メンタルケア ~希望へ向かって!~

現在、様々な依存症を含む精神疾患や、なかなか回復しない方々へ本当の貴方らしさを取り戻して戴きたい願いを込めて書いてます。

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潜在意識の活用シリーズ①

2018年01月29日 20時40分23秒 | 日記

おはようございます

皆さん、いかがお過ごしですか?もうあと日で、1月も終わりです。つい、こないだお正月を迎えたと思ったら、もう2月ですよ。1月は行く、2月は逃げる、3月は去るっていいますから、あっという間に時を過ごしますよね。

日々是好日。一日一日を、大切に過ごしたいものです。

昨日は、ハローワークに行ってきました。今の会社、復職できそうもないんで、次探そうと思って・・・。

かかりつけ医に書いてもらった、意見書をもって、職業相談に行きました。

適応障害で、今まで、散々仕事変わってきましたから、年齢的にもそろそろ転職は慎重にしないといけないと思って。

今までは、つい簡単に求人票を見て、自分でいいのがあったら、簡単に応募して面接受けてきましたけど、精神疾患のことは黙って受けてたもんですから、人間関係や仕事のきつさで休職し、依願退職繰り返してきましたから、またかって感じであまり危機感持ってなかったんですが、さすがに今回は最後の仕事にしようと思い、年齢的なことを考えると慎重にならなきゃなってっ危機感に迫られて、これまでのように自分で簡単に決めるのではなく、医師の所見をもって、ハローワークの方に自分に向いてそうな仕事をセレクトしてもいらい、それに従って仕事を選ぶことにしました。

私が適応障害だと知ったのは去年の8月で、当時の主治医から半端じゃない職歴の多さにビックリさせて、あなたは発達障害からくる適応障害だねって診断されてしまい、「あぁ、俺、病気だったんだ」って知ったんですよ。それまでは、意気地がないとか、すぐ飽きるとか、仕事に対する真剣さがないとか、親に責められてましたし、自分って何でこんなにも仕事続かないのかなって自己嫌悪に陥ってました。

履歴書の職歴書くところに書ききれない程、仕事変わってましたから、終いの頃には、何個か職歴嘘ついて省いて書いたりしてました。

全部書ききれない仕事は、全て自己都合で「一身上の都合により・・・」辞めてきてますから、そりゃどこの企業もこんな履歴書見せたら、絶対、不採用になると思って「公文書偽装」なのは分かっていながら、都合よく書いて、第一印象は良い方らしいんで、それで採用され、自己都合で辞めてきてました。

これまで11回、仕事変わってます。さすがにヤバイでしょ?

適応障害もあるんだろうけど、途中から薬物依存症になって、鬱状態が続くと薬を多剤服用し、自分で自分の首を絞めることを繰り返してきて、自己嫌悪に陥ってたんで、しょうもないですよね。

そんな自分に限界を感じてはいました。重複受診がバレて去年の8月に精神病院に入院し、本来なら6か月のところを、無理やり3か月で出てきて、昨年の11月16日に退院してから今日まで、5~6万くらいしかない傷病手当だけでやり過ごしてました。親には随分迷惑かけてます。2月から仕事に復帰したい意欲もありましたが、社会はそんなに甘くなく、勤務先からはまだ復職は認められない宣告を受け、あなたに対する会社としての信用は0だと人事の方から言われ、本来なら懲戒解雇に値すると総務課長に言われ、ここでの復職は無理だと判断し、退職する決心をしました。

年末年始の事件前から、ずっと潜在能力を引き出す訓練を継続し、我が家に奇蹟が起きました。「※(和解)をご参照ください」

それからというもの、親父は一切、酒飲んでも大声で喚き散らすこもなく、母親にも笑顔が戻りました。

私が44年間、願い続けてきた家庭円満が実現したのです。

今は、「本当に自分に合った仕事が見つかる」と潜在意識に言い聞かせてます。本気で「自分に合った」を強調してます。

それが実現するための準備として、退職を決めたと言い聞かせてます。潜在意識に働きかけるには、こつがあります。

まあ、ここではこつは敢えて触れないでおきましょう。とにかく、物事が自分の思うようになっていくんです。それも、導かれるように。

そして、最善の方法でその目標に向かって順序良く物事が進んでいくんです。自我がはいったら、それはやめときなさいって警鐘のメッセージが事象として起こり、インスピレーションが働きます。自力を必要としないんです。気づきとか覚りといったものが、実に洗練された事象として理解できるようになります。いわゆる、第6感といわれる感覚です。ピンとくるのです。そして正しい方向へと軌道修正されます。

経験された方は、この感覚を理解し共有できると思います。本当に不思議なことが目に見えて起こります。何かに守られている感がします。

以前、このブログでも書きましたが、私は「我の強い」人間です。生半可じゃない我の強さを備えています。物事にこだわりが強い。こうと思ったらこう。臨機応変が効かない。人の話に耳を傾けない。変な部分で頑固者です。その我の強さのために、多くのものを失ってきました。それでも、それを修正しようとしない特長があります。だから、適応障害とつけられたんでしょう。

そんな私が、潜在意識に動かされるという事象を受けいれたのは、それが一過性のものじゃなく、再現性を有してるというということでした。

ある心の法則に従えば、奇蹟といわれる事象が奇蹟じゃなくなると、身をもって体験してきたからです。

もともと依存性の強い私の心の脆さは、私を複数の宗教にはまらせました。でも私には信仰心というものがなく、探求心のみがその宗教にはまらされた理由でした。偶像的な神といわれる存在を否定していました。

だから、宗教もいくつも渡り歩いてきました。新興宗教なんてものは、結局、人・物・金の世界です。とある新興宗教の専従者までやってきた私が言うんですから。絶対帰依を求められ、全てをその神に委ね、団体の発展のために全信徒が献金を求められ、それが功徳だと教育される。

宗教のために、善の名のもとに、戦争やいさかいごとが後を絶たない。そんものには世界平和なんて望めもしない。純真な信徒の人たちは、あらゆるその神のために、救われたと勘違いして委ね続ける。自分の人生を棒に振ってまで。信仰が悪だとはいわない。でも、それを稼働させてる人たちが、洗脳されて、神格化された宗教団体の幹部どもが野心に狂い、神のまにまにと着いていく。

ひとつだけの本当の神は、自身の己の心にあることに気づいていない。システム化された現代では、それは更に見えなくなっていく。

憂いの気持ちで胸が痛みます。

天に向かって唾を吐くという言葉がありますが、これは善を前提(性善説)とした戒めの言葉で、道理にかなわないことをしたら、その行為の罪の意識が自分に振り戻ってくるということを表しているのだと思います。これは脅かしでもなんでもなく、自然の摂理だと思います。単に権力者にはむかうとわが身に返ってくるということではないと思います。

よく、悪いことをしたらバチがあたるという言葉がありますが、これも同義語だろうと思います。性善説を前提とした戒めの言葉だと解釈できると思います。神の目は誤魔化せないとか、これも同義語でしょう。脅かしでもなんでもない、自然の摂理です。

これを悪用してるのが、新興宗教です。人の弱みに付け込んで、そこから人・物・金を巻き上げる。教団はどんどん大きくなっていく。

本当の神はそんなものとはちがう。

本当の神とは、この森羅万象における、自然の法則・原理・条理といったそのものです。神に実体など存在しません。偶像崇拝は全て、絶対的な崇拝対象をシンボルにして掲げ、そこにとりあえずトップを置いて、一元化させようとする。信徒に良きことがあれば、それは○○さまのお蔭だと、恩着せがましくすり替えられ、上手うかなかったら、あなたの信仰がなってないと、これまた勘違いさせる。教義は正当なものかもしれないが、実際はそうではなかったと、後悔させられるのもしばしば聴く。いれいろイベント開いては、信徒から金を巻き上げる。教団を維持させるには、人・金・物が動かないと維持できない。世の中、知らなくていいこともある。信徒がそれでいいというんだから別にいいのではないかと思います。あとは自己責任です。ただの交流の場としている方は、それはそれでいいでしょう。

話が飛びましたね。(笑)

潜在意識についは、J・マーフィー博士をはじめ、様々な学者がそれを説いているが、その内容は実に深く、未知なるものの関心へのも高まり、完結はしてないので、あとは推察でしか表現できない。宇宙論にまで話が行くので、確かなものだと認証できない面もある。

私は事実として、精神疾患から寛解でき、薬物依存症からの回復もできたので、その事実だけ信頼できます。その切り札が、潜在能力の開化でした。事実は事実で、受け入れなければならない。23年間、もっと言えば生まれた時から、発達障害のため、昔からいじめにあったり、友人が少なかったり、登校拒否になったり、不適応な子供でした。いつも何もかもに違和感を感じて、生きづらさを感じてました。自分は他の人と何か違う。そんな疎外感にも似た感じを覚えてました。一般的な神様への畏怖の念もなく、シュールに神といわれる存在をとらえておました。

そんな私ですから、事実しか信用しない。真実は事実の両面のみにしか存在しない。だから私は初詣や厄払いはしません。でも、弔いの心はあります。感謝の念はあります。だからお墓まいりはいきます。それと神への信仰心とは別物です。崇拝はしません。あくまでも、先祖代々への弔いで拝んでいます。これはご供養のためです。先祖代々の冥福への祈りです。神様とやらに拝んでる拝んでるわけじゃありません。

潜在意識とつながれば、自分が霊的な何かに守られている感じはします。目には見えないので、誰だかわかりません。私は偶像的な神の存在は認めていませんから、一般的に神様と呼ばれる存在は認めていません。先ほど申し上げように、神とは森羅万象における、自然の法則・原理・条理といったものです。実体など存在しないと解釈していますから。古典的な無信論者です。

しかし、瀬在意識とつながると、妄想なんかではなく、自分が確かに何かに守られている。それは事実として体感しています。一過性の偶然ではなく、再現性のあるものなので、誰にでも自信をもって伝えれます。

今までこれだけ人生最低の生き方をしてきた私ですから、それを克服できたのは、まさにある原理の則って意識改革を自分の意志で行ったからでしょう。そしたら、人生観が変わりました。敵意とかわだかまりとか、一切なくなりました。偏った思考から解き放たれたのです。

客観的に自分を見えるようになりました。いままで頑なに自分以外の何かに否定し、主観的にしか物事を捉えられませんでしたが、心にゆとりが生まれたのです。私は「委ねる」ことができない人間です。自分らしさを尊厳をもって良し悪しを決めていました。

だから、いつも孤独を感じていたし、そのストレスが私を精神的な病にさせました。心開けぬ人間でしたから。

そんな私を変えたのは、今使ってる、潜在意識改革に使用している「ジェームス・スキナーの【成功の9ステップ】」というアイテムです。

私のFC2ブログに掲載してああります。FCブログにいって、わたしのブログを検索してみてください。それについてのバナーが載ってます。心底疑り深い私を変えたものです。

blogはこちらから↓

http://kouexit.blog.fc2.com/

 

30日試しても何も変わらい場合は返金もあります。安心してご利用しただけます。

薬物じゃ、精神疾患の克服は不可能です。

もしまだ、疑問点や理解できないことがあったら直接、ご相談にのります。メッセージかコメントください。

お待ちしています。

 

 

 

 

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【頭の賢いバカと、潜在能力のデスマッチ】

2018年01月27日 07時48分23秒 | 日記

皆さん、おはようございます!kouexitです。

ここのところ、依存症を含む精神疾患の克服対策について、私自身現在取り組んでいることを書かせていただいております。

毎日、たくさんのPVや訪問者の方が閲覧されていて、私自身励みになっています。

FacebookやTwitterからも、リンクしてご覧いただけるようにしたので、閲覧数が跳ね上がりました!!

blogは、ここ(gooブログ)を拠点として、yahooブログ、アメブロ、FC2ブログでも、ご覧いただけるようになっております。

Facebookでは、友達が550人以上に、一気にお友達申請が来たので、たった二日でブログ閲覧数が300名を超えました。

人気ブログランキングでも、おかげさまでメンタル関係のキーワードでは常に上位になっています。

Twitterからも、たくさんの方にフォローされています。

現在、メルマガを製作中で、ブログでは書けない裏話や、お得な情報、Skypeやラインで、直接私とお話しできるよう、アカウントも掲載させていただきます。

薬物依存のスリップからは完全に回復できており、双極性障害、適応障害、発達障害、不安障害などの精神疾患も寛解に至っており、発達障害の薬(ストラテラ)を朝一回飲むだけにまで減薬できております。その他の抗うつ薬、向精神薬、抗不安薬、睡眠薬などは必要なくなったので飲んでいません。

まあ、本来を言えば、発達障害の方は昨年8月に医師から診断受けるまで44年間分からなかったので、普通に発達障害の薬を飲まなくても生活出来ていたし、診断受けてないだけで普通に生活されている方もたくさんいるので、どうせ治らないので必要はないのですが、一気に服用を止めると、不注意・多動性・衝動性・コミュニケーション能力の欠如などの症状が再発して、周囲の方に迷惑をかけてしまうかもしれないので、他の精神疾患に対しての薬は全然飲まなくても平気になれたので、今、実践している自己啓発のプログラムや、NAミーティングの参加などを継続していけば、確実に断薬し克服できる自信があるので、自ら主治医に「薬はいりません!」と言える時が、近い将来必ず来ると思います。

現に、減薬・断薬は十分に可能なのです。病気と思わされてる思考を、これは病気じゃないという思考に上書きすれば良いだけです。

薬物依存症のために、入院中に頭部CT検査をしたときに、脳の萎縮があると言われたので、脳の器質的な障害は残ってしまいますが、機能的障害はないので、自信を持ってこうして皆さんに私からのメッセージを伝えられているのです。

薬物依存、アルコール依存、ギャンブル依存などの周囲を巻き込む病的依存などのあらゆる依存症にしても、うつ病、統合失調症、双極性障害、不安障害、適応障害などなど、たくさんの精神疾患に対しても、私たち人間誰もが持っている「潜在能力」を開化できれば、医学的に言えば「寛解」できます。

私から言えば「完全な克服」の状態になれます。私自身が克服できたので、それは断言します。

薬物依存症で30個くらい一回で服薬していた私が、薬はいらないと思えるのです。実にクリーンな状態です。

皆さんの中にも潜在能力は眠っているのです。人間の能力は脳の1%も使われてないというお話は聞いたことがあるでしょう?

前にも書きましたがその潜在能力を発揮できるスイッチが誰にでもあるのです。

認知症(アルツハイマー認知症も含む)になって記憶障害や被害妄想、徘徊、身の回りのことが自分で出来なくなる。

こういった症状も、年齢関係なく潜在能力を開化させて差し上げれば、必ず克服できるのです。

知的障がい者の方や、精神障がい者の方も同様です。障がい者手帳を持ってるか持ってないかだけの違いです。

潜在能力を開化すれば、天才的能力を発揮できるのです。それが出来たら障害に対して何ら恐れることはないのです。

障害年金や医療費控除、福祉サービス、障害者枠雇用などを受けるために手帳を持ってらっしゃるのでしょうが、天才的能力が発揮されれば、そんなものに頼る必要はなくなります。国に社会的弱者と認められて、安心を得る気持ちも理解できますが、それはご本人の潜在能力を発揮させる環境を妨げるだけです。ご本人はもちろん、周囲のご家族や職場も、ご本人の潜在能力を発揮できる力を信じて差し上げるべきです。

あの、天才的な物理学者・宇宙論学者で知られる、スティーヴン・ホーキング博士は、筋萎縮性側索硬化症を学生の時に発症し、通常なら発症してから5年程度で死亡する病気の患者でありながら、途中で進行が急に弱まり、発症してから50年以上経った現在でもご健在ですよね。

あの方も、潜在能力を発揮させれた方の一人です。誰にでも持っている潜在能力。その能力を発揮できるスイッチを押せれば、どんな難病な方でも生きられるばかりでなく、天才的な理論を打ちだし、世界の概論を一変できる可能性があるのです。

自分は治らないと医者に洗脳されてる患者の皆さん、日本がどれくらい現代医療の発展途上にあるかご存知ですか?

そもそもが、病気にかかったら薬を飲む。一時的に症状は和らぐ。でもそれは、症状を抑えてるだけの対処療法で治療とはいえないのです。

人間には抗体能力というのが備わっています。それと同時に薬物耐性というのも備わっています。インフルエンザの予防接種には、抗体を作るために敢えて少量のウイルスを摂取しますね。そうすれば、抗体反応でインフルエンザにかかりにくくなる。

それと同様に薬に対しても、同じ薬を継続的に服用していれば薬物耐性ができ、その薬の質と量じゃ効かなくなる。だから、それを知らない日本の医療の発展途上の医者は、それを知らずに、どんどん強いと薬と量を増やしていく。それで患者は治っていくと洗脳されてて、実はどんどん悪くなっていくことに気づかない。

私の祖父は骨折で入院していた病院で、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に感染し、免疫力が低下し、最後は肺炎で65歳という歳で亡くなりました。骨折で入院して院内感染に罹り、肺炎で死亡したのです。私は、祖父は病院で殺されたと思っています。

これから高齢社会を迎えるに際して、どんどん薬の種類と量が増えていきます。実は今、一番儲かっているのは、製薬会社です。

この、薬が効かなくなり新しい薬が開発されて、その薬も効かなくなり、また新しい薬が開発されて・・・この負のスパイラルから抜け出さなければ、次々に薬物耐性は強くなり、いつまでたっても「いたちごっこ」でです。

癌についても、発症要因は様々あるが、遺伝子の突然変異によるもの、ウイルス、化学物質、放射線、喫煙、生活習慣、ストレス、食生活etc…どれも今に始まった病因ではないですよね。ひとつひとつ取ってみても、人間自ら生んだ病であると言えないでしょうか?

ひとつあげれば、遺伝子の突然変異にしても、親や、その前からの先祖代々に癌を作り出す要因のひとつにでも当てはまれば、当然、生まれてきた子供に遺伝するのは明かです。原因があって結果があるのです。癌の原因はまだ分かっていないとよく言われますが、わかってないんじゃない。気づいてないだけだと、私は考えるのです。

自然治癒力を足蹴にした、西洋医療の流入がそもそも、日本のがん患者を増加させたと考えます。言葉を悪くして言いますと

「頭の賢いバカ」が作り出した副産物です。

根本原因に気づつかなければ、これから益々、病気は増えていくでしょう。病気になるのは、身体的にも精神的にも、必ず原因があります。

原因のない結果なんて、ありえません。それは自然の法則です。法則にいくらは向っても勝ち目はありません。生きとし生けるもの、生まれたら必ず死ぬ。これも自然の法則です。

近代文明が発展するに相俟って、人間は自然の法則を忘れてしまいます。古代の人たちは、まだ現在のように医療技術や薬が開発されていません。自然治癒力を高めるために、神に祈りを捧げたり、おまじないをしたりして、潜在能力を発揮させようとしてきました。

アーユルヴェーダのように、トリ・ドーシャと呼ばれる3つの要素のバランスが崩れると病気になるという根本原理をもとに、緩和療法の中にある薬物の処方は、天然に由来する動植鉱物からなる生薬が使われており、病気の原因は、ドーシャの増大・増悪とされています。

アーユルヴェーダでは、緩和療法の他に、減弱療法、霊的な治療が施されます。(アーユルヴェーダの詳細はここでは割愛します。ご自身で検索してお調べ願います)

つまり治療というものの概念が、自然の摂理に則って病因がハッキリ分かっており、潜在能力によって自ら自然治癒を強力にさせ、快復に向かわせるという、本来の医療の在り方が実在しているのです。日本の今の医療のように、患者を薬漬けにして自然治癒力を退化させるといった自然の摂理に反した医療の在り方が、そもそも間違っていると考えます。

無知というのは恐ろしいものです。そして、そういった自然治癒力を卑下し、薬漬けにしたり、放射線浴びせたり、切ったり貼ったりの医療に反対すれば、権力を持って淘汰させる。そういうシステム自体がわが身を滅ぼすのです。本来の健康の主旨に反していると考えます。

最近こそ、代替医療・補完医療などが世間に台頭してきましたが、まだまだ現代の医療体制は変わっていません。

このままだと、難病は益々増加し、精神疾患も手の施しようがなくなるでしょう。

現代の精神医学での治療法は、投薬、カウンセリング、ECTくらいのものです。薬物は、あくまでも対処療法にしか過ぎません。

抗うつ薬も服用を始めて2週間くらいで、うつ状態は緩和すると言われましたが、あれは鬱状態を軽減するために、意欲を湧かせる脳内伝達物質の分泌を促進させるものであって、根本原因である鬱状態に至った経緯は後回しで、とりあえず抑うつ状態から解放させるための対処療法でしかありません。

なので、服用を途中で止めたら離脱症状が起きて、また鬱状態に戻ってしまいます。

物理的に精神疾患を治療することは、まず不可能です。

寛解できた方たちは、ひとまず、不安や焦燥感、イライラ、不眠、食欲減退あるいは過食、幻覚・幻聴、妄想などの症状を、苦痛に感じられなくなるまでに回復しただけで、完治には至っていません。

一度、脳に不具合が生じると、それを取り除くことはできないのです。

潜在能力を発揮できる環境の改善、それを可能にするスイッチを押すためのアイテム、そして治したいという本人の強い意志。

この三大要素が備われば、潜在能力を発揮し、本来の自分らしさを必ず取り戻せます。

私たちは、生きてる限り健康を取り戻せるのです。

現に、その三大要素を実施して、ついこの間まで、薬物依存症で苛まれてた私が、回復という成功を手に入れたのです。

あきらめないでください!精神疾患と長い間お付き合いされてるあなたも、自分が変われる千載一遇のチャンスです。

あなたに私の、ビフォアー&アフターをお見せしたい!

 

是非、私からのメルマガを手に入れてください。

コメント、メッセージお待ちしています。

 

 

 

 

 

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人の話を「聴く」技術

2018年01月25日 09時51分26秒 | 日記

皆さん、こんばんは。

今日も無事、生かせてもらえました。感謝です。また、今日もこうして皆さんの目に私のブログが届いていることに感謝しています。

今日は私の住まいは大雪で、雪が溶けるまで車では、でかけられませんでした。筋トレとウオーキングは夕方にしてきました。

車のタイヤはスタッドレスにしてますが、アイスバーンになってると意味ないですからね。

年が明けて、もう24日経ちました。早いものですね。一月は行く。二月は逃げる。三月は去る。という言葉もあるように、時が過ぎるのがとても速く感じますよね?何処かでは、インフルエンザが流行ってるらしいから気を付けないといけないですね。

 

さて、今日は様々な精神疾患を抱えておられる当事者ご本人ではなく、それをサポートしている、ご家族やヘルパーさんや、ご友人などに対して、精神疾患の悩みを抱えておられる方に対して、どのよう関わり方をすれば良いのかということに焦点を当て、述べさせていただきたいと思います。もちろん、お悩みの当事者のあなたにも読んでいただければ良いと思います。

私は以前「精神対話士」の資格を取るために、毎週、山口県から福岡市に通ってました。「精神対話士」になるためには、様々な費用がかかり、毎週、福岡まで通うのは困難でした。仕事も自営業で、朝早くから晩遅くまで勤めていたものですから、「精神対話士」の資格をとることはできませんでしたが「メンタルケアスペシャリスト」という称号を戴いて、講義や実習で習ったことを、事業(整体師・カウンセラー・ヒプノテラピスト)に活用していました。そこで習ったことを自分自身のおさらいも兼ねて、皆様にお伝えできれば、きっと役に立てると思います。

 

まず、テーマは「人の話を聴く技術」です。

「聴く」知性がいま現代人に求められている。科学技術や情報技術の著しい発展によって、現代社会は物質的には豊かになりましたが、反面、心の豊かさが取り残されているような気がします。人間関係の希薄化がもたらす孤独感や不安感、喪失感などを訴える人が増えてきました。現代人の十五人に一人がうつに陥る傾向があるなど、心の荒廃が大きな社会問題となる世の中にあっては「心の手入れ」をすることが必要となってきました。そして自分の生きがいをはっきりと認識させてくれるような存在を求めるようにもなってきました。

それは現代人にとって必要なもので、そんな暖かな存在があれば自らの生きる意欲につながっていきます。

そうした社会の要請の中から生まれたのが「精神対話士」という存在です」。彼らは、求める人たちのそばに寄り添い、暖かな対話をすることで相手の心の手入れをします。1993年に精神対話士が生まれて以来、ネガティブな精神状態に陥った様々な人たちとの対話を通して、再び元気を取り戻していただくことに成果をあげてきました。(中略)お読みいただければ、現代社会で忘れがちな「対話」のすばらしさに気づかれることでしょう。また、人の話を「聴く」という行為が意外な力を持っていることに驚かされるでしょう。

私たちは自らを主張することばかりに重きを置いて、「聴く」ことの大切さを忘れていました。もちろん、学校で「聴き方」の講義を受けたこともないでしょう。しかし、こえから「こころ」の時代に向かうにあたって、求められるのは人の話を聴く力です。「話す」より「聴く」ことで、知性が試される時代になります。

人の話に耳を傾けてください。目の前にいる相手の心を聴こうとするのです。言葉の向こう側にあるものを見つめ、かけがえのない一人の人間として尊敬して相手を受け止めることです。そうすれば、いままで気づかなかった色々なことが見えてくるようになります。

そして何より、豊かな人間関係を築くことができます。それは新たな生きがいを生み出すことにもつながるでしょう。

この主題である「聴く」ということが、皆さんの生きる知恵となってお役に立つことを願っています。

                                       (メンタルケア協会)人の話を「聴く」技術より抜粋

 

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それでは、具体的にどのようにしていけば「聴く」技術が習得できるのか。

最初は、一通り目次を書かせていただき、具体的な内容は著作権の関係もありますにで、全てを書きつられません。

目次を読まれて、ご興味のある方は「メルマガ」発行しますので、ご希望者はお名前とメールアドレスとメッセージでをお知らせください。

 

1、「聴く」ことで人を癒す心のケアの専門職・精神対話士

2、ただ「聞く」のではく、心で「聴く」ことが大事

3、対話には、「理解」よりも「共感」が必要

4、気持ちが受け止められたとき、話し手は十分な満足を得る

5、共感と「プラスの言葉」が生きる希望を」生み出す

6、話し相手の斜め前か、思い切って横に座る

7、おおらかな気分で、話を聴く

8、話し手の不安を解消して、「共感」を呼ぶ相づちの打ち方

9、「安易な理解」を示すと、話し手の信頼を損なう

10、「早急な助助言」は、話し手の反発を招く

11、「オウム返し」の相づちで、話題の核心に迫っていく

12、「キーワード」をさりげなく復唱する

13、相手の隠している感情を代弁してあげる

14、相手の言葉を、まるごと受け止めてあげる

15.答えにくい質問には安易に答えない

16、「身を差し入れ「て聴くことで、相手を孤独感から救う

17、対話が「本心」を探り当てた時、人の気持ちは180°変わる

18、話し相手に対して、思考フレームを一度外す

19、相手の思考フレームがわかれば、上手なコミュニケーションが築ける

20、話し手のホンネは、すべてを語り終えた後にでてくる

21、「聴き上手」は三割しか話さない

22、精神対話士は、心を真っ白にして相手と向き合う

23、純粋に相手の言葉だけに耳を傾ける

24、説得して人を動かそうとしないこと。話を聴いてあげれば、心は自然に動く

25、同意できない話でも共感は十分にできる

26、相手の言葉のトゲにはどのように対応するか

27.トゲのある言葉のトゲの抜き方

28、自然な問いかけに、人は親近感を覚える

29、退屈な趣味の話でも、精神対話ができれば楽しく聴ける

30、本題に入る前に、「対話のエンジン」を暖める

31、その人の身に着けているものを話のきっかけにする

32、趣味や興味の話題は、初対面の閉じた心を開きやすい

33、表情や動作を相手にあわせることで親近感を表現する

34、相手から情報が欲しい場合は、最初の質問で相手の「YES」を引き出す

35、親しい人のイメージを重ねてくるのは、信頼されている証拠

36、過去の楽しかった思い出に触れる

37、「教えてもらう」ことで相手の存在を認める

38、「苦労話」を聴いて、相手の活力を引き出す

39、助言する前に、相手の不安を受け止める

40、相手が自ら動くように仕向ける傾聴術

41、教えないで「教える」傾聴術

42、助言しないで「助言する」傾聴術

43、頑張れ!と言わないで「励ます」傾聴術

44、問題の核心を相手に語らせる「積算温度の対話」術

45、結論は求めれば求めるほど逃げていく

46、結論は相手の思考フレームから引き出す

47、対話で大切なことは、話の真偽ではなく、相手の本当の気持ちを見つけること

48、相手の間違った思い込みを指摘しないで、正しい認識に変える傾聴術

49、相手の批判を論争しないでかわす対話術

50、言葉だけでは、言いたいことに一割しか伝わらない

51.「笑顔」は何ものにも勝る効果的なメッセージ

52、相手に合わせた服装や言葉遣いをすると、メッセージはより伝わりやすくなる

53、話し方や声のトーンを同じにすると、コミュニケーションが上手くとれるようになる

54、相手の話は「目」で聴く

55、何気ないボディタッチで言葉に気持ちを込める

56「要約」することで、話の展開を楽にしてあげる

57、相手の感情を整理する「要約」のコツ

58、同じ話を繰り返す相手から、新しい感情を引き出す傾聴術

59、同じ話をしては怒りを爆発させた青年をカタルシスへと導いた精神対話

60、話の核心を求めないほうがいい対話もある。不安や不満を十分に受け止める傾聴術

61、どこまでも相手に寄り添い、希望のタネをまく

62、「次の約束」をしっかりすることで、話し手は安心して話ができる

63、次に対話のために、セルフケアに努める

64、孤独感を取りのぞけば、「絶望」は生じない

65、対話による心の病の予防効率は高い

 

 

以上、65項目の精神対話の技術が書かれてある本がでています。

一応、私も過去に心理カウンセラーをしていたので、技術的には分かります。

でも、実際の現場はこのようなマニュアル通りにはいきません。

相手と信頼関係を築くのにも、個人差があって、個々に応じた接し方をしなければなりません。

でも、そういう時は、ここに書かれてある原点に立ち返って心の整理をしてます。

薬物依存症と診断されるまで、私は自分を客観視できてなかったと思います。

今、ようやく克服できて、自分のことを客観的に見えるようになりました。

私たちは「孤独」でない。それは今生きてるから間違いないことです。

私が、ずっとお伝えしていることは「希望」を失ってはならないということです

 

冒頭、申し上げましたとおり、この65項目にわたる解説を、ここでは書きません。

このブログご覧になられた方、もし興味があれば、メルマガで個々で送らせていただきますから、お名前とメールアドレス、私宛にメッセージいただきますよう願います。

 

多くの皆様からのコメントお待ちしています。

 

 

 

 

 

 

 

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【ストレスを子分にせよ!】

2018年01月23日 23時51分59秒 | 日記

皆さん、こんばんわ。いかがお過ごしですか?今日はこちらは雨が降ってて、どんよりとした天候でしたが、気分は最高に幸せです。

私の方といえばスマホの調子が悪くて、急遽、中古のパソコンを購入し、初期設定だのなんだので時間くってまして、2~3日ブログ更新できていませんでした。すみません・・・。

以前持ってたWINDOS XPと仕様が全く違う、WINDOS10というのを買いまして、全然以前のPCと違うので、未だに使いこなせてません(汗)

 

さて、今日は「ストレス」に対する制御の方法で、私が実践していて効果があるのを実感できたので、自分なりに「ストレス」と何なのかを述べさせていただきますので、皆さまにもぜひ参考にされてはと思い書かせていただきます。

ではいったい、どのような方法かと言いますと、例えば、職場や家庭内で、何らかのことが原因でムカついたり、イライラしたり、焦ったり、不安になったり、孤独感を感じたりして「ストレッサー」(ストレスの原因となる物事)にぶち当たると、ある程度まではストレスとしては感じられず、一時的に感情に不愉快な動揺が起こるくらいです。

しかしこれが何回も何回も続いたり、昔の心の傷に触れられたり、逆鱗に触れられるようなことを言われたり、パワハラやセクハラなどで極端に卑下されると、理性で抑えてた怒りや不安、イライラや悲しみなどのネガティブな感情を、脳のストレスを制御する働きが耐えきれなくなります。

そして、攻撃的あるいは悲観的になり、そのマイナスのエネルギーとでもいうものが、脳内のストレスを処理する働きを弱め、そのマイナスのエネルギーが、直接感情に入り込み、自己防衛本能として「ストレス」と感じる脳内伝達物質の働きを亢進し、ストレッサーに過敏になってイライラしたり、悲観的あるいは自虐的な感情などが極端に顕れて、心の精神的な汚物とでもいうべきものをを入れる「バケツ」とでも仮に名付けておくとするものがいっぱいになり、それが溢れ出してしまい、理性を司る脳の分野に、その精神の汚物が侵入し、理性コントロールに不具合が生じてしまいます。

常にイライラしたり、攻撃的になったり、悲観的になったり、抑うつの状態になったりして、感情の制御ができなくなった状態を

「ストレスがたまった」

 

状態をさすと思います。

 

では、どのようにしたらそのストレッサーから精神を守り、マイナスのエネルギーが処理できるようになるかと言いますと、

 

ズバリ‼

 

「ストレスを子分にする」

 

ことです。

ストレスを子分にする??意味わかりませんよね。

どういうことかと言いますと、例えば、職場や家庭内などでストレスに晒されたとき、ひとつ例を挙げますと、人使いの上手な上司や親などは、部下の社員または家庭内であれば配偶者に対して「誉める」ことによって、マイナスのエネルギーを制御するだけでなく、誉められたことによって、自分は高く評価されれるんだな。よし、もっと期待に沿えるように頑張ろうと、モチベーションをアップさせて、怒りやイライラ、悲観的または自虐的な感情を制御できます。

この方法は、何も対人ではなく、自分に対してもその効果は同じです。

人望が厚い人は、誰かを誉めることによって、その人をうまく使うことができますよね。

これは、自分で自分を誉めることでも同じ原理です。

しかし「他人や第三者から誉められないと、只の慰めで何の意味もない。虚しくなるだけだ」という先入観が先に立ち、バカバカしいと思われるでしょうね。

でも、この「誉める」言葉のエネルギーは、自分を自己暗示的に慰めるのではなく、モチベーションアップにつながる力を秘めています。

言葉というのは「諸刃の剣」であると、以前書いたことがありますが、まさにその通りで言葉の持つエネルギーは、言葉の意味自体に関係なく、それそのものが持つスピリチュアルなもの。

例えば「言霊(ことだま)」という言葉を聞いたことはありませんか?言霊は、当然目には見えませんし、聞こえても意味で理解しようとするので、その言葉自体が持つエネルギーには気が付かないのです。

世界各国、様々な言語がありますよね。違う国の者同士の会話だったら、当然、意味は分かりません。しかし、その言葉の壁は言葉の意味自体には全く関係ないことです。

エネルギーですから、意味が通じなくてもそれ自体の言霊は働きは同じです。

言葉を受けたものは、例えば外国の方に何か悪口を言われたら、語学の勉強されてる方でなくても

「何言ってんだかさっぱり意味分かんないんだけど、なんか気分悪いな」

とか、感じることもあると思います。これがいわゆる言葉の持つエネルギーです。

こういう話、聞いたことありませんか?

生けてあるお花を二本用意し、片方のお花には毎日「ありがとう」「綺麗だね」とか言葉をかけ続けてあげると、とても長持ちして誇らしげに花を咲かせますが、一方のお花には「バカ」「汚い」「気持ち悪い」などと言葉をかけつづけると、元気がなくなり、すぐ枯れてしまう。

他にも、あの俳優の藤岡弘、がコーヒーを飲む前にコーヒーに向かって「おいしくな~れ。おいしくな~れ」と言葉をかけ続けて飲むと、とても美味しいコーヒーになると言ってます。

あと他にも、二つの容器に入った水に、それぞれ片方には「ありがとう」など感謝の言葉をかけ続け、もう片方には「バカ野郎」と言い続けて、同じ環境条件の下で実験をした結果、感謝の言葉をかけ続けた水の結晶を顕微鏡で見たところ、綺麗なダイヤモンドのような形をした結晶になり、「バカ野郎」と言い続けた水の結晶は結晶になっておらず、グチャグチャした形のものになっていたそうです。

人間の体の多くは水分で出来ています。その細胞に誉める言葉をかけ続ければ、否が応でも、正常な心身の状態になれるといえます。

なので、この原理をうまく使えば自分で自分を誉めることによってネガティブな感情は浄化されます。

言葉の力を上手く使って、精神の不具合を引き起こしている脳の状態を細胞を活性化させて科学的に回復できる可能性は理解していただけましたか?

じゃあ、具体的にどんな言葉を自分にかけてやればいいの?となりますよね。

これには、大きく5つのポイントがあります。

 

1.【自分の存在を認める誉め言葉】 自分の存在を認めることからすべてが始まります。

 

具体的な言葉として、朝、鏡を見ながら「○○(自分の名前)、おはよう」と言います。挨拶も誉め言葉の一種といえます。

挨拶は自分の存在を認めているサインです。

他には、例えば職場でいやなことがあったとき、家に帰って同じように鏡を見ながら

「私(俺)、今日は大変だったろうな」「本当によくやってくれた」「いつもありがとう」など言ってあげます。

また女性の方には「お会いする度に、お若くなりますね」と、できるだけポジティブな表現を使います。

 

2.【自分の言動に関心を持つ誉め言葉】自分を客観的によく観察すれば、とっかかりの言葉は見つかる。

何か、でかしたことを出来たらか「さすが!」と、その場で誉める。

「やるじゃないか」自分に関心を持って接する。

「誰よりも早く出社するね」事実を伝えるだけでも、誉め言葉は期待できる。

「慎重なタイプだから安心だよ」個性を誉める。

「いつも一生懸命だね」プロセスを誉める。

「私ならやれると思ってたよ」自分のプラス面に目を向ける。

「私のデータは、いつもしっかりしているわ」具体的に誉める。

「ひときわ目立ってたね」他人よりも優れていると誉める。など。

 

 

3.【自分の成長を促す誉め言葉】自分の小さな進歩を見逃さない。

「ご苦労さん。忙しいのによくまとめてくれた」自分の気配りを言葉に変える。

「言葉に説得力が出てきたな」自分の成長を促す誉め言葉。

「自分らしくないなぁ」仕事のミスを叱る誉め言葉。

「やっぱり経験が違うね」自分の存在価値を認める言葉。

「ちゃんと、やってくれたね」やればできるじゃないかは、自分を過小評価する前提の言葉なので誤解してしまう。

「俺(私)、筋がいい」自分の有望な将来を誉める。など。

 

4.【自分のやる気を引き出す誉め言葉】人は是認されたとき喜びを感じる。

「私は、高いポテンシャルをもっている」潜在能力を誉める。

「もっと上を目指せる」(頑張れと励まさない。)

「やりやすいように、自分で目標を立ててやってみるといい」自分の消極性をやる気に引き出す。

「俺って腕のいい医者みたいだな」比喩表現で誉める。

「私は、自分を自慢に思ってるんだ」未来の姿を誉めて、モチベーションを高める。など。

 

 

5.【自分のことを高く評価する】他人から言われてうれしい言葉を自分に贈る。

「俺に任せておけば大丈夫だ」自分自身に厚い信頼を与える。

「俺の考え通りに進めてくれ」責任感をたかめる。

「私じゃなきゃ」自分が大事な存在であることを伝えて誉める。

「祝!目標達成、よく頑張った!」紙に書いて誉める。など。

 

 

【誉める】という言葉は、自分の存在を認めること。生き生きとさせること。

簡単な言葉でも、そこに喜びと感動が現れていれば、自分としても嬉しくなるもの。

あまり深く考えず、気持ちを素直に表してみてはどうでしょうか?

このやり方は、何かにゆだねるわけでもなく、何のデメリットもありません。

自分の中には、本当のもう一人の自分がいます。

対社会に対する相対的な自分と、自分自身の個人としての自分。

自分で自分を誉めることによって、この二人の自分に共有認識を与えて、身体的にも精神的にも潜在意識を開化させろことができます。

これは「継続」して、「自分を誉める意識」をしながらやり続けることが大切です。

自己啓発につながり、自分の秘められた能力を発揮できるきっかけになります。

ストレスを子分にして、自分がストレスより上に立って、この誉めるテクニックを使えれば、あなたは既に克服できているのです。

 

あなたの、病からの克服は既に始まっています。

あとは、行動あるのみです!

自分を信頼してあげてください。

心の病に薬は必要ないです。元・薬物依存症の私が言うことですから、それは自信持って言えます。

心とは意識です。意識に不具合が生じたら、精神科にいくのではなく、自己啓発のアイテムを手に入れて、意識を改善させ、まだ、あなたの中に眠っている潜在能力を引き出すことが大切です。

意識を変えられるのは意識しかありません。無限の可能性を秘めた潜在意識の力を開化させ、ぜひ、あなたらしさを取り戻してください。

 

ありがとうございます。感謝。

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必ず効く「精神疾患」の治療法

2018年01月19日 22時53分31秒 | 日記
精神疾患には、実に様々な種類があります。うつ病、解離性障害、強迫性障害、睡眠障害、摂食障害、双極性障害、適応障害、統合失調症、認知症、パーソナリティー障害、発達障害、パニック障害、不安障害、PTSD、薬物依存症、アルコール依存症他各依存症、性同一性障害、てんかん、などなど・・・。

まだまだ挙げればきりがないくらいたくさんの病名があります。
当然ですが、これらの精神疾患は精神科医が診断をつけて、はじめて病気として捉えられます。

そもそも、健常者と精神疾患患者との違いは何なのでしょう。当たり前のことですが、病名を付けられたか付けられてないかだけのことです。
健常者でも、例えば今日はあまり眠れなかったとか、イライラするとか、食欲がないとか、衝動買いしてしまいたくなるとか、何かものをうっかり忘れたとか、気分に浮き沈みがあるとか、何かに焦ったりとかなどなど、普通に誰にでもあることですよね。

喜怒哀楽の感情の変化や、疲れによる気分の落ち込みや不安感、健忘症、食欲不振など、精神疾患者でなくても誰にでもそういった精神的な状態はあることです。

依存症にしても、先日書いた「共依存と依存」のブログでも掲げたように、依存というのは誰にでも持ち合わせている欲求です。
ただ、それが度を超して健康に害を及ぼすとか社会生活の中で自他ともに負担になる問題を引き起こしたりすると、精神科医に診察を受けた時のヒアリングの結果「依存症」という病気として捉えられてしまいます。

いずれも、脳の器質的あるいは機能的な障害によって、様々症状を引き起こします。
何を長々と、当たり前のことを言ってるのかと思われるでしょう。

敢えて、当たり前のことを言っているのには訳があります。
それは、健常者と精神疾患者の違いは、医師に病名をつけられたかどうかの違いと、それを病気として自他ともに認識したときに初めて、健常者と精神疾患の違いが区別化されるのです。

なので、不安、焦燥感、不眠、過食、拒食、イライラ、気分のテンションの浮き沈み、依存という名の欲求、ストレスによる心身症、性同一性障害にお
いては自分の個性に違和感を感じることで起こるジレンマ、PTSDにおいてはトラウマ(心的外傷)による自己防衛本能の顕れ、統合失調症においては、幻覚や幻聴、妄想、思考がまとまらないなどで起こる情緒の著しい不安定。

どの疾患に対しても、その要因は脳の器質的・機能的な障害によるもので、本人の意志の弱さとか、甘えとか、こだわりすぎとか、コンプレックスとか、感情コントロールの自制の不具合とかで、自分は病気なんだと病気のせいにして安心しようとする心の働きは、それ自体が人間誰にでもある本能であり、当たり前の精神活動であるといえるということです。

それに関わる様々な症状(不安感、焦燥感、イライラ、抑うつ状態、不眠症、自分が自分でない感覚、感情の制御ができない、依存症という病的欲求、未だ原因不明の様々な症状など)は、原因と結果という原理に基づいて、それに伴う心因反応であり、【何か特別なものではない】ということを、まず一つ目として伝えたいのです。


現代の精神医学では、薬物療法、カウンセリング、認知行動療法、作業療法、脳に電気的刺激を与えるECT(電気けいれん療法)などで、様々な治療を行っているが、精神疾患の場合、どの病名についても完治ということはなく、寛解が最終治療目的です。

大なり小なり脳に障害が残存するため、いつ再発が起きるかわからないので、完治という顛末はあり得ないというのが現代の精神医学の考え方です。
再発しない状態が半永久的に維持できる状態を寛解と言いますが、いわゆる患者本人にとって感じ方の差異はありますが、苦痛を伴う症状が緩和され、異常が顕れなければそこで寛解とみなされ医療的な治療は終了です。

ここで申し上げたいのは、精神疾患は身体的疾患と違い、直接、生命の危機にさらされるものではないので、寛解に向けて焦らずゆっくりと治療に取り組むことが大切です。

客観的に見れば、怪我や癌などと違い、見た目どこにも異常はないし、その治療方法もマニュアル化したものはあってないようなものであり、急性期の症状に対しては対処療法しか手立てはなく、病状の核心に至るまでには、医師などの治療者と患者との信頼関係が成り立たなければ、患者にとって納得のいく治療は望めないし、その患者にとって、その治療に最適な治療計画なのかどうかは医師自体もわかりません。
医師も万能な神様ではないので、試行錯誤しながらその状態観察とヒアリング、心理テストなどによって治療を時間をかけて進めていくほかにありません。

ここで二つ目に伝えたいことは、精神疾患の治療には、治療者側と患者との信頼関係が維持できないと成り立たないということです。
何にしてもそうですが、いくら医師と患者であっても、所詮、人と人です。いくら精神科専門知識を持ってる医師でも感情というのはあります。
医師が患者の状態を判断するには、一日に何名もの患者を診てる訳ですから、その判断基準となるのはカルテに記載された情報のみです。
その情報をもとに経過観察を行い、例えば薬の量や質を変えてみたりして、症状緩和のために必要な処置を行います。
いくらベテランの医師といえども、患者の心を読むことはできません。
治療に際して何を基準に置くかは、医学的に証明されたマニュアルに従って行います。

特別なことはしません。なので、医師を信頼することは大切ですが、全てを委ねるということは、あなた自身の価値観や特性、人格を否定することにつながりかねません。

医師は全知万能な神様じゃないのです。

人と人としては対等な立場です。

なので自分を偽り、むやみに媚びたり、依存することのないように心掛けることが求められます。
医師はあなたを一患者としてしか見ていません。特別な存在だとは思っていないのです。

症例のひとつとしか捉えていません。そこを履き違えないようにしていただきたいものです。
信じる者は救われるという言葉がありますが、信じるは信頼するということとして理解して戴きたいのです。
宗教的な帰依や委ねるといった対象にすべきではありません。
医師はあなたの全てを理解してはいないのです。同じ人間であるということを、まず大前提に置いて臨まなくてはなりません。
それも、精神疾患の寛解にとって、重要なポイントになります。期待に応えてもらえなかった。私のことを分かっていないというジレンマに陥った時、あなたは傷ついてしまうことになります。信頼は大切です。それと委ねるということとは別のことです。私自身の経験から、それははっきり断言できます。

最後三つ目に伝えたいこととして、精神疾患の寛解に向けて治療に取り組む上に於いて、目的意識を明確にしておくことが大切です。
漠然と症状の緩和を望むのではなく、寛解に向けて何か目標を作っておくことが大切です。
これは、あなたの治療に対するモチベーションを維持させるに於いて、非常に重要なポイントになります。

寛解したら何をしようか。今できないことを何か初めてみようとか、自己啓発の意識を持つことが大切になります。
例えば、恋愛をしたいとか、自分史の本を書こうとか、世界に旅に出ようとか、事業を始めてみようとか。何でもいいのです。
治療に臨む上に於いての土台をしっかり明確にしておくことが大切です。
あなたの価値観で、ありのままの自分で「夢と希望」をしっかり持つことです。

精神疾患の方がよく言う言葉に「生きてる意味がない」とおっしゃいます。それは、あなたが病気に支配されてることの憂いを表しています。ここで述べてるように、あなたは精神疾患という何らかの病名を医者からつけられているだけで、ちゃんと今を生きているひとりの人間です。
治療に取り組む上に於いて、目的意識を明確にしておくことが大切だと先ほど述べました。
でも、いきなり目標を持てと言われても…。と思われるでしょう。

目標を持つ方法にはコツがあります。
簡単にいうと、大目標・中目標・小目標という3つの目標を立てるといいでしょう。
今はとてもじゃないができないけど、いつかこうなりたいという夢を持つ。これが大目標。
その夢を実現させるために具体的に何を準備すればいいのかイメージする。これが中目標。
その準備のために今の自分でできる簡単なことは何かを具体的に計画する。これが小目標。

考えがまとまらなくてイメージできないなら、考える前に行動することがひとつの手段としてあります。例えば、食事は残さず全部食べる。声に出さなくてもいいから「ありがとう」という感謝の気持ちを形からでも持つ。寝る前に、今日も生きてた「ありがとう」と心の中で唱える。それを継続していくと「ありがとう」という言葉の力は不思議なもので、精神の汚物を浄化してくれます。

今日も不安感や不眠症でつらい。でも生きていて「ありがとう」と、最初は心こもってなくてもいいので、心の中で唱える。それを習慣づけていくと、周りの様子が変わることができるようになります。

同時に大目標も立てられるようになります。
そのころには「生きてる意味がない」という自己嫌悪は、いつのまにかなくなっています。
それが治療への取り組みのモチベーション維持につながってきます。
考えがまとまらない方は、まずそれを騙されたつもりで実践してみてください。必ず変化を感じられるようになります。生きていることに罪を感じないようになれます。

この3つのポイントを押さえておけば、あなたは必ず回復し、寛解できます。大切なのは自分は今生きているということを実感することです。
そうすれば、精神疾患の病名に捕らわれることなく、自分らしく生きることができます。実践者の私が言うことです。間違いありません。
あなたらしさを取り戻されますように、願っています。



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【復職の壁】と【転職への決断】

2018年01月16日 04時40分09秒 | 日記
今日、復職に際しての会社の面談がありました。
現在、発達障害の薬でストラテラという薬を一錠、朝に服用しているのですが、それ以外の精神安定剤と睡眠薬は断薬し、精神状態も寛解しているので、自分では復職可能だと思って、2月からの復職を希望し、会社に復職希望の旨を申し出ました。
人事担当の方から、じゃあ面談するから会社に来て下さいと言われ、久しぶりに会社へ赴きました。
面談は、総務課長と人事担当の方との3人であり、約一時間面談しました。
かかりつけ医からいただいた復職可能の診断書を持って面談に臨んだので、大丈夫だと思っていたのですが、現実は甘くなく、結果から先にいうと、復職は先送りされました。
今は精神状態は寛解し、入院前は30種類の薬を服用していて、完全に狂ってましたから、当時は、マイクロバスの物損事故は起こすし、事故しても報告しなかったり、お客さんを乗せて運転中に、居眠りして苦情は受けるし、通勤途中に接触事故は起こすし、勤務中も集中できなかったし、闇金に手を出し職場に嫌がらせの電話はかかってくるし、配車管理もまともにできず運転手さんから、たびたび文句は言われるし、もう挙げればきりがないくらい会社へ迷惑をかけていました。
それで限界を感じ、精神病院に重複受診がバレて入院する羽目になった経緯がありました。
面談の際に言われたことは、

「あなた自身はもう、大丈夫だと思ってるだろうけど、会社の立場からすると、あなたを信用することはできない。
あなたのやってきたことは、本来なら、懲戒解雇に値する事案だ。
それにまだ退院してから3ヶ月しか経ってないし、本来であれば、まだ社会復帰に向けてのリハビリの段階だ。
会社としては、これまでのあなたの失態はさることながら、発達障害と適応障害と、薬物依存症と診断書に書かれてある以上、発達障害と適応障害については会社が配慮していくことで問題はないが、一番ネックになってるのは、薬物依存症だ。
これはあなた自身の意志の問題で、会社としても対処の仕様がない。
薬物依存症は完治しない病気だ。
いつまた、再発するか分からない。
いまあなたがいくら断薬していると言っても、復職したら様々なストレスに晒される。
それでまた、薬に依存して、同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない。
ハッキリいって、会社としては、あなたに対する信用は0だ。
まだ当面はリハビリに専念して、依存が再発してないかどうか、かかりつけ医にヒアリングして、また、違う病院にかかってないか、社会保険の受診履歴を確認させてもらうからハガキを見させてもらう。
3ヶ月くらい様子を見て、また報告に来なさい。』

などと、言われました。
や自分で犯してきた過ちで、これほど言われても仕方ない。
本当、本来なら懲戒解雇されててもおかしくはない。
会社に対してたくさん迷惑をかけた。
まだ、チャンスを与えられたことに、寛大な処遇だと思いました。
私は精神疾患以外にも、第一腰椎圧迫骨折の後遺症と、第五腰椎変形腰痛症があります。
整形外科の医師には、後遺症だからこれはもう治らないと言われており、慢性の腰痛の持病として、一生つきあっていかなければならない。
なので、中腰や四つん這いの姿勢での作業は強い痛みが出てきて、腰に負担のかかる7時間の労働作業は無理です。
精神病院に入院前は、バスの運行管理と運転手を兼務してましたが、事故と居眠りが原因で、ホテルのハウスキーピングに移動させられていました。
一日だけハウスキーピング作業しましたが、もう腰に激烈な痛みがはしり、足まで痺れて来たので仕事にならず、一日でダウンしました。
ですが、所属はハウスキーピング係のままで、復職したらまた、ハウスキーピング作業をしなければなりません。
なので、腰痛の方もリハビリを続けなさいと言われました。
腰痛に関しては、筋トレやウォーキングで腹筋、背筋、スクワットを医師に指導されたやり方で、毎日行っております。
しかし完治はしないので、筋力でカバーしてはいますが、長時間、腰に負担がかかる作業は困難です。
コルセットつけてた時期もありますが、あまり疼痛自体は変わりませんでした。
整形外科に通院しても、マイクロや電気治療くらいしかせず、痛み止めの薬がでるくらいで、対処療法しかしてくれません。
精神的な面と、身体的な面、両方問題は抱えたままですが、仕事復帰したいという意欲はじゅうぶんあるのです。
しかし、自己判断の向こう見ずでしかなく、客観的に見たら、やはりまだ無理なのかなと思いました。
この薬物依存症は回復はするが、完治はしない病気です。
何らかのストレスや魔が差したら、いつスリップしてしまうかもわからない。
自分自身でも、それを繰り返してきましたから、それは重々承知しています。
会社の言うことも無理はありません。
信用を取り戻すことは、生半可じゃいきません。
だとしても、現在、傷病手当てしか支給されておらず、この収入だけではやっていけません。
家に帰って家族に相談しました。
親は

『それならもう、転職を考えたほうがいい。私らも、いつまでもあんたをカバーできない。復職の見通しがたたないなら、早めに次のことを考えたほうがいい。』

と言われました。

確かにそうだ。
一喜一憂してる場合じゃない。
親にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。
例え、復職出来たとしても会社からの信用は0だし、取り戻すことは容易ではない。
首の皮一枚でつながってるようなものだから、総合的に考えて、転職した方が得策かも知れないと思いました。
ただ、年齢的な問題もあって、なかなかこれから職を探すのは容易ではない。
とにかく先のことを考えなければならないと思い、ハローワークに職業相談に行きました。
今の現状をありのまま相談員に話し、どうしたらいいか尋ねました。
相談員の方のおっしゃるには

『今の薬物依存症という精神的な問題と、慢性的な腰痛を考えると、そこをしっかり治していくことを前提に転職をじっくり吟味する必要がある。
精神障害者手帳を交付してもらい障害者枠で就職できれば会社も配慮してくれる。
しかし、給料は安くなる。
今の手取りの半分くらいになる可能性もある。
障害者年金貰いながらでもギリギリのところだ。
精神疾患についてはクローズにして、一般として就職する方が給料面では心配はない。
ただ、一般として、他の社員と同様な仕事が求められる。
それに耐えきれずになって
また薬物依存症が再発しないとも限らない。
まずは、あなたがどういう職が適しているかを判断するために、かかりつけ医に医師の意見書をかいてきてもらいたい。
精神障害者手帳は、持っていても敢えて会社にそのことをクローズにしておけば問題はない。
そういう人たちはたくさんいる。
手帳を上手く利用すればいい。
持っていても損はない。
まずは、医師の意見書を書いてきてもらい、あなたに適した求人を紹介したい。
あと、精神保健福祉士による個別相談もここで、月三回行われている。
専門的なアドバイスを受けるためにも、ぜひ、相談にいかれたらいい。
次の就職先を長続きさせるためにも、ここは準備をしっかり順序立てて、慎重に応募したほうがいい。
薬物依存症と腰痛対策は、あなた自身が意識をしっかり持って、強くなっていかなければならない。
求人を探す前に、まずはそこからやっていこう。』

とアドバイスいただきました。
今まで、散々転職を繰り返してきましたから、適応障害の根本的な部分で自分を客観的に認め、長続きできる仕事を、相談員の意見を尊重して求職活動していこうと思いました。
我が強いのと、こだわりが強いという特長が私にはあるので、そこは謙虚に自己改革しなければならない。
生活を考えると、今の勤務者にこだわらなくてもいいし、常に相手を尊敬する礼の心を持ち続け、まずは礼を尽くすことから始め、我の強さを、いい使い方しなければならないと感じました。
双極性障害などの精神疾患は寛解してるけど、薬物依存症だけは回復してるけど完治はしない。
自助グループに通う、極限までの体力づくりに努める、潜在能力の開化、ストレスケアなどにアクティブに行動し、スリップをしないために努力を継続します。
今、私はプラス思考に生まれ変わりました。
先日の家族との和解以来、実にクリエイティブになってます。
どん底に落ちたものは、本当の幸せを掴み取るために、死に物狂いに活躍します。
逆境を力に変えて、本来の自分らしさを取り戻します。
皆さんも、希望を忘れずに、自分らしくいきることに、共に目指していきましょう!








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【ナルコティクス アノニマス】 12のステップ

2018年01月15日 01時03分19秒 | 日記
今日は、昨日申し上げましたとおり、アディクトの回復のためのプログラム、12のステップについて書きたいと思います。
その前に、このプログラムは依存症の方だけに限らず、うつ病など、あらゆる精神疾患を抱えている方たちの回復のためのプログラムだと私は確信しています。
なので、現在、様々な精神疾患になやまれているあなたにも、心開いて、ぜひ、読んではみていただきたいと思います。


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【なぜ、私たちはここにいるのか?】 

『NAの集まりにつながる以前の私たちは、生きることがどうにもならなくなっていた。人と同じような生き方や楽しみ方が出来なかった。だからみんなとは違う何かが必要だったし、その何かこそ薬物のなかにあるのだと思っていた。(中略)私たちはアディクションの中で、実はゆっくり自殺行為をしていたのだが、アディクションという敵があまりにも巧妙だったため、何をどうすれば良いのかまったくわからずお手上げだった。だから結局たどり着いたのは刑務所だったという仲間、あるいは医療や宗教、精神科で何とか助かろうとしたのだが、どれも満足のいく結果は得られなかったという仲間もたくさんいた。私たちの病気は必ず再発するか進行した。そしてついにこの状態から抜け出したい一心で、ナルコティクス アノニマスの仲間に助けを求めたのだった。NAにつながり、私たちは病人なのだということがわかった。しかも私たちがかかった病気には治療法がないのだという。けれども、ある時点で病気の進行を食い止めることが出来るし、そうすれば回復が可能になるのだ。』

【どのような効果があるのか】


『もしあなたが、私たちの提供できるものを欲しいと思い、それを手に入れるための努力をするきもちになったのなら、あなたはすでにいくつかのステップへの準備が出来た。以下に、私たちの回復を可能にした原理を示す。』

1・私たちは、アディクションに対して無力であり、生きることがどうにもならなくなったことを認めた。

2・私たちは、自分より偉大な力が、私たちを正気に戻してくれると信じるようになった。

3・私たちは、私の意志といのちを、〖自分なりに理解している〗神の配慮にゆだねる決心をした。

4・私たちは、徹底して、恐れることなく、自分自身のモラルの棚卸表を作った。

5・私たちは、神に対し、自分自身に対し、もう一人の人間に対し、自分の誤りの正確な本質を認めた。

6・私たちは、これらの性格上の欠点をすべて取り除くことを、神にゆだねる心の準備が完全に出来た。

7・私たちは、自分の短所を取り除いて下さい、と謙虚に神に求めた。

8・私たちは、私たちが傷つけたすべての人のリストを作り、そのすべての人たちに埋め合わせする気持ちになった。

9・私たちは、その人たち、または他の人を傷つけないかぎり、機会あるたびに直接埋め合わせをした。

10・私たちは、自分の生き方の棚卸を実行し続け、誤ったときは直ちに認めた。

11・私たちは、〖自分で理解している〗神との意識的なふれあいを深めるために、私たちに向けられた神の意志を知り、それだけを行っていく力を、祈りと黙想によって求めた。

12・これらのステップを経た結果、スピリチュアルに目覚め、この話をアディクトに伝え、また自分のあらゆることにこの原理を実践するように努力した。

これはとても大きな要求のようにも聞こえるし、もちろん、いますぐ全部やることはできない。私たちは、一日でアディクトになったわけではないのだから、「あせらずにやろう」という言葉を思い出そう。
私たちの回復を何よりも妨げるもの、それはスピリチュアルな原理に対し、無関心で不寛容な態度をとることだ。一方、回復に欠かすことのできないもの、それは正直さ、心を開くこと、そしてやる気の三つだ。この三本柱さえ身につけているなら、私たちは回復にむかっている。(中略)アルコールは薬物でないという考えは、実に多くのアディクトをリラプス〔再発〕に追い込んだ。NAにつながるまでは、アルコールと薬物は別のものだと思っていた仲間が多かった。けれども勘違いしてはいけない。アルコールは薬物だ。私たちはアディクションという病気を持つ人間であり、回復のためにはいかなる形の薬物も遠ざけなければならないのだ。

【自分に何ができるのか?】

では早速、前章の『どのように効果があるのか』のステップ1からプログラムを始めてみよう。私たちも、アディクションに対して無力であると心の底から完全に認めたとき、回復への大きな一歩を踏み出すことができた。とはいえ、そのときには私たちの多くがまだ疑いをもっていた。だがあなたはいまのチャンスを逃さずに、最初からできるだけ徹底的にやってみていただきたい。ステップ2へ、そしてさらに先に進むにつれて、あなたにとってのプログラムが理解できるはずだ。もし、あなたがいまなんらかの施設にいて、現在薬物を使っていないのなら、すっきりとした頭でこの生き方を試すことができるはずだ。退院や退所をしてもこれまでどおりのプログラムを続け、直ちにNAのメンバーと連絡を取るようにしよう。メンバーとの連絡は電話でも手紙でも良いし、あるいは直接会いに行こう。できることならミーティング場に行くのがいちばんだ。ミーティングなら、いまあなたが不安に思ってることの答えがきっと見つかると思う。施設に入っていなくても、同じことがいえる。今日だけ、使うのをやめる。ずっとやめ続けるのは無理かもしれないが、八時間とか十二時間だけなら、だいたいやり通すことができる。もし、とらわれや強迫観念があまりにもひどいようなら、五分間単位でやってみる。分単位が時間単位になり、時間単位が一日単位へとどんどん延びていき、結果的ひあなたもこれまでの習慣を断ち切り、精神的な落ち着きを取り戻せるようになる。薬物を使いたいという欲求がどうやら取り除かれていることに気づくと、本当の奇跡が起こる。あなたはすでに薬物をつかうことをやめ、生きることに向かって足を踏み出したのだ。


今日だけ

あなた自身に言い聞かせよう。

今日だけ、自分の回復について真剣に考え、薬物抜きの人生を味わおう。

今日だけ、私を信じ、私の回復を手助けしてくれるNAの仲間を信頼しよう。

今日だけ、プログラムに従い、ベストを尽くそう

今日だけ、NAを通して、明るい人生が持てる努力をしよう。

今日だけ、恐れないようにしよう。
薬物を使ってない、新しい生き方を見つけた仲間を大切にしよう。この方法に従う限り怖れるものは何もないのだ。
 
(ナルコティクス アノニマス ホワイトブックレットより抜粋)
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如何だったでしょうか?何かしら新しい可能性をかんじられたのではないでしょうか。
このプログラムの実践によって、回復を成し遂げたアディクトは沢山います。
ポイントは、スピリチュアルに目覚めること。
そして、自分を信じること。
そして『継続は力なり』ということ。

あなたも、真の回復を真剣に考え出したなら、このNAとの出逢いは大きなチャンスです。

私たち、仲間と一緒に分かち合い、共に真の回復へ向かって一歩踏み出してみませんか?

NAについては、ナルコティクス アノニマス または、NAで検索すればHPが出てきます。

最寄りのミーティング会場に、ぜひ、足を運んでみられてはいかがでしょうか?
私たちは、新しく仲間を大歓迎します。
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NAミーティングに参加してきました

2018年01月14日 00時36分23秒 | 日記
今日は、薬物依存症の自助グループである、NA(ナルコティクス・アノニマス)ミーティングに参加してきました。

私の県では、月に一回、第2土曜日の13時半から15時半まであり、今日も自宅から一時間半かけて、ミーティング会場へ行きました。

毎回、何かひとつテーマを決めて、各々、自由に話しっぱなし、聞きっぱなしをするのです。 
今日のミーティングのテーマは

『降伏』でした。

テーマにこだわって話す必要はなく、自由に話したいことを話しても構いません。

メンバーの中には、いろいろな薬物依存症の方がおられます。
覚せい剤などの違法薬物から、精神科の処方薬まで。
アルコール依存症やギャンブル依存症と薬物依存症ふたつ以上持ってる人もいます。

私は、アルコール依存症でも違法薬物依存症でもなく、精神科の処方薬のODの薬物依存症です。 

マックスでは、30種類の薬物を一日で服用してました。

もはや、精神疾患を治すためではなく、薬物が切れるときに起こる離脱症状が怖くて、更に、薬物耐性がついて効かなくなり、もっと多くの薬物を欲しいがために、精神科をハシゴしながら、むちゃくちゃな飲み方をしていました。

30種類飲んでも全く症状緩和には効かなくなり、日中の居眠りや集中力の欠如、薬物性肝炎などの副作用だけが残りました。
依存症に対して無力であることを覚り〖降伏〗し、認めざるを得ませんでした。 

今日のミーティングでは、先日書いた日記〖和解〗での奇跡的な出来事を話しました。

あれ以来、精神状態は、至って穏やかで、44年間の家庭内でのわだかまりが溶け、家庭の雰囲気は平和で、食事も三食食べれるようになったし、筋トレ、ウォーキングにも更に熱が入るようになりました。

何より変わったのが、物事に対して、前向きになれたことです。
そして、心から笑えるようになったことです。
なので、人を笑顔にすることもできるようになりました。

家族との会話も増えました。
アルコール依存症の親父も、大声で喚き散らすこともなくなり、今まで一番嫌だった親父とも会話できるようになりました。

先月のミーティングから今日までの間に、自殺を図ろうと家を飛び出したことや、唯一無二の友人に救われたこと、劇的に変化した家庭環境と自分自身の心の変化を、30分くらい話しまくりました。

当日の感動が人生最大の出来事だったので、この生まれ変わった自分の真実を、メンバーに聞いてほしくて、夢中で語り倒しました。

依存症の人がスリップしないためには。NAでは12ステップの実践と、とにかくミーティングに出続けることが求められます。

求められるといっても、強制されることではなく、実践も参加も自由ですが、アディクトから回復するためには、『自分なりに理解した』自分を超えた大いなる神の配慮に委ね、祈りと黙想の中で、ハイヤーパワーの力による奇跡によって回復し続けることを唱われています。

ミーティングでは、何を話しても自由です。

人前で話すのが苦手南人は、他のメンバーの話しを聞くだけでもいいのです。

12ステップの原理については、ミーティングに参加したらもらえるホワイトブックレットの小冊子に書かれてあります。

回復に向けて、ステップ12のプログラムをどう実践していくかは、個々人の、スピリチュアルな原理に対し、無関心な態度や不寛容な態度をとることを、回復を妨げるものとして理解することと、回復に欠かせないもの、それは正直さ、心を開くこと、そしてやる気の三つです。

この三本柱さえ身につけているなら、わたしたちは回復に向かっています。
私たちの回復を可能にした、12のステップの原理については、もしあなたが、私たちの提供出来るものを欲しいと思い、それを手に入れるための努力をするきもちになったのなら、あなたはすでにいくつかのステップへの準備ができたことになります。

そのプログラムについては、次回、詳しくしたためるとして、今日はミーティングに参加し、同士のメンバーと分かち合いができたことで、自分は孤独ではないという喜びを噛み締めることができました。

アディクションという病気に対する私たちのこの、プログラムの方法は、まったく現実にかなった方法であると考えています。

本人同士が助け合うという治療的な価値は、他に類を見ないからです。
さらにまた、アディクトは他のアディクトの最も優れた理解者であるし、アディクトの手助けができるのもアディクトであるため、私たちの方法は実用的だとも思っています。
そして、社会や日常生活の中で、自分自身の問題にできるだけ早く直面できるようになれば、それだけ早く社会の中で、受け入れられる責任ある有用な一員になれるものと私たちは確信しています。

NAに限らず、アルコール依存症やギャンブル依存症の人たちにも、この自助グループに共通してあるものは、このステップ12の原理です。

この、プログラムを実践していくために、依存症からの回復を果たし続けているアディクトを、スポンサーとしてつけることができます。

スポンサーは、スポンサーシップに則り、スポンシー(未回復者)に対して、回復のためのプログラムを進めていく上でのサポーターとして、アドバイスしてくれます。
ステップ12をどのように具体的に実践していけばよいのか、スリップしそうになったときは、とことん話しを聞いてくれ、軌道修正してくれます。

また、スポンサーとスポンシーには平等の立場であり、どちらが上か下かというものはなく、お互いフェアな関係なので、気構えることもなく、言いたいことは素直に正直に、疑問点や不平不満を言っても構いません。

同じアディクトとして、痛いくらいに気持ちが分かりますから、信頼関係を築き、温かくサポートしてくれます。

スポンサーは、決して否定や非難はしません。
自らがプログラムの実践によって回復できた確信がありますから、精神的な土台がしっかりしています。

ステップ12の原理については、じらして申し訳ないですが、敢えて次回詳しく書かせていただきたいと思います。

今日も、実に実り多き1日でした。

感謝 (^人^)


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共依存と依存

2018年01月12日 17時16分22秒 | 日記
今日は、共依存と依存について哲学的に考察してみたいと思います。

依存というものは人間誰にでも本能的に備わっています。
共依存というのは、人間がこの世に生を受けて生きていく上で、なくてはならない根本的な欲求であると思います。
産まれたばかりの赤ちゃんは、本能的に母親から栄養を授かります。
母親は母性により、本能的に我が子に自分の栄養を与えます。
これは共依存であり、そこには〖善〗のみ存在します。
野生の動物たちも同じく、母親は子供に生きてもらうために自分の栄養を与え、成長するに従って乳離れしたら、例えば、肉食獣であれば、他の動物を狩り、その肉を子供に与えます。
他の動物を殺すのは一見〖悪〗に思えますが、弱肉強食の自然の摂理に従って、生きるための術として百獣に与えられた本能です。
一殺多生。
そこには罪というものは存在しません。
自然の掟であり、生きていく上でなくてはならない共依存の原理であると言えます。
なので、この共依存というものは、誰にでも普く備わっています。

生きていくために必要不可欠な、許された欲求です。

人間には、この共依存の原理だけでなく、快楽・生きるため以外に自らの承認や自己実現を満足させるための欲望・愛憎の欲望という本能が備わっており、それを満たすための心理に働く依存というものが存在します。
それは、無為に自他を傷つける〖悪〗というものが存在します。

人間にだけ、依存には〖善〗と〖悪〗が備わっています。

それを司るのは理性と本能です。
理性は顕在的で本能は潜在的に、ひとつの人格として存在します。

その比重は、個々人によって当然異なり、そこに知性や価値観や畏怖の念などといった高度な思考が働き、アイデンティティやイデオロギーといったものが複雑に加わり、千差万別の人格を形成します。
そのような複雑極まりない人格の交錯によって、社会は構成されているので、当然、諍いが起こったり、差別や偏見などといった盲目の自己防衛や、すれ違いが生じます。

性善説という概念を基準にしてみれば、それらによって、人間の高度な精神は、否が応でも負荷がかかり、欲求が満たされず、ストレスという精神の汚物が蓄積されていきます。

それが、その個々人の人格によって適応出来なくなったとき、精神のバランスが崩れ、心の病を惹起します。
心が病めば、知性や価値観や畏怖の念らは、理性では保てなくなり、精神活動に様々な異常をきたします。
この苦痛に耐えられなくなったとき、自己防衛本能によって、精神活動はその働きを弱め、心の病と言う名の休眠状態になります。
これが、いわゆる〖うつ状態〗というものになります。
うつ状態は正常な精神活動の休眠状態です。
これを医学では病として捉えてしまい、休眠状態に入った精神は、ストレスに対応出来なくなり、不安感や抑鬱、不眠や焦燥感、イライラや倦怠感という症状が現れ、精神の汚物を吐き出そうとします。

しかし、理性によってそれは阻止され、休眠状態に入った精神は、雁字搦めの状態に陥ります。
その苦痛を抑えるために、依存の本能が剥き出しになり、アルコールや薬物、ギャンブルや性依存といった、毒をもって毒を制する自己防衛本能に火がつきます。

これがエスカレートしていくと〖依存症〗という病気の名がついてしまいます。
理想的には、精神活動が休眠状態に入ったときには、その状態を認識し、精神の汚物を吐き出してしまうか、じっと息を潜めて石のように動かないことが最善の回復手段です。

野生の動物は、身体に外傷を負ったとき、息を潜めて石のようになって回復するのを、ただひたすら待ちます。
これは人間も含めた全ての動物に備わっている自己防衛本能であると言えます。

医療が発展していない古代では、人は、自然の大いなる存在に祈り、心身の外傷が癒えるまで、ひたすらじっと回復するのを待ちました。
祈りによって、潜在意識とつながった自然の秘められたら力を享受し、奇跡と呼ばれる回復を図ったのです。

これは善からくる共依存の本能です。

奇跡とは、潜在能力を開化させたときに起きる現象のひとつです。

古代の人たちは、自然の大いなる存在に祈りを捧げることによって、潜在能力を開化させ回復する術を本能的に覚っていたといえるでしょう。
しかし、皮肉にも現代医学の発展によって、この潜在能力を開化する術は退化してしまったようです。

薬物の開発により、体の傷を治療するだけでなく、心の傷の痛みを麻痺させる薬が生み出されました。

アルコールやギャンブルによって、精神の汚物をますます腐敗させてしまう術が生み出されました。

本来の性善説によって保たれてきた共依存の本能は、瞬く間に衰退していってしまいました。
共依存は本来の在り方からかけ離れ、依存はまるで地獄の餓鬼のように、底無しの欲望に蠢いて、精神の休眠状態から死へと向かわせるようになってしまいました。

実に悲しむべきことです。

依存症は地獄へと向かう底無し沼です。
欲望にきりはありません。
向かうのは死しかありません。

本来、人間が持っているのは、善からくる共依存です。 
その本能を再び蘇らせるよう、深く瞑想し、自然の大いなる存在に祈りを馳せたいものです
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重複受診による弊害について

2018年01月11日 05時08分59秒 | 日記
精神科のハシゴ(重複受診)は、正しい治療の妨げになるだけでなく、医療費の無駄遣いで、しかもこれ、毎月、社会保険事務所などから送られてくる受診履歴が書かれてある明細書にしっかり証拠として残っており、1ヶ月の間に複数の同じ科の受診をすると、同様の疾患であれば、
ほんとうかどうかは定かではありませんが、あまり悪質になると、その情報が各医療機関に報告されて、保険証が使えなくなる、全額自己負担になる可能性があると聞いたことがあります。
Yahoo!知恵袋からの情報です。

それに、精神科 重複受診と検索したら、精神科の重複受診は厳しく規制されていると書かれてありました。

それだけでなく、医療機関としては、向精神薬の売買を目的とした違法な受診の可能性を指摘され、二度とそこの医療機関は受診出来なくなる可能性があります。

ところで、私の例を揚げると、1ヶ月に5件の精神科のハシゴをしていて、各医療機関が社会保険事務所や国民健康保険組合団体連合会に、レセプトを提出した際に、診療報酬の審査で重複受診が発覚し、正規のかかりつけ医以外の多くは、保険料追納の通知がきて、全額支払わされた経験があります。

セカンドオピニオンとして、紹介状を持って他の精神科へ受診するのはなんら問題ありませんが、こそこそと薬欲しさに精神科のハシゴを繰り返していると、いずれはバレる可能性が高いです。

それに地域医療は情報共有してますし、どの病院で誰に遭遇するか分かりません。
もし、重複受診してる精神科から受診拒否されてしまったら、また違う精神科を探さなくてはならはい。
こんな、無駄な労力と費用の無駄遣いは、治療を正しく受けるための妨げになるだけでなく、経済的に損しかしません。

医療機関との信頼関係もなくし、最終的に困るのは患者さん本人やその家族です。

また、私は薬物依存症と診断されてから、厳しい薬管理と、再び重複受診しないために指導を徹底され、かかりつけ医に言われたことは
『薬物依存症と診断がついた患者には、向精神薬などの薬は2種類までしか出せない。
それを破ると、厚生労働省から病院側が処罰を受けてしまう』
ということでした。

デパスやマイスリーなどの薬物の売買を目的とした処方をうけるのは、薬事法違反になるだけでなく、詐欺罪などで警察に逮捕される可能性もあります。

売買目的じゃないにしろ、いまの薬の量じゃ、不安がとれない、眠れないなど、症状>薬の場合や、薬物耐性がついて効果が悪くなったなら、闇雲に、薬欲しさに重複受診するのではなく、まずは、正規のかかりつけ医に相談して薬が効かない旨を話すか、セカンドオピニオンをつけてもらうか、違う精神科へ転院するために紹介状を書いてもらうなどして、何の後ろめたさをかかえることなく、正しく治療を受けていきたいものです。

薬物はあくまで、精神疾患を緩和し寛解に向けての対処療法としてのアイテムでしかありません。

薬の使用目的は精神疾患の改善です。
症状を抑えるため、あるいは緩和時間を長引かせたいためだけに固執して、一時的な苦痛からの解放目的に使用するのではなく、精神疾患を改善することが目的であるということを、今一度、考えられてみようではありませんか。

薬物依存症は、減薬・断薬しか回復の道はありません。

リスクを犯してまで、薬の一時的な解放感に捕らわれて依存症になってしまった私達の心は、もはや精神疾患の改善から逸脱してしまい、依存に対しての恐怖心と自己憐憫に支配されてしまっています。

薬物では、精神疾患は治癒しないのは身をもって体験されてきて理解されているはずです。

離脱症状が怖い、もっと効果の強い薬がほしい、それ以上の快楽がほしい。この状態は、もはや私達が薬物の魔力に支配されてしまっていることにほかなりません。

最初の一回に手を出してしまった時点からアディクトは始まっています。
脳が薬に作用したら、本来の寛解能力は減退し、薬が苦痛を和らげることを無意識に記憶されてしまい、知らず知らずのうちに依存してしまうようになります。

これは自己責任ではありますが、あなたのせいではないのです。

薬の魔力と私達の無意識との戦いです。


無意識は自分の顕在意識では認識は困難です。

結果的に依存症になってしまったのは、薬物では精神疾患は完治しないという知識があらかじめなかったことが要因のひとつです。

自分は薬は嫌いだという人がいます。
その人は薬じゃ精神疾患は治せないということを知っているのです。

薬物は、あくまで、対処療法にしか過ぎません。
最終的に寛解に導くのは私達の知識と、体験から学んだ知恵と、薬物をやめたいという決意です。決意の土台がシッカリしていれば、薬物依存症は必ず回復します。

精神科では薬を処方することしか治療はしません。
薬物依存症患者には減薬を治療方針として治療していくことしかしません。

精神疾患の回復は、何も精神科にしかできないことではありません。

自分で工夫すれば、回復はいくらでも可能です。

工夫の仕方は人様々ですが、ポイントはストレスコントロール(ストレスに対する耐性を作るも含む)と、環境調整と、脳内麻薬を活用すること、規則正しい生活習慣への改善、その他として代替医療の活用です。

薬物に頼らなくても、精神疾患の改善方法はたくさんあります。どれをとっても副作用などありません。もちろん依存もありません。 

減薬・断薬に向けての取り組みは、単に薬物を絶つのが目的ではなく、心身の疾病からの快復です。
今一度、原点に立ち返ってみる必要があるような気がします。

重複受診は、デメリットしか生み出しません。

いくら同じような薬を種類変え、量を増やしても、薬物耐性がつけば、また効かなくなるのです。その負のスパイラルから抜け出し、正しい快復への道を歩むべき時がきたのです。
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