元クリームのベーシスト、ジャック・ブルースが死去したことがわかった。ベーシストとしてだけではなく、ボーカル、作曲なども手がけとても器用な人という印象だった。元々クラシック音楽に影響を受けたとも聞いている。人はいつかは死ぬとは言うが、ロック、リズムアンドブルースシーンにおいて、なくてはならない人の死だ。ご冥福を祈る。
今日は2回歩いた。最初は9時頃、1時間。少し肌寒かった。歩くのはとても気持ちがよい。いろんなことを考える。ブログに何を書こうかなどが多い。2回目は、4時頃、45分程度。家の近くにヤマダ電機がある。プリンターのインクを買いに行った。
買い物をしようがしまいが、ウォーキング途中ヤマダ電機に行って、スロットをする。10ポイントが当たることが多いが時に50ポイント当たることがある。急ぐことがなければ、次にヤマダ電機で買い物をするのは、来店ポイントがなくなってからだ。
買い物をしようがしまいが、ウォーキング途中ヤマダ電機に行って、スロットをする。10ポイントが当たることが多いが時に50ポイント当たることがある。急ぐことがなければ、次にヤマダ電機で買い物をするのは、来店ポイントがなくなってからだ。
黒田官兵衛はまさに黒子である。と言うか御輿の担ぎ手と言ってよい。秀吉とまさに二人三脚で天下を取るまでは輝かしい黒子、担ぎ手だった。信長や秀吉のために荒木村重の有岡城に行き、一年間も幽閉されてしまう。特に秀吉とは非常に強い信頼関係でこのときに結ばれたのではないかと思う。
秀吉が天下を取った瞬間から石田三成という新しい担ぎ手が出てきて秀吉はそちらの御輿に乗ることを選んでしまった。時がたてばその信頼も薄れ、三成の御輿を選んだ秀吉に愛想がついたのではないか。御輿に乗る人のいない担ぎ手は寂しいものだ。
官兵衛は享年59だが、秀吉は61、家康は73で戦で死ななかった武将にしては短命ある。私は有岡城で幽閉されたことが、彼の短命につながったのではないかと思う。歴史に「もし」や「たら」はないと言うが、有岡城にもし行かなかったらもっと長生きをして、秀吉に死後、誰に遠慮することもなく天下に近づいたかもしれない。もちろんそれを彼が望んだか私は知らない。
生き残ることはとても大切だと思う。国民栄誉賞は死んでもくれるが、ノーベル賞は生きていないとくれない。ノーベル賞をもらう条件は能力や功績を除けば長生きすることかもしれない。生きていれば必ずいいことがあるはずだ。株価もそうだ。その会社が潰れなければ、いつか上がるし、上場廃止の憂き目にあった会社もまた証券取引所に再上場する可能性はある。
私は日本航空が上場停止になったときには、もうだめだと思った。元パイロットは特権階級のように企業年金を守れと言ってたのを覚えている。会社が潰れてしまったら、その企業から年金が出るはずないのに…
しかし、いい経営者を得て見事に復活した。我々庶民はそんなかっこよく復活できないかもしれないが、生きていれば必ずいいことが巡ってくると信じている。