(16話あらすじ:右太郎に誘われるがままダンス・スタジオへ来たサヤ子。
スタジオで踊る謎の少女。その少女を見つめるもう一人の男、それは再会を避け続けてきた玉澤竜二だった…。)
サヤ子の世界から瞬間、すべての音が消滅した。
窓のない部屋に閉じ込められたような、今にもめまいを起こしそうな圧迫感。
―なぜ、玉澤竜二がここに?
事あるごとに、玉澤をサヤ子に紹介したいという右太郎のセッティングを、
なんとかぎりぎりのところで交わしてきた。
ずっと会わないのは無理かもしれないが、それまでに出来ることがあるはずだ。
たとえば玉澤に連絡をして、自分は右太郎の恋人だと打ち明け、他人のふりをしてほしいと頼むとか、
あるいは右太郎にすべてを吐露してしまうとか。
しかし―、
時すでに遅し。
玉澤竜二が今、ゆっくりとサヤ子に向かってくる。
ふたりは向き合った。
”なぜここに?”
お互いの顔にそう書いてある。
「き・・・」
玉澤が何か言いかけたその時、
「しゃちょう~っここにいたんすか!」…右太郎だ。
「ああ…、張本…」
右太郎が玉澤の両肩に手を置き、それは甘えるような仕草で、玉澤に心からなついているのが見て取れた。
サヤ子はそんな光景を目の当たりにし、激しい罪悪感を覚えた。
「社長、紹介します!恋人のサヤちゃ・・サヤ子です。
サヤちゃん、玉澤社長。とっても世話になってるんだ」
サヤ子は玉澤にむかってお辞儀した。
目は合わせられなかった。
―きっといま私は顔面蒼白だろう。
「……、…玉澤です。よろしく…」
「…サヤ子です」
小さくつぶやいた。
「紹介できてよかった!そういえば、社長、どうですか?南原先生。
なかなか教えるのうまいと思いません?」
右太郎はもちろん微妙な空気などには気が付いていない。
「…あ、ああ、そうだな。ああ・・・。俺はダンスはよくわからないから、本人に決めさせるよ…」
「南原先生はおすすめですよ。きっと愛ちゃんの才能を引きだしてくれます!」
―愛ちゃん…?あの少女の名だろうか?あれは玉澤の関係者なのか?
・
レッスンを終えた少女はスタジオからこちらに歩み寄ってきた。
「パパ!私、ここでダンス習いたい!いいでしょう?」
「ああ、いいよ、愛。」
サヤ子は一瞬耳を疑った。
パ?
パパ?
「パパ…?!」
「サヤちゃん、あの子はね、社長の娘なんだよ」
右太郎がニヤリと笑って、小声でサヤ子に耳打ちした。
「え…!むすめ!!??」
少女と話す玉澤の横顔は優しくほほ笑んでいる。
それは確かに、父親の表情だった。
「内緒だよ。あんな大きな娘がいるなんて知れたら大変だからね。
さ、ブランチしにいこう、サヤちゃん」
右太郎に手を引かれ出口に向かいながらもサヤ子は玉澤の横顔から目が離せない。
瞬間にすべてを察知して空気を呼んだ男の包容力の様なものを感じ、なにか、ここちよい心残りがある。
―私はすべてを割り切れるのか。
レイにアドバイスされたとおり、知らん顔して右太郎と向き合えばいいのか。
サヤ子は考えている。
・
サヤ子は嘘を付けない女だ。
多分それは、右太郎のことを本当に愛しているからだと思う。
大切に思っていないなら、どんな嘘だってつける。
―だって女ってだいたい、うそつきだから。
ああ、それともうひとつ。
右太郎のまっすぐな愛情を、知ってしまったから。
彼から向けられるそれがもし、少しでも打算的だと感じられれば、
サヤ子は躊躇なくこの小さな嘘をつきとおしただろう。
そして、サヤ子はある決心をした。
―つづく-