仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

壁の向こうの溜息の意味7

2010年05月21日 16時46分05秒 | Weblog
 ヒロムのマンションで始まった二人の生活。
 全てを許しあえるまでの時間。
 仁との遭遇。
 「ベース」。
 
 二人の中での信頼感が、けして、離れることのない気持ちの砦を築いていた。

 それには、何の躊躇もなかった。ミサキがヒカルの服を一枚一枚で丁寧に脱がせた。全裸にするとベッドに座るように誘った。しわができないように気をつけてハンガーにかけ、クローゼットに入れた。振り向くとそこにヒカルがいた。ヒカルはまず、ミサキの眼鏡をはずした。薄っすらと化粧をしていた。スッピンでも綺麗なのに、さらに、美しさが増しているように思えた。全裸にすると、ヒカルも丁寧に服を片付けた。見つめあい、キッスをして、ゆっくりと溶け合った。何の不安も感じなかった。溶け合うことが嬉しかった。

 その時間が過ぎて、二人は外に出た。二人の時間を演出した場所は外から見るとずいぶんと古ぼけていた。表通りにぬける路地を歩いていると脇の路地から荒々しい声がした。
「まだ早いよ。」
声は脇の路地の奥のほうから聞こえた。二人は覗き込んだ。
「お兄ちゃん、来るのはいいけど、店が終わってからにしてよ。」
作業服の浮浪者がギャベジカンの前に立っていた。若い板前が睨みつけていた。浮浪者は薄ら笑いを浮かべて、少しづつ、そこから離れた。目が合った。
「あっ。」
ヒカルは思わず大声を出した。浮浪者が振り向いた。二人をジーとみると作業服の浮浪者は走り出した。ミサキの脇を駆け抜けた。その瞬間、ミサキの肩が浮浪者の肩とぶつかった。ミサキの身体がフワッと浮いた。倒れる前にヒカルが抱きかかえた。
「なにを・・・・。」
ものすごい勢いで浮浪者は表通りに消えた。
「大丈夫。」
「うん、平気、ありがとう。」
ミサキを抱き起こした。
「何処も痛くない。」
「うん。」
「びっくりしたね、」
「ほんとに。」
若い板さんが心配そうに見ていた。二人は軽く会釈をした。
「アイツ、最近、よく来るんですよ。スンマセン。」
二人はもう一度、頭を下げた。
「似ていなかった。」
ヒカルが言った。
「なに。」
「今の男、ミサキを突き飛ばした男。」
「ええ。」
「この前も見たんだよ。」
「そう。」
「それで、誰かに似ていると思ったんだけど・・・。ヒロムさんに似ていなかった。」
ヒロムという名前を聞いて、ミサキの表情が一変した。
「いるわけないわ。あの人が名古屋にいるなんて。イヤ。気持ち悪い。」
「そうか。そうだよな。いるわけないか。」
「ヒカル、ヘンなこと言わないで。ね。」
「うん。」