Kudou's blog

Broachから引っ越してきました。
よろしくお願いします。

世間体とさよならだけ

2011-05-19 12:46:12 | 短文物語
世間体とさよならだけ

”花盛り、花散るように、さよならだけが人生さ”

天災にあったときにふと浮かんだ言葉だ。

いざさらば、と親しんだ土地の大部分を処分して再起の場所を選んだ。

局所災害(例えば、竜巻や台風)などで家や財産を失って再起などそうできるものではない。大規模でない限り行政の援助も義援金も無く火災保険も適用外なら、処分した土地分などで借金をリセットしただけで終って御の字だろう。

二重ローンなど考えもしなかったし、それを返せるあてなど未だに無いのだから、捨てることだけを考えていたし今も考えている。

離れることに慣れることだと思う。

変化に慣れ受け入れることだと思う。

過去は過去である。過去を現実の今とすり替えて追いかけるのは、相当危険なことである。

それでも過去にこだわって成功する人もいるだろうが、その影で死者累々という現実は夢破れた大人たちをみるまでもない。

世間体(せけんてい)など考える必要などまったくない。世間と言うが、あなたがいう世間など身の回りの100人にも満たない人々のこととであることをよく認識すると楽になることもある。
多くて100人以外の世間体の他はあなたのことは誰も知らないのだ。有名人だって表に出ている部分だけは、知られているが個人的に親しい世間体というものは100人もいればたいしたものだと思う。

有名人の回りにいる多くはその側(そば)にいるだけで自分に利益になるので、取り囲んでいるだけである。ときならぬときに悪事がバレて悪名が付けば、もしくは天災や人災で事故や災難などで利用価値がなくなれば蜘蛛の子を散らすように仲間だったはずの世間体は去っていくのが現実なのだ。自分の思っている世間体とはそんなものだろうと覚えておくといい。

気にすること無い。世間体というこだわりを捨てるだけで十分に楽になれるだろう。

盛りだった花を愛でる人々が去ったならば、散った花のように静かな心境を理解できるのかもしれない。





とあるブログネタ:復興に関して総理に期待することは?

2011-05-19 12:05:54 | 短文物語
とあるブログネタ:復興に関して総理に期待することは?

震災から2か月がたち、復興に向けての課題は、まだまだこれかでなかなか整理されていかないように思えるのは何故なのでしょう?とおっしゃるブログネタ運営局のロジャーさんです。

たしかにその通りです。

けどご存知の通り、これは震災という一次元の事象ではない訳です。
例えば、阪神大震災を一次元の事象ととらえると今回は三つ,四つの事象が重なってます。

まず第一次現は大震災です。
これだけでしたら、経験済みですし予測も準備もされていたので被害の大小を除けば、やがては収束地点をみつけられるのです。

次に第二次元の事象は津波です。
被災者が見つけられない困難は果てしないような海まで広がりそれは海底にさえ達する捜索範囲は未曾有のように思えてきます。

三次元の現象は言うまでもなく福島第一原子力発電所のメルトダウンです。
予測では電源喪失3時間半後に起こるというメルトダウンが確実になった現在、その収束は総理より現場に期待するだけです。

さて、これが自民党政権だと東電の政権への影響力はもっとあったろうと推測しますので、まだまだひどい状態が予測されるでしょうし、そうでなくても現状より良いということはありえないのでは無いでしょうか。




最後に総理に期待することを,中国の古書”易経”などから探してみた。

1 一人孤高に中庸を守って欲しい。そういうときに先が見えてくる。

2 困難な時は何を訴えても聞いてもらえない。忍耐である。

3 リーダーは理想を持ちながら、語るべきときは語る。黙るべきは黙る。

4 リーダーは困難を楽しむぐらいではならない。

5 能力も無いのに高い地位にいるとバランスが保てないので危機がくる。それは柔軟さが欠けているということだ。

6 決断の時と、決断を控える時があるのを忘れてはならない。

7 余っているものを減らし、損している欠けているモノを増やすべきだ。




これはとあるところで書いているブログネタの転載でした。
時間軸が前後するする時もありますが記事アップの都合ですので、よろしくお願います。