉付面)

14.文明六年三月二十八日、吉崎山上の本堂が火災で全焼し、その時、蓮如上人を救うため
   慶聞坊吉久(当寺初代住職)が、蓮如上人を背負って安全な所まで避難をしました。

15.文明七年、慶聞坊吉久は、蓮如上人(六十一才)のお供をして吉崎を後にしました。
   そして小舟で小浜まで、海路にてお送りしました。慶聞坊吉久は、蓮如上人より
   『吉崎をよろしく頼む』と頼まれ『北国筆止めの御名号』を頂き、吉崎へ戻ったのです。
   それから五百二十余年、この吉崎寺が続いております。

16.蓮如上人は、出口(大阪枚方)、京都山科、大阪等を経て、本願寺教団の基礎づくりをされました。
   その後、京都山科にて八十五才の一生を終えられました。

 

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これは、ここのお寺の「子供ちゃん」あたりが作ったのかな。。。(^▽^;)ノ

 

「素人」の「手作り感」が満載で、「若干の誤字脱字がある」あたりもイイ味をだしていて。。。

「作品の完成度」より「これを作った心持ち」にとても惹かれました。。。( ꈍᴗꈍ)ノ.☆.。.:*・゜

 

でも・・・。

その「子供たち」「孫たち」は、今いずこへ。。。(´・ω・`)ショボーン

 

そして、いま・・・。

「蓮如上人」を知っているご門徒さん、

「御文章」を知っているご門徒さん、いったい、どのくらいいるのだろう。。。(´・ω・`)ショボーン

 

やっぱり・・・。

すべてのヒトが幸せになるこの教えは・・・ここで絶やしたらダメですね。。。(´・ω・`)ショボーン

 

・・・な~んて、下の階に「ポツン」と「おばあちゃん」が佇む、

「誰もいない本堂」の写真を撮りながら、鼻の奥がツンとなりましたとさ。。。(´・ω・`)ショボーン

 

 

以上です!!

 

なもあみだぶつ♬ (¯―¯٥)ノノ

 

((③の「吉崎御坊跡」に続く。。。))


【2022年GWの旅(その1)】福井県吉崎御坊周辺散策(蓮如上人記念館)

2022-05-27 05:33:06 | 【仏教関連の旧跡を巡る旅】

※ 最初に、こんなコトをいうのはなんですが。。。(^▽^;)ノ

 

「記事の編集に時間がかかる」ワリには「ものすご~く人気のない」

「浄土真宗(仏教)にまつわるの旅日記」を!!

立て続けに3本更新させていただきます!! (`・ω・´)ゞ

 

 

シーー( ̄、 ̄*)ーーン・・・。

 

 

・・・ってコトで!!(^▽^;)ノ

「人気のない記事」をあえて書くのは、なんだか気が引けるけれど。。。(´・ω・`)ショボーン

せっかくの「GWの長期休暇」だったし。。。(´・ω・`)ショボーン

「思い出づくり」もしてきたコトだし。。。(´・ω・`)ショボーン

せっかく撮った写真を残しておかないと、やっぱりもったいない気がするので。。。( ;∀;)ノ

「なんのヒネリもなく」「フツーに」「淡々と」「ウケ狙いもせず」。。。

「写真を貼りながら」ご紹介させていただきます。。。(^▽^;)ノ

 

「親鸞会の施設巡り」はワリと閲覧が多いのに、

「浄土真宗(仏教)関連の旧跡巡り」になると・・・。(笑)

「しょ~もない記事」ならワリとアクセスが多いのに、

「浄土真宗(仏教)関連の旧跡巡り」になると・・・。 (笑)

・・・ってね。。。(^▽^;)ノ

 

まぁ、そ~んな記事を、これから!!

立て続けに3本更新させていただきますわ~!! (`・ω・´)ゞ

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((・・・って、ちょっと、くどいよね~。。。( ̄▽ ̄;)ノ))

でも、裏を返せば、つくづく「れおん」の「ブログに来られる方」の趣味趣向ってのは・・・。

(親鸞会のコトが)「嫌い」じゃなくて「関心がある」ヒトが多いんだよなぁ。。。

やっぱり、「好き」の反対は「嫌い」じゃなくて「無関心」なんだよね~♡ (・ω・)ノ

・・・というコトがわかる事例だと実感しましたよ。。。マジで。。。(^▽^;)ノ))

 

 

・・・な~んて、

いつまでも、ボヤいていないで、サッサと行きますね~!! (*´∀`*)ゞ

 

 

( ^ω^)・・・。ハイ!

 

 

場所は「福井県あわら市吉崎町」で、下の地図の・・・

「浄土真宗親鸞会吉崎御坊」及び「吉崎寺」の北側に「点線」がありますが・・・

「石川県加賀市吉崎町」との県境です。。。(*^。^*)ノ

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本日の記事は①の「蓮如上人記念館」(お東の施設)となります!!(`・ω・´)ゞ

((ちなみに②は「吉崎寺」で③は「吉崎御坊跡」です。。。))

 

この日は、とってもイイお天気で「旅行日和」でした。。。(≧∇≦)ノ

やっぱり「長期休暇」はこうでなくっちゃね♡  (*・∀-)b

 

去年のGWも「親鸞会施設巡り」でココに来たんだけどさ・・・。

そんときは、まだ「人流制限」があったし、こ~んな感じの「土砂降り」だったしで、

観光客も「れおん夫妻」だけってコトで、めっちゃ寂し~い旅行だったけれど。。。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

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でも今年は、そこそこ駐車場に車が止まっていて、

主人と二人でホッと胸をなでおろしました。。。(*・○・)=3あー、よかった。。。

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でも・・・前日が雨だったからかな。。。芝刈りの途中でした。。。(*^。^*)ノ

 

さてさて「施設のご案内」です。。。「全体図」はこんな感じです♡ (*^_^*)ノ

今回は、「七不思議堂」と「蓮如館(博物館)」は行っていません。。。(´・ω・`)ショボーン

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まずは、「ご本尊」の「阿弥陀如来様」をご安置している「本願寺吉崎御坊」です。。。

カギが掛かっていて中には入れませんが、一応、窓ガラス越しで拝観はできます。。。(❀╹▿╹)ノ☆

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そんでもって、「鳳凰閣」(中央の施設)に入る前に左手の「蓮如館(博物館)」をパシャリ!!

奥に見える小高い山が「吉崎御坊跡」です。。。ヾ(´▽`*;)ゝ"

 

そして「鳳凰閣」(中央の施設)に入りま~~~す。。。

・・・って!!

入っていきなり「荘厳な雰囲気」に圧倒されちゃって!!

「奥の景色」ともマッチしているから、テンションマックスで~~~す!!(≧∇≦)ノ

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「北潟湖」と「回遊庭園」がと~ってもステキ~♡ o(★≧∇≦)o゛

((でも、汚く空を走る「ケムトレイル」がマジで残念です。。。せっかくの絶景が台無しに・・・。( ;∀;)ノ))

((そうはいっても、イイところなので。。。ここで、の~んびり「読書」でもしていたいぞ~!。。。(≧∇≦)ノ))

 

・・・ってコトで、

迷わず「北潟湖」と「庭園」と「スイーツ」を楽しみながら、の~んびり一休み。。。( ꈍᴗꈍ)ノ.☆.。.:*・゜

 

そして。。。

施設中央のお土産コーナーを眺めます。。。(*^_^*)ノ

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本日の目的は。。。

「仏教関連の本」と「蓮如上人記念館」オリジナルの「お香」の購入です。。。( ̄▽ ̄)v

 

「お線香」はコチラの4種類!! (*`・ω・)ゞ

「??(名前忘れた)」「沈香」「白檀」「銘香」です。。。

 

「れおん」は。。。じつは去年、全種類購入いたしました~!!\( 'ω')/

ほ~んで、その結果!!

「一番右」の「緑」は、お値段どおり一番安くて???でしたが。。。

「沈香」「白檀」「銘香」は、どれも、お上品な香りでした。。。( ̄▽ ̄;)ノ

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でもでも!!

その中でも、やっぱりコレが一番!!

「銘香」ですよ!「銘香」!!

コレは「個性的香り」でコスパもヨイ!! o(★≧∇≦)o゛

さすがは「人気のお香」なだけありますわ~!!

 

・・・ってコトで、ここぞとばかりに「銘香」を3箱買って帰りました~!!\( 'ω')/ 

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ちなみに、今、すっごく気に入っている「お香」は、コチラで~~~す。。。(*^。^*)ノ

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「伽羅大観」と「沈香寿山」は、先月の「築地本願寺」の常例布教のときに、

「銀座のお店」で購入しました。。。(*^_^*)ノ

が!!

真ん中の「伽羅(キャラ)」は、マジでお高いので!!

もったいなくて、チビチビ使っております。。。(´・ω・`)ショボーン

 

そんでもって、「お香立て」は、こんな感じのモノを使っておりま~~~す。。。( ̄▽ ̄;)ノ

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うん!!

「お香立て」・・・っつーか、

近所の雑貨屋で「テキトー」に買った「フクロウの置物」の上に、

「クリップ」でお香を挟んでいるだけなのですが。。。(^▽^;)ノ

 

まぁ、それでも、この「お部屋」の雰囲気にはマッチしているので、

それはそれで、と~っても気に入っていま~~~す。。。(≧∇≦)ノ

 

 

・・・ってコトで、

以上が「福井県あわら市吉崎町」の「蓮如上人記念館」の「思い出写真」でした!! ヾ(=^▽^=)ノ

 

 

なもあみだぶつ♬ (*`∇´*)v ヴイッ

 

 

((②の「吉崎寺」に続く。。。))