本作は、前作の外伝のテイラーがエヴァーガーデン家に引き取られて、すぐのお話ではないかと思う。姉のエイミーの家庭教師を務めたヴァイオレットは当時14歳で、当時テイラーは6歳で、4年の月日が経っている。本作がヴァイオレット18歳の物語であることは判明してる。
前作では、このテイラーを、『まどマギ』のまどか役の悠木碧さんが演じていたことをエンドロールで知って、驚き、そして喜んだ。
今回は、エンドロールで、『まどマギ』のマミさん(さん付けがデフォ)の水橋かおりさんの名前を見つけて、「えっ?」と驚いた。今回は男の子役で、ヴァイオレットに手紙を依頼する少年ユリスである。たしかに、聞いていると、『ひだまりスケッチ』の宮ちゃんの声に少し似ているときもある。
休日はブーゲンビリア夫人の月命日の前日。墓所に花を贈って会社に戻ると、電話が鳴る。病院に入院中の少年ユリスからの手紙の代筆の依頼だった。生意気で、失礼でいやな感じの子どもである。
しかし「僕の侍女は押しに弱い」とイザベラも言ったとおりに、ヴァイオレットは強く迫られると断れない性格のようだ。「ドールの人いる?」といわれて、「私もドールですが、本日弊社は休業です」と伝えると、がっかりする。しかし電話をそのまま切るには忍びない、電話の主の声に切実さをヴァイオレットは感じとったのだろう。「お声からしてお客様はお若いようですが」と問いかけると、「手紙を書くのに年齢が関係あるのかよ」と言い返され、「どこでも駆けつけるってあれは嘘?」と詰問し、「嘘ではございません」とヴァイオレットが答えると、「じゃあ来てよ」といわれてしまう。いつものトランクを提げて病院に出かけるヴァイオレット。
ユリスの病室を訪ねた直後、面会に来た両親と弟に見つからないように、ベッドの下に隠れさせられたり、ハプニングがありながらも、依頼の話に入る。ユリスの願いは、両親と弟に手紙を書いてもらうことだった。
「手紙は僕がいなくなった後に渡してほしいんだ。そういうことできる?」
ユリスの問いに、「問題ございません」とヴァイオレットがあっさりと答えると、「意味わかってるの。いい加減なこというなよ」と感情を荒げるユリス。
「過去にもそういうお客様がいらっしゃいました。亡くなったお母様が、ユリス様よりも少しお若いお嬢様のお誕生日に、お手紙が届くようにしたのです。今でも毎年のお誕生日には、お母様のお手紙が届いているはずです」
アン・マグノリアのケースだ。毎年50年にわたって母親から手紙を送ることになっていると知って、ユリスは驚く。さすがに子どものお小遣いで、50年分は注文できない。
「この中にあるだけで、書いてほしいんだ」
と、ベッドの脇の床頭台(というのが正式名称らしい)の上に乗った、お菓子の空き缶を渡す。中にはコインが20枚ほど入っている。ヴァイオレットはコインを数え、
「これだけですと、一人、二十字程度ですね」
「二十字?」とユリスは驚き、指折り数える。
「かあさんへ。元気でね。ユリス。……こんなのおれだって書ける!」
ユリスが怒りを爆発させると、
「今いったのは標準的な価格です。弊社にはお子様割引もございます」
と、ヴァイオレットはすかさず答え、トランクに駆け寄り、解錠して、
「有事における特別規定を設けたのです」と言いながら一枚の書類を取り出す。「エマージェンシー・プロビジョンです」
テイラーとの出会いが「お子様価格」を設定する理由になったのかもしれない(テイラーの場合は、郵便配達の合間に、文字の読み書きとタイプライターの打ち方を教えただけで、代筆したわけではないが)。
「意味はわからないけど、あんたって面白いな」
ユリスは笑い、親指を立てて「イカすな!」とサムズアップしてみせる。ヴァイオレットは、「イカす」の意味もサムズアップの意味がわからず首をかしげる。
「『いい』ってことだよ。父さんや母さん、看護師は、調子はどう?変わりは無い?、そんなのばっかり。心配とか同情とか過保護?そういうのはもううんざり」
不治の病で、死期を悟った自分に対して、心配でも同情でも過保護でもなく、ごく普通に接してくれるヴァイオレットは、信頼できる人間だとユリスは判断したようだ。仕事の依頼が決まり、ヴァイオレットはタイプライターを取り出し、手袋を外す。彼女の義手にユリスは言葉を失う。
「そんな手で、タイプライターを打てるのかよ?」
「大丈夫です。こんな動きもできます」
と、ヴァイオレットは大真面目な顔で親指を立てサムズアップしてみせる。
「あんたって本当に面白いな」と笑い転げるユリス。
物語が進むにつれ、やつれて衰えていくユリスの描写が、さすが京アニである。弟への手紙を書き終えたところで、仕事は終わりである。ユリスに頼まれ、二人は指切りをして、ユリスが天国に旅だったその日、両親と弟に必ず手紙を届けることを約束する。
「これで任務完了です」と一礼し、立ち去ろうとするヴァイオレットに、ユリスは「待って」と声をかける。「もう一通書きたい手紙があるんだ」
「リュカ様、ですね?」
最初に出会った日、ベッドの下で聞いた親友の名前である。お見舞いに来たいといってくれたのに、「来るな」と断ってしまった。こんなやせ衰えた自分を見せたくなかった。しかしひどいことをいったリュカに、謝りたい、と。
「伝えたいことがあるのなら、伝えられるうちに伝えるべきです。私にはそれができませんでした」と語るヴァイオレット。どんな人と聞かれて、「私に『あいしてる』を教えてくれた人です」と彼女は答える。
「その人、死んじゃったの?」
「わかりません。私は生きていると信じております」
「その人に何を伝えたい?」
ユリスは興味があると、距離感もなしに、グイグイ押してくる子のようだ。この辺は、宮ちゃんとの共通点かもしれない。この質問に、ヴァイオレットは目伏せて、小さな声で答える。
「今なら、『あいしてる』も、少しはわかるようになった、と」
「わかるようになっただけ?」(グイグイ行く)
この言葉に、幼女のようにうつむき、両手の拳を握りしめて、涙をこらえるヴァイオレットが痛々しく、いじらしい。
そんなヴァイオレットを見て、ユリスも体育座りになって、親友のリュカに見舞いに来るなといってしまったことの後悔を口にする。リュカにこんな痩せた腕や足を見せたくない。
「そのお気持ちを手紙にしましょう。お代は」
といいながら、ヴァイオレットは親指を立てサムズアップしてみせる。「お代はいい」ということだろう。イザベラことエイミーのときと同じだ。もう任務は完了した。友達からは、お金は受け取らないのだ。
真面目な顔のヴァイオレットに笑い転げるユリス。しかしそのとき発作が起きる。
「リュカ様への手紙は、また今度にしましょう」といって、ヴァイオレットは看護師を呼びに走り、容体が落ち着いたところで病院を立ち去る。細い腕に刺さった点滴の針が痛々しい。病院の門には、リュカとおぼしき少年が立っていて、ヴァイオレットを見ると影に隠れてしまう(「来るな」といわれても、ユリスに会いたい一心で、リュカが病室をのぞきに来ていたことが後半で明かされる。ヴァイオレットの顔も、そのとき覚えたのだろう)。
その日の夜か、それとも数日たった夜。
ベッドで髪を解いたヴァイオレットが、本……ブーゲンビリア家の所有する船を処分する際に、少佐の兄のディートフリートに譲ってもらった、子ども時代のギルベルトが夢中になって読んだという『幸福の王子』である。ヴァイオレットが文字の勉強で、朗読していたのも同書である……を読んでいると、部屋のドアがノックされる。ホッジンズだった。
郵便社に戻ってきた宛先不明の手紙に、ギルベルトの筆跡と思われるものがあったのだ。宛先は名前だけだったが、差出人の住所は記されていた。それはギルベルトが島の子どもたちにせがまれ、戦争に行ったまま帰ってこない父親たちに宛てた手紙なのだが、この時点では、まだはっきりとしたことはわかっていない。
「確定した情報ではないんだが……」と言いづらそうにするホッジンズに、ヴァイオレットはすぐにギルベルトに関する情報であることを察し、「しょう……少佐ですか?」と詰め寄る。
少佐が生きている! このとき、ヴァイオレットの頭の中からは、ユリスとの約束は完全に頭の中から消えていたに違いない。ヴァイオレットとホッジンズは、ギルベルトかもしれない人物に会いに行くための旅に出る。(この項、あすに続く)。