佐野インターより近い 唐沢山城跡
唐沢山神社が頂上に鎮座し 城跡をぶち壊している
今回、編集途中で 映像だけ先に載せ後日、文章を入れます
2月10日 現在入院中 胆石が見つかり 胆のう摘出手術し
これを、編集中です
唐沢山城跡には、藤原秀郷を祀る神社がある 正月のころは
道路が一方通行で、登り 下りに分かれ 駐車場が混み
40分ほどかかる
駐車場から 神社までの間を 横道ずれていくと
城跡が出てくる





平安時代の末から この辺一帯治めていた佐野氏により築かれた
山城で242mあり、国指定史跡になっております。
尾根上に曲輪 石垣 本丸跡など残っています


400年以上前の8mを越える 高石垣は 安土桃山時代のもので
この造りは、豊臣方のお城の入り口に 大きな一枚岩が
よくあるとおもいますが その造り方で自分の力を
見せつける意味での石垣




土塁 堀が あちらこちらに巡らせてあり 敵からの攻撃を弱体化する
足利氏と関東管領上杉氏の対立により守りを固めた (佐野城)と
呼ばれていた 後に小田原の後北条氏や上杉に攻められ
謙信が佐野氏を配下にした


尾根を上を散策すると、8ブロック位に分かれて三の丸
二の丸 本丸 倉屋敷跡 金の丸 杉曲輪 平とや丸 がある
帰りに、栃木ICに近い皆川城も寄りました

皆川家は、唐沢山城ー藤原秀郷 身内、小山政光 その後
長沼氏が会津田島より移り 宇都宮氏 佐野氏などと戦い
皆川広照が領主の時代 小田原北条に負けて配下になるが
秀吉の小田原攻めに出向いたが、家康の勧めで
秀吉側に寝返り その後、家康に仕える
こちらのお城跡の方が 建物がなく景色がいい
遠くに筑波山が見えている
城跡と言えば、県庁 市役所 学校 公園などに変わり果てている場所が多い
100名城の新潟新発田城は、狭く一部しか存続してないで
後ろにある自衛隊ほぼせんりょうしている




三段になる土塁

井戸のあと

日が変わり 第二弾 矢板市にある川崎城跡に来ました
栃木県矢板市 塩谷氏(しおのや)の居城 1200年頃築城
当時は、宇都宮氏 那須氏 などと争いが絶えない時代
秀吉の関東平定にて戦負けをし(廃城1595ねん)
南北1km長く、幅は200m 渦巻き状になる珍しい
城で

前日に雪が降り 残雪が少し残り気味



土塁跡は鎌倉時代初期の作



二の丸 三の丸跡など 曲輪があり 当時としては
広い館があったとみられる




本丸跡はすごく広い
高土塁が行く手を遮り 切岸などが数多く 横堀 空堀一般的な
城跡と変わりはないが 小高い山城の部
この時代は、小さな豪族同士の攻め合いが続き 栃木県の有名な市町村の名称は
領主の名前からとったもので 市町村名=領主となるわけで
小さな編集で申し訳ありません 今回はこれにて終了です。