とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
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どうして未来は決まっていないのだろうか?

2008年01月22日 20時07分46秒 | 物理学、数学
「どうして未来は決まっていないのだろうか?」

世の中の出来事は確率に支配されているからと言ってしまえばそれまでだが。。。ではどうして確率に支配されるのか?あるいは自然法則がどのようになっているから出来事は確率に左右されるようになるのだろうか?

量子力学を勉強したことがあるので、未来は不確定で決まっていないということを結論として僕は知っている。けれども、どうしてもしっくり納得できない部分があった。

サイコロを振ったりパチンコ屋に行ったりすれば、未来が確率に左右されることが直観的にわかるのだが、僕にはどうもそれを物理法則ときっちり結びつけて理解できていない。量子力学での確率や不確定性は理解していても、実際の物理現象にまで結びついていないのだ。

熱力学から導かれるエントロピー増大の法則によれば「運動の不可逆性」を説明できる。古典力学のように可逆な運動は未来を正確に予測することができるのだから、なにも量子力学を持ち出さなくても未来は不確定だということはエントロピー増大の法則や運動の不可逆性あたりから導けるのでは?でも古典力学と「運動の不可逆性」は相入れないようだし。。。そもそも運動を不可逆にしている原因とは何だろう??

アインシュタインの相対性理論がニュートン力学を近似できたように、未来の不確実性や物理現象の不可逆性ということについて、量子力学は統計力学を使って熱力学と古典力学の間のギャップを埋めるような近似をすることができるのだろうか??

以下はそのもやもやした疑問をクリアにしていく過程を書いたものだ。

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下の画像はクリックすると動画が再生されるようにしておいたので、まずこれを見てほしい。(2011年3月3日追記:サーバーに置いた動画が破損してしまったので、別の動画ページに飛ぶように修正した。)



この動画はナインボールというビリヤードゲームのブレイクショットを逆再生したものだ。ビリヤード球の運動は高校の物理で習うニュートンの運動方程式で計算できる。この運動方程式は時間について対称性がある。つまり時間の流れる方向を逆にしても成り立っているので、逆再生したビリヤード球の運動の様子も初期条件さえ整えておけば現実に起こりうる現象なのだ。(運動方程式が時間について対称性があるとは時間 t を -t に置き換えても運動方程式が成り立っているという意味。)

つまり、散らばりつつある球のそれぞれについて、逆向きの方向と速度でいっせいに動かすことができれば、このように不自然なことが実際に起こると予想される。ばらばらに動いている9個のビリヤード球が時間がたつと中央に整列する。逆再生しているのだから当たり前と思うかもしれないが、これが実際に起こるとなるとそれは不思議なこと、不自然なことだ。

先日の「はじめて学ぶ物理学[熱力学]」の記事でビリヤード球の運動の可逆性、不可逆性の問題を簡単に「現象を確率的な状態ととらえて考えるか、確率的な状態と考えないかが不可逆と可逆の判断の分かれ目となるようだ。」と書いてしまったが、実のところ僕にはよくわかっていなかった。

高校の物理や化学で勉強したように、気体の温度というものは空間を飛び回る多数の気体分子が「どれくらい元気か」、つまり分子の運動エネルギーが大きいかどうかで計算される。元気に分子が飛び回っていれば、それは温度が高いということであり、そうでなければ温度が低いということだ。

多数の気体分子をビリヤード球に例えてすべての分子の運動を計算すれば、理論的には熱がどのように拡散していくかを予測できるはずである。ビリヤード球の順方向の動画をご覧になっていただければわかるように、最初に球を突いたとき運動エネルギーは白玉だけにあり、それが9個の数字玉に衝突すると運動エネルギーはそれぞれの球に伝わる。つまり熱が分散する様子を示している。

しかし、このビリヤード球での仮想実験はとんでもないことを僕たちに問いかける。逆再生したときの現象も正しい物理法則に従っているのだから、空間に拡散していた熱が1つの分子に移動して、残りの分子は全く運動しない状態になってしまうことがごくまれではあるがあり得るということを示しているからだ。

多数の分子の位置や運動の状態の可能な組み合わせの状態は無数にあるが、それらのどの状態も等しい確率で起こりうる。これを「等重率の原理」という。分子はランダムに運動している。だから、元気のいい分子だけがたまたま空間の一部に集まってしまう状態も可能性として否定できない。温度に例えて言えば、空間の一部を除いてそれ以外の場所は凍りついてしまうという状態だ。

確率的にものすごく低いとはいえ、そのようなことが実際に起きるのだろうか?

この1週間、僕はこの疑問に取り憑かれてしまい「統計力学を学ぶ人のために」という本を読み始めた。これは多数の粒子の運動をどのように物理学で計算するかという分野の本だ。

どうしてこの世界の出来事はたくさんのビリヤード球の運動のように正確に計算できないのだろう?

未来を計算して正確に予測することは無理なのか?

つまり、どうして未来は1通りに決められないのだろうか?

ビリヤード球の運動の逆再生のようにはじめの状態に戻せる運動を「可逆」といい、熱の伝播のように元の状態に戻せない運動を「不可逆」という。可逆性と不可逆性は未来が予測できるか、できないかということと結びついている。僕がこの問題に取り憑かれたのはこんな素朴な疑問からだった。

ニュートンやアインシュタインは「未来は正確に予測可能」だと考えた。アインシュタインはサイコロでさえ、投げるときの持ち方、初速度、回転速度、床面の状態さえ正確にわかっていれば、どの目が出るかは決まっていて計算できると考えた。この世界、(人間や動物の体を構成する原子を含めて)この宇宙のすべての原子の運動を正確に計算すれば、未来は一通りに予測できると考えたわけだ。

しかし、その後発展した原子レベルのミクロな世界の物理法則である量子力学では「未来は確率法則、不確定性原理に従うので予測不可能」だという結論に達した。もちろんこの結論が正しいことが現在では証明されている。予測不可能なこと、不可逆なことをもたらしているのは粒子の個数とサイズ、粒子の同一性スピンの自由度だということがわかっている。それらの要因によってもたらされるのは粒子(量子)の位置と運動量の間の不確定性、エネルギーと時間の間の不確定性である。

粒子の同一性とはひとつの粒子が他の粒子と区別できるかできないかという意味である。ビリヤード球の番号と色を消し去れば、それぞれの球は区別できないものとなる。粒子の同一性の統計的計算方法については量子力学のボーズ粒子、ボーズ統計を学ぶ必要があるし、スピンの自由度についても量子力学で学ぶ。多粒子系の量子力学では粒子間の相互作用の項が波動方程式に現れるため、その量子的波動場と多粒子系とで状態の縮退の度合いが異なるならば、マクロレベルの統計力学的な物理現象も異なってくるそうだ。粒子が2つ以上であれば立派に「多粒子系」である。(詳細は「量子力学II第2版」の記事の第7章から第10章の説明を参照)

粒子のサイズ、数、同一性、スピンの自由度について、どれがどれくらいの影響を未来の不確定性に与えるのかは詳しく計算しないとわからないが、大雑把な推理だけでもサイズが小さいほど、数が多いほど古典力学とは異なる現象になるだろうと想像される。

ミクロな気体の分子も量子力学に従って運動するのだから予測不可能な要因がまぎれこんでくる。しかし、不確定性原理は理解したものの、僕にはそれがどのように現実の粒子の運動が予測不可能であるかということに結びつけて理解できていなかった。

熱力学を学ぶと、分子運動の状態の乱雑さをエントロピーという物理量で正確に計算できることがわかるようになる。エントロピーは「多数の粒子の状態の乱雑さ」を測る尺度でもある。「熱は温度の高いところから低いところへ移る」という熱力学第2法則が、エントロピー増大の法則と密接に結びついている。つまり自然現象は秩序ある状態から乱雑な状態になるように起きていることが証明されたのだ。ちなみにこのJavaアプレットで、「熱は温度の高いところから低いところへ移る」様子を見ることができる。熱の伝播は元の状態に戻せないので「不可逆」だ。エントロピー増大の法則は自然の不可逆性を意味している。

時間が過去から未来の方向にしか流れないということも、世界が秩序ある状態から乱雑な状態へ流れているということでのみ説明できるのだ。エントロピー増大の法則は時間が一方向にしか流れないことを解釈する唯一のよりどころである。

乱雑な状態は決して秩序ある状態に戻ることはない。熱は温度が高いところから低いところへ流れるという経験的な常識は、時間の流れが一方向であることを示しているわけだ。

このように気体分子運動は非可逆的で予測不可能あり、ビリヤード球の運動は可逆的で予測可能だ。でもどうしてだろうか?

それら2つ運動法則の分かれ目はどのようになっているのだろうか?

ビリヤード球が10個くらいだったら予測可能だが、100個では?そして10000個ではどうだろう?方程式の数は増えるものの依然予測可能で可逆なように僕には思える。

量子力学的な粒子の同一性については(番号を消して同一色にすれば)ビリヤード球でも気体分子でも同じように考えられると思う。スピンの自由度も量子力学的性質だから粒子のサイズによって決まってくるので、ビリヤード球も小さくしていけば気体分子のような量子力学的なスピンの自由度をだんだんとあてはめることができるかもしれない。

確かに量子力学は未来が不確定であることを教えてくれる。しかし、量子力学的に考えても、そしてもちろん古典力学的に考えてもビリヤード球と気体分子の間にはっきりとした境界線を引くことはできない。

逆に考えると2個や3個のようにビリヤード球が少ないときでも、ごくわずかだがその運動には不可逆性、予測不可能性がまぎれこんでいるはずだ。不思議なことだが。

「直観的に理解できる予測可能な世界」と「摩訶不思議で予測不可能な世界」との分かれ目はどうもこのあたりにありそうだ。統計力学を勉強すれは量子力学から熱力学と古典力学の間のギャップをシームレスに埋めることができそうな気がしている。

この「統計力学を学ぶ人のために」という本を半分ほど読み進めたところだが、どうやら「状態を確率的にとらえればよい」という解答以上の説明が、そして時間はどうして過去から未来に流れるのかという謎についてのヒントが得られるかもしれない。多粒子系の物理学は奥が深そうだ。

今回の記事は「どうして未来は決まっていないのだろうか?(その2)」に続く。

統計力学をはじめる人のために」の紹介については読み終わってから記事としてまた掲載する予定だ。

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関連リンク:

インターネットで量子力学、熱力学、統計力学を勉強してみたい方には以下をお勧めする。

プサイとファイ(量子力学):文系向きです。
http://www.sf-fantasy.com/magazine/column/quantum/index.shtml

EMANの物理学(熱力学、量子力学の章)
http://eman-physics.net/

統計力学のJavaアプレットによるシミュレーション:裳華房より出版されている「統計力学」に連動しているので、本とあわせて見るとよい。シミュレーションをながめているだけでも楽しい。
http://www.cmt.phys.kyushu-u.ac.jp/virtuallab/phys/statphys/

統計力学のテキスト(PDFファイル)
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/texts/toukei_rikigaku.pdf

物理研究室:
http://laboratory.sub.jp/phy/

山口大学:芦田研究室の講義ページ(熱力学、統計力学):
http://collie.low-temp.sci.yamaguchi-u.ac.jp/~ashida/work/lecture.html


その他の統計力学の教科書:

統計力学 By 小田垣 孝
https://amazon.co.jp/&tonejiten-22/dp/4785322209/249-8201698-9015526

統計力学 (岩波基礎物理シリーズ) By 長岡 洋介
https://amazon.co.jp/&tonejiten-22/dp/4000079271/249-8201698-9015526

非平衡系の統計力学 (岩波基礎物理シリーズ (8)) By 北原 和夫
https://amazon.co.jp/&tonejiten-22/dp/400007928X/249-8201698-9015526


参考リンク:

ビリヤードの動画はこのページで「撮影」した。
http://www.afsgames.com/lab/billiards.htm

動画のキャプチャはWindowsメディアエンコーダー(無料)を使った。
http://www.microsoft.com/japan/windows/windowsmedia/9series/encoder/default.aspx

逆再生動画はArea61ビデオブラウザという無料ソフトを使った。
http://www.vector.co.jp/soft/win95/art/se255514.html
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6 コメント

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ビリヤード球の運動の逆再生 (カモッラ)
2009-05-15 13:04:04
>しかし、このビリヤード球での仮想実験はとんでもないことを僕たちに問いかける。逆再生したときの現象も正しい物理法則に従っている…
 素朴な疑問なのですが、逆再生の本来の最後の場面は、手球を、何者かが、キューで突いて(逆再生では「引いて」)終わるのですよね。手球が、自ら動いたり、静止するのではなく。その辺が、よく分かりません。
返信する
カモッラさんへ (とね)
2009-05-15 13:16:00
ご質問いただきありがとうございます。

逆再生の最後の場面は1番の球からキュー(棒)に力が伝わりキューを跳ね飛ばすとお考えいただけえれば納得いくと思います。キューも質量のある物体ですから、運動量の保存の法則やエネルギーの保存の法則がそこでも成り立つわけです。キューの端を握っている何者かの手もそれにしたがって反発を受けて元に戻る、つまり引いて見えるようになるわけです。
返信する
もやもやに突入 (Husigidou)
2011-03-03 11:11:45
「未来は決定している?」から、この過去記事に飛んできて、(その2)まで読んで、あらためて「もやもや」にはまっています。楽しくも。
 ところで、ビリヤード動画のリンクは、切れたようですね。
返信する
Re: もやもやに突入 (とね)
2011-03-03 12:21:39
Husigidouさんへ

コメントありがとうございます。この疑問はいつまでたってもモヤモヤが消えませんね。

ビリヤード動画の件ですが、記事を書いたとき動画ファイルを自宅サーバーに置いていたのですが、ハードディスクとパソコン両方とも故障してしまいデータが失われてしまいました。今になって思うとYouTubeに投稿しておいたほうがよかったと思います。

応急処置として、ブレイクショットの逆再生の動画を見つけましたので、そちらに飛ぶように記事を修正しておきました。

ご指摘いただきありがとうございます。
返信する
この系は、、、 (kafuka)
2011-03-05 21:16:37
この系は、初期値依存カオスと思います。
ある玉の初期値をx、最終位置をf(x)とすると、
初期値が、xとx+dx では、
f(x)は、滑らかに変化しないですから、
非決定的のように思えます。
(自信はないです)


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Re: この系は、、、 (とね)
2011-03-05 21:56:18
kafukaさん

コメントありがとうございます。

初期値からのdxのずれの箇所で結果が離散的に(微分不可能な)変化をもたらすとすれば、その点で確率的に分岐するという意味になり、その分岐点での現象の本質は確率論の不確定さということではないでしょうか?問題はその確率的不確定さが何によってもたらされるかということ、その不確定さがマクロな系にどのような程度の影響を与えるかという気がします。

確かに一般激にカオスは「事実上」予測不可能なわけですが。。。

カオス理論:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%82%B9%E7%90%86%E8%AB%96
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