この連載はあくまで私の“ランニング”履歴書であって“登山”の歴史ではないのですが…(笑)
クラブでは2000年当時、マラソン活動に並んで登山活動が軸になっていました。(というか登山の方が活発になっていた!!(笑))
ということで私のクラブ主軸・安定期時代を語るにはやはりこの登山活動は外せないんですよね・・・。
ということで、今回は少々この登山活動と私について振り返ってみたいと思います。
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「夏場のマラソントレーニングの一環で、徹夜で富士山登ってみない?」
2002年夏、私にアクマのような(笑)誘いをかけてきたのは同年クラブに加入した新メンバーの方(私よりもかなり年輩)でした。この方はもともと登山が趣味で、登山のトレーニングのために走っていたのです(なのでレースには一切出ていない)。
ちょっと待って!
私、普段の生活でさえ徹夜なんかほとんどしたことないのに、真っ暗闇の富士山を登り続けないと行けないんですよ!!
これ、いくらフルを走っていてそれなりにもスタミナは付いていた私にとってもハードルが高そうな誘いだったのですね…。
しかし、当時のマラソンパートナーや別のメンバーも興味を示し、私もこれは参加するしかなくなったのです(笑)
この年の富士登山は雨霧の中で強行登山を行い(皆さんはマネしちゃだめですよ〜(笑))頂上もご来光はおろか真っ白で2m先も見えない有り様でした(笑)
かくして、初徹夜富士登山から私の登山活動が始まったのです!
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その後は2004年にクラブ内に「登山部会」を設置して、登山部会長となったメンバーの方が率先して登山計画をしていただき、丹沢(塔ノ岳)を皮切りに奥多摩、尾瀬(燧ヶ岳、至仏山)、谷川岳(平標山への縦走など)、新潟方面(平ヶ岳や巻機山)などの山々を日帰りや山小屋泊縦走により登りました。
一気に流してしまいましたが登山が趣味の方ならこちらの方が履歴書読みたくなるかと思います(笑)
そんな私の登山歴の中でも特に2009年9月に登った南アルプスの北岳(日本第2位の高峰・南アルプスの盟主)、間ノ岳、農鳥岳(白根三山)縦走(2泊3日)は非常にハードでしたが非常に印象に残っている登山でした。
この時の山小屋のご飯(おかずが“ひじき”だけ)は衝撃でしたが…(笑)
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そんな登山活動ですが、私は基本的には常に“(メイン趣味である)マラソンのトレーニングの一環”として夏場を中心に楽しんでいたのですが、正直なところクラブの中ではどうもレースよりも登山がメインの活動になってきているという危惧はありました。
また、クラブとしても2008年くらいからはクラブ本体と登山部会の方向性の違いが出てきたため(クラブ以外の参加者がメインになっていた。登山のための登山になっていた)、2010年には登山部会が完全独立をすることになりました。
こうして、私も徹夜富士登山以外の登山は残念ですがあまり行わなくなっていったのでした…。
一方で、この2000年代は登山を継続できたことが逆にレースで記録が安定的に出せていた(足腰強化効果によりタイムの落ち込みを防げていた)のかな・・・、とも感じており、現在クラブで徹夜富士登山が復活した要因にもなったのでした。
(続く)
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